つつ(憑憑)

九文里

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遺産相続

喧喧(けんけん)

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 息子達は、虎臣が死ぬのを待ってたかの様に、虎臣の死の翌日には、早速、虎臣の顧問弁護士の山下を呼び出して、遺言書の開示を行わせた。
 そして、その席に親族でも無い桜子が山下弁護士に呼ばれて同席していたので彼らは驚いていた。
 桜子は憔悴していた。昨日、虎臣が息を引き取る時に最後まで側についていたのだ。
 桜子の娘萌萌ももは、母を心配してついて来たのだった。
 山下弁護士は、三人の息子達の相続分を読み挙げた後、最後に桜子にも贈与がされることを公表したのだった。
 その瞬間にどよめきが起こった。
 桜子が貰う爽藾社の1000株は、時価にすると1億円近い金額である。
 だが、桜子と萌萌はその価値がよく分かっていなかった。
 反面、息子達にはその価値がよく分かっていたから、親族でもない桜子が遺産を受け取ることは、面白くなかった。

 長男の幸一が山下弁護士に尋ねる。
「なぜ、親父は桜子さんに遺産を分けるんだ?」

 山下弁護士が答える。
「それは、長年桜子さんが献身的にお世話をしてくれたお礼だと言っていました」

「それなら、ちゃんと給料を払ってたんだから、それでいいんじゃないか」
 そう言ったのは次男の達次だつた。

「その上、住み込みで働いていて、家賃は貰ってないし、食事代だって無料ただだろう。子供まで住まわせてたんだからな」
 三男の嘉三よしみが言う。

「確かにそうね。お体の悪いお父様をお世話したぐらいで遺産が貰えるなんて」
 幸一の妻の美耶子が山下弁護士の方を向かって言う。

 萌萌が耐え切れず声をあげる。
「美耶子さん、お母さんが山村のおじいちゃんの体を支えて、トイレに座らせるのを見て、よくやってくれてるって言ってたじゃない!」

「そっそうだったかしら覚えてないわ」
 美耶子は、気まずそうにそっぽを向いて言った。

 萌萌は、おどおどしている桜子の手を、横に座ってずっと握っていた。

(この人達は、自分達は数百億の遺産を貰っているのに、他人が遺産を貰うのがそんなに気に入らないのか)
 山下弁護士は無表情で、心の中に思っていた。

「桜子さんは綺麗でいらっしゃるから」
 達次の妻、志磨がハンカチで口を抑えて伏し目がちに言った。

「どういう意味?」
 萌萌が詰め寄る。

「そうね、そうに違いないわ、女の武器を使ってお父様をたぶらかしたのね」
 嘉三の妻、貴子が眉を吊り上げて言った。

「わ、私たちはそんな関係ではありませ・・」
 桜子が言ってる途中で萌萌が立ち上がった。
「もういいわ、遺産なんて要らないわよ!お母さんいきましょ!」
 萌萌は、桜子の腕を引っ張ってドアの方に向かった。

 三人の息子とその妻達は、勝ち誇った様にその後ろ姿を見ていた。

 萌萌がドアを内側に思いっきり開くと、ギョッとした。
 そこに、小学生高学年ぐらいの男の子が立っていた。
 どこの子だろうと思いながら、萌萌はその男の子の横を、桜子を引っ張ってすり抜けた。
 
「待って下さい」
 その男の子は、桜子の腕を掴んだ。
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