真面目だと思っていた幼馴染は変態かもしれない

火野 あかり

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第十三話 死には至らない病

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「ユウ、明日でいよいよ一週間よ!」

 サクヤは嬉しそうにくるくる回りながら言う。
 しかも明日は土曜日、一日中一緒にいられる。
 サクヤは生理期間中だったため、この一週間は一度もセックスをしていなかった。サクヤとの約束を守りたかった。
 一度してもらったものの、この四日間はずっと我慢していた。
 きっと我慢した方が気持ちいいだろうと思って。

「明日はずっと一緒にいような」

「当たり前じゃない。どんな予定があってもキャンセルするわ。例えそれが大統領との会談でも」

 歩きながら、俺の肩に寄り掛かる。それを押し戻し、まっすぐ立たせる。
 関係が変わってからというもの、スキンシップが増えているのを感じる。
 いくら幼馴染でも今まではそういうことはなかった。だけど今は、この程度のことならば日常的にするようになった。

「そんな状況は流石にないと思うけど」

 お前は大臣か何かか、と突っ込もうかと思い、冷静に面白くなかったのでやめる。

「もう明日が楽しみでたまらないわ。一日中愛してもらえるなんて、幸せすぎる」

 両手を頬に当て、嬉しそうに言う。

「俺も楽しみだ。正直我慢の限界というか、そんな感じで」

「でも大丈夫なのか? さすがにサクヤの体を優先したいんだけど」

「大丈夫よ。というよりもう大丈夫といえば大丈夫なのよ。ただまだ血が出たりはするかもしれないから、一応ね。あまり汚いところを見られたくないという乙女心もあるわ」

「別に汚くはないと思うけど……ただやっぱり血は苦手なんだよなぁ」

「本能的なものみたいよ。やっぱり命の危険とか、そういったものを感じるんじゃないかしら」

「他人のでもそう思うなんて、情けない奴だよ、俺は」

「いいじゃない。何も思わない方が怖いわ」

 話は脱線して、他愛のない会話に移っていく。
 現状はまだ朝。あの流れで話が続けば、明日まで待てそうにない。



「市場。話があるんだけど」

 体育の終わり、着替えを終えて教室に戻ろうとすると、黒田サユリが更衣室の前で待っていた。
 女子だというのに、着替えるのが早いんだな、とだけ思った。
 体育のせいか、少し汗ばんでいるように見える。女子はバドミントンをしていたから本気を出してしまっていたのかもしれない。
 美少女なのだろう。いや、美少女だ。健康的で明るく、スタイルもいい。
 だけど、何の魅力も感じない。興味もない。
 俺はどこか、壊れているのかもしれない。

「黒田。なんかあったの?」

 俺の返答に、黒田は少し言いにくそうにしていた。
 斜め下に視線をずらし、こちらの方を見ない。恥ずかしそうに見える。

 黒田は周囲を気にしながら、距離を詰めて、小さな声で話す。

「サクヤと付き合ってるってホントなの?」

 抱き着いてくるのではと思う距離でそう言った。

「うん。サクヤに聞いたんだろ?」

「……もうキスとかはしたの?」

「……うん」

 それ以上も。とは言えない。言う必要もない。
 何が目的なのか、俺には図りかねる状況だった。

「そ、そうなんだ、しちゃったんだ……」

 黒田は涙ぐんだような、そんな顔だった。
 声は少し震え、こちらは見ない。

「黒田、どうかしたのか?」

「い、いや何でもない、何でもない!」

 そう言って、黒田は走り去る。
 綺麗なフォームで、サクヤではああはならないだろうな、と少し口元が緩む。
 サクヤはあまり運動が得意なタイプではないので、走り方は女の子走りに近い。

 四時間目だったので、このまま昼休みである。
 今日はサクヤが俺の母と弁当を作っていたので、非常に楽しみだった。
 サクヤは料理が上手で、小さな頃から練習していた。
 今思えば俺のためだったかもしれないと思うと、幸せな気持ちになる。
 そんなことを考えていると────

「市場ァァァーーーッ!」

 突如、叫び声がする。
 そして二発、背中に衝撃を覚える。後ろから殴られたようだった。
 そこにいたのは畑山と、遠藤。二人ともが血走った目をしていた。

「お前、お前ぇ! 四条さんがいるのに、黒田さんまで手を出すつもりか!?」

 遠藤がそういいながら詰め寄ってくる。
 なぜサクヤとの関係をお前が知っているんだ、と一瞬思ったが、答えは明白、畑山が言ったんだろう。
 口が軽い奴だとは思っていたが、どうやらその通りだったらしい。
 殺意というものが、こうもカジュアルに沸くものだとは知らなかった。

 遠藤明彦。
 遠藤は普段は比較的おとなしい、畑山と比べて、なのだが思い違いだったかもしれない。
 基本的にオタクであり、普段は美少女ゲームに夢中になっているタイプだ。
 近頃は消費だけでなく、生産まで手を出している。器用な奴で、だいぶうまい絵を描いていた。
 だがイケメンである。圧倒的にイケメンである。学校中と比較しても一二を争うのではないかと思うほど。俺と比べれば数段上の容姿であり、入学当初は上級生にもモテモテだった。
 身長は百八十センチほどで、顔面のビジュアルも併せて芸能人のようなルックスである。
 ただ、中身が致命的にオタクだった。社交的でなく、どもりがちなしゃべり方で、男女ともに心を開かないと話せないタイプなのだ。最初の頃は俺たちともろくに話せなかった。
 なので今は全くモテない。いいやつなのだが、それでも全く。

「いや、サクヤと付き合ってるか聞かれただけで……」

「な、泣きそうになってたじゃないか! 何を言った!?」

「キスしたか聞かれて、答えただけだ!」

「そ、それでどうなんだ! したのか!?」

「……ああ」

 その返答を聞き、遠藤はひざから崩れ落ちる。
 遠藤は別に二次元だけというわけではないらしく、人並みに恋もする。
 もしかするとサクヤにも好意があったのかもしれない。確かに、ゲームのキャラクターのようなスペックをしているのだから、無理もない。
 勇気を出せば大体の女の子には受け入れてもらえそうなものだが、遠藤にその勇気はないようだった。

「昇りやがって……」

 崩れたままの遠藤は下を向き、呟く。

「お、大人の階段昇りやがってぇぇ! 俺たちはちぎれそうな縄梯子なのに、なんでお前はエレベーターなんだよぉ!?」

 遠藤は訳の分からないことを言いながら、体育館の床を両拳でたたきつける。

「いや、遠藤、お前イケメンなんだからどうとでもなるだろ?」

「もうお前のほうがイケメンだよ!? 顔じゃないんだよ、心なんだよ!?」

 何かのトラウマなのだろうか、開けてはいけない箱を開けてしまったらしい。
 きっと付き合う経験自体はあるのだろう。そして心無いことを言われたことがあるのだと思う。
 そしてそれがきっかけなのか、今ではすっかりディープなオタクになってしまっているのだろう。

「何、遠藤、お前黒田のこと好きなの?」

 四つん這いのようなポーズのまま、遠藤は頷く。

 黒田サユリは勘違いをさせるタイプだ。
 誰にでも明るく話しかけ、まるで友達のように接する。
 遠藤はともかく、あまり女子との接触がない男はどうしたって気になる存在だ。
 そしてそれは遠藤にとっても同じだったらしい。
 見た目だけなら理想形にも思える二人だ。

「俺の一番好きなキャラと似てるんだ……」

 ああ、やっぱりこいつはだめだ。
 俺とは別のベクトルで壊れてしまっているように思う。

 畑山はというと、遠藤の豹変ぶりに引いていた。
 それには完全に同意ではある。

「……まぁとにかく、別に何もないよ。興味もない」

 俺はそう答える。
 すべて事実、本心だ。
 黒田としゃべっていても、何も感じない。
 サクヤと話すときはあんなに心躍るのに。

「本当か? 本当なのか? 俺にもまだチャンスがあるのか!?」

 遠藤は顔を上げ、半泣きのような声で聞く。
 黙っていればイケメンというのはこういうやつに言う言葉なのだろうと確信する。

「そりゃあな。というか何かしてみればいいだろ。お前かっこいいんだからさ」

「くうぅ……市場さん、マジリスペクトっす……余裕がすげぇ……」

「俺も、俺も一緒に帰ってみてぇ……」

 四つん這いのまま、右手を床にたたきつける。
 キャラが不安定すぎて、遠藤がわからない。


 教室に戻り、さぁ弁当、と思いカバンから取り出すと、サクヤが俺の二の腕を掴み、教室の外に引っ張る。

 教室の外で、ドン、と壁に押し付けられ、顔の横にサクヤの右腕がある。
 まさしく壁ドン。ただ男女が逆である。

「ユウ。さっきサユリと何を話していたの?」

 さっきというのは体育館のことだろう。

「浮気はもちろん許さないけれど、サユリを泣かせるのも許さないわよ。私の大切な友人なのだから」

 どうやら、黒田は泣いていたらしい。
 だけど正直、なぜなのかがわからない。

 サクヤは珍しく怒っていた。
 何度かしか見たことのない、サクヤの怒り。

「サクヤと付き合ってるか聞かれて、キスはしたのかと聞かれただけだ!」

 正直に答える。サクヤの怒りをなんとかして鎮めなければならない。
 サクヤは嘘が嫌いなので、一切嘘はつかない。

「……それだけ?」

「それだけ」

「サユリはユウのことが好きなんじゃないかしら。だからキスをしたことに嫉妬したとか……?」

 サクヤは一転冷静になり、そう言った。

「言っちゃ悪いけど、俺のどこに好きになる要素がある……?」

「たくさんあるじゃない。こんなに素敵でかっこいいし、優しいし。他の女だって好きになるに決まってるじゃない。みんな孕ませて欲しいって思ってるわ。一番は私だけれど」

「いや、多分それはサクヤだけだと思う。それで充分すぎるし」

「ユウは自分を過小評価しすぎじゃないかしら。実際、冷静に考えても良物件よ、ユウは」

「それはどうだろうな……?」

 あまり、そうは思えない。
 サクヤを何不自由なく養っていける自信は、今の段階だとない。
 勿論、そのために努力はしているつもりだけど。

「サユリに聞いてみましょう。今日の放課後、時間があるでしょう?」

「まぁ、あるけど」

 サクヤは当然知っている。
 付き合い始めてからというもの、放課後は一切の予定を入れていない。それはサクヤもそうだった。



 放課後。
 サクヤは黒田を連れて、俺の家にやってくる。
 母親がまさかの二人目、それも美少女を見てニヤニヤしていたが、それは無視した。
 別にそういう関係ではないし、そうなる予定もないのだから。

「サユリ。教えてくれるかしら?」

 サクヤは優しく問いかける。
 友達相手だとこういう感じなんだな、と新鮮な気持ちになる。

 二人はベッドの上、俺は勉強机の椅子に座っている。

「サユリ、ユウが好きなの?」

 いきなり核心に迫る。
 急じゃないか? とは思うも、サクヤには何かの意図があるのだろうと、口は挟まない。

 黒田サユリは首を横に振る。
 下を向きながら、涙を流して。

 改めて見ると不思議な状況だった。
 クラスでも一二を争う美少女たちが俺の部屋にいる。
 遠藤に申し訳なく思った。

「違う、市場じゃなくて、サクヤが好きなの……」

 ? ?? 
 黒田サユリは泣きながらサクヤを見ていた。
 俺はと言うと、完全に状況を把握できない状態だった。
 今、なんて言った?

 サクヤは助けを求めるようにこちらを見る。
 だが残念ながら助け舟は出せない。自分の頭の中の整理のため、すべて出航中だった。

「え? ユウじゃなくて私……?」

「わかってる! わかってるよ! 女同士なのに、こんなの変だって!」

「市場が憎い、憎いわ! 私のサクヤを盗ったんだから!」

 黒田サユリは泣きじゃくる。
 大きな声で、声を震わせて。ぼろぼろと涙がこぼれていた。

「市場は悪くない、悪くないけど! 好きなんだから仕方ないじゃない……」

 俺のほうを見て、歯を食いしばるように言う。
 大きな目からは涙が頬から顎に伝い、しずくになって落ちていた。

 俺は口を挟めない。
 黒田の気持ちは、俺が一番わかるからだ。
 もし、サクヤが他の男と一緒になれば、きっとこういう感情になっていたから。
 立ち位置こそ違えど、同じ女を好きになってしまった以上は、きっと同志なのだ。

「それは友達として……? それともその、性的に……?」

 サクヤは尋ねる。それは野暮ではないだろうかと思った。

「……性的に! 好きなの! 結ばれたかったの!」

 黒田サユリは一層泣きじゃくる。
 少し、見ていられなかった。
 報われなかったときの自分を見ているような、そんな気持ちになる。

「ユ、ユウ……」

 サクヤは困ったような表情でこちらを見た。
 そこで、俺は決心する。

「黒田。ごめん、サクヤは俺のものだ。誰にも、どんなやつにも渡さない。何があっても絶対に」

「わかってるわよ! あんたのことが好きなことくらい、ずっとわかってたわよ! でも、でも、好きでいたっていいじゃない!」

 黒田サユリは、泣きながらも強い瞳で俺を見据える。

 少し何かを間違えていたら、きっと自分もこうなっていた。
 俺は、この黒田サユリを嫌いにはなれない。
 If。自分のもう一つの未来を、嫌いになることなんて、俺にはできない。

「サクヤ。俺もサクヤに浮気はしてほしくない。だけど、だけど間違えた俺を見捨てたくもない」

「サクヤの好きにしていい。少し、俺は外に行くから」

 サクヤは察したような表情をした。
 俺も少し泣きそうだった。黒田サユリはきっと、俺の失敗した未来なのだと、そう思ったから。


 部屋を出て、一階に降りる。

「ユウ、モテモテじゃない。だけど浮気は私も許さないわよ。サクヤちゃんを不幸にするなら、あんたを殺すから」

 母は真面目なトーンでそう言った。
 どうやら、サクヤを愛しているのは俺だけではないようだった。

「コンビニに行くよ。何か買ってくるものある?」

 俺は普通の対応をする。本当は気が気でないけど。

「大丈夫なの? あんた、泣きそうな顔してるけど」

 母にはすべてお見通しなのだろうか。
 この人に隠し事なんて、一生できる気がしない。

「大丈夫だよ。別に別れたりしてないし」

 それでも俺は嘘をつく。サクヤがそれを望むなら、俺は手を引くつもりだった。
 サクヤが幸せにならないのなら、俺の幸せなどいらない。
 それでいい。愛した人を幸せにできないなら、俺などいらない。

 その日の夕焼けは、妙に目に刺さった。
 眩しすぎて、涙が出てくる。
 それでも、俺は黒田サユリの気持ちを、無下にはできなかった。
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