転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第八章:王城決戦編

第九十五話:覚悟と恐怖の狭間で

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未だに「聖女様」のことで揉めているルシウスとグラディーの前に、俺は一歩踏み出した。この二人のやり取りは、まるで漫才のようだ。しかし、その背後に潜むルシウスの底知れない実力を考えると、笑うことなどできない。

「……お、グラディーさん。敵さん、やる気みたいッスよ」

ルシウスは、ヘラヘラと笑いながら俺に視線を向けた。その目は、獲物を品定めするような、冷たい輝きを宿している。

「貴様あああああ話を逸らすんじゃなあああああい!」

グラディーの絶叫が、狭い通路に響き渡る。

魔法のグラディー、剣士のルシウス。

 今の俺じゃ到底勝てない。

それは、俺自身が最もよく理解している。グラディーの特大魔法は、セレナがいなければ防げない。ルシウスの剣技は、俺の【危機察知】すら感知しない。

恐らくこの地下通路の幻術もグラディーの仕業だろう。
 つまり、グラディーを先に倒さなければこの先には進めない。だが、そのグラディーの実力は確かだ。

それに加え、彼の弱点である「思考の単純さ」を補っているのが、あのルシウスという剣士だ。ルシウスは、グラディーの行動をすべて予測し、完璧にサポートしているように見える。

 どちらも俺より実力は上。

都合よく覚醒なんて事も無い。

だったらネコの手を借りるならぬ、”エルの手を借りる”。

 俺の考えが確かならいけるはず……。

俺は、頭の中で立てた作戦をもう一度確認する。完璧ではない。むしろ、穴だらけの無謀な作戦だ。

だが、これが限られた選択肢。
迷っている時間はない。覚悟は決めた。

「そこの女は戦わないんッスか?」

ルシウスが、まるで俺の隣に立っているセレナの存在を忘れていたかのように、興味なさげに問いかける。

「ルシウス貴様ああああ!まさか聖女様にまで剣を向ける気か!?聖女様に傷一つ付けてみろ!俺が許さん!」

グラディーは、ルシウスの言葉に激昂した。

「グラディーさん、アンタ一体どっちの味方なんスか……」

ルシウスは、呆れたように肩をすくめる。

「聖女様だ」

「うわ!この人言い切った!敵ッスよ!?」

「違う!聖女様はこの少年に騙されているのだ!でなければ聖女様がこんな所にいる訳が無いだろう!ルシウス、もう少し考えてものを言え!」

グラディーの言い分は、もはや意味不明だ。

「どっちがッスか……」

ルシウスの顔には、はっきりと「面倒くさい」と書かれている。俺は、このチャンスを逃すわけにはいかない。

「…………もういいか?」

 俺は二人の会話に割って入る。

「……それはこっちのセリフッス。大人しくしていれば、痛い目を見る事はないっスよ」

ルシウスの表情から、さっきまでの茶化すような態度は消え失せ、冷たい殺気がにじみ出ている。

「ルシウス貴様というやつは、まだ分からんのか!聖女様に傷一つ付けてみろ!俺が許さ──」

グラディーが再び長々と説教を始めようとした瞬間、ルシウスの剣が閃いた。

 ルシウスがグラディーを気絶させた。

 見えなかった……全く。

グラディーの体が、音もなくその場に崩れ落ちる。一瞬の出来事だった。

「この人居たら話進まないんで、黙っててもらう事にしたッス」

ルシウスは、まるで邪魔なゴミを片付けたかのように淡々と言った。

「それはありがたいけど、お前の隊長だろ」

俺の言葉に、ルシウスは少しだけ意外そうな顔をした。

「心配してくれるんッスね。でも、大丈夫ッス。この人、気絶していた事も忘れるので」

「……都合のいい頭で出来てるなグラディー……」

呆れ半分、安堵半分で俺は呟く。これで、グラディーの邪魔が入ることはない。
 しかし、問題はグラディーよりコイツの方だ。

 どうやら、グラディーと違って頭もキレるようだ。

「さて、では始めますか。……念の為もう一度警告しておくッス。……死ぬッスよ」

ルシウスの言葉には、一切の感情がこもっていない。ただ、事実を告げるような、静かな声だった。

「死ぬのはゴメンだ。だから死なない程度に殺してくれ」

俺は、セレナに聞こえないように、しかしルシウスには届くように、低い声で言った。

「何言ってんのかよく分かんないッスけど、要するに戦闘意思ありと受け取っていいんスね?」

ルシウスは、俺の言葉の意味を測りかねているようだ。

「ああ、それでいい」

 死なない程度で生き残る。そして、エルを召喚する。

 それが俺の目的だ。

「さぁ掛かってこ──」

俺が構えをとった瞬間、ルシウスの姿が消えた。いや、消えたのではない。あまりにも速すぎて、俺の目では捉えきれなかった。

「もう遅すぎて斬ってしまったッス」

ルシウスの声が、俺の背後から聞こえる。その直後、俺は全身を灼くような激痛に襲われた。

「は………………?」

 痛い。熱い。何が起きているのか、理解が追いつかない。

 恐る恐る痛む方へ視線を向けた瞬間、脳が状況をようやく理解した。

 ──腕が、切り裂かれていた。

 肉が裂け、血管が断たれ、血液が鮮烈な赤で滴り落ちる。

 骨の軋む音すら聞こえた気がした。

「んがああああああああああああああああああ」

 痛みが全身を蹂躙する。鮮血がじわりと滴り、無防備な右腕から血が溢れ出していた。

「アルス様ッ!!」

セレナの悲鳴のような叫び声が遠くで響く。

 見えなかった。まったく見えなかった。

 油断した訳じゃない。むしろ今までにない程に警戒していた。

 それなのに、俺の右腕は確かに、斬り落とされていた。

 何が起きているのか、理解できずに、ただ痛みだけが支配していく。

「まずは一本……次、二本目いくッスよ」

ルシウスの声は、相変わらず感情がこもっていない。それが、余計に俺の恐怖を煽る。

 その言葉が鼓膜を通過するよりも前に、脳が悲鳴を上げていた。

 無理だ。無理だ。無理だ!

 覚悟はとっくに決めてた。死ぬ覚悟なら、最初から胸の奥に仕舞っていたはずだった。

 ──なのに、体が震える。思考が崩れる。俺の体がこの場から今すぐ逃げ出したがっている。

「嫌だ……死にたく……ない……」

 情けない声が漏れる。けど止められない。止まらない。

 恐怖が思考を支配する。

 怖い。怖くてたまらない。

 もし次死んだら──そのあと、どうなる?

 また目を覚ます事が出来るのか?それとも……今度こそ、終わりなのか?

 また転生なんて都合の良いことが起きる訳がない。

 嫌だ……死にたくない。

「もしかして、死ぬのが怖くなったッスか」

 脳内をかき回すような自分の声が頭の中で反響する。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。

「もしもーし?……あれれ、聞こえてないッスかね」

 からかうように、声が近づく。

 ひたり、ひたりと、死の音が一歩。また一歩と音を鳴らして迫ってくる。

 逃げたい。消えたい。消えてしまいたい。

 
 でも──逃げ場なんて、最初からどこにもなかった。

 これは俺が自分で選んだ覚悟だからだ。

 後ろでセレナが何かを言っている気がする。

 それも痛みと恐怖で聞こえない。

「返事が無いって事はもういいッスよね…………はぁ……何のつもりッスか」

ルシウスの声が、不機嫌そうな響きを帯びる。

「もうやめて下さい!これ以上はアルス様が死んでしまいます!」

セレナは、地面に転がる俺を庇うように抱きしめた。その温かさが、俺の心臓の凍てついた部分を少しだけ溶かす。

「……何言ってんッスか。男が女の為に命をかけて戦った。ただそれだけの事ッス」

ルシウスの銀の目が鋭く光る。その冷たい視線は、セレナの覚悟を嘲笑うかのようだ。

「……今度はなんの真似ッスか女」

「見ての通りです。アルス様を斬れば私を斬ることになります!」

セレナは、震える声でそう言い放った。その覚悟は、本物だしかし……

「……だから?」

ルシウスの言葉は、セレナの覚悟をあっさりと踏みにじる。

「えっと……つまり貴方の隊長様が──」

「女、何か勘違いしているようッスね。自分はルシウスであって、グラディーさんじゃないッス。もしそこの男を守る為にやっているのなら無駄ッスよ。はぐれ者だった自分を救ってくれたグラディーさんに恩はあるッスけど──」

 ルシウスは冷たい声で言った。

「グラディーさん程、騎士の志とかそういうの持ち合わせてないッスから」

セレナは、その言葉に絶望したように、目を瞑りアルスを抱きしめた。その温かい腕の中で、俺は再び自分の無力さを痛感する。

(また俺は……)

 ……
 …………

通路の奥から、乾いた足音が聞こえてくる。

「…………今度は何ッスか」

ルシウスの声に、わずかな苛立ちが混じる。彼は、何かに気づいたようだった。

「私の夫が瀕死のようでしたのでやって参りました」

俺の耳に、聞き覚えのある声が微かに聞こえた気がした。幻聴か?いや、違う。この声は──。

俺は、最後の力を振り絞って、その声の主を探した。そして、通路の奥に、見慣れたシルエットを見つけた。

それは希望の光だった。
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