転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第九章:王城決戦編 【第二幕】

EX章:王の苦悩

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 王城内部──玉座の間。
 
 天井から吊るされた巨大な水晶のシャンデリアが燦然さんぜんと輝き、赤い絨毯が玉座へと伸びる。壁には金細工の装飾、深紅のカーテンが外光を柔らかく遮り、陰影いんえいを作っていた。この空間はまさしく、王の権威そのものだった。

 玉座に腰掛ける王は、肘掛けに頬杖をつき、独り言を零す。

「……殺られたか。所詮は低級悪魔。少し様子を見てこいと言っただけで舞い上がりおって」

 口角がわずかに吊り上がる。

「まぁよい……面白いものを見れた」

 その表情には、部下の失態への苛立ちよりも、計画外の駒が盤上に現れたことへの愉悦が浮かんでいた。

「最後のピースは我が握っている。奴らは必ずここに来る。しかし──問題はあの男だ」

 立ち上がり、王は玉座の間を後にする。


 辿り着いた先は、もう一つの広間──謁見の間。

 玉座の間の華美さとは正反対。壁も床も飾り気がなく、広大な空間に冷気が漂っている。その奥、威厳を放つ漆黒の椅子が鎮座し、王を迎えるかのように静かに佇んでいた。

 そして広間の隅──暗がりの一角に、封印された巨大な扉がある。分厚い鉄板と幾重にも絡む鎖、刻まれた古代魔法陣が淡く脈打ち、まるで息を潜める獣のように存在感を放っていた。

 王は扉の前に歩み寄り、低く呟く。

「……リリア。貴様が最後のピースだ。いずれ奴らは貴様を求め、この場に来るだろう。だが──返り討ちにしてやる」

 返事はない。鎖が微かに揺れ、冷たい金属音が空気を震わせた。

「そうだな……あの男、名前は何だったか。確か“レオ”とか言ったか?」

 鎖がひときわ大きく震える。

「やはり生きていたか、リリア。魔王因子を取り込んだ貴様はもはや人間ではない。それは我にこそ相応しい。人間である貴様には馴染むことはなかろう……まして貴様は──」

 扉をノックする音が響く。

「陛下、今よろしいでしょうか」

 王は眉をひそめた。

「……何だ。我の大切な一人の時間を奪ったのだ。それ相応の報告なのだろうな?」

「はい、重大な案件です」

「話せ」

「あ、はい。実はその方が魔王候補……?に会いに来たと、そう仰っており──」

 扉越しに、騎士団の男は言葉を選びながら恐る恐る王に報告する。
 王の視線を想像し、少し言葉に詰まる様子が見て取れた。

(馬鹿な……奴らはまだ地下を彷徨っているはず。何者だ)

 王の脳裏に、記憶にない人物の顔が浮かび上がっては消える。

「……通せ」

「かしこまりました」

 男の声が響くと、謁見の間の扉がゆっくりと開かれる。王は封印された扉から視線を外し、奥にある漆黒の椅子へとゆっくり歩く。

 腰を下ろすと、背もたれが背筋に吸い付くような感覚が広がった。長い年月、幾度となくここで作戦を練ってきた記憶が甦る。

(……やはり、ここが一番落ち着く)

 静寂に包まれたその時。

「おい悪魔、何じゃコイツは!わらわが通せと何度言っても聞かんのじゃ!」

 甲高い声が、謁見の間の空気を破った。

桃色の髪を揺らす幼い少女──ラプラスがそこに立っていた。その瞳には年齢不相応の傲慢と、何処までも底の知れぬ光が宿っている。

「……貴様か、ラプラス。何の用だ」

 王は、うんざりしたようにため息をつく。その表情には、面倒事の前兆を感じた時の疲労が混じっていた。

「ここで面白いものが見れると感じてのう!つい来てしまったのじゃ!あー、でもでも!妾はお前の国に手出しするつもりは無いから安心せい!ワーッハッハッハッ」

 ラプラスは、両手を腰に当て、王の目の前まで歩み寄る。その無邪気な笑顔の裏には、悪意と好奇心が渦巻いていた。

「……はぁ……貴様が居ると調子が狂う」

 王は静かに言った。その声には、彼女にしか見せない諦めにも似た響きがあった。

「そう言うな、マルバス。妾はただ見届けるだけじゃ。今回の結末をのう」

 ラプラスは、王の向かい側に立つと、楽しそうに笑った。

「……貴様にはもう既に視えているのだろう。結末が」

 王の問いに、ラプラスは自信満々に胸を張る。

「勿論だ!なんせ妾じゃから!ワーッハッハッハッ!」

 王は、その耳障りな笑い声から逃れるように、そっと耳を塞ぐ。その仕草は、長年の付き合いを物語っていた。

「だがこの目で見ておきたくてのう!……一人面白い者が居る」

 ラプラスはニヤリと笑った。その瞳が、王の背後にある封印の扉を一瞬だけ捉える。

「それは我も気付いている。貴様と同じかどうかは分からんが」

 王は、椅子に深く腰掛けたまま、静かに答えた。

「一緒じゃな!アレは何だ?どこで見つけたのじゃ?」

 ラプラスは、興味津々といった様子で身を乗り出す。

「見つけたのではない。勝手にやって来たのだ……貴様なら知っていると思うが」

「いや、アレは分からなかった。この世界の事ならなんでも分かる妾じゃが、あの存在は何故か妾の眼を弾くのじゃ」

「いずれ脅威となる可能性がある。当然我は生かしておくつもりは──」

 王がそう言った時、ラプラスの表情が一変した。無邪気な笑みは消え、代わりに冷たい怒りの色が浮かぶ。彼女の周囲の空気が一瞬で凍りついた。

「マルバスよ。いくらお前でもそれは妾が許さん。マルバス、アレは妾のものじゃ」

 その言葉には、決して逆らえない絶対的な力が込められていた。

「……もういい。他に用が無いなら出ていけ」

 王は、それ以上何も言わなかった。ラプラスの言葉の重さを理解し、静かに引き下がる。

「全く冷たいのう、お前はいつも」

 そう言って少女は、まるで霧のように、その場から姿を消した。

 王は、再び椅子に深く腰を沈め、静かに思考の海へと潜っていった。その表情は、先ほどの嘲笑や苛立ちとは違う、複雑な感情に満ちていた。
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