転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第九章:王城決戦編 【第三幕】

第百二十五話:試練【壱】

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俺は試練とやらを受けることになった。  

「で、試練って何をすればいいんだ」  

俺の問いに、ダーウィンは楽しげに口角を上げる。  

『まずはこれだ』  

軽く指を鳴らした瞬間、眩い光が弾ける。  
煌びやかに飾られていた“部屋”は跡形もなく消え、目の前に広がったのは──  
俺の記憶の奥底に沈んでいた遊園地だった。  

色とりどりの観覧車やメリーゴーラウンド。  
耳に馴染んだはずの陽気な音楽。  
だが、人影は一人としてなく、笑い声も歓声も聞こえない。  
静まり返ったその光景は、懐かしさよりも不気味さを強く漂わせていた。
 
「……俺にここで遊べってか?」  

『うん、遊んで欲しい。けど、ただ遊ぶだけじゃないよ。この遊園地にあるすべての乗り物を制覇してもらう。それが今回の試練だよ』  

ダーウィンは、子供の悪戯を仕掛ける時みたいにニヤリと笑った。  

「……おい待て。今回ってなんだ。まさかこれだけじゃないのか?」  

『僕もそこまで鬼じゃないよ!ただ──もしまた僕に会うことになれば、の話だね』  

「……」  

その言葉の意味は一つ。  
つまり俺がまた“死んだ時”。  

冗談じゃねぇ。  
もう二度とここに戻りたくはない。  
だけど、戻らないためには、この試練をやり遂げるしかない。
   
「分かった。……制覇ってなんだ?これ全部乗ればいいのか?」  

『そう!』  

ダーウィンは両手をぱっと広げて、子供みたいに笑った。  
その笑みが、遊園地のネオンよりも鮮やかに感じられる。  

『但し──アルス君。君が思っているような“ただの遊園地”だと思わないほうがいいよ』  

俺は思わず、ため息を吐いた。 
  
「そんなことだろうと思った……」  

覚悟を決めた俺の顔を見て、ダーウィンは小さく肩を揺らし、クスクスと笑う。  
その仕草があまりにも自然で、可愛すぎて……心臓が無駄に跳ねた。  

『ふふっ、いい顔するじゃないか。……じゃあ始めるね。ちなみに──制覇した暁には、僕から“ご褒美”もあるからね!』  

瞳をきらきらと輝かせながら、彼女は人差し指を口元に添える。  
小悪魔のようなポーズに、俺は思わず視線を逸らした。  

「ご褒美……?なんだよそれは……」  

返事を待つ間もなく、ダーウィンの姿は煙のように消える。  
残されたのは、無人の遊園地と、胸の奥に焼きついたあの笑顔。  

……嫌な予感しかしない。  

目の前に広がるのは、前世で何度もテレビや雑誌で目にしたような遊園地だった。  
ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランド……誰もが知る“定番”が整然と並んでいる。  
だが、人の気配は一切ない。ネオンの灯りと機械の駆動音だけが、やけに鮮明に響いていた。  

「さて……どれから乗るか」  

思わずつぶやいた声が、無人の遊園地に反響する。  
最初に浮かんだのは──やはり。  

「ジェットコースターか。……正直、得意じゃないんだよな」  

喉の奥が渇く。  
幼い頃、両親に無理やり乗せられ、泣きじゃくった自分が蘇る。  
あの時の恐怖。胃が宙に浮く感覚。耳をつんざく風の音。  
心臓を握り潰されるような圧迫感に、ただただ泣いているしかなかった。  

……けれど今は違う。  
俺はもうガキじゃない。身体も心も、大人になったはずだ。  
過去の自分に勝つためにも──ここで逃げるわけにはいかない。  

『ふふっ、いいねぇアルス君」』 

耳元で軽やかな声。振り向けば、いつの間にかダーウィンが隣に立っていた。  
白黒のチェック柄の帽子をちょこんと押さえ、瞳をきらきらと輝かせている。  

『最初からジェットコースターを選ぶなんて、やっぱり君は面白いよ。怖がってる顔も……ちょっと可愛いし?』  

「おい。人を子ども扱いするな」  

強がって返したものの、胸の鼓動は速まる一方だった。  
けれど、不思議と彼女の存在が心を軽くする。 
  
まるで舞台袖からひょいと顔を出す道化師のように、ダーウィンは恐怖を笑いに変えてくれる。  

「……よし、行くか」  

俺は深く息を吸い込み、ぎしぎしと不気味な音を立てるジェットコースターへと歩を進めた。  

遊園地は静まり返っていた。歓声も音楽もなく、風が通り抜ける音だけが耳に残る。  
無人の乗り場に立つと、胸の奥にじわりと不安が広がる。  

「……誰もいないのかよ。これ、動かす奴はどこだ」  

そう呟いた瞬間、背後から軽やかな声が響いた。  

『それなら心配ご無用だよ』  

ダーウィンが、ひょいと影から飛び出すように姿を現した。  

「お前!いきなり出てくるな!心臓止まるかと思っただろ!」  

『あはは、ごめんごめん。……ジェットコースターを選ぶなんて、君にしては勇気があるね。苦い思い出があるんだろう?』  

「だからこそ先に終わらせるんだよ……いちいち見透かすなっての」  

俺が睨むと、ダーウィンは口元を押さえながらクスクスと笑った。  
その笑みはまるで無邪気な子供のようで、ついさっきまでの底知れぬ老獪さが、夢だったかのように薄れて見えた。  
 
『じゃあ、乗ったらスタートだよ』  

「分かった」  

大丈夫。俺はもう、あの時の子供じゃない。  
泣きじゃくって親の袖を掴んでいた俺とは違う。  
乗れる。怖くなんかない。  
そう強く言い聞かせ、俺は軋むシートへと身を沈めた。  

「……乗ったぞ」  

『ではでは、出発進行ー!』  

ダーウィンが楽しげに手を振ると、コースターはゆっくりと、だが確実に軋む音を立てながら上へと進み始める。  

「……まだここまでは、普通だな」  
 
だが、レールが空を切り裂くように傾斜を増すにつれ、俺の心臓は嫌なほど跳ね上がっていく。  
高所恐怖症を克服したつもりはない。──いや、むしろ。  

「…………ヤベェ、吐きそう」  

やっぱり、克服なんてしていなかった。  
それどころか、足元から血の気が引いていく。  

そして、ついに──頂上。  

「あ、死んだ」  

刹那、視界が裏返る。  
重力に引きずり落とされるように急降下し、俺は目を開けていることすらできず、ただ風圧に身を委ねるしかなかった。  

……そして、気づけば。  
あれほどの恐怖と絶叫の時間は一瞬で過ぎ去り、コースターは元のスタート地点に滑り込むように帰ってきていた。  
 
『お疲れ様!どうだった?』  

ダーウィンが屈み込み、俺の顔を覗き込む。その仕草はまるで小動物のようで、妙に愛らしい。  

「…………何度か死んだ」  

『あはは!やっぱり!これは君にとって、トラウマの象徴だからね』  

「……でも、結局ただのジェットコースターだったな」  

恐怖は確かにあった。だが牙を剥いて襲いかかってくるわけでもなく、ただ走るだけ。  
拍子抜けするほど何もなかった。  

『ふふっ、なら次に行こうか』  

「は……?もうこれで終わりか?」  

『うん、ジェットコースターはこれでクリアだよ』  
 
どういうことだ……?  
俺の思っているまんまの遊園地だったぞ、こいつに関しては。  

『何か言いたそうだね』  

「俺の世界の遊園地と同じだった。……まさか、これ全部そうなのか?」  

『さぁ、それはどうだろうね?──じゃあ次行ってみよーう!』  

ダーウィンは俺の問いを軽やかにかわし、楽しそうに両手を広げて次の乗り物へ促した。  
……俺は、一体何をさせられているんだ。  

その後も、俺は遊具を次々とハシゴした。  
コーヒーカップ、お化け屋敷、ゴーカート、観覧車……。  
どれもこれも、前世で体験したことのある乗り物ばかりだった。  

観覧車に乗り込むと、不意にダーウィンが俺の隣に現れる。  

『観覧車!上から見る景色って、なんだか特別な感じがしない?』  
 
その言葉に、俺は少しだけ癒された。  
この遊園地は、俺の記憶の遊園地と酷似している。  
まったく同じではない。……所々にダーウィンの顔が描かれているという、不気味な仕様にはなっていたが。  

そうして俺は、すべての乗り物を制覇した。  

『おめでとう!これで制覇だね!──では、ここでアルス君に感想を聞いてみちゃおうかな!  
はい、それではどうぞ!』  

「……普通、だった」

俺の淡々とした答えに、ダーウィンの顔がみるみる膨らむ。頬をぷくっと膨らませて、不満げに俺を見上げるその表情──まるで子供そのものだ。

『……えー?それだけー?せっかく僕、いろいろ用意したのに!』

「いや、他に言葉が出てこないんだって」

『うぅ……なんだか、ちょっと悲しいなぁ。アルス君、もっと褒めてくれたっていいのに!』

その小さな拗ね顔に、俺の胸の奥がちくりと痛む。その上目遣いと、潤んだ瞳。
俺は、思わず視線を逸らしてしまう。

「なぁ、ダーウィン。これって俺の記憶に関係してるのか?」

『ピンポーン!正解!』

ダーウィンの顔に、一瞬で花が咲いたかのような笑顔が広がる。その小さな手をパッと広げて喜ぶ仕草に、まるで子供のような無邪気さがあふれていた。

「やはりな。この遊園地は、俺の記憶そのままだ。トラウマの追体験……これが今回の試練ってわけか」
 
ダーウィンは少し沈黙した後──

『ピンポンピンポンピンポーンッ!大正解!さすが僕の見込んだアルス君だよ!』

彼女は両手をパチパチと叩き、嬉しそうに跳ねるように喜んだ。その仕草は無邪気で、見る者を自然と笑顔にさせる。

「で、これで終わりか?」

『うん、今回は以上!もう少し君と談笑していたかったけど、時間も時間だしね』
 
「俺は、向こうに帰ったらどうなる?」

『勿論、その場で生き返る。何事もなかったかのようにね』

本当にこれでいいのか。  
結局、遊園地で遊んだだけだ。トラウマの追体験をしただけで……。

『あ、そうそう!忘れていたよ!』

ダーウィンは軽やかに駆け寄ってきた。

「何が──」

その瞬間、彼女の唇が俺の頬に触れた。

「なっ──お、お前!!」

『あはは!ご褒美だよ、ご褒美!ずっと君が来るのを待っていたからね。暇していたんだ』

「だからってお前……」

『いいじゃないか!まだ唇にはしてないだろ?それとも、そっちをご所望かい?』

俺の顔は瞬時に熱くなる。  
視線を逸らし、必死に叫んだ。

「もういい!終わったんなら早く出せ!」

『可愛いな、ほんと惚れ惚れするよ……じゃあ君を向こうに送るね』

「ああ、頼む」
 
『君が向こうに戻ると、彼は王女を斬ろうとしている。その時間……だいたい二秒?』

「二秒だと!?」

思わず声が裏返る。頭の中で考える間もなく、心臓だけが早鐘のように打つ。

『安心して。君が戻る頃には、システムがちゃんと働くから』
 
「……お前がラプラスに干渉するのか?」

『そう。君のためにね!惚れたかい?』

「……黙れ」

『酷いなぁ!僕は乙女だよ!?』

その言葉に、俺は反論できなかった。  
もし相手がおっさんならまだしも、この可愛らしい姿だからこそ無下にできない。  
油断すると本気で惚れそうになる。

『へー。そっか、惚れそうになっちゃうか~。惚れてもいいよ?』

「──っ!お前、勝手に人の心を読むな!それに、離れろ!」

再び密着してくる彼女を、やんわりと押し離す。

『突き離さないのが君の優しさ……僕は君が好きだ、アルス君』

「……もういい。さっさとしろ。エルが危ない」

『大丈夫、この死後の世界では、時間は止まっているも同然だからね』
 
「止まっては……ないんだろ」

『……そうだね』

「なら、さっさとしろ」

『分かったよ。あ、そうそう。僕のこと、誰にも──』

「言わない」

『うーーん!大好き!』

ダーウィンは腕を広げ、俺にぎゅっと抱きついた。

「おい、だから抱きつくな!」

『じゃ、また会おうね!──とおやまくん
 
ダーウィンの声が、遠ざかっていく。
俺の意識は、光に包まれ、再び現実へと戻っていく。

それは血にまみれた世界へと──。
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