転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

文字の大きさ
131 / 152
第九章:王城決戦編 【第三幕】

Loss and Rage

しおりを挟む
「あ……アルス、さん……」

 エルの声が、絶望に震えていた。
 彼女は、その場に崩れ落ち、ただただ俺の亡骸を見つめている。
 国王としての威厳も、王女としての誇りも、すべてが崩れ去ったかのように。
 彼女の瞳は、もう、何の光も宿していなかった。

「……もう、結構です……」

 その言葉は、まるで諦念のようだった。
 エルは、ナナシに殺されることを、甘んじて受け入れようとしていた。
 俺の死が、彼女の心を完全に折ってしまったのだ。

「フン……ようやく諦めがついたか」

 ナナシは、大剣を血に濡らし、エルに向かって歩み寄っていく。
 その足音は、静かで、しかし、死刑執行人のように重く響く。

「……やめてください」

 その時、セレナの声が、静かに響いた。
 彼女は、俺の体を抱きしめたまま、ナナシを睨みつける。
 その瞳は、先ほどまでの恐怖の涙とは違う、激しい怒りに燃え上がっていた。

「やめてください、ナナシ様。……これ以上、アルス様を侮辱するのはやめてください」

「侮辱……?俺はただ、俺の正義を貫いているだけだ」

「それが、アルス様の命を奪う理由になりますか!ふざけるのも大概にしてください!」

 セレナの言葉に、ナナシは一瞬、足を止める。
 だが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。

「ふざけてなんかいねぇ……俺はな、お前らよりもずっと、多くの絶望を見てきた」

 ナナシは、再び歩み寄っていく。
 セレナは、俺を抱きしめる腕に、さらに力を込めた。
 その腕は、もう震えてはいなかった。
 ただただ、怒りと悲しみ、そして、決意に満ちていた。

「もし、アルス様を救えるなら……もう一度あの魔法を……」

 セレナは、震える声で呟いた。
 彼女の瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。
 それは、彼女の最後の希望。自らの命を削り他者を回復させる禁忌の魔法だ。


 ──目が覚めると、セレナが震える腕で俺を抱きしめていた。

(セレナ……)

 彼女の腕は細く、力なく、小刻みに震えている。
 その腕から、温かい、そして生ぬるい液体が、俺の頬を伝う。
 それは、セレナの涙ではなく、俺自身の血だった。

 俺の胸から、鮮血がとめどなく流れ出している。
 身体中に小さな穴が空いていた。
 まるで、鋭い刃物で抉り取られたかのように。
 
 これが、ナナシの『桜時雨』か。
 あの桜色の剣の雨が、俺の体を無数に貫いたのだろう。

 防ぐも避ける事すら出来なかった俺は、痛みを感じる余裕すらなく、俺は死に、ダーウィンの部屋に呼ばれたのだ。

 そして、彼女をこんな形で──泣かせてしまった。

「それは使うなと言ったはずだ、セレナ」

 俺の声に、セレナの体がびくりと震えた。

「──っ!アルス……様?」

 彼女の声は、信じられないものを見たかのように、震えていた。
 その声に、ナナシが反応する。

「……何?兄ちゃんだと」

 エルはダーウィンの言う通り、ナナシに斬られる二秒前だった。
 俺はセレナに抱きしめられたまま、彼女の手をそっと取った。

「セレナ……その魔法は使うなって言っただろ」

「……本当にアルス様……まさか悪魔が憑依して──」

 何言ってんだこいつは。
 俺は、セレナに本物の俺だと認識させるための合言葉を呟く。俺にしか分からないものだ。

「セレナは最近手が出るのが早い」

 その言葉に、セレナの瞳から涙が溢れた。
 それは、安堵と、混乱と、そして喜びの涙だった。

「アルス様……!生きていたんですね……でもそんな体でどうして……」

「……そもそも死んでないからな」

「そんなハズは……たしかにアルス様の心臓は止まっていたはずです!」

 そうか、俺の心臓は止まっていたのか。
 いや、まぁ死んでいたのだから当然と言えば当然か。

 しかし困った。
 ダーウィンに口止めされている以上、どう言い訳しようか。
 戻った時の言い訳でも聞いとけば良かったな。

『主』

 おお!システム!お前復旧したのか!
 ってことは、ダーウィンのやつ、ラプラスに無事干渉出来たってことか。

干渉がイマイチよく分からないが。
何したんだアイツ。

『主、言い訳はこう答えるといいでしょう』

 何かあるのか!?

『俺はお前の愛がある限り死ぬことは無い、と』

 ……クサすぎるだろ。いつの時代のセリフだよ。

『しかし、こう言えば全てが丸く収まります』

 それが嘘なら承知しねぇぞ。

『私は主のため常に全力です』

 分かった……言えばいいんだろ言えば。
 俺には聖女であるこいつがそんな言葉で納得するとは思えないが。
 システムのお前が言うなら従ってやる。

「……セレナ」

「はい、なんでしょう?」

 俺は深呼吸をして、覚悟を決める。
 そして、彼女の目をまっすぐに見つめ、呟いた。

「俺は……お、お前の……愛がある限り死ぬことは無い」

 セレナがぽかんとしていた。
 
 恥ずかし過ぎる……!お前!どうしてくれんだ!

『主、落ち着いて下さい』

 これが落ち着いて居られるか!見ろ、セレナのこの表情!何言ってんだコイツ、みたいな顔してんだろ!

『それは主の考えすぎです』

 どこが……

 俺は改めてセレナの顔を見た。

「アルス様……」

 え……マジで信じたのか。
 仮にも命を扱う聖女だよな。
 
『主。聖女セレナは主にゾッコンです』
 
 えぇ……。

「えっと……まぁそういう事だから離してくれるか、セレナ」

「嫌です……本当に死んだのかと思ったんです……暫くこのままでいさせてください」

 セレナは俺を強く抱き締めた。
 この短時間で一体何度抱きしめられるんだ俺は。
 その殆どがダーウィン、彼女だったが。

『主』

 なんだ?

『聖女セレナのカップ数、推定Fです』

 今それ必要か!?  

『……』
 
 いや、ごめん。ありがとな?  

『主の役に立てたなら光栄です。……この情報は戦闘には無関係ですが』

 だろうな!

「その……セレナ、その気持ちは有難いが、俺はナナシを止めなきゃならない。それにもう傷は癒えてる」

「…………え、そんなハズは……あれ?……えぇ?」

 俺の傷は知らぬ間に癒えていた。
 セレナは驚いたように、俺の体に触れる。

「説明は後だ」

 と言っても、俺もどういう原理で傷が癒えたのか知らない。
 故に、説明のしようもないのだが。

「……分かりました。その……アルス様」

「何だ」

「負けないで下さい」

 セレナは立ち上がった俺の腕を掴み、涙ながらに懇願してくる。

「……当たり前だ」

 もう二度と死んでたまるか。
 ダーウィン──彼女と話すのは構わないが、死ぬ度に試練を受けるのはもうゴメンだ。

 なにより、自分が不死身という事。
 痛みすら感じる間もなく死んだのは奇跡か。
 あるいは、ナナシの優しさか。
 どちらにせよ、もう死ぬのはゴメンだ。

「絶対勝つ」

 俺は、エルの前に立つナナシの方に向かって歩いていく。

「……兄ちゃん……なんで生きてんだ」

「……愛がある限り……し、しな、死なないんだ」

 言ってて恥ずかしいが、一度も二度も変わらん!

「……愛か。俺も愛の為なら死なないんだぜ?」

 その言葉は比喩ではなく、事実だ。
 それを知っているのは俺だけだろう。

「それじゃ二回戦と行くか、兄ちゃん」

「悪いが、今度は勝たせてもらう」

「だといいな」

 俺とナナシの二回戦が始まる──
 筈だった。

『超警告:主、今すぐお逃げ下さい』

 なんだまたそれか?
 以前は上手く聞き取れなかったが、今回は聞き取れるようになったな。
 これもダーウィンのお陰なんだろうか。

「黙ってろ、今逃げたら俺の負け──」

「そうはさせぬのだ!」

 甲高い声が聞こえた。女の声だ。それも幼い声。

「何だ?」

 それは俺の声か、あるいはナナシの声か。
 ──その瞬間、俺の意識が事切れた。

 ******

『あらら、おかえり』

「……冗談じゃねぇぞ」

 気付けば俺は再び、ダーウィンの部屋に居た。
 一体何が起こったんだ……?

『恋しいのは分かるけど流石に早すぎるね』

俺は情けなくも二度死んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~

深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】 異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!

家ごと異世界転移〜異世界来ちゃったけど快適に暮らします〜

奥野細道
ファンタジー
都内の2LDKマンションで暮らす30代独身の会社員、田中健太はある夜突然家ごと広大な森と異世界の空が広がるファンタジー世界へと転移してしまう。 パニックに陥りながらも、彼は自身の平凡なマンションが異世界においてとんでもないチート能力を発揮することを発見する。冷蔵庫は地球上のあらゆる食材を無限に生成し、最高の鮮度を保つ「無限の食料庫」となり、リビングのテレビは異世界の情報をリアルタイムで受信・翻訳する「異世界情報端末」として機能。さらに、お風呂の湯はどんな傷も癒す「万能治癒の湯」となり、ベランダは瞬時に植物を成長させる「魔力活性化菜園」に。 健太はこれらの能力を駆使して、食料や情報を確保し、異世界の人たちを助けながら安全な拠点を築いていく。

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

【本編45話にて完結】『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』

ブヒ太郎
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――荷物持ちとして命懸けで尽くしてきた高ランクパーティから、ゼロスは無能の烙印を押され、なんの手切れ金もなく追放された。彼のスキルは【筋力強化(微)】。誰もが最弱と嘲笑う、あまりにも地味な能力。仲間たちは彼の本当の価値に気づくことなく、その存在をゴミのように切り捨てた。 全てを失い、絶望の淵をさまよう彼に手を差し伸べたのは、一人の不遇なヒーラー、アリシアだった。彼女もまた、治癒の力が弱いと誰からも相手にされず、教会からも冒険者仲間からも居場所を奪われ、孤独に耐えてきた。だからこそ、彼女だけはゼロスの瞳の奥に宿る、静かで、しかし折れない闘志の光を見抜いていたのだ。 「私と、パーティを組んでくれませんか?」 これは、社会の評価軸から外れた二人が出会い、互いの傷を癒しながらどん底から這い上がり、やがて世界を驚かせる伝説となるまでの物語。見捨てられた最強の荷物持ちによる、静かで、しかし痛快な逆襲劇が今、幕を開ける!

処理中です...