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第六章:王女の眼差し、勇者の道
第六十七話:反撃の兆し
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デス・スコーピオンの巨大な鉤爪が、月明かりの下で鈍く光り、俺たちめがけて振り下ろされた。
反射的に、俺はセレナを庇うように一歩前へ踏み出す。全身の毛穴が開き、時間が引き伸ばされたように感じられた。このままでは、あの無力な時のように、何もできずに終わってしまう!
(動け……! なぜだ、なぜ体が動かない!?)
恐怖が全身を縛り付け、脳裏では再び国王の声が響く。
まさにその時、セレナの放つ淡い光球が、眩い閃光となって弾け飛んだ。光が一点に収束し、轟音と共に、デス・スコーピオンの鉤爪が直撃する寸前で、厚い光の壁が立ち上がった。
キィィン、と耳障りな甲高い金属音が響き渡り、衝撃波が周囲の砂を巻き上げて舞い上がらせる。光の壁がデス・スコーピオンの一撃を辛うじて受け止めているが、表面にはひび割れが走り、今にも砕け散りそうだった。
全身に汗が噴き出す。額からは冷たい汗が止めどなく流れ落ち、それが顎を伝い、首筋を滑り落ちていくのが分かった。呼吸は浅く、胸が苦しい。
「アルス様!」
セレナの切羽詰まった声が、現実へと俺を引き戻した。彼女の顔には疲労の色が濃く、額には脂汗がにじんでいる。
聖女の力とはいえ、強大な力を持つ魔物の攻撃を受け止めるのは並大抵のことではないはずだ。光の壁を維持するために、セレナの全身から魔力が吸い取られているのが、俺にも見て取れた。彼女の肩が小さく震えている。
(クソッ!何やってんだ俺は……!また守られてどうする!)
「セレナ、その防御、いつまで保つ!?」
「っ……長くは持ちません!せいぜい、あと数秒……!」
光の壁の向こうで、デス・スコーピオンが再び鉤爪を振り上げる。その巨体は、すでに次の攻撃のために身構えていた。このままだと、奴の一撃が光の壁を粉砕し、俺たちを塵に変えるだろう。そうなれば二人とも終わりだ。
(くそっ……!また、何もできないのかよ……!)
背中に冷たい汗が伝う。俺の脳裏に、王城での無力な自分、宿屋での屈辱、そしてあの強大な魔力を放つフードの男の圧倒的な存在がフラッシュバックする。
今回もまた、目の前で大切なものが壊されるのを、ただ見ているだけなのか──。拳を強く握りしめるが、震えは止まらない。
俺の足は地面に縫い付けられたように動かない。心臓が嫌な音を立てて激しく脈を打つ。喉の奥がカラカラに乾き、唾を飲み込むことすら困難な程だ。
この荒野で、たった二人きり。頼れるのは、今にも力尽きそうなセレナと、この震える自分だけ。希望は、限りなく薄かった。
──その時、脳の奥底に微かな光が差した。それは、忘れかけていた、しかし確かに存在したはずの記憶の断片。ゲーム知識ではない、もっと根源的な「力」の残滓。
まるで、深い眠りから覚まされたかのように、俺の意識の奥底で何かが蠢いた。それは、理屈では説明できない、しかし確かな「何か」だった。
(……まだ、だ!まだ終わらない!)
「セレナ! その防御を、魔物と俺の間に集中させろ! 可能な限り狭く、そして硬く!」
俺は、絞り出すような声で叫んだ。その声には、自分でも驚くほどの切迫感がこもっていた。
セレナは一瞬戸惑ったようだが、俺の眼差しに迷いがないのを見て、すぐに頷いた。彼女の魔力が、一点に集中し、光の壁は薄く、しかしダイヤモンドのように硬質に輝き始めた。
その輝きは、闇夜を切り裂き、俺の目に焼き付くほどに強い。
まさにその瞬間、デス・スコーピオンの第二撃が放たれる。
──ガギィン!
再び、金属がぶつかり合うような激しい音が響く。しかし今度は、光の壁は砕けなかった。その一点に集中した防御は、魔物の一撃を完全に防ぎ切った。光の壁にひびが入る音、魔物の鉤爪が擦れる音が、耳をつんざく。砂塵が舞い、視界を遮る。
「っ……!」
魔物の攻撃が防がれた隙に、俺は剣を構え直した。まだ震えは止まらない。だが、心の中で何かが弾けたような感覚があった。
恐怖に支配されかけていた心が、わずかながらも反撃の兆しを見せ始める。体中に脈打つ血流が、これまでとは違う熱を帯びていくのを感じた。
「……ああ。そうか、ステータスが更新されない理由。やっと分かったよ」
俺の体内で、何かが覚醒しようとしている。漠然とした感覚だが、確かな手応えがあった。それは、体の奥底から湧き上がる、抑えきれない衝動にも似ていた。
俺の身体に、微かな熱が宿り始める。それは、今まで感じたことのない、しかし確かに俺自身の内にあった力。
まるで、乾ききった大地に水が染み渡るように、その熱が全身を巡っていく。今まで感じたことのない力が、指先に、腕に、足に、そして剣を握る手に集中していく。皮膚の下で、筋肉が躍動するような感覚。
「セレナ! 俺に、お前の光の魔力を集中させてくれ!」
俺は叫んだ。その声は、恐怖に震えていた先程までとは違い、明確な意志を宿していた。迷いも、諦めもなかった。ただ、この状況を打開するという強い覚悟だけがそこにあった。
セレナの蒼い瞳が大きく見開かれる。彼女の表情には驚きと、しかし期待のような光が宿っていた。
「アルス様……!?」
「躊躇うな! 時間がない!」
俺の剣が、まるで呼応するかのように、微かに輝き始めた。その光は、セレナの光とは異なる、もっと荒々しく、しかし確かな存在感を示す輝き。
白く透き通るセレナの魔力とは異なり、俺の剣から放たれる光は、どこか濁りを帯び、不気味なほどに力強い。
デス・スコーピオンが、俺たちの防御を破れないことに苛立ったのか、その巨体を僅かに揺らす。
無数の脚が砂地を掻く音が、焦燥を物語っていた。その僅かな隙が、俺に希望を与えた。この瞬間を逃してはならない。
セレナは、俺の言葉を信じ、ためらうことなく魔力を俺へと送り始めた。彼女の清らかな光の魔力が、俺の体内で目覚めようとしている力と混じり合い、さらなる高みへと押し上げる。
それは、まるで溶鉱炉に燃料をくべるような感覚。俺の体は熱を帯び、内側から爆発しそうなほどの力を感じ始めた。
(これが俺の限界だ)
俺は、大きく剣を振りかぶった。恐怖はまだ完全に消えていないが、それよりも、この新たな 真実を知れた事が何よりも俺に力をくれた。
「…………今まで俺は何を見てきた」
デス・スコーピオンが、再び鉤爪を振り上げる。その動きは速く、次の一撃は防ぎきれないかもしれない。しかし、俺はもう立ち尽くすだけではない。
「さぁ、来いよ……ッ!」
全身の力を剣に込め、俺は光を帯びた剣を、迫り来るデス・スコーピオンめがけて、渾身の力で突き出した──。
剣から放たれた光が、闇を切り裂き、まっすぐに魔物の赤い目を貫こうと伸びていく。
反射的に、俺はセレナを庇うように一歩前へ踏み出す。全身の毛穴が開き、時間が引き伸ばされたように感じられた。このままでは、あの無力な時のように、何もできずに終わってしまう!
(動け……! なぜだ、なぜ体が動かない!?)
恐怖が全身を縛り付け、脳裏では再び国王の声が響く。
まさにその時、セレナの放つ淡い光球が、眩い閃光となって弾け飛んだ。光が一点に収束し、轟音と共に、デス・スコーピオンの鉤爪が直撃する寸前で、厚い光の壁が立ち上がった。
キィィン、と耳障りな甲高い金属音が響き渡り、衝撃波が周囲の砂を巻き上げて舞い上がらせる。光の壁がデス・スコーピオンの一撃を辛うじて受け止めているが、表面にはひび割れが走り、今にも砕け散りそうだった。
全身に汗が噴き出す。額からは冷たい汗が止めどなく流れ落ち、それが顎を伝い、首筋を滑り落ちていくのが分かった。呼吸は浅く、胸が苦しい。
「アルス様!」
セレナの切羽詰まった声が、現実へと俺を引き戻した。彼女の顔には疲労の色が濃く、額には脂汗がにじんでいる。
聖女の力とはいえ、強大な力を持つ魔物の攻撃を受け止めるのは並大抵のことではないはずだ。光の壁を維持するために、セレナの全身から魔力が吸い取られているのが、俺にも見て取れた。彼女の肩が小さく震えている。
(クソッ!何やってんだ俺は……!また守られてどうする!)
「セレナ、その防御、いつまで保つ!?」
「っ……長くは持ちません!せいぜい、あと数秒……!」
光の壁の向こうで、デス・スコーピオンが再び鉤爪を振り上げる。その巨体は、すでに次の攻撃のために身構えていた。このままだと、奴の一撃が光の壁を粉砕し、俺たちを塵に変えるだろう。そうなれば二人とも終わりだ。
(くそっ……!また、何もできないのかよ……!)
背中に冷たい汗が伝う。俺の脳裏に、王城での無力な自分、宿屋での屈辱、そしてあの強大な魔力を放つフードの男の圧倒的な存在がフラッシュバックする。
今回もまた、目の前で大切なものが壊されるのを、ただ見ているだけなのか──。拳を強く握りしめるが、震えは止まらない。
俺の足は地面に縫い付けられたように動かない。心臓が嫌な音を立てて激しく脈を打つ。喉の奥がカラカラに乾き、唾を飲み込むことすら困難な程だ。
この荒野で、たった二人きり。頼れるのは、今にも力尽きそうなセレナと、この震える自分だけ。希望は、限りなく薄かった。
──その時、脳の奥底に微かな光が差した。それは、忘れかけていた、しかし確かに存在したはずの記憶の断片。ゲーム知識ではない、もっと根源的な「力」の残滓。
まるで、深い眠りから覚まされたかのように、俺の意識の奥底で何かが蠢いた。それは、理屈では説明できない、しかし確かな「何か」だった。
(……まだ、だ!まだ終わらない!)
「セレナ! その防御を、魔物と俺の間に集中させろ! 可能な限り狭く、そして硬く!」
俺は、絞り出すような声で叫んだ。その声には、自分でも驚くほどの切迫感がこもっていた。
セレナは一瞬戸惑ったようだが、俺の眼差しに迷いがないのを見て、すぐに頷いた。彼女の魔力が、一点に集中し、光の壁は薄く、しかしダイヤモンドのように硬質に輝き始めた。
その輝きは、闇夜を切り裂き、俺の目に焼き付くほどに強い。
まさにその瞬間、デス・スコーピオンの第二撃が放たれる。
──ガギィン!
再び、金属がぶつかり合うような激しい音が響く。しかし今度は、光の壁は砕けなかった。その一点に集中した防御は、魔物の一撃を完全に防ぎ切った。光の壁にひびが入る音、魔物の鉤爪が擦れる音が、耳をつんざく。砂塵が舞い、視界を遮る。
「っ……!」
魔物の攻撃が防がれた隙に、俺は剣を構え直した。まだ震えは止まらない。だが、心の中で何かが弾けたような感覚があった。
恐怖に支配されかけていた心が、わずかながらも反撃の兆しを見せ始める。体中に脈打つ血流が、これまでとは違う熱を帯びていくのを感じた。
「……ああ。そうか、ステータスが更新されない理由。やっと分かったよ」
俺の体内で、何かが覚醒しようとしている。漠然とした感覚だが、確かな手応えがあった。それは、体の奥底から湧き上がる、抑えきれない衝動にも似ていた。
俺の身体に、微かな熱が宿り始める。それは、今まで感じたことのない、しかし確かに俺自身の内にあった力。
まるで、乾ききった大地に水が染み渡るように、その熱が全身を巡っていく。今まで感じたことのない力が、指先に、腕に、足に、そして剣を握る手に集中していく。皮膚の下で、筋肉が躍動するような感覚。
「セレナ! 俺に、お前の光の魔力を集中させてくれ!」
俺は叫んだ。その声は、恐怖に震えていた先程までとは違い、明確な意志を宿していた。迷いも、諦めもなかった。ただ、この状況を打開するという強い覚悟だけがそこにあった。
セレナの蒼い瞳が大きく見開かれる。彼女の表情には驚きと、しかし期待のような光が宿っていた。
「アルス様……!?」
「躊躇うな! 時間がない!」
俺の剣が、まるで呼応するかのように、微かに輝き始めた。その光は、セレナの光とは異なる、もっと荒々しく、しかし確かな存在感を示す輝き。
白く透き通るセレナの魔力とは異なり、俺の剣から放たれる光は、どこか濁りを帯び、不気味なほどに力強い。
デス・スコーピオンが、俺たちの防御を破れないことに苛立ったのか、その巨体を僅かに揺らす。
無数の脚が砂地を掻く音が、焦燥を物語っていた。その僅かな隙が、俺に希望を与えた。この瞬間を逃してはならない。
セレナは、俺の言葉を信じ、ためらうことなく魔力を俺へと送り始めた。彼女の清らかな光の魔力が、俺の体内で目覚めようとしている力と混じり合い、さらなる高みへと押し上げる。
それは、まるで溶鉱炉に燃料をくべるような感覚。俺の体は熱を帯び、内側から爆発しそうなほどの力を感じ始めた。
(これが俺の限界だ)
俺は、大きく剣を振りかぶった。恐怖はまだ完全に消えていないが、それよりも、この新たな 真実を知れた事が何よりも俺に力をくれた。
「…………今まで俺は何を見てきた」
デス・スコーピオンが、再び鉤爪を振り上げる。その動きは速く、次の一撃は防ぎきれないかもしれない。しかし、俺はもう立ち尽くすだけではない。
「さぁ、来いよ……ッ!」
全身の力を剣に込め、俺は光を帯びた剣を、迫り来るデス・スコーピオンめがけて、渾身の力で突き出した──。
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