転生したら、まさかの脇役モブでした ~能力値ゼロからの成り上がり、世界を覆すは俺の役目?~

水無月いい人(minazuki)

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第六章:王女の眼差し、勇者の道

第六十八話:絶望と邂逅

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デス・スコーピオンの動きが、一瞬、止まった。

──やった。

俺の予期せぬ反撃に、奴は動揺した。  
いくつもある赤い目が、驚きと警戒を孕んで、俺を睨む。

けれど、それまでだった。

光が、容赦なく奴の頭を貫いた。  
断末魔のような咆哮が、荒野を切り裂くように響いた。
  
巨体がありえないほどの勢いで吹き飛び、砂煙を巻き上げながら地を這う。  
赤い目は、瞬く間に光を失っていき……ドス黒く濁った。

──勝った。

「……やったのか、俺……!」

信じられない光景だった。  
俺の手で、あの化け物を仕留めた? 本当に……?

胸の奥で、火が灯ったようだった。  
熱い。誇らしさじゃない、疲労でもない。  
ただ、ただ、生きているという実感が、脈打つように全身を走った。

「アルス様……!」

セレナが目を見開いていた。  
驚きに震える声。目の奥の色が、見たことのない感情で揺れている。

わかる。わかってる。俺が、やったんだ。  
やっと、やっと……!

「セレナ! 見たか、俺は──」

言いかけて、言葉が凍った。

──セレナが、倒れていた。

「…………セレナ」

辺りを見渡す。  
デス・スコーピオンたちは、俺の一撃に怯え、散っていた……はずだった。

けれど、そこにいた。

奴は、いた。

セレナの背後に。

他の個体とは桁違いの威圧感。  
王か──否、この荒野そのものの番人か。

その存在を、俺の危機察知は感知しなかった。

──俺は、油断していたのだ。

セレナは、俺の一撃に驚いていたわけじゃない。  
目に映っていたのは、俺じゃない。  
その、魔物だ。

「セレナッ!!」

走ることもできず、声しか出せなかった。  
セレナは意識を失っている。まるで人形のように倒れて、動かない。

俺は一歩、また一歩と、後ずさる。

(勝てない──)

(無理だ、絶対に勝てない、無理だ)

(俺は──)

(死ぬ……死ぬ……死ぬ……)

(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!!)

巨大な鉤爪が持ち上がる。  
その先端から、毒液が垂れ、ポタリと地に落ちる。  
触れた地面が、ジュッと音を立てて溶ける。

その毒液が……  
セレナのすぐ傍に、一滴、また一滴と落ちていく。

「……やめろ」

やめろ。

やめろやめろやめろやめろやめろ。

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

叫んだ。

でも、動けない。  
剣を持つ手が震えてる。足が動かない。体が石になったみたいに。  

「動け……!動けよ!

毒液が、セレナの腕に触れた。

ジュッ、と音がした。  
赤黒く変色していく肌。  
セレナの白かった腕が、焼け爛れたように変わっていく。

「う、ぅ……」

呻き声。

意識を失ってるはずのセレナが、痛みに反応した。

「やめろ……っ、やめろやめろ……!」

涙が、頬を伝っていた。

「なんでだよ……っ、俺は……俺が、もっと早く……!」

もう一滴、落ちようとしていた。

鉤爪が、振り上げられる。

(終わった──)

その時だった。


「──だから言ったろ?ここじゃ兄ちゃんの常識は通用しねぇってよ」

静かに、けれど酷く冷たい声がした。

次の瞬間、空から黒い影が舞い降りる。  
フードを深く被り、顔は見えない。

けれど、俺は知っている。  

この魔力、この気配──あの時、俺を嘲り、あろうことか俺達を助けた、あの男だ。

そのフードの男が、再び俺たちの前に現れた。

「あー、こいつぁはメスだな」

「…………は?」

何を言ってんだこいつは──  
困惑しかない。けど、男はお構いなしに言葉を続ける。

「だからよ?雌なんだよ。……あー、ほら。女王蜂とか女王蟻っているだろ?巣を作るリーダー的役割を持つアレ」

男は面倒くさそうな口調で、淡々と続ける。

「アレと同じな訳よ。要するに女王様ってやつだ」

(……何を言っているんだこの男は)

魔物に雌雄の区別?この状況で?ふざけてるのか?  
そう思った俺の心を、男の次の言葉が凍らせた。

「……こいつは“繁殖体”だ。デス・スコーピオンってのはな、一定周期ごとに『王蠍おうかつ雌核しかく』を中心にして、コロニーを作る。そんで、そいつが死ぬと……」

言いよどむことなく、男は鋭い声で断言した。

「全ての個体が、暴走する。全個体が、雌の死を察知して、狂乱に陥る。知ってるか? あの種族にはな、“死の群れ”って異名がある」

「…………死の群れ?」

「そう。文字通りだ。女王が殺されれば、群れは理性を失い、ただの殺戮さつりく機械となる。そしてその本能は……最も近くにいた相手を、敵と認識する」

言葉の意味が、胸に鉛のように落ちてくる。

最も近くにいた──つまり。

「……俺たち、か」

「察しが早いな。兄ちゃんはまあ……幸運だぜ? この雌が、まだ“死んでねえ”うちに、俺が来た。ギリギリのタイミングだったってわけだ」

男の声に、冗談めいた調子は一切なかった。

確かに、セレナのすぐ傍にいるこの巨大なスコーピオンは、群れの中心だ。  

それだけの魔力、体格、そして……放たれる本能の圧。  
今にも崩れそうな“何か”を、ギリギリのところで、この男が押し留めているような、そんな感じがする。

(もし、この女王個体を倒してしまっていたら──いや、それは無いな。倒すなんて不可能だった)

だかもし。仮に倒していたら、今俺たちを囲んでいる他のスコーピオンが……  
全員、狂って、俺たちを喰い尽くしていただろう。

「……じゃあ、どうすればいい」

「やっと正気に戻ったか?」

「……うるせぇ。さっさと教えろ」

「……全く、口のわりぃ兄ちゃんだ。……殺すな。ただ、眠らせろ。魔核まかくを壊すな。分散しても、“巣”が維持されるように仕向けろ」

「そんな……簡単に言って……」

「簡単だ──俺がやるからな」

男が片手を掲げる。  
次の瞬間、空間が一瞬軋むような音とともに、宙に光の印章が展開された。

なんだアレは……魔法?違う、あれは──

「これは封獣陣アトラベリアル。こいつを一度眠らせりゃ、全てが落ち着く。少なくとも、今はな」

男の目が、僅かにセレナを見た気がした。  

男が地面に指を滑らせるように印を刻むと、紫紺の魔法陣が空中に浮かび上がった。

「……封獣陣、発動」

その瞬間、大地が低く唸り、封獣陣が淡く光を放ち始める。空気が震える。  

魔物──あの巨大なサソリが、咆哮と共に身をよじった。

だが、抵抗も虚しく、その全身を覆うように幾重もの鎖の幻影が出現し、鉤爪を、尾を、脚を拘束していく。

「グギィィィィ……!」

断末魔のような唸りと共に、王蠍は足をもがき、最後には糸が切れた操り人形のように力を失い、地面へと崩れ落ちた。

砂塵が舞い、静寂が訪れる。

男は軽く息を吐き、フードの奥で呟いた。

「……今だけだ。長くはもたねえ」

「何者だよ、お前」

俺の疑問に答えること無く彼は静かに呟く。

「……良かったな。嬢ちゃんはまだ生きてる」

何故俺達を助けたのか。俺はそれが理解できなかった。  
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