攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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第三章 ヒーラー 愛の逃避行篇 《第一部》

第43話 「安息の死」

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俺は部屋を出た。その道には、やはりレイラの血痕がポタポタと。
……だれかがベッドまで運んでくれたのか。

「……そうか、エルザか」

そういえばさっきから剣のぶつかる音が聞こえている。エルザはまだ戦っていたのか。手紙が届いてから一日は経ったはずだ。もう二日近く戦い続けている事になる。

なんてやつだ……流石はエルザだ。その生命力は凄まじい。アイツもまたバケモノだ。
そんな彼女を俺は高く評価した。

ただ、そんな彼女も今――

「エルザ……」

道場と呼ばれるその場は、もはや瓦礫の山だった。天井は崩れ落ち、夜空が広がっている。

中央ではエルザが戦っていた。いや、もはや戦いというよりは、ただ本能だけで動いているようだった。

 そこに居たのはエルザと黒いフードを被った者。両者一步も引けを取らず戦っていた。

彼女は両腕を失い、口に剣を咥えたまま地を這うような姿勢で敵に向かっていく。その姿はまるで獣だった。死に物狂いの生存本能だけで彼女は今も尚戦っている。

「………………アスフィ……君なのか?娘を……エルザちゃんを助けてやってくれ……たのむ」

道場の入口には、一人の男が座り込んでいた。左腕がぶら下がるように垂れ、身体中血まみれのエルフォードが掠れた声で彼が俺に言ったのだ。

「任せて下さい」

「ありが……とう……」

その言葉を最後に、エルフォードは力尽きた。俺はすぐに『ヒール』を唱えた。だが、無駄だった。
エルフォードの体温はすでに冷え始めている。

エルフォードは俺が来るのを待っていたのか、俺に娘を託した直後に息を引き取った。

全く、どいつもこいつも簡単に死にやがって。
もっと命を大事にしてくれ。

目の前で人が死んでいく。大切な人が、次々と――。そんな現実に、俺の胸は締め付けられるようだった。

俺には救いの力がある。むしろ救いの力しか無い。だというのに死者を蘇らせる事ができない。
それが悔しくて堪らなかった。

俺は立ち上がり、道場の中央へと足を進めた。

***

「……はっ、やっと大人しくなったか。しぶとい女だな」

黒いフードを被った男が嘲笑しながら剣を構えていた。その前で、エルザが力尽きる寸前の状態で膝をついている。
咥えていた剣を地面に落とし、天を仰ぐその顔――。

それは、死を覚悟した人間の表情だった。

「……同じ者を好きになったもの同士天国で語ろうではないか」

彼女がつぶやいた言葉に、俺は思わず声を上げた。

そんなことはさせない。そんな事は俺が許さない。俺はあの人に託されたんだ。だからエルザに声をかけてやることにした。
この開けた道場に、静まり返った街に、広く響く声で。

「それなら尚更生きていて貰わなければ困るよエルザ」

その声に、エルザがかすかに反応した。
こちらを振り向く彼女は、微笑んだまま崩れるように倒れ込んだ。

「……そんな最後みたいな告白は聞きたくないよ、エルザ」

俺は彼女の体を受け止め、咄嗟に『ヒール』を唱えた。なんとか息はしているが、失った両腕が戻ることはなかった。

……やはり、失ったモノはダメか。せめて落とした腕を見つけられればな。

握りしめた拳が震える。
目の前で失われた命、壊れた体――全てを修復できない自分が、もどかしかった。

「何者だ貴様」

黒いフードの男が俺を睨みつけている。その視線には敵意と嘲笑が混ざり合っていた。

「……お前たちこそなんだ。どうしてこんなことをする」

「貴様には関係ない」

「……そうか。なら死ね」

俺は『死を呼ぶ回復魔法(デスヒール)』を唱えた。だが――効果は現れなかった。

「なぜ……効かない……?」

俺は確かに唱えたはずだ。なぜこの男に効かないんだ……?

そんな俺の疑問に応えるかのに、男が嘲笑を浮かべながらフードを指さす。

「この黒いフードは魔法を無効化する術式が組み込まれている。貴様のような小細工では、俺を止められん」

なんだよ、それ……反則じゃねぇか。フードを被った男の言葉に苛立ちがこみ上げる。

こちらの魔法が効かないならどうすればいい。相性最悪の状況に追い込まれたこの瞬間、俺は自分がどれほど無力かを痛感していた。

「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」

「無駄だと言っているだろう……何者かは知らんが貴様からは何か嫌な気配がする。悪いがここで、そこの死に損ないと共に死んでもらう」

「……死ぬのはお前の方だ」

黒いフードを被った男は素早く突進し、持っていた剣を俺の腹に突き立てた。剣が腹に突き刺さる瞬間の鈍い衝撃。熱い痛みが体中に広がるが、それよりも強く湧き上がるのは苛立ちだった。

――またか。こいつらは俺を「ヒーラー」としてしか見ていない。

こぼれ落ちる血に目もくれず、俺は静かに呟く。

「『ヒール』」

傷口が瞬時に塞がる感覚と共に、痛みが引いていく。自分の力が頼もしくもあり、どこか嫌悪感すら感じる。だが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。

「……ほう、ヒーラーか」

相性は最悪だ。攻撃の術を持たない俺に対して、剣士としての優位性を誇るこの男。しかし、だからといって負ける理由にはならない。

「……どうするか」

呟いたその言葉は、自分への問いかけでもあり、決意でもあった。この場をどう切り抜けるか――その答えは、すぐ近くから届いた声にあった。

聞き覚えのある詠唱が、炎のように空気を震わせる。その瞬間、俺は反射的に距離を取り、声の主を振り返った。

『爆炎の嵐(ファイアーストーム)!』

燃え盛る嵐が黒いフードの男を包み込む。魔法の爆風が周囲を焼き尽くし、焦げた空気が鼻を刺す。

「……なに……!?」

男は直撃を避けたものの、その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。

「私を忘れられては困ります。アスフィ」
「ルクス……」

ルクスの放った炎の嵐が巻き起こる。あの爆発的な威力は俺の知る魔法とは別物だった。

「…………ちっ。危ねぇな」

だが、目の前の黒いフードの男は無傷だった。直撃を避けたとはいえ、あれだけの魔力を受けてなお、平然としているなんて。

「あのフード、厄介だな」

「『白い悪魔』だと……ちっ……増援はまだか!」

増援?ここまでやってまだ仲間を呼んでいるのか。
コイツらは根絶やしにしないとまだまだ湧きそうだな。

そう思っていると、ルクスが駆け寄ってきた。彼女の目には不安が浮かんでいるが、表情は冷静そのものだった。

「アスフィ!大丈夫ですか!?」

「ああ……助かった」

「いえ。それはそうとアスフィ……忘れていましたよ。これは貴方の大切な〝杖〟でしょう?」

彼女が差し出したのは、俺の母さんの杖だった。その杖はいつだって、俺の進むべき道を照らしてくれたものだ。

なるほど、この杖を介してあの魔法を放ったのか。通りでいつもより威力が高かった訳だ。

「ルクス、助かる」

そう呟いて杖を受け取る。冷たく硬い感触が、少しだけ俺の心を落ち着かせた。

「いえ。私も加勢します」

「ルクス……こいつの纏う黒いフードは魔法を無効化するらしい」

「……なるほどアスフィが苦戦する訳ですね」

俺はルクスに忠告する。しかし、やけに冷静なルクス。
どこかで見た事があるような、そんな顔だった。

――ここで俺は違和感を覚えた。

何故だ、なぜこの男はルクスの魔法を避けた?魔法を無効化するのであれば、避けなくてもいいはずだ。
なのに避けた……?何か欠陥があるのか?

その時、城全体が騒がしくなった。外からは足音と怒号が聞こえ、黒いフードを被った者たちが次々と流れ込んでくる。
その数、およそ千を超える。

「はっはっはっ!ようやく来たな。これで『白い悪魔』が居ようと関係ない。むしろ『白い悪魔』もここで討ち取れるのならこんなに素晴らしいことはない!これで貴様らの負けだ。『白い悪魔』だろうと敵じゃない!!」

黒のフードを被った男は不気味に笑う。

「マズイですねアスフィ……アスフィ?」

全く、頭数を揃えたら勝てると思ってる。そんな考えには反吐が出る。
レイラを殺しておいてそんなことをよくもまぁ。エルフォードさんに頼まれたんだ。娘を頼むと。

エルザはまだ息がある。エルザは友達だ。それにレイラを運んでくれた。きっと俺が居ない間、ずっとレイラを守ってくれていたんだろう。

そんな彼女を死なせる訳には行かない、約束したからな。

「……ルクス、エルザを頼む」

静かに告げた言葉に、ルクスは驚いた様子だった。

「……え?何を言ってるんですか?」

その反応は予想通りだ。それでも俺の意思は変わらない。

「俺がやる」

断言する俺に、ルクスはさらに食い下がる。

「で、でも効かなかったのでは?!」

その声には明らかな不安が混じっている。それでも俺は、彼女に背を向けたまま言葉を紡ぐ。

「頼む、ルクス。俺の言う通りにしてくれ。……正直、邪魔なんだ」

戸惑うルクスの気配を背中越しに感じる。だが俺の言葉に嘘はない。

「…………死なないですよね?」

ルクスの問いかけは小さく震えていた。だが、俺を信じてくれている。だからこそ、俺は真っ直ぐに答える。

「ああ、約束する」

その言葉が伝わったのか、ルクスは躊躇いながらもエルザを抱え、戦場から離れていく。その背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。

「逃がすと思ってんのか――」

怒りの声が背後から飛んでくる。

「お前達の相手は俺――」

奴の声を遮り、俺は静かに宣言した。この場で何が起こるか、決めるのは俺だ。お前じゃない。

「雑魚に用はない!そんなに死にたきゃしねぇぇぇ!」

黒いフードの男は自信満々に突進してきた。俺をただのヒーラーと侮っているのだろう。癪に障るが、都合がいい。
男はまたもや突進してくる。ヒーラーだからと侮ったな。

「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」

俺の声が静かに響くと、男の動きがピタリと止まった。その顔が一瞬にして苦悶に歪む。

「がっ……い、息が……な、なぜ…………」

喉を掻きむしるような仕草に、俺は冷静に状況を見据えた。母さんの杖を握る手に力を込める。杖を通じて発動する魔法の力が、俺をさらに冷酷な存在にしていくのを感じる。

「母さんの杖は最強なんだよ」

俺は黒いフードの男に魔法を唱えた。

声を落とし告げた俺の言葉に、男が怯えたように目を見開いた。その姿を見て、俺はただ淡々と思う。生きることが当たり前だと思っているから、死がこんなにも怖いのだろう。

「言っておくが、楽に死ねると思うな」

冷え切った声が自分のものだとは思えなかった。怒りの中に滲む冷酷さが、俺自身をも蝕んでいる。それでも構わない。この男に、レイラやエルザの苦しみをほんの少しでも味わわせてやる。

「……は……は……く…………そ」

最後の呟きは、彼の苦痛を物語るものだった。

息が止まる瞬間まで、俺はただ見つめ続けた。止めを刺すことなく、彼の命が尽きるのを見届ける。それが、俺にとっての復讐だった。

……
…………
………………

道場の入口から押し寄せる黒いフードの男たちを見据えながら、俺は静かに呟いた。絶え間なく続くその数に、胸の奥でわずかに冷たい怒りが燃える。

彼らを見逃せば、また別の命が犠牲になるだろう。ルクスとエルザ、次に死ぬのは彼女たちかもしれない――そんな考えが脳裏をかすめる。

「……さっさと片付けないとな」

もし、ルクスやエルザがここで命を落とすようなことになったら、俺は――。いや、そんなことは絶対にさせない。制御が効かなくなるのは俺自身だ。

「…………ふぅ」

深く息を吸い込む。静かな怒りと、ほんの少しの悲しみを呼吸に乗せて吐き出した。手にした杖をしっかりと握りしめ、心を研ぎ澄ませる。

「我に宿りし『祝福』(才能)よ」

その言葉は、俺の内側に眠る力を目覚めさせるための鍵だ。詠唱なんてものは形式に過ぎない。ルクスはそう教えてくれた。言葉の正確さではなく、そこに込める思いと魔力こそが重要なのだと。

「今この時より、我がこの世界の主だ」

自分の中の力が膨れ上がっていくのを感じる。この詠唱は、俺自身がこの場の全てを支配するためのもの。あいつらが好き勝手に命を奪うことを、俺が許すはずがない。

「何者も我の許可無しに息をする事を禁ずる」

言葉と共に膨大な魔力が杖を通じて流れ出す。体中に巡る力が燃え上がるような感覚と共に、次第に俺自身が何か別の存在に近づいていく気がした。これが、俺の力――俺自身が選んだ道だ。

【なら次の詠唱はこれだ。お前にとっては大事な〝モノ〟だろ】

脳裏に突然浮かんだ言葉。それはどこか懐かしく、温かい響きを持っていた。

たにの流れに散り浮くかえで

胸の奥から自然と湧き上がる一節。それが何なのか分からない。けれど、なぜかその一文だけは深く刻み込まれていた。手が震えるのではなく、心がざわめいていた。

「『盟約により得たこの力』。今こそ解き放つ時だ。全ての生命に安らぎを」

俺の中に込められた全ての魔力が、最後の言葉と共に解き放たれる。そして――

『――安息の死を迎える回復魔法(リポーズデスヒール)』

静寂が訪れる。

先ほどまで鳴り響いていた足音、叫び声、武器が触れ合う音――全てが、一瞬にして消え去った。俺の視界に映るのは、次々と倒れゆく黒いフードの男たち。彼らの体から血が溢れ出し、命が尽きていく。

その光景を見ても、俺の心に何の波紋も広がらなかった。ただ、やるべきことを終えたという静かな安堵があった。

「……はぁ……レイラ……終わったよ」

力を使い果たした体が震える。けれど、俺は少しだけ笑った。この魔法に込めたのは、決して憎しみだけじゃない。あいつらには相応の報いを与えた。それが、俺にできる唯一の償いだ。
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