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第三章 ヒーラー 愛の逃避行篇 《第一部》
第43話 「安息の死」
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俺は部屋を出た。その道には、やはりレイラの血痕がポタポタと。
……だれかがベッドまで運んでくれたのか。
「……そうか、エルザか」
そういえばさっきから剣のぶつかる音が聞こえている。エルザはまだ戦っていたのか。手紙が届いてから一日は経ったはずだ。もう二日近く戦い続けている事になる。
なんてやつだ……流石はエルザだ。その生命力は凄まじい。アイツもまたバケモノだ。
そんな彼女を俺は高く評価した。
ただ、そんな彼女も今――
「エルザ……」
道場と呼ばれるその場は、もはや瓦礫の山だった。天井は崩れ落ち、夜空が広がっている。
中央ではエルザが戦っていた。いや、もはや戦いというよりは、ただ本能だけで動いているようだった。
そこに居たのはエルザと黒いフードを被った者。両者一步も引けを取らず戦っていた。
彼女は両腕を失い、口に剣を咥えたまま地を這うような姿勢で敵に向かっていく。その姿はまるで獣だった。死に物狂いの生存本能だけで彼女は今も尚戦っている。
「………………アスフィ……君なのか?娘を……エルザちゃんを助けてやってくれ……たのむ」
道場の入口には、一人の男が座り込んでいた。左腕がぶら下がるように垂れ、身体中血まみれのエルフォードが掠れた声で彼が俺に言ったのだ。
「任せて下さい」
「ありが……とう……」
その言葉を最後に、エルフォードは力尽きた。俺はすぐに『ヒール』を唱えた。だが、無駄だった。
エルフォードの体温はすでに冷え始めている。
エルフォードは俺が来るのを待っていたのか、俺に娘を託した直後に息を引き取った。
全く、どいつもこいつも簡単に死にやがって。
もっと命を大事にしてくれ。
目の前で人が死んでいく。大切な人が、次々と――。そんな現実に、俺の胸は締め付けられるようだった。
俺には救いの力がある。むしろ救いの力しか無い。だというのに死者を蘇らせる事ができない。
それが悔しくて堪らなかった。
俺は立ち上がり、道場の中央へと足を進めた。
***
「……はっ、やっと大人しくなったか。しぶとい女だな」
黒いフードを被った男が嘲笑しながら剣を構えていた。その前で、エルザが力尽きる寸前の状態で膝をついている。
咥えていた剣を地面に落とし、天を仰ぐその顔――。
それは、死を覚悟した人間の表情だった。
「……同じ者を好きになったもの同士天国で語ろうではないか」
彼女がつぶやいた言葉に、俺は思わず声を上げた。
そんなことはさせない。そんな事は俺が許さない。俺はあの人に託されたんだ。だからエルザに声をかけてやることにした。
この開けた道場に、静まり返った街に、広く響く声で。
「それなら尚更生きていて貰わなければ困るよエルザ」
その声に、エルザがかすかに反応した。
こちらを振り向く彼女は、微笑んだまま崩れるように倒れ込んだ。
「……そんな最後みたいな告白は聞きたくないよ、エルザ」
俺は彼女の体を受け止め、咄嗟に『ヒール』を唱えた。なんとか息はしているが、失った両腕が戻ることはなかった。
……やはり、失ったモノはダメか。せめて落とした腕を見つけられればな。
握りしめた拳が震える。
目の前で失われた命、壊れた体――全てを修復できない自分が、もどかしかった。
「何者だ貴様」
黒いフードの男が俺を睨みつけている。その視線には敵意と嘲笑が混ざり合っていた。
「……お前たちこそなんだ。どうしてこんなことをする」
「貴様には関係ない」
「……そうか。なら死ね」
俺は『死を呼ぶ回復魔法(デスヒール)』を唱えた。だが――効果は現れなかった。
「なぜ……効かない……?」
俺は確かに唱えたはずだ。なぜこの男に効かないんだ……?
そんな俺の疑問に応えるかのに、男が嘲笑を浮かべながらフードを指さす。
「この黒いフードは魔法を無効化する術式が組み込まれている。貴様のような小細工では、俺を止められん」
なんだよ、それ……反則じゃねぇか。フードを被った男の言葉に苛立ちがこみ上げる。
こちらの魔法が効かないならどうすればいい。相性最悪の状況に追い込まれたこの瞬間、俺は自分がどれほど無力かを痛感していた。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
「無駄だと言っているだろう……何者かは知らんが貴様からは何か嫌な気配がする。悪いがここで、そこの死に損ないと共に死んでもらう」
「……死ぬのはお前の方だ」
黒いフードを被った男は素早く突進し、持っていた剣を俺の腹に突き立てた。剣が腹に突き刺さる瞬間の鈍い衝撃。熱い痛みが体中に広がるが、それよりも強く湧き上がるのは苛立ちだった。
――またか。こいつらは俺を「ヒーラー」としてしか見ていない。
こぼれ落ちる血に目もくれず、俺は静かに呟く。
「『ヒール』」
傷口が瞬時に塞がる感覚と共に、痛みが引いていく。自分の力が頼もしくもあり、どこか嫌悪感すら感じる。だが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。
「……ほう、ヒーラーか」
相性は最悪だ。攻撃の術を持たない俺に対して、剣士としての優位性を誇るこの男。しかし、だからといって負ける理由にはならない。
「……どうするか」
呟いたその言葉は、自分への問いかけでもあり、決意でもあった。この場をどう切り抜けるか――その答えは、すぐ近くから届いた声にあった。
聞き覚えのある詠唱が、炎のように空気を震わせる。その瞬間、俺は反射的に距離を取り、声の主を振り返った。
『爆炎の嵐(ファイアーストーム)!』
燃え盛る嵐が黒いフードの男を包み込む。魔法の爆風が周囲を焼き尽くし、焦げた空気が鼻を刺す。
「……なに……!?」
男は直撃を避けたものの、その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。
「私を忘れられては困ります。アスフィ」
「ルクス……」
ルクスの放った炎の嵐が巻き起こる。あの爆発的な威力は俺の知る魔法とは別物だった。
「…………ちっ。危ねぇな」
だが、目の前の黒いフードの男は無傷だった。直撃を避けたとはいえ、あれだけの魔力を受けてなお、平然としているなんて。
「あのフード、厄介だな」
「『白い悪魔』だと……ちっ……増援はまだか!」
増援?ここまでやってまだ仲間を呼んでいるのか。
コイツらは根絶やしにしないとまだまだ湧きそうだな。
そう思っていると、ルクスが駆け寄ってきた。彼女の目には不安が浮かんでいるが、表情は冷静そのものだった。
「アスフィ!大丈夫ですか!?」
「ああ……助かった」
「いえ。それはそうとアスフィ……忘れていましたよ。これは貴方の大切な〝杖〟でしょう?」
彼女が差し出したのは、俺の母さんの杖だった。その杖はいつだって、俺の進むべき道を照らしてくれたものだ。
なるほど、この杖を介してあの魔法を放ったのか。通りでいつもより威力が高かった訳だ。
「ルクス、助かる」
そう呟いて杖を受け取る。冷たく硬い感触が、少しだけ俺の心を落ち着かせた。
「いえ。私も加勢します」
「ルクス……こいつの纏う黒いフードは魔法を無効化するらしい」
「……なるほどアスフィが苦戦する訳ですね」
俺はルクスに忠告する。しかし、やけに冷静なルクス。
どこかで見た事があるような、そんな顔だった。
――ここで俺は違和感を覚えた。
何故だ、なぜこの男はルクスの魔法を避けた?魔法を無効化するのであれば、避けなくてもいいはずだ。
なのに避けた……?何か欠陥があるのか?
その時、城全体が騒がしくなった。外からは足音と怒号が聞こえ、黒いフードを被った者たちが次々と流れ込んでくる。
その数、約千を超える。
「はっはっはっ!ようやく来たな。これで『白い悪魔』が居ようと関係ない。むしろ『白い悪魔』もここで討ち取れるのならこんなに素晴らしいことはない!これで貴様らの負けだ。『白い悪魔』だろうと敵じゃない!!」
黒のフードを被った男は不気味に笑う。
「マズイですねアスフィ……アスフィ?」
全く、頭数を揃えたら勝てると思ってる。そんな考えには反吐が出る。
レイラを殺しておいてそんなことをよくもまぁ。エルフォードさんに頼まれたんだ。娘を頼むと。
エルザはまだ息がある。エルザは友達だ。それにレイラを運んでくれた。きっと俺が居ない間、ずっとレイラを守ってくれていたんだろう。
そんな彼女を死なせる訳には行かない、約束したからな。
「……ルクス、エルザを頼む」
静かに告げた言葉に、ルクスは驚いた様子だった。
「……え?何を言ってるんですか?」
その反応は予想通りだ。それでも俺の意思は変わらない。
「俺がやる」
断言する俺に、ルクスはさらに食い下がる。
「で、でも効かなかったのでは?!」
その声には明らかな不安が混じっている。それでも俺は、彼女に背を向けたまま言葉を紡ぐ。
「頼む、ルクス。俺の言う通りにしてくれ。……正直、邪魔なんだ」
戸惑うルクスの気配を背中越しに感じる。だが俺の言葉に嘘はない。
「…………死なないですよね?」
ルクスの問いかけは小さく震えていた。だが、俺を信じてくれている。だからこそ、俺は真っ直ぐに答える。
「ああ、約束する」
その言葉が伝わったのか、ルクスは躊躇いながらもエルザを抱え、戦場から離れていく。その背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。
「逃がすと思ってんのか――」
怒りの声が背後から飛んでくる。
「お前達の相手は俺――」
奴の声を遮り、俺は静かに宣言した。この場で何が起こるか、決めるのは俺だ。お前じゃない。
「雑魚に用はない!そんなに死にたきゃしねぇぇぇ!」
黒いフードの男は自信満々に突進してきた。俺をただのヒーラーと侮っているのだろう。癪に障るが、都合がいい。
男はまたもや突進してくる。ヒーラーだからと侮ったな。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
俺の声が静かに響くと、男の動きがピタリと止まった。その顔が一瞬にして苦悶に歪む。
「がっ……い、息が……な、なぜ…………」
喉を掻きむしるような仕草に、俺は冷静に状況を見据えた。母さんの杖を握る手に力を込める。杖を通じて発動する魔法の力が、俺をさらに冷酷な存在にしていくのを感じる。
「母さんの杖は最強なんだよ」
俺は黒いフードの男に魔法を唱えた。
声を落とし告げた俺の言葉に、男が怯えたように目を見開いた。その姿を見て、俺はただ淡々と思う。生きることが当たり前だと思っているから、死がこんなにも怖いのだろう。
「言っておくが、楽に死ねると思うな」
冷え切った声が自分のものだとは思えなかった。怒りの中に滲む冷酷さが、俺自身をも蝕んでいる。それでも構わない。この男に、レイラやエルザの苦しみをほんの少しでも味わわせてやる。
「……は……は……く…………そ」
最後の呟きは、彼の苦痛を物語るものだった。
息が止まる瞬間まで、俺はただ見つめ続けた。止めを刺すことなく、彼の命が尽きるのを見届ける。それが、俺にとっての復讐だった。
……
…………
………………
道場の入口から押し寄せる黒いフードの男たちを見据えながら、俺は静かに呟いた。絶え間なく続くその数に、胸の奥でわずかに冷たい怒りが燃える。
彼らを見逃せば、また別の命が犠牲になるだろう。ルクスとエルザ、次に死ぬのは彼女たちかもしれない――そんな考えが脳裏をかすめる。
「……さっさと片付けないとな」
もし、ルクスやエルザがここで命を落とすようなことになったら、俺は――。いや、そんなことは絶対にさせない。制御が効かなくなるのは俺自身だ。
「…………ふぅ」
深く息を吸い込む。静かな怒りと、ほんの少しの悲しみを呼吸に乗せて吐き出した。手にした杖をしっかりと握りしめ、心を研ぎ澄ませる。
「我に宿りし『祝福』(才能)よ」
その言葉は、俺の内側に眠る力を目覚めさせるための鍵だ。詠唱なんてものは形式に過ぎない。ルクスはそう教えてくれた。言葉の正確さではなく、そこに込める思いと魔力こそが重要なのだと。
「今この時より、我がこの世界の主だ」
自分の中の力が膨れ上がっていくのを感じる。この詠唱は、俺自身がこの場の全てを支配するためのもの。あいつらが好き勝手に命を奪うことを、俺が許すはずがない。
「何者も我の許可無しに息をする事を禁ずる」
言葉と共に膨大な魔力が杖を通じて流れ出す。体中に巡る力が燃え上がるような感覚と共に、次第に俺自身が何か別の存在に近づいていく気がした。これが、俺の力――俺自身が選んだ道だ。
【なら次の詠唱はこれだ。お前にとっては大事な〝モノ〟だろ】
脳裏に突然浮かんだ言葉。それはどこか懐かしく、温かい響きを持っていた。
「渓の流れに散り浮く楓」
胸の奥から自然と湧き上がる一節。それが何なのか分からない。けれど、なぜかその一文だけは深く刻み込まれていた。手が震えるのではなく、心がざわめいていた。
「『盟約により得たこの力』。今こそ解き放つ時だ。全ての生命に安らぎを」
俺の中に込められた全ての魔力が、最後の言葉と共に解き放たれる。そして――
『――安息の死を迎える回復魔法(リポーズデスヒール)』
静寂が訪れる。
先ほどまで鳴り響いていた足音、叫び声、武器が触れ合う音――全てが、一瞬にして消え去った。俺の視界に映るのは、次々と倒れゆく黒いフードの男たち。彼らの体から血が溢れ出し、命が尽きていく。
その光景を見ても、俺の心に何の波紋も広がらなかった。ただ、やるべきことを終えたという静かな安堵があった。
「……はぁ……レイラ……終わったよ」
力を使い果たした体が震える。けれど、俺は少しだけ笑った。この魔法に込めたのは、決して憎しみだけじゃない。あいつらには相応の報いを与えた。それが、俺にできる唯一の償いだ。
……だれかがベッドまで運んでくれたのか。
「……そうか、エルザか」
そういえばさっきから剣のぶつかる音が聞こえている。エルザはまだ戦っていたのか。手紙が届いてから一日は経ったはずだ。もう二日近く戦い続けている事になる。
なんてやつだ……流石はエルザだ。その生命力は凄まじい。アイツもまたバケモノだ。
そんな彼女を俺は高く評価した。
ただ、そんな彼女も今――
「エルザ……」
道場と呼ばれるその場は、もはや瓦礫の山だった。天井は崩れ落ち、夜空が広がっている。
中央ではエルザが戦っていた。いや、もはや戦いというよりは、ただ本能だけで動いているようだった。
そこに居たのはエルザと黒いフードを被った者。両者一步も引けを取らず戦っていた。
彼女は両腕を失い、口に剣を咥えたまま地を這うような姿勢で敵に向かっていく。その姿はまるで獣だった。死に物狂いの生存本能だけで彼女は今も尚戦っている。
「………………アスフィ……君なのか?娘を……エルザちゃんを助けてやってくれ……たのむ」
道場の入口には、一人の男が座り込んでいた。左腕がぶら下がるように垂れ、身体中血まみれのエルフォードが掠れた声で彼が俺に言ったのだ。
「任せて下さい」
「ありが……とう……」
その言葉を最後に、エルフォードは力尽きた。俺はすぐに『ヒール』を唱えた。だが、無駄だった。
エルフォードの体温はすでに冷え始めている。
エルフォードは俺が来るのを待っていたのか、俺に娘を託した直後に息を引き取った。
全く、どいつもこいつも簡単に死にやがって。
もっと命を大事にしてくれ。
目の前で人が死んでいく。大切な人が、次々と――。そんな現実に、俺の胸は締め付けられるようだった。
俺には救いの力がある。むしろ救いの力しか無い。だというのに死者を蘇らせる事ができない。
それが悔しくて堪らなかった。
俺は立ち上がり、道場の中央へと足を進めた。
***
「……はっ、やっと大人しくなったか。しぶとい女だな」
黒いフードを被った男が嘲笑しながら剣を構えていた。その前で、エルザが力尽きる寸前の状態で膝をついている。
咥えていた剣を地面に落とし、天を仰ぐその顔――。
それは、死を覚悟した人間の表情だった。
「……同じ者を好きになったもの同士天国で語ろうではないか」
彼女がつぶやいた言葉に、俺は思わず声を上げた。
そんなことはさせない。そんな事は俺が許さない。俺はあの人に託されたんだ。だからエルザに声をかけてやることにした。
この開けた道場に、静まり返った街に、広く響く声で。
「それなら尚更生きていて貰わなければ困るよエルザ」
その声に、エルザがかすかに反応した。
こちらを振り向く彼女は、微笑んだまま崩れるように倒れ込んだ。
「……そんな最後みたいな告白は聞きたくないよ、エルザ」
俺は彼女の体を受け止め、咄嗟に『ヒール』を唱えた。なんとか息はしているが、失った両腕が戻ることはなかった。
……やはり、失ったモノはダメか。せめて落とした腕を見つけられればな。
握りしめた拳が震える。
目の前で失われた命、壊れた体――全てを修復できない自分が、もどかしかった。
「何者だ貴様」
黒いフードの男が俺を睨みつけている。その視線には敵意と嘲笑が混ざり合っていた。
「……お前たちこそなんだ。どうしてこんなことをする」
「貴様には関係ない」
「……そうか。なら死ね」
俺は『死を呼ぶ回復魔法(デスヒール)』を唱えた。だが――効果は現れなかった。
「なぜ……効かない……?」
俺は確かに唱えたはずだ。なぜこの男に効かないんだ……?
そんな俺の疑問に応えるかのに、男が嘲笑を浮かべながらフードを指さす。
「この黒いフードは魔法を無効化する術式が組み込まれている。貴様のような小細工では、俺を止められん」
なんだよ、それ……反則じゃねぇか。フードを被った男の言葉に苛立ちがこみ上げる。
こちらの魔法が効かないならどうすればいい。相性最悪の状況に追い込まれたこの瞬間、俺は自分がどれほど無力かを痛感していた。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
「無駄だと言っているだろう……何者かは知らんが貴様からは何か嫌な気配がする。悪いがここで、そこの死に損ないと共に死んでもらう」
「……死ぬのはお前の方だ」
黒いフードを被った男は素早く突進し、持っていた剣を俺の腹に突き立てた。剣が腹に突き刺さる瞬間の鈍い衝撃。熱い痛みが体中に広がるが、それよりも強く湧き上がるのは苛立ちだった。
――またか。こいつらは俺を「ヒーラー」としてしか見ていない。
こぼれ落ちる血に目もくれず、俺は静かに呟く。
「『ヒール』」
傷口が瞬時に塞がる感覚と共に、痛みが引いていく。自分の力が頼もしくもあり、どこか嫌悪感すら感じる。だが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。
「……ほう、ヒーラーか」
相性は最悪だ。攻撃の術を持たない俺に対して、剣士としての優位性を誇るこの男。しかし、だからといって負ける理由にはならない。
「……どうするか」
呟いたその言葉は、自分への問いかけでもあり、決意でもあった。この場をどう切り抜けるか――その答えは、すぐ近くから届いた声にあった。
聞き覚えのある詠唱が、炎のように空気を震わせる。その瞬間、俺は反射的に距離を取り、声の主を振り返った。
『爆炎の嵐(ファイアーストーム)!』
燃え盛る嵐が黒いフードの男を包み込む。魔法の爆風が周囲を焼き尽くし、焦げた空気が鼻を刺す。
「……なに……!?」
男は直撃を避けたものの、その表情には明らかな動揺が浮かんでいた。
「私を忘れられては困ります。アスフィ」
「ルクス……」
ルクスの放った炎の嵐が巻き起こる。あの爆発的な威力は俺の知る魔法とは別物だった。
「…………ちっ。危ねぇな」
だが、目の前の黒いフードの男は無傷だった。直撃を避けたとはいえ、あれだけの魔力を受けてなお、平然としているなんて。
「あのフード、厄介だな」
「『白い悪魔』だと……ちっ……増援はまだか!」
増援?ここまでやってまだ仲間を呼んでいるのか。
コイツらは根絶やしにしないとまだまだ湧きそうだな。
そう思っていると、ルクスが駆け寄ってきた。彼女の目には不安が浮かんでいるが、表情は冷静そのものだった。
「アスフィ!大丈夫ですか!?」
「ああ……助かった」
「いえ。それはそうとアスフィ……忘れていましたよ。これは貴方の大切な〝杖〟でしょう?」
彼女が差し出したのは、俺の母さんの杖だった。その杖はいつだって、俺の進むべき道を照らしてくれたものだ。
なるほど、この杖を介してあの魔法を放ったのか。通りでいつもより威力が高かった訳だ。
「ルクス、助かる」
そう呟いて杖を受け取る。冷たく硬い感触が、少しだけ俺の心を落ち着かせた。
「いえ。私も加勢します」
「ルクス……こいつの纏う黒いフードは魔法を無効化するらしい」
「……なるほどアスフィが苦戦する訳ですね」
俺はルクスに忠告する。しかし、やけに冷静なルクス。
どこかで見た事があるような、そんな顔だった。
――ここで俺は違和感を覚えた。
何故だ、なぜこの男はルクスの魔法を避けた?魔法を無効化するのであれば、避けなくてもいいはずだ。
なのに避けた……?何か欠陥があるのか?
その時、城全体が騒がしくなった。外からは足音と怒号が聞こえ、黒いフードを被った者たちが次々と流れ込んでくる。
その数、約千を超える。
「はっはっはっ!ようやく来たな。これで『白い悪魔』が居ようと関係ない。むしろ『白い悪魔』もここで討ち取れるのならこんなに素晴らしいことはない!これで貴様らの負けだ。『白い悪魔』だろうと敵じゃない!!」
黒のフードを被った男は不気味に笑う。
「マズイですねアスフィ……アスフィ?」
全く、頭数を揃えたら勝てると思ってる。そんな考えには反吐が出る。
レイラを殺しておいてそんなことをよくもまぁ。エルフォードさんに頼まれたんだ。娘を頼むと。
エルザはまだ息がある。エルザは友達だ。それにレイラを運んでくれた。きっと俺が居ない間、ずっとレイラを守ってくれていたんだろう。
そんな彼女を死なせる訳には行かない、約束したからな。
「……ルクス、エルザを頼む」
静かに告げた言葉に、ルクスは驚いた様子だった。
「……え?何を言ってるんですか?」
その反応は予想通りだ。それでも俺の意思は変わらない。
「俺がやる」
断言する俺に、ルクスはさらに食い下がる。
「で、でも効かなかったのでは?!」
その声には明らかな不安が混じっている。それでも俺は、彼女に背を向けたまま言葉を紡ぐ。
「頼む、ルクス。俺の言う通りにしてくれ。……正直、邪魔なんだ」
戸惑うルクスの気配を背中越しに感じる。だが俺の言葉に嘘はない。
「…………死なないですよね?」
ルクスの問いかけは小さく震えていた。だが、俺を信じてくれている。だからこそ、俺は真っ直ぐに答える。
「ああ、約束する」
その言葉が伝わったのか、ルクスは躊躇いながらもエルザを抱え、戦場から離れていく。その背中を見送りながら、俺は深く息を吐いた。
「逃がすと思ってんのか――」
怒りの声が背後から飛んでくる。
「お前達の相手は俺――」
奴の声を遮り、俺は静かに宣言した。この場で何が起こるか、決めるのは俺だ。お前じゃない。
「雑魚に用はない!そんなに死にたきゃしねぇぇぇ!」
黒いフードの男は自信満々に突進してきた。俺をただのヒーラーと侮っているのだろう。癪に障るが、都合がいい。
男はまたもや突進してくる。ヒーラーだからと侮ったな。
「『消失する回復魔法(ヴァニシングヒール)』」
俺の声が静かに響くと、男の動きがピタリと止まった。その顔が一瞬にして苦悶に歪む。
「がっ……い、息が……な、なぜ…………」
喉を掻きむしるような仕草に、俺は冷静に状況を見据えた。母さんの杖を握る手に力を込める。杖を通じて発動する魔法の力が、俺をさらに冷酷な存在にしていくのを感じる。
「母さんの杖は最強なんだよ」
俺は黒いフードの男に魔法を唱えた。
声を落とし告げた俺の言葉に、男が怯えたように目を見開いた。その姿を見て、俺はただ淡々と思う。生きることが当たり前だと思っているから、死がこんなにも怖いのだろう。
「言っておくが、楽に死ねると思うな」
冷え切った声が自分のものだとは思えなかった。怒りの中に滲む冷酷さが、俺自身をも蝕んでいる。それでも構わない。この男に、レイラやエルザの苦しみをほんの少しでも味わわせてやる。
「……は……は……く…………そ」
最後の呟きは、彼の苦痛を物語るものだった。
息が止まる瞬間まで、俺はただ見つめ続けた。止めを刺すことなく、彼の命が尽きるのを見届ける。それが、俺にとっての復讐だった。
……
…………
………………
道場の入口から押し寄せる黒いフードの男たちを見据えながら、俺は静かに呟いた。絶え間なく続くその数に、胸の奥でわずかに冷たい怒りが燃える。
彼らを見逃せば、また別の命が犠牲になるだろう。ルクスとエルザ、次に死ぬのは彼女たちかもしれない――そんな考えが脳裏をかすめる。
「……さっさと片付けないとな」
もし、ルクスやエルザがここで命を落とすようなことになったら、俺は――。いや、そんなことは絶対にさせない。制御が効かなくなるのは俺自身だ。
「…………ふぅ」
深く息を吸い込む。静かな怒りと、ほんの少しの悲しみを呼吸に乗せて吐き出した。手にした杖をしっかりと握りしめ、心を研ぎ澄ませる。
「我に宿りし『祝福』(才能)よ」
その言葉は、俺の内側に眠る力を目覚めさせるための鍵だ。詠唱なんてものは形式に過ぎない。ルクスはそう教えてくれた。言葉の正確さではなく、そこに込める思いと魔力こそが重要なのだと。
「今この時より、我がこの世界の主だ」
自分の中の力が膨れ上がっていくのを感じる。この詠唱は、俺自身がこの場の全てを支配するためのもの。あいつらが好き勝手に命を奪うことを、俺が許すはずがない。
「何者も我の許可無しに息をする事を禁ずる」
言葉と共に膨大な魔力が杖を通じて流れ出す。体中に巡る力が燃え上がるような感覚と共に、次第に俺自身が何か別の存在に近づいていく気がした。これが、俺の力――俺自身が選んだ道だ。
【なら次の詠唱はこれだ。お前にとっては大事な〝モノ〟だろ】
脳裏に突然浮かんだ言葉。それはどこか懐かしく、温かい響きを持っていた。
「渓の流れに散り浮く楓」
胸の奥から自然と湧き上がる一節。それが何なのか分からない。けれど、なぜかその一文だけは深く刻み込まれていた。手が震えるのではなく、心がざわめいていた。
「『盟約により得たこの力』。今こそ解き放つ時だ。全ての生命に安らぎを」
俺の中に込められた全ての魔力が、最後の言葉と共に解き放たれる。そして――
『――安息の死を迎える回復魔法(リポーズデスヒール)』
静寂が訪れる。
先ほどまで鳴り響いていた足音、叫び声、武器が触れ合う音――全てが、一瞬にして消え去った。俺の視界に映るのは、次々と倒れゆく黒いフードの男たち。彼らの体から血が溢れ出し、命が尽きていく。
その光景を見ても、俺の心に何の波紋も広がらなかった。ただ、やるべきことを終えたという静かな安堵があった。
「……はぁ……レイラ……終わったよ」
力を使い果たした体が震える。けれど、俺は少しだけ笑った。この魔法に込めたのは、決して憎しみだけじゃない。あいつらには相応の報いを与えた。それが、俺にできる唯一の償いだ。
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話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい!
****** 完結まで必ず続けます *****
****** 毎日更新もします *****
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転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
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ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
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騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
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しかし、この賭けは罠であった。
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賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
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小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
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中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
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※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
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勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
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いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
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※小説家になろうにて掲載中
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