攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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新章 第三幕【NEO: Crossing】

Re:第二十八話「神の悪意なき悪戯」

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 マキとスドウの二人は、一際目立つ一本の大樹の前に立っていた。

 その場所は静寂に包まれていたが、そこに現れたのは──

「どうしたの二人共?そんな怖い顔してさ」

 現れたのは、緑髪の少女だった。

 その瞳は無垢で、まるで何も知らないかのようにきらめいている。だが、スドウは──いや、マキもまた、その裏にある“本性”を既に見抜いていた。

「……何、イタズラ娘に少しお説教が必要だと思ってな」

「お説教?なんで?」

 少女は小首を傾げる。まるで自分のしたことに一切の自覚がないような声音だった。

 だが──スドウの目に浮かぶのは、迷いではなく《覚悟》。

「もう、終わりにしないか。神オーディン」

 その一言で空気が変わる。

「……長くなりそうだね。そうだ!」

 少女が突然、天にも届くかと思われるほどの大樹に手をかざしたかと思えば──

 風のように、いや、まるで空間そのものを断ち切るように、その手が横に薙がれた。

 瞬間、大地を根ごと貫く音。巨木が、根元から真っ二つに断ち切られていた。

 ──風も、音も、言葉も、すべてが消えたかのような一瞬の沈黙。

「ほら!切り株にでも座って話そうよ!」

 神は無邪気に笑っていた。

「遠慮しとく」

「そう?君のガールフレンドはそうでもないみたいだけど?」

 スドウが振り返ると、マキはいつの間にか少女の隣──切り株の上に座っていた。

「……マキ。お前なぁ……」

 気持ちの追いつかないスドウに、彼女は短く応える。

「大丈夫」

 その声には、微かな笑みと確信が混じっていた。

「あはは!面白いね!流石私の神友だよ!」

 少女は腹を抱えて笑い転げる。だが、スドウは冷めたまなざしを向けるだけだった。

「俺はそんな世間話をしにきたんじゃない」

「そうみたいだね」

 ◆

 《全ては一人の神から始まった》

 遥か昔。

 そこに居たのは──一柱の神。

『つまらないなぁ……』

 神は、幾千の時を越えて、ただ世界を眺めていた。

 果てしない日々。繰り返される同じ風景。

 変わることのない人間の営み。

『まただ』

 争いが生まれ、平和が訪れ、そしてまた争いへと戻る。

 まるでループする歯車のように、歴史は同じ過ちをなぞるばかりだった。

『人間ってどうしてこんな事しか出来ないのかな』

 神にとって、その繰り返しは“美しさ”ではなく、“退屈”だった。

 しかし──ある日。

『あ……』

 神の目に映ったのは、どこにでも居そうな、慎ましい一組の夫婦だった。

 ただ一つ、違っていたのは。

 その家庭には、子がいなかった。

 ──女は子を産めぬ体だった。

 けれど二人は、何よりも幸せそうに笑っていた。

『ふーん』

 神は、静かにその様子を見守った。

 それはほんの気まぐれだったのかもしれない。

 だがその日を境に、神はその夫婦を毎日見続けた。

 日々の暮らしの中に、当たり前のように存在する“愛”と“絆”。

『……家族、ね』

 そして神は、ふと手を伸ばす。

 ──その女の体に、子を宿した。

 神が「家族」を作った。

 それが、すべての始まりだった。

 ◆
 
「……ふーん。それが君の推理?スドウケンイチ」

「こんなのまだ序章に過ぎない」

「はぁ。名探偵スドウの推理はいつ終わるの?退屈なのは嫌いなんだよね」

「そこまで長くなりはしないさ。……お前のやったことは善でも悪でもない。ただの偽善だ」

「偽善……人間は好きだねぇそういうの」

 少女は退屈そうに大きな切り株の上に寝そべっていた。

 その仕草はどこか気怠げで、しかし明確な敵意もなく。ただ世界に興味を失った者のような空気をまとっていた。

「……人間ってさ、不思議だよね」

「何がだ」

「君の言う善とか悪とかの話さ。悪もまた大切なものを守るために悪を演じる。善も同様さ。悪を討つ為にとか言って、結局のところ自己満足に過ぎないんだよね」

 その言葉には重さがあった。

 彼女自身、長い時を生きてきたのだろう。その眼差しは、単なる少女には到底持ちえない諦観と、理解の果ての無関心を湛えていた。

「……今の話になんの関係がある」

 問いかけるスドウの目は鋭かった。

「君のその名探偵さながらの推理で言うとさ。私を偽善だの何だの言うけどさ、結局のところ私を悪として見ているんでしょって話さ。だからこうして私の元に来ている。違うかい?」

 少女は切り株の上で寝そべりながら、空を見上げ言う。

 その横顔は、どこか寂しそうでもあり、飽き果てた観測者のようでもあった。

「世界ってさ。……ほんと退屈で面白みがないんだよねぇ」

 空を漂う雲が、風に流れて形を変えていく。

 しかし彼女の瞳に、それすらも映ってはいないのかもしれない。

 ただ空虚な瞳の奥で、少女は別の何かを見ていた。
「それよりさ、こんなところで推理を話していてもいいのかい?君の妹ちゃん、今大変なことになってるよ」

 その一言が場の空気を一変させた。  
 スドウの眉が跳ね上がる。

「お前!!楓に何をした!!」

 その声には、剣より鋭い怒気が宿っていた。  
 切り株の上で寝そべっていた少女は、楽しげに微笑みながら肩をすくめる。

「大した事はしてないよ。君たち兄妹の為を思ってのことをしたまでさ」

「だから何をしたって聞いてんだよ!!」

 スドウの声は明らかに怒鳴りに近く、感情の抑制が効かなくなっていた。

「……妹ちゃんには争いと差別だけで構成された世界に独り置いてきた」

「──っ!?」

 息が詰まった。頭の奥が熱くなり、反射的に手が震える。

「その後どうなったと思う?……壊れた。あはは!仕方ないよね!一人だけ違う世界に居たんだから」

「お前……」

 スドウの拳が強く握られる。爪が皮膚を裂きそうなほどに。

「もう一つ言うと、その世界には君達も居た。でも、その世界に存在する君たちは、妹ちゃんの事を『世界の破壊者』だと認識させた。今までずっと味方だと思っていた者達からの裏切り。でも、本人は何も悪いことなんてしてない。そんな悲劇で溢れた世界にね」

「テメェ!ぶっ殺してやる!!」

 怒声と共に、スドウは少女に詰め寄った。  
 しかし──

「……なんで止める、マキ」

 スドウの目前にマキが立ちはだかる。  
 その小さな体は、微動だにしない。

「ダメだよ、スドウくん。今はダメ」

「でも──」

「冷静さがあなたのいいところ。私はそれを支える」

 マキの言葉は静かで、それでいて強かった。  
 その真っ直ぐな瞳に、スドウは拳を引くしかなかった。

「くっそ……」

 スドウは地面を強く蹴る。乾いた音が大地に響いた。

 そんな二人の様子を見ながら、少女は面白そうに続きを語り出す。

「もうすぐ彼女は完成する」

「……何?」

 スドウの声は低く、焦りと恐怖が滲んでいた。

「妹ちゃんはこの後、この世界の災厄となる」

 もはや戯れ言ではなかった。  
 少女の目からは、遊びの光が失われていた。

「……お前、何でそこまで」

 問いかけというより、吐き出した疑問だった。

「言ったろ?私はずっと君のだって」

「これのどこが味方なんだよ……」

 スドウは呆れたように吐き捨てる。

「これから妹ちゃんはこの世界の魔王となり、それに立ちはだかるは、かつての仲間。そんなところに現れる理解者。……そう君だよ、スドウケンイチ。大好きなお兄ちゃんだけが自分を信じてくれる。濁りない本当の兄である君が、ね。これがこの世界のシナリオさ!退屈しないでしょ!?」

 少女の目は狂気にも似た光でキラキラと輝いていた。

「分からねぇ。お前の言うこと全て何一つ理解できねぇよ……」

 スドウの呟きには、怒りでも嘆きでもない。  
 ただひたすらに、理解不能という絶望が込められていた。
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