攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

文字の大きさ
263 / 282
新章 第三幕【NEO: Crossing】

Re:第三十一話『 』

しおりを挟む
 私は一人だった。

 目を覚ました時には、すでに神としての力を持っていた。

 自分がなぜこの世界に在るのか。  
 どこから来たのか。何のために存在しているのか──

 そんな問いすら、浮かばなかった。

 なぜなら、私の目に映る世界には、私以外の存在など一切いなかったからだ。

 空っぽなのだと。それが私の当たり前だった。

「……ああ、またか」

 私は、どこか遠く、まだ言葉も文明も持たぬ人類の営みをただ眺めていた。

 彼らは生まれ、争い、泣き、愛し、死んでいった。  
 そしてまた、新たな命がその上に芽吹く。

 ひたすらに繰り返される悲喜劇。

 それを見つめ続ける私の中には、やがてある種の“毒”のような感覚が溜まっていった。

「……退屈だ」

 神に与えられた視座──それは万象を見通す高みにして、孤独という名の牢獄だった。

 時が流れても、私は変わらなかった。  
 神である限り、何者にもなれず、どこへも行けず、触れることも叶わなかった。

 私は“観測する者”として在り続けた。

 無音の中で、何千、何万という命の流転を見続けて──

 ──そのときだった。

 都会の喧騒から少し離れた、静かな住宅地。

 小さな家の窓から洩れる、柔らかな光が私の目に止まった。

 そこに住んでいたのは、ごく普通の夫婦。  
 名前も、肩書きも、記録に残るようなものは何もない。  
 ただ、それでも彼らは、毎日を穏やかに暮らしていた。

 けれど──

「……子どもが、いない」

 その女は、生まれつき子を産めぬ体だった。

 それでも彼らは、互いの手を取り、毎晩の食卓を囲み、静かに笑い合っていた。

 泣き言も、喪失も、怒りもなかった。

 そこには“完全”とは言えない、けれど、“美しい”と呼ぶにふさわしい光景があった。

 私の中で、何かが初めて動いた気がした。

「……どうして?」

 私は彼らを、毎日観測した。  
 朝の会話。昼の外出。夜の食事と、二人だけの言葉。

 繰り返されるささやかな日常は、  
 どんな英雄譚よりも静謐で、私の胸に小さな衝動を残していった。

 ──それは、神の気まぐれだったのかもしれない。

 私は、その家に“子”を授けることを決めた。

「あなた達の物語を……もう少し、見ていたい」

 そう思った。

 ほんの出来心だった。  
 けれど、その一歩が、すべての始まりだった。

 私は女の体を変えた。  
 彼女の血と肉に、ささやかな奇跡を与えた。

 そして数ヶ月後──

 その家庭に、ひとつの命が生まれた。

 小さく、柔らかく、温かい命。

 その子の名は──エルシア。

 それは、私が初めて生み出した、“家族”という概念への憧れだった。

 エルシアはすくすくと育った。

 産声をあげ、母の胸に抱かれ、父の指に手を絡ませ──  
 何もかもが順調に見えた。いや、順調だったはずだった。

 だが──

「……笑わない、ね」

 そう父が言ったのは、生後半年を過ぎた頃だった。

 どれだけ揺らしても、どれだけ声をかけても──  
 エルシアの瞳には一度も笑みの色が浮かばなかった。

 ただ、じっと見つめているだけ。  
 赤子のはずの彼女の視線は、あまりに無表情だった。

 泣くこともなかった。  
 夜泣きも、怖がる様子もない。  
 驚くこともなく、感情というものをまるで知らないかのように──

 両親は悩んだ。  
 医者に相談し、書物を調べ、あらゆる可能性を模索した。

 けれど、何も見つからなかった。

 私は見ていた。

 彼女には──“心”がなかった。

 愛を注がれても、愛を返す器がなかった。  
 痛みに涙せず、優しさにも笑顔を浮かべない。  
 まるで魂の輪郭だけが抜け落ちているようだった。

 ──それは、当然のことだった。

「……私、か」

 私はその事実を、誰よりも理解していた。

 創造主である私が、“感情”というものを知らぬ存在だった。  
 ならば当然、私の写しであるエルシアにも、それは備わっていなかった。

 人のように見え、人のように育っても──  
 彼女の中身は、“私そのもの”だったのだ。

 私は神だ。  
 だが、神であるがゆえに、何も持っていなかった。

 感情も、涙も、恐怖も、優しさも。  
 その全てを知らず、与えることもできない者だった。

 エルシアは──私の“欠落”そのものだった。

 それに気づいたとき、私は初めて焦りを覚えた。

「……これは、私のせいだ」

 彼女の空虚さは、私の無知の写し鏡。  
 私が何も知らぬまま手を伸ばした、報いだった。

 それでも私は願った。  
 彼女に、せめて“心”を与えたいと。

 ──だが、それは叶わぬ望みだった。

 神はこの世界の全てを観測できる。  
 だが、“触れる”ことは許されない。

 私は姿もなく、声もなく、ただ見ているだけの存在だった。

 言葉を交わすことも、抱きしめることもできず──  
 ただ、彼女の成長を、遠くから見守ることしかできなかった。

 それでも──

「……いや」

 私は、自分の中にある“諦めきれなさ”を無視できなかった。

 彼女は、私が生み出したものだ。  
 ならば、最後まで責任を持つべきだと、そう思った。

 そのためには……この神という殻を捨てなければならない。

 そう、私は……選んだのだ。

 この世界の摂理を、天上の掟を、“禁忌”を──破ることを。

 私は決めた。

 このまま観測者として終わるくらいなら──  
 たとえどれだけの罰を受けようとも、  
 彼女と、ほんの一瞬でも“同じ時”を生きてみたいと。

 それは身勝手な願いだった。

 けれど私は、その願いを叶えるために、“神”という名を脱ぎ捨てた。

 私は神の権能を用い、自らの“存在”を作り変えた。  
 この世に肉体を持たぬはずの私が──

 彼女の身体を借り、生まれ落ちた。

 エルシアという少女の魂を“封じ”、  
 私がその体の主となった。

 それは、赦されざる行為だった。

 彼女の命を“奪い”、  
 その軌跡を“横取り”し、  
 彼女の人生を“私自身の答え探し”に変えてしまったのだから。

 私は神でありながら、最も卑しい略奪を犯した。

 それでも、私は“望んで”しまったのだ。

「──これで、ようやく触れられる」

 頬を撫でる風を感じ、  
 草の香りを知り、  
 誰かの手の温もりを、この胸に刻むことができる。

 それは観測ではなかった。

 “実感”だった。

 私はエルシアとなり、生まれて初めて“この世界に存在している”という感覚を得た。

 だがその代償は、あまりにも大きかった。

 この身に走る痛み、  
 胸を締め付ける不安、  
 そして──人間たちの冷たい視線。

 感情というものは、美しいだけではなかった。

 それは刃だ。  
 時に誰かを癒し、時に深く傷つける。

 私は、知ってしまった。

 “心を持つ”ということが、どれほど苦しく、尊く、不可逆なことかを──

 そして気づいたのだ。

 私はもう、神には戻れない。

 いや、“戻りたくない”と思ってしまった。

 誰かを愛し、誰かに傷つき、  
 それでも、また誰かに触れたいと願ってしまう──  
 そんな愚かで、救いようのない感情を、私は心の底から“美しい”と思ってしまった。

 それが“罪”であっても構わない。

 私は、もうあの孤独には戻れない。

 もし私以外の神が存在し、私を裁こうとも──  
 私はこの“痛み”と共に、生き続ける。

 それが、私という存在の“始まり”だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます

六山葵
ファンタジー
生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。 彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。 優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。 それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。 その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。 しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。 ※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。 詳細は近況ボードをご覧ください。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...