攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)

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新章 第三幕【NEO: Crossing】

Re:第三十二話「兄妹の再開」

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 廃神──かつて“神”と呼ばれた少女は、地面に膝をついたまま、虚ろな瞳を閉じていた。

 その頬に触れる風は冷たく、肌の温度をまるで感じていないかのように、彼女は一切の反応を見せなかった。

 アスフィ・シーネットは、静かにその顔を覗き込んでいた。

「……どうだ、アスフィ。治せそうか?」

 スドウの声には焦りがあった。かすかな希望に縋るような、そんな声だった。

「残念ですが、無理ですね」

 答えは非情だった。だが、彼の言葉に嘘はない。

 アスフィは膝をつき、廃神となった少女──オーディンの目を注視したまま、短く告げた。

「お前の回復魔法はこの世界でも通用するはずだ!……オーディンは俺達に力を残してくれた。世界を改変する力があるこいつがもし敵なら、俺達に力を残す必要なんて無いはずなんだ……」

 スドウは言葉を重ねる。必死だった。喉が痛むほど叫びそうになるその寸前で、思考がよぎる。

 (……俺は元々、その“力”を持っていないが)

 しかし、それでもこの場で黙っていられるわけがなかった。

「気持ちは分かります。ですが、オーディンは自ら“殻に閉じこもっている状態”です。傷を癒す力はあっても、自分の世界に閉じこもる少女を引き戻すことは不可能です」

 彼の口調は静かで、残酷なほど現実的だった。

 瓜二つの少年たちが、向かい合って言葉を交わしている。

「……くっそ。どうすりゃいいんだ。今この世界では何が起きてんだ……。楓……」

 スドウの視線が遠くなる。

 目を閉じれば、あの妹の笑顔が浮かんだ。小さな手を握りしめ、はにかんだように笑っていた日々──今はもう、遠い過去の記憶。

「楓ちゃんなら大丈夫。あの子は強い。心配いらない」

 マキの声は穏やかだった。だが、それが逆に不安を煽る。

「だから怖えんだよ。あいつ昔から変なところでキレるとこあったし……」

 それに──

 オーディンの口ぶりを思い出す。あの、ぞっとするような言葉。

「アスフィ。お前、実際どうやってここまで来たんだ?偶然なわけないだろ?」

「……ええ。実は助っ人が居まして」

「助っ人?」

 思わず聞き返す。だが、頭の中ではすでにフル回転で考えていた。

(この世界で、テレポートのような能力を持つやつなんて──いたか?)

 そんな疑問に応えるように、声が響く。

「──俺様だ」

 その声が空気を切り裂いた。

 現れたのは、赤毛に眼帯をした男。

「…………誰だお前」

 あまりにも唐突な登場。しかも名乗りもしない。

「アリスの旦那だ。未来のな」

「……おい、アスフィ。こいつ頭大丈夫なのか?本当にこいつであってるのか?」

「ええ。この方ですよ」

 アスフィは頷く。動じない。ということは──本物だというのか?

「なんだお前。俺様に何か文句でもあんのか?」

 眉間に皺を寄せ、スドウに詰め寄る。

 その距離感。空気感。すべてが強引で、唐突で、異物だった。

「文句っつーか……胡散臭い」

「なんだとおま──」

 言い合いが始まりそうなその瞬間──

「お二人共。落ち着いて下さい。ここで喧嘩をしている時間はありません」

 アスフィの一言が場の空気を断ち切った。

 まるで全員の中心に一本の柱が立ったような、凛とした静けさが広がる。

「……」

「……」

 二人は黙った。

「それでいいです」

 マキが静かに拍手した。

「すごいね、もう一人のスドウくん」

 和やかな声だった。だが、そこには確かな信頼があった。

「それでは、本格的に説明します。この後の流れを」

 アスフィは言った。

 それが、世界の終わりと始まりの境界線となる、静かな宣言だった──。

---
 
  アスフィの説明は端的だった。だが、その内容は重く、決して簡単なものではなかった。

「……つまり、楓が──」

「ルクス・カエデ、です。……彼女は今、錯乱状態にあるようです。そうですね、紅蓮」

「ああ。俺様がアリスを探していたその道中で出会った。……出会っちまった。……恐らく決戦の舞台はそこになるだろうな」

 紅蓮が語るその声は、冗談まじりのようでいて、本質には一切触れていないようで、触れていた。

 空気が僅かに緊張する。

「なぁ、お前のその剣。ゲートを開けるんだよな?」

「いいや違う」

 即答だった。紅蓮の目には揺らぎがなかった。

「じゃ、なんだよ」

 問い返すスドウに、紅蓮は剣の柄を軽く叩きながら言った。

「正確には『なんでも斬れる』」

「……なんだよそのチート武器」

 思わずぼやいたスドウに、紅蓮は鼻で笑って応える。

「俺の力作だ。……だがジジイには敵わねぇ」

「その方がゲンゾウさん……いえ、ゲン・バルカン。あなたの祖父」

 アスフィの口から、久しく聞かなかった名前が出た。

「……ああ。俺を鍛治師として育てあげてからどこかに消えた」

「ゲン・バルカン……?」

 その名に、スドウの記憶が僅かにざわついた。

 だが、即座に思い出せるものではなかった。

「おい!それってゲンじいの事か!」

「ゲンじい?……そいつは知らねぇな」

 記憶の奥底。アスフィの内に眠っていたものが、呼応するように浮かび上がる。

「なぁアスフィ――」

「そうです」

 問いかける前に返された言葉に、スドウは苦笑した。

「まだ何も言ってないんだが……」

「僕と君は同じ記憶を持っていた。それが、ですから」

 穏やかな、けれど確固たる言葉。

「そう……だな」

 オーディンによって歪められた世界。

 そこから生まれた多重の人格。

 その一つ一つが、スドウという存在の延長であり、分岐でもあった。

 違う名前。違う性格。違う価値観。だが、根底にあるものは、同じだった。

 「……なんか、兄弟……みたいだな」

「そうですね。血は繋がっていませんし、歩んだ道だって違いますが――」

 アスフィは言った。

「僕達はここに存在する」

「……そうだな」

 たとえ、それが“神の手遊び”によって生まれた存在だとしても。

 ここに“居る”こと。それが、確かな証なのだ。

「で、俺様達はそのルクス・カエデを討伐するって認識でいいのか?」

「は?お前何聞いててんだよ。討伐じゃなくて、大人しくさせんだよ」

「……あれを?……はっ!バカだ!ここにバカが居るぜ!」

 紅蓮は大笑いした。

「……あれを人間と思うのはやめとけ。あいつはもう、お前が知ってるような人物じゃねぇ」

「だが、俺のたった一人の妹だ。救ってみせる」

 スドウは一歩も退かなかった。怒りでも、悲しみでもなく、それは“意志”だった。

「アリスが同じ状況にあったとして、そんなことが言えるのか、お前」

 紅蓮の問いに、一拍の間が生まれた。

 そして──

「……それは卑怯ってもんだぜ……兄ちゃんよ」

 紅蓮はあぐらをかいて頬を掻いた。だが、もう笑っていなかった。

「良いですか。この戦い、スドウ、君に掛かっています」

「俺……か」

 (正直、この中じゃなんの役にも立てない気がする)

 そう思いながらも、口には出さなかった。

「僕らはそのサポートに徹します。恐らくチャンスは一度きり。紅蓮がゲートを切り開いた瞬間こそ――」

 アスフィは杖を地面に突き立て、言葉を切った。

「世界の全てが決まります」

 その声は、風すら止めたかのような静けさを連れてきた。

「私も応援する」

 マキが手を挙げた。柔らかな笑みを浮かべて。

「お、おう。頼むな?」

 誰もが、それ以上突っ込まないことを選んだ。

「……では、向かいましょうか。ルクス・カエデを救いに。そして――」

 アスフィの声に、誰もが頷いた。

「ついでに世界も」

 少女を残し、四人は歩き出した。

 そして、スドウは──

「…………オーディン、お前は人の世を狂わせたかもしれない。だが、それは決してお前だけが悪いわけじゃない。皆、悩みを持って生きてる。それに人間や神で違いは無い。悩みを持たない者は居ないんだよ。だからお前もそんな所で殻に閉じこもってないで、お前のやれる事をやれよ。…………じゃあな」

 それだけ言って、背を向けた。

「んじゃ、行くぜ!」

 紅蓮の一言が合図になった。

「おう」
「はい」
「うん」

 三名が力強く応じた。

---

 ──そして時刻は現在へと戻る。

 空は紅く染まり、黒く濁った雲が空間をねじ曲げていた。  
 ルクス・カエデは、確かにそこに居た。

「止める?こいつを?無理だな。お前らじゃ足元にも及ばねえよ」

 紅蓮の声は冷酷そのものだった。  
 その目には、戦いの火が灯っている。

「……いや、俺にも最終手段があった。使わなかっただけだ」

 唐突に口を開いたアスフィの言葉に、スドウが目を見開く。

「何!?それは本当か!アスフィ!?なんだ、そんなのがあるならもっと早く言ってくれ!」

 声が大きくなる。緊張が走る。

「……」

 アスフィは無言だった。

 その沈黙に、紅蓮が眉をひそめる。

「なぁお前」

「……なんだよ」

「そこの金髪の女。馬鹿なのか」

「……ああ。とびきりの馬鹿だ」

 スドウは即答した。

「残念だな……顔はいいのに、中身が残念なのか」

 紅蓮がつまらなさそうに溜息をつく。

 その間にも──

(……くそ。まだかよ、早くしろ。お前ら……!)

 紅蓮は内心で歯を食いしばっていた。  
 ギリギリの間合い。油断も隙も許されない緊張の刃の上。

「そうだ。それがこいつなんだ。許してやってくれ」

 スドウの言葉に、紅蓮はふっと息を吐いた。

「おい、貴様ら!無礼だぞ!」

 ルクスが再び魔力を纏い始めた。

 黒い瘴気のような魔力が、空間を包み込む。

「皆さん、最後に何か言い残すことはありますか?」

 凛とした声。それが、死神の宣告のように響いた。

「…………はぁ。おせぇよ」

 紅蓮が呟く。その表情は、笑みを含んでいた。

「何か言いましたか?」

「いいや、お前に言ってねぇ。俺様の独り言だ」

 そしてその時、ルクスの背後──  
 赤黒く蠢く“ゲート”の向こうから、三つの影が現れる。

 この世界に似つかわしくない服装を纏った少年と少女。  
 そして、ローブを纏った青年。

 足元に舞い降りたその瞬間、すべてが静止したようだった。

「──よ、楓。お前、今更反抗期か?ウチへ帰るぞ」

 その声は静かで、優しく包み込むような声色だった。

 ふわりと黒と白の髪が揺れる。  
 彼の手が、少女の頭に触れた。

 その瞬間──

「…………お兄ちゃん」

 ルクス・カエデの、世界から断絶されていた心に、声が届いた。

「……ああ。お前の兄ちゃんだ」

 スドウ・ケンイチが、全てを超えて、そこに立っていた。

 魔力の風が吹き抜ける中。

 兄妹は、再び──“出会った”。

 その空間は、戦場でありながらも、確かに”兄妹”二人だけのものだった。
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