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修学旅行の英雄譚 Ⅱ

終幕 新たな力

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 右肩から斬りつけられたステインは白目を向いてその場に倒れる。彼ならどれだけ重傷を負ったとしても狂気を貼り付けて突っ込んでくると思ったが無理に力を使ったせいで限界をゆうに超えていたらしい。
 ……そういう僕も限界が近づいてるな。初めて使った超越化トランス・エンドでの体力と魔力の消費に体が軋む。
「ば、馬鹿な……聖剣使いが三人……しかも模造品レプリカではない本物オリジナル……!私が何年も探して見つからなかった物がここに三本も……いや、重要なのはそこではない。なぜ転生などというこの世の輪廻に逆らう所業ができたのかが問題だ──」
 動揺と喜びの入り交じった表情で嘆くのはヨイワース。そうだ、彼はキードと同じく戦火を追い求める者の一人、そういう奴がいる限り倒れるわけにはいかないんだ。
「ヨイワース、お前の野望はここで必ず潰える。絶対に僕が阻止してやる」
 彼を睨みつけてデュランダルの剣先を向ける。
「そうか!それならば私の仮説は正しかった!研究は間違えてなどいなかったのだ!ならばそれを目覚めさせたのは──」
 突然ヨイワースの動きが止まり、目のハイライトが失われていく。
 あれは過去に何度も見たことがある──キードの魔術に当てられたんだ。
「詭弁はそこまでにしてもらおう。その思考に至るのは貴様の優秀さだろうが、貴様ごときがそこにたどり着くなど何年たとうともありえんのだ」
 動かなくなったヨイワースを指で差すとその体が灰になって消えていく。
「そもそも最初はなから貴様らの協力などいらなかったのだ。全て俺から全てやれたのだ。その余裕故に泳がせていたがそこまでだったようだな」
 この死を目の当たりにする緊張感、一体何百年ぶりなんだろうか。
「フハハハハハハハハ!」
 キードが哄笑を上げ、ゆっくりと地に足をつける。
「邪龍、そして龍王よ、全力で俺に攻撃してみろ」
 余裕の笑みを浮かべて姉さんと悠斗君二人を挑発する。それを聞いた姉さんが片眉をピクリと動かす。
「なんですって?私達にチャンスを与えるってこと?舐められたものね」
 ダメだ姉さんそいつは本気で言っている!
 キードから魔力が迸る。
「むしろ舐めているのはそっちだ。貴様ら如きが俺を殺せるとでも思っているのか!ファウストとソロモンでないかぎりこの場の人間どもは俺からすればゴミ同然!」
 あまりの気迫に全員の足が一歩下がる。それを見たキードは落ち着きを取り戻しもう一度言う。
「さぁ、俺に攻撃してみろ」
 リーナ先輩が自身のオーラを高めながらゆっくりと歩き、その後に悠斗君が続く。
氷獄の悪魔アブソリュート・メリス。踏ん張れよ相棒』
「あぁ、なんとかしてやるよ」
 二刀を構えた悠斗君がその場から勢いよく飛び出しキードに襲いかかる。
「いくわよファーブニル!」
『オラァ!消し飛びやがれ!』
 『龍気解放ドラグ・ドライブ』の状態になったリーナ先輩が悠斗君を援護する形で無数の黄金の刃を飛ばす。
「オラァ!ぶっ飛べ!」
 悠斗君が高速でキードに近づき炎の剣を振り下ろす。しかしそれを左手で容易く受け止める。
「フハハハ!そうだ、その調子でこい!」
 姉さんのオーラが悠斗君の背中から飛び出し標的を斬り刻もうとするが、左手で悠斗君を制しているにもかかわらず右手でそれを受け止めた。
「ククク、ファーブニルよ、脆弱になったものよ。昔はあれほど恐れられていたのに丸くなりおって」
『うる……せぇ……それを言うんじゃねぇ。お前に関係ねぇだろうが!』
「キャッ!」
 怒りを見せたファーブニルが無理に出力を上げて追い打ちをかけるが、それすらも受け止めてしまう。
「これが今のドラゴンの力か!邪龍と呼ばれた貴様らがこの程度とはな!」
 両手に持った莫大な魔力とオーラを合わせてそれを近くにいる悠斗君にぶつけようとする。
 二体のドラゴンの力を片手ずつで受け止めるなんて……あいつは明らかに強くなっている……。
 あいつを倒せるのは誰なんだ?悠斗君?結門さん?聖剣を持っている光崎かオリヴィエ?
 超越化トランス・エンドに至った僕でもあいつに浅い傷を与えるのが精一杯だろう。
「悠斗!そっからどけぇ!」
 いつの間にか悠斗君の前に飛び出していた結門さんが両者の間に黒い炎を出す。あれは反撃の炎、キードの手の平にある二人のオーラを吸収して倍にして返すつもりだ。
「反逆の炎か、小賢しい!」
 両手に持ったオーラを無理やりひとつにして結門さんに突きつけた……と思いきやキードはわざとワンテンポ遅らせて結門さんの炎をかすらせる。行き場を失った黒い炎は標的を結門さん変えてその体を包み込んだ。
「ウグッ、ガァァァァアア!」
「マーリンのやつがデータベースに無いとブツブツ言っていた神器がこんなところに転がっていたとはな。しかも混ざり物か……東の主に似たな」
 苦痛で転げ回る結門さんを見下しながらそういうキード。
「結門さん!大丈夫ですか!」
 悠斗君が白い矢を放ち結門さんの炎をかき消した。僕はその機を逃さず結門さんに近つきその体を抱えてその場から脱却する。
「うるせぇ……俺は悪くねぇ……混ざり物でもあんなやつと同じじゃぁ……ねぇんだ……」
 自身の炎に焼かれ体力を失ったさんは腕の中で気を失った。
「結門さん。大丈夫かな?」
 心配そうな目をする氷翠さん。
「大丈夫。この人はそう簡単に死にはしないよ。結門さんを頼んだよ」
 氷翠さんは強く頷き倒れる結門さんの前に立つ。これなら大丈夫だろう。
「この時代はその程度なのか!俺を満足させろ!」
 遠くからキードの怒号が聞こえる。
「ロォォォラァァァン!貴様だけだ!俺を満足させられるのは貴様だけだ!戦え、この俺と戦え!」
 あそこまでいくと完全に戦闘狂だな。
 その場から駆け出して悠斗君と姉さんを見守っている光崎とオリヴィエに声をかける。
「いくよ。あいつを斬り倒そう」
 そのまま二人の間を走り抜けて先陣を切り悠斗君の上からデュランダルを振り下ろし、二人の僕に続いてキードに斬撃を繰り出していく。僕達の姿を視認した悠斗君、姉さんの二人は僕達が動きやすいように一旦その場から離れてくれた。
「さすがだローラン!千五百年前とまるで変わらぬその太刀筋にまた新たな技術を会得したようだな!後ろの奴らもお前の一声でここまで強化されるとは、やはりこの場で俺と対等に戦えるのはお前だけのようだな」
 ちょっと……辛いかな。千五百年前と比べて明らかに強くなっている。三対一でもキードは顔色一つ変えずに僕達の相手をしてるしまだまだ余裕そうだ……。いくら僕が二人に声をかけたところで彼らにも限界があるし、そうはいっても諦めるわけにもいかない。
「なかなか面白そうだな。俺も混ぜろ」
 空間全体に響く声が聞こえて空を見る。空が割れて、そこから人型の輝きが降りてくる。
 やがて光が止むとそこには白髪の青年が僕達を見下ろしていた。
「お前がキード・スレイか、あいつの部下だと聞いて多少期待はしていたが……感じられるオーラを見る限り……俺の期待はずれだったようだな」
 期待はずれ……?彼はこいつのオーラを見てそう言ったのか?
 見下されたキードは宙に浮く青年に標的を変えて叫ぶ。
「今なんと言った!この俺が期待はずれだと?ふざける──」
 僕の目の前で叫んでいたキードが土埃をあげて消えていった。地面にできた不自然な跡を目で追うと数十メートル先にキードが転がっていた。
「今のが見えないようじゃ俺に一生勝てない」
 拳を前に出した青年がそう言う。
 まさか……あの距離から殴ってできた真空波で吹き飛ばしたのか?
「誰だあいつは……?」
 光崎もさっきの光景に驚きを隠せないでいる。
 地上にゆっくりと降り立ち、歩きながら倒れたままのキードに近づいていく。
「俺はお前の排除命令を受けている。俺はお前に興味など塵ほどにもないが、あいつの命令だからな。残念だ」
 ドッゴォォォォォォン!
 地面が割れ、大地が揺れる程の大きな衝撃がどこまで伝わったのだろうか?そう思えるほどの一撃だった。それをもろに受けたキードはもちろん生きているはずもなく絶命してそのまま消えてしまった。
「さて、帰るか」
 まるで何事も無かったかのように帰ろうとした彼だったが、ある人物を捉えてこっちを向いた。
その視線の先にいたのは僕じゃなく、光崎でもなくオリヴィエでもなく、姉さんでもない。──悠斗君だ。
 そして指を差して言う。
「お前が俺の運命の相手か」
「お、俺?」
 悠斗君はなんのことか分かってないようだけど……。
『剛の、久しぶりだな』
 悠斗君の左腕の紋様が光、アジ・ダハーカが話し始めた。
 すると青年の右手の甲にも紋様が浮かび上がり、聞いたことの無い声が聞こえた。
『魔の、たしかに久しぶりだな。お前の方は……まだまだ多難のようだが』
『まぁそう言うな。こいつは才能がないわけではない。俺たちが戦うの気がまだまだだというだけ』
『それもそうか。ならば帰るぞ。ここに長居する意味もない』
 背を向けて割れた空のひびに消えていった。空が音を立てて崩れ落ちる。赤く染っていた空が暗い橙色へと変化する。
 静寂が戦いの終わりを知らせる。思ってたよりも短い戦いだったな──なんて悠長なことを考える。気が抜けたせいか今まで平気だった身体中の痛みが今になって襲ってくる。
「ローラン!」
 オリヴィエが抱きついてくる。痛い……。
「ローラン!」
「マゼスト君!」
「ローラン!」
「ローラン!」
 姉さん、氷翠さん、結門さんに悠斗君も重なってきた。痛い痛い……。
 でも……今は我慢しておこう。

 あぁ、疲れたな。
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