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第十話 月へ
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ワタルがふと目覚めると夜中の零時を過ぎていた。
またやってしまった。残業続きで疲れて帰ってきて少しだけ休むつもりが、そのままソファで寝てしまった。
ワタルはゆっくり起き上がるが、自分以外誰もいない部屋と二人分の家具が目に入り、一気に現実に引き戻され気分が憂鬱だった。
結婚を目前に彼女と別れた。
子供を欲しがっていた彼女、原因は性生活だった。肝心な時に勃たない事が少しずつ増え病院にも罹ったが原因は病的なまではなく精神的なものだと言われた。最初のうちは慰めてくれた彼女も次第に塞ぎ込むようになり、このままでは将来を描けない、と別れを告げられたのが先月のことだった。
帰宅して暫く経つので暖房は大分効きわたっている筈なのに、少しも温まった気分にならない。ワタルは一人では少し広いソファに深く座り込む。彼女が去ってから、仕事から帰宅するとこうしてソファに座ったまま動けない日々が続いていた。
廊下の電気は点けたがメインのリビングの電気を点け忘れた事に気づく。デジタル時計の灯りが眩しい。ふとテレビの棚に飾ってある写真立てが目に入る。二人で旅行に行った際に撮った写真だ。片付ける気はおろか手につける気も起きず、そのままだった。彼女は最低限の荷物だけを持ち去って行ったので付き合っていた当時のものがあちこちにまだ残されている。片付けてしまったら現実を認めてしまいそうで。
こんなはずではなかったのに。
思い描いていた未来とは違う現実を認められず行き場のない鬱屈した気分をぶつけるようにソファに拳を叩きつける。力任せに叩きつけたせいで感じるジンジンとした痛みが余計自分をイライラさせた。
薄暗い部屋で、陰鬱な気持ちになるワタルはひどく喉の乾きを感じていると、ふとトモヤの顔が思い浮かんだ。トモヤの唇。唾液を吸いあったあの日のことがフラッシュバックし、猛烈にトモヤの唾液が啜りたくなり頭を抱える。彼女が居なくなった今、トモヤの事を思い出しては自分を慰める夜が増えていた。彼女との行為では達せなかったのに、トモヤでは達せられる。自分で自分にうんざりする。今でもトモヤを求めている自分が居る事に。
「違う、俺は…」
無意識に発した声は今にも消え入りそうな声で、ワタルはぐしゃぐしゃと髪を掻きながら再び頭を抱えた。
違う、そんなんじゃない。俺は、俺は。
自分に言い聞かせるように、宥めるように心の中で呟いている時だった。スマートフォンが光り、通知があったことを示している。手に取ると会社の同僚から仕事に関しての連絡だった。明日は土曜日で本来なら休日だが、出勤しなくてはならない。益々億劫な気分になり、スマートフォンをソファに放り投げようとした時、カレンダーの通知が表示されワタルはハッとしてスマートフォンを操作する。ワタルが開いたのはあるサイトだった。
「Teacher's Pet」
貴方も「宴」の目撃者になりませんか。
白い背景にシンプルな黒文字でそう書かれたサイトの背景は棘の付いた首輪をした獰猛そうな黒い犬が描かれていた。ワタル自身疲れていたのだろうか、男同士のそういった情報をネットを辿っていくうちに偶然目にした情報だった。「宴」というイベントには選ばれた生贄が一人登場する。それが女装をした男性で、その生贄が性行為をするのを観覧するというものだった。「宴」の最後に抽選があり、当選者が出ると観客から一人だけ当日の生贄と一夜を共にすることができるという。
抽選は当たるなどと思っていない。ただ観客として眺めるだけなら、と思ってしまった。後ろめたさを感じつつも、普通の女性では満足できなくなっていたワタルは随分長いこと満足に性的欲求を満たせずこの欲望を一時的にでも満たせれないかと思い、この催しに目を留めた。
だがこの「宴」はその界隈ではとても人気があった。主役として選ばれた生贄達は運営に選ばれた選りすぐりの者達だという。しかも会員制で秘密厳守、会場も会員以外には非公開だった。その辺の勤め人である自分なんかが審査に通るとは思えなかったが、ダメ元で応募したのが先日。今ワタルの手元には「Teacher's Pet」の会員番号と、サイトに描かれていた棘の首輪をした黒い犬が印字された画像付きのメールが確かにワタル宛に届いていた。それは紛れもなく「Teacher's Pet」の会員証でワタル自身今でも信じられずにいるが、間違いなく審査に合格したのだった。
ワタルは審査の時の事を思い出す。変わった審査で、都内のとある有名な公園の指定の場所に指定の時間の間、待機しているというものだった。「Teacher's Pet」の運営の誰かと会うこともなくただその場に数十分程居るだけで審査は終わった。どこから運営の人間が見ていたのだろうか。後日、当会員へようこそというメールを見た時ワタルは心底驚いた。収入だけでなく、人相でも選ぶということだろうか。よくわからないが自分は「宴」に参加出来るらしい、ワタルは複雑な気分だったが恐る恐る「宴」に申し込んだ。
ワタルが参加する「宴」は来週の金曜日の夜、新月の日だった。
またやってしまった。残業続きで疲れて帰ってきて少しだけ休むつもりが、そのままソファで寝てしまった。
ワタルはゆっくり起き上がるが、自分以外誰もいない部屋と二人分の家具が目に入り、一気に現実に引き戻され気分が憂鬱だった。
結婚を目前に彼女と別れた。
子供を欲しがっていた彼女、原因は性生活だった。肝心な時に勃たない事が少しずつ増え病院にも罹ったが原因は病的なまではなく精神的なものだと言われた。最初のうちは慰めてくれた彼女も次第に塞ぎ込むようになり、このままでは将来を描けない、と別れを告げられたのが先月のことだった。
帰宅して暫く経つので暖房は大分効きわたっている筈なのに、少しも温まった気分にならない。ワタルは一人では少し広いソファに深く座り込む。彼女が去ってから、仕事から帰宅するとこうしてソファに座ったまま動けない日々が続いていた。
廊下の電気は点けたがメインのリビングの電気を点け忘れた事に気づく。デジタル時計の灯りが眩しい。ふとテレビの棚に飾ってある写真立てが目に入る。二人で旅行に行った際に撮った写真だ。片付ける気はおろか手につける気も起きず、そのままだった。彼女は最低限の荷物だけを持ち去って行ったので付き合っていた当時のものがあちこちにまだ残されている。片付けてしまったら現実を認めてしまいそうで。
こんなはずではなかったのに。
思い描いていた未来とは違う現実を認められず行き場のない鬱屈した気分をぶつけるようにソファに拳を叩きつける。力任せに叩きつけたせいで感じるジンジンとした痛みが余計自分をイライラさせた。
薄暗い部屋で、陰鬱な気持ちになるワタルはひどく喉の乾きを感じていると、ふとトモヤの顔が思い浮かんだ。トモヤの唇。唾液を吸いあったあの日のことがフラッシュバックし、猛烈にトモヤの唾液が啜りたくなり頭を抱える。彼女が居なくなった今、トモヤの事を思い出しては自分を慰める夜が増えていた。彼女との行為では達せなかったのに、トモヤでは達せられる。自分で自分にうんざりする。今でもトモヤを求めている自分が居る事に。
「違う、俺は…」
無意識に発した声は今にも消え入りそうな声で、ワタルはぐしゃぐしゃと髪を掻きながら再び頭を抱えた。
違う、そんなんじゃない。俺は、俺は。
自分に言い聞かせるように、宥めるように心の中で呟いている時だった。スマートフォンが光り、通知があったことを示している。手に取ると会社の同僚から仕事に関しての連絡だった。明日は土曜日で本来なら休日だが、出勤しなくてはならない。益々億劫な気分になり、スマートフォンをソファに放り投げようとした時、カレンダーの通知が表示されワタルはハッとしてスマートフォンを操作する。ワタルが開いたのはあるサイトだった。
「Teacher's Pet」
貴方も「宴」の目撃者になりませんか。
白い背景にシンプルな黒文字でそう書かれたサイトの背景は棘の付いた首輪をした獰猛そうな黒い犬が描かれていた。ワタル自身疲れていたのだろうか、男同士のそういった情報をネットを辿っていくうちに偶然目にした情報だった。「宴」というイベントには選ばれた生贄が一人登場する。それが女装をした男性で、その生贄が性行為をするのを観覧するというものだった。「宴」の最後に抽選があり、当選者が出ると観客から一人だけ当日の生贄と一夜を共にすることができるという。
抽選は当たるなどと思っていない。ただ観客として眺めるだけなら、と思ってしまった。後ろめたさを感じつつも、普通の女性では満足できなくなっていたワタルは随分長いこと満足に性的欲求を満たせずこの欲望を一時的にでも満たせれないかと思い、この催しに目を留めた。
だがこの「宴」はその界隈ではとても人気があった。主役として選ばれた生贄達は運営に選ばれた選りすぐりの者達だという。しかも会員制で秘密厳守、会場も会員以外には非公開だった。その辺の勤め人である自分なんかが審査に通るとは思えなかったが、ダメ元で応募したのが先日。今ワタルの手元には「Teacher's Pet」の会員番号と、サイトに描かれていた棘の首輪をした黒い犬が印字された画像付きのメールが確かにワタル宛に届いていた。それは紛れもなく「Teacher's Pet」の会員証でワタル自身今でも信じられずにいるが、間違いなく審査に合格したのだった。
ワタルは審査の時の事を思い出す。変わった審査で、都内のとある有名な公園の指定の場所に指定の時間の間、待機しているというものだった。「Teacher's Pet」の運営の誰かと会うこともなくただその場に数十分程居るだけで審査は終わった。どこから運営の人間が見ていたのだろうか。後日、当会員へようこそというメールを見た時ワタルは心底驚いた。収入だけでなく、人相でも選ぶということだろうか。よくわからないが自分は「宴」に参加出来るらしい、ワタルは複雑な気分だったが恐る恐る「宴」に申し込んだ。
ワタルが参加する「宴」は来週の金曜日の夜、新月の日だった。
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