11 / 16
第十一話 月に
しおりを挟む
とあるビジネス街の商業施設内。
このビルの女性用トイレは化粧直しのスペースが広く机が低めで椅子付き、しかも区切られていて鏡も女優ミラーのようになっている。着替えのスペースまでついていて充実していてトモヤはよく利用していた。
トモヤは次の仕事に備え、化粧直しをしている。さっきの客にはべろべろと顔を舐められたので頬の化粧がほとんど落ちてしまい、ほぼ一から化粧をし直していた。トモヤは慣れた手つきで化粧下地を塗り直す。
トモヤは佐伯に犯されたあの日をきっかけに自分のような女装した者達が属する会員制男娼グループに属するようになった。斡旋してきたのは樋口だが、無理やり強制されたわけではない。ましてや自分から進んで参加したわけでも無かった。ただぽっかり空いた自分の中の満たされない部分が、どうやらセックスで代用できるとわかってしまったからだった。樋口に一体なんでこんな事をしたんだとか、どういうつもりなんだとか、問い詰める気も一切起きなかった。もう性欲を満たしたいという感情以外何も湧いてこなかった。何なら、ワタルが手に入らない以上今の自分の状態があるべき姿なのだから。
犯された日から淡々と日々が過ぎて行く実感が増した。命の無駄遣いをしているような、そんな感覚に近いとトモヤは感じている。
客を取るようになってからも色々なことを知った。相手を気持ち良くさせる方法や自分がどうされたら気持ち良いのか、性器は人によって形や味が違ってワタルと全く同じ味のものはなかったことも。
これからの客は弁護士らしく、大人しめの化粧が好みと聞いているのでシンプルな色合いの口紅にしようと化粧ポーチを漁る。目当ての口紅を見つけ、蓋を開けると大分量が減っていることに気づく。最近忙しくて見落としていた、新しいものを買わなければいけない。唇に沿ってゆっくり塗るこの行為にももう慣れた。口紅を塗るのを慣れたという言葉を男性が口にするのは一般的ではないのだろうけど。
化粧下地で汚れた手を洗おうと洗面台に向かう。自動水栓の蛇口のセンサーに手を当て、水が出てくると両手が濡れていく。流れ出てくる水を見つめるトモヤの瞳は灰色だった。何人もの男とセックスし、肉欲は満たせても根本的な所は満たされなかったからだ。トモヤはむしろ乖離していく自分の心を感じ、自分は二人存在するんだろうかと本気でそう思ってしまう。肉体はここにあるのに行為の最中、心がどこかに行ってしまう。仕事の斡旋先はそれなりの立場の人間が多い為それなりの報酬はもらっている。しかし元々金が目的ではではなかったのもあり、どんどん気持ちが興醒めする自分は贅沢なのだろうか。
気持ち良いことができて金をもらえたら最高ではないか。何かがそう呟くが、右から左へ通り過ぎていく。
「…ワタルにいちゃん」
心にいつまでも留まっているのはワタルのこと。自分なりにワタルを追い求めて、時には諦め、ここまできた。だがトモヤ自身、もうどうしたらいいのかわからなくなってきていた。初めて犯されたあの時に心も真っ二つに裂けてしまったのだろうか。
トモヤはその場から動けなくなり、排水溝に流れて行く水道水をしばらく見つめていた時だった。ブブっとスマートフォンが震え、メッセージの通知を知らせる短いバイブレーションが鳴った。トモヤは重い腕を水道から遠ざけ、ハンドドライヤーで乾かすとスマートフォンを手にする。メッセージは樋口からで内容は仕事の日程の知らせだった。
最近とある催しに参加することになり、樋口が主催の一人で「宴」と呼ばれているらしい。正式な名称は興味がないので忘れてしまったが、ペットという単語が入っていたような気がする。何やら儲かっているらしいが樋口が関わっているぐらいだ、ろくでもない催し事だろう。
そのろくでもない催しのメインデッシュ、生贄とやらを自分は務め大勢の目の前で犯されるのが仕事らしい。相手役は慣れた相手の方がいいでしょうから佐伯くんを呼んであります、そう添えてありトモヤは次第に胸が、呼吸が苦しくなってきたような感覚を覚えた。犯されたあの日の夜のこと、初めてはワタルが良かったと心で泣き叫んだ自分がいたことが生々しくフラッシュバックし、頭から振り払う。仕事は仕事だ。
トモヤはそう頭を無理矢理切り替えスマートフォンのスケジュールアプリ、来週の金曜日の夜に「宴」の予定を打ち込んだ。
このビルの女性用トイレは化粧直しのスペースが広く机が低めで椅子付き、しかも区切られていて鏡も女優ミラーのようになっている。着替えのスペースまでついていて充実していてトモヤはよく利用していた。
トモヤは次の仕事に備え、化粧直しをしている。さっきの客にはべろべろと顔を舐められたので頬の化粧がほとんど落ちてしまい、ほぼ一から化粧をし直していた。トモヤは慣れた手つきで化粧下地を塗り直す。
トモヤは佐伯に犯されたあの日をきっかけに自分のような女装した者達が属する会員制男娼グループに属するようになった。斡旋してきたのは樋口だが、無理やり強制されたわけではない。ましてや自分から進んで参加したわけでも無かった。ただぽっかり空いた自分の中の満たされない部分が、どうやらセックスで代用できるとわかってしまったからだった。樋口に一体なんでこんな事をしたんだとか、どういうつもりなんだとか、問い詰める気も一切起きなかった。もう性欲を満たしたいという感情以外何も湧いてこなかった。何なら、ワタルが手に入らない以上今の自分の状態があるべき姿なのだから。
犯された日から淡々と日々が過ぎて行く実感が増した。命の無駄遣いをしているような、そんな感覚に近いとトモヤは感じている。
客を取るようになってからも色々なことを知った。相手を気持ち良くさせる方法や自分がどうされたら気持ち良いのか、性器は人によって形や味が違ってワタルと全く同じ味のものはなかったことも。
これからの客は弁護士らしく、大人しめの化粧が好みと聞いているのでシンプルな色合いの口紅にしようと化粧ポーチを漁る。目当ての口紅を見つけ、蓋を開けると大分量が減っていることに気づく。最近忙しくて見落としていた、新しいものを買わなければいけない。唇に沿ってゆっくり塗るこの行為にももう慣れた。口紅を塗るのを慣れたという言葉を男性が口にするのは一般的ではないのだろうけど。
化粧下地で汚れた手を洗おうと洗面台に向かう。自動水栓の蛇口のセンサーに手を当て、水が出てくると両手が濡れていく。流れ出てくる水を見つめるトモヤの瞳は灰色だった。何人もの男とセックスし、肉欲は満たせても根本的な所は満たされなかったからだ。トモヤはむしろ乖離していく自分の心を感じ、自分は二人存在するんだろうかと本気でそう思ってしまう。肉体はここにあるのに行為の最中、心がどこかに行ってしまう。仕事の斡旋先はそれなりの立場の人間が多い為それなりの報酬はもらっている。しかし元々金が目的ではではなかったのもあり、どんどん気持ちが興醒めする自分は贅沢なのだろうか。
気持ち良いことができて金をもらえたら最高ではないか。何かがそう呟くが、右から左へ通り過ぎていく。
「…ワタルにいちゃん」
心にいつまでも留まっているのはワタルのこと。自分なりにワタルを追い求めて、時には諦め、ここまできた。だがトモヤ自身、もうどうしたらいいのかわからなくなってきていた。初めて犯されたあの時に心も真っ二つに裂けてしまったのだろうか。
トモヤはその場から動けなくなり、排水溝に流れて行く水道水をしばらく見つめていた時だった。ブブっとスマートフォンが震え、メッセージの通知を知らせる短いバイブレーションが鳴った。トモヤは重い腕を水道から遠ざけ、ハンドドライヤーで乾かすとスマートフォンを手にする。メッセージは樋口からで内容は仕事の日程の知らせだった。
最近とある催しに参加することになり、樋口が主催の一人で「宴」と呼ばれているらしい。正式な名称は興味がないので忘れてしまったが、ペットという単語が入っていたような気がする。何やら儲かっているらしいが樋口が関わっているぐらいだ、ろくでもない催し事だろう。
そのろくでもない催しのメインデッシュ、生贄とやらを自分は務め大勢の目の前で犯されるのが仕事らしい。相手役は慣れた相手の方がいいでしょうから佐伯くんを呼んであります、そう添えてありトモヤは次第に胸が、呼吸が苦しくなってきたような感覚を覚えた。犯されたあの日の夜のこと、初めてはワタルが良かったと心で泣き叫んだ自分がいたことが生々しくフラッシュバックし、頭から振り払う。仕事は仕事だ。
トモヤはそう頭を無理矢理切り替えスマートフォンのスケジュールアプリ、来週の金曜日の夜に「宴」の予定を打ち込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
テメェを離すのは死ぬ時だってわかってるよな?~美貌の恋人は捕まらない~
ちろる
BL
美貌の恋人、一華 由貴(いっか ゆき)を持つ風早 颯(かざはや はやて)は
何故か一途に愛されず、奔放に他に女や男を作るバイセクシャルの由貴に
それでも執着にまみれて耐え忍びながら捕まえておくことを選んでいた。
素直になれない自分に嫌気が差していた頃――。
表紙画はミカスケ様(https://www.instagram.com/mikasuke.free/)の
フリーイラストを拝借させて頂いています。
箱入りオメガの受難
おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。
元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。
ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰?
不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。
現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。
この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。
https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
《完結》僕が天使になるまで
MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。
それは翔太の未来を守るため――。
料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。
遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。
涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる