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第十二話 邂逅
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「お先に失礼します」
週末を迎えた金曜日。
宴が開催される当日を迎えたワタルは務めている会社を定時に退社した。事前に用事があると申請しておいたが、これから向かおうとしている場所が場所なだけに後ろめたさを感じてしまい逃げるように職場を後にした。エレベーターに乗り込み階下へ向かう点滅する数字を見つめながらワタルの心の内は複雑な心境だった。参加費は支払ってしまったものの本当に観覧しに行ってしまうのかというこの後に及んで迷いが生じていたからだ。今日は随分早上がりだなとすれ違った営業帰りの同僚に揶揄われ苦笑いを返す他なかった。
エントランスに降り立ち会社が入るビルの外に出ると冬を迎えた外の空気は冷たく、身体が芯から冷えていく。ワタルは出入り口のすぐ脇にある植木の側に立ち止まるとスマホを取り出し、宴の案内メールを見返した。
『貴方の探していたものがきっと見つかるでしょう』
その一言をじっと見つめるワタルは、自分は何か探していただろうか、だが。と自問自答する。目線を上げるとビルと最寄駅直通の出入り口に忙しなく吸い込まれていく週末の帰宅ラッシュの人々がいた。ワタルはスマートフォンをスラックスのポケットにしまうと、ただ見るだけ、見るだけならと自分に言い聞かせ、コートの襟に顔を埋めて人混みに混ざり足早に駅に向かった。
◇
少し地面が揺れたような気がする。
地下鉄が近いからそのせいだろうか、それとも自分がふらついているからなのかどちらなのだろうとトモヤはメイクの仕上げをしながらぼんやり考えていた。両方かもしれないが、考えても仕方がない気がしてきてそれ以上考えることを止めたトモヤはメイクポーチを覗く。あとは唇を彩るだけだが、どれにするかなかなか決まらない。これからの催しに対して緊張しているつもりはないのだが、思考がふわふわとしてしまい定まらない。どれにしようか迷いつつ万人ウケしそうな無難なルージュを手に取ると、ゆっくり唇に沿って塗っている時だった。
「それだけじゃなくてグロスも上に塗れ。その方が俺好みだ」
いつの間に来ていたのだろうか、蓋をしたルージュを佐伯に取り上げられメイクポーチにもどされる。長い人差し指と中指でポーチを物色するととあるグロスを手にした。
「これがいいな。塗ってやる、ほらこっち向け」
隣の椅子に座った佐伯に言われるがまま、姿勢を正す。佐伯の方に身体を向けて、少し顎を上げる。佐伯はトモヤの顎に手を添えるとグロスの斜めになった先端のチップをゆっくりトモヤの唇に塗る。トモヤの唇は赤色すぎない鮮やかなピンク色に色づき、ふっくらと艶やかに仕上がる。
「うん、いいな、今すぐキスしたくなる」
佐伯は満足そうにグロスの蓋を閉め、メイクポーチに放り投げるように戻すとトモヤを膝に乗せると腰を抱く。トモヤは抵抗することなくなすがままで部屋の奥、舞台へと通じる扉を見つめる。
「お客ってもう来てるの?」
「ん?ああ、結構盛況らしいぞ」
「ふうん、樋口さんは?」
「何か忙しそうだったから話しかけなかった。けど司会進行で俺たちと一緒に客の前に出るってのは聞いたぜ」
「そうなんだ」
悪趣味だなあとトモヤはぼうっと自分の爪を眺めると控えめなピンクのマニキュアを塗った爪が寂れてちらついた照明に照らされて光っている。佐伯はトモヤの身体をなぞるように鼻と口で鎖骨辺りを啄みながら太ももを撫でる。佐伯に身体を弄られながらトモヤは抑揚のない声で小さく喘ぐ。その瞳には何の熱も宿っていなかった。
◇
会場の最寄駅に到着したワタルは一緒に送られていた簡素な地図を頼りに目的地に向かっていた。駅から遠ざかるほど人通りが少なくなり、今は自分以外ほとんど誰も歩いていない。指定された住所付近の十字路に差し掛かり、周りを見回す。テナントビルが立ち並び閑静だと思った時、地下へ通じる入り口がある古い雑居ビルを見つける。会場は地下一階と書いてあり、周りには地下があるような建物はなかったためおそらくここだろうと、恐る恐る近づく。上から覗き込むと階段がやや螺旋式になっており、薄ら灯りがついている。ワタルは手すりを持ち、ゆっくり階段を降りていく。喉がカラカラに乾く感覚に、自分が酷く緊張しているのがわかった。ふと人気を感じ覗き込むと重厚な扉が見え、その扉にはサイトの背景と同じ棘の付いた首輪をした獰猛そうな黒い犬のポスターが貼られているのが目に入ると、ここが宴の会場である「Teacher's Pet」だと確信した。その手前にスーツに身を包んだ男性が一人佇んでおり、足音でワタルが降りてきている事を既に知っていたようで静かに微笑みながら口を開いた。
「こんばんは」
ワタルは階段を下り終えると、宴のスタッフと思わしき男性に会員番号を聞かれたため慌てて返答する。
「お待ちしておりました。こちらをどうぞ」
控えめに一礼すると、箱から何やら紙を一枚取り出して手渡してきた。
「こちらのカードは最後の抽選会に使われるものです。無くさずお持ちくださいませ」
渡されたトランプ程のサイズのカードの片面には二桁の番号ともう片面には知恵の木と禁断の果実を食しているアダムとイヴ、イヴに禁断の果実を食すことを唆した蛇が描かれていた。
◇
重厚な扉が開き別のスタッフの男性に招き入れられる。カーテンをくぐり、室内に入るとうっすらと暖色の照明が点いている薄暗い空間が広がっていた。上映前の映画館よりやや暗いぐらいで、あまり広くない。既に自分以外に何人か人がおり規則正しく並べられた椅子に着席していた。談笑している者もおり、自分と同じ目的の客と見受けられた。
「いやあ、今回はやっと入れましたよ」
「最近は人気でなかなか積んでも参加させて貰えませんからね」
「はい、相当積みましたよ」
顔見知りなのだろうか、喜びを分かち合っている客同士の声が聞こえワタルはふと疑問が湧く。ワタル自身も参加費は払ったが相当高いというほどではなかった。周りを見回すと身なりが自分と格が違う客が多い気がする。客にはそれなりの立場の人間が選ばれるということだろうか。じゃあ自分は一体何故ここにいるのだろうか。自分は場違いなのでは、と怖気付き始めたワタルが視線を目を逸らすとあるものに目が入った。
部屋のほぼ中央に白い天蓋付きのキングサイズ程の大きなベットが置いてあり、異様な存在感を醸し出している。ワタルでさえも、一体そこで何が行われるのか否が応でも感じ取ることができた。本当に宴は行われるのか、という現実が突きつけられる。やはり帰ろうか。しかし帰ったところで待っているのは誰もいない冷たい部屋だった。ワタルの心はいつまでも揺れたままなその時だった。ゆっくりと室内の照明がより暗くなり、室内の中央にパッと強い光が灯る。空間がシンと静まり返り、皆照明が当てられた天蓋付きのベットを注視している。
程なくしてカツカツと控えめな音をたてて、煤けたビロードのカーテンの奥から人影が歩み出てきた。おお、と客たちから小さな歓声が挙がる。登場したのはブラウンの髪色をしたロングヘアを緩くウェーブさせハーフアップに編み込みさせた髪型に、うっすら花柄が散りばめられた白のシフォンブラウスと目にも鮮やかな赤いロングのプリーツスカート、控えめな高さのヒールの靴を履いた色白の女性だった。だが、この宴の趣旨からして女性ということはまずないだろう。彩られた唇が照明で艶やかに光り、彼女が控えめににこりと微笑むとあちこちから小さく囁き声がする。
「なんて可愛らしい子だ」
「これから嬲られる姿が見られるというのか…」
後ろからだが、客たちの生唾を飲み込む姿や舌なめずりする顔が見えた気がする。ワタルは唖然とした。他の客達と同じように彼女、いや彼に見惚れていたわけではなく彼が見知った人間にそっくりだったからだ。
「トモヤ…?」
昔、自分に笑いかけてくれた笑顔。忘れることのできなかったあの笑顔。
「トモヤ…な、何で」
笑うと口元から覗く八重歯とくしゃっとした笑顔。紛れもなくトモヤそのものだった。ワタルは酷く混乱した。何故トモヤがこんな所に。そんなはずは、トモヤによく似た誰かか?そう考えているうちにカーテンの奥から二人の男性が歩み出てきた。一人はスーツ姿で紳士のような顎髭が生えた線の男、もう一人は白いワイシャツに黒のスラックス姿でワイシャツは胸元が開けられシルバーのネックレスが覗いている。両耳にはシルバーのピアスも光り、金髪のいかにも軽そうな男だった。金髪の男はそのまま歩み出てトモヤらしき人物の隣に立つと馴れ馴れしく彼の肩を抱いて引き寄せる。そしてガードマンだろうか、背の高い屈強そうなサングラスをした男が二人カーテンの出入り口に立つ。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます」
わたくしは今晩のキュレーターを務めさせて頂きます、と後ろに一歩下がったスーツの男がよく通る、厳かな声で喋り出す。
「こちらは今宵の生贄のトモです」
小さく控えめにお辞儀をしたトモという人物は伏し目がちながらも再び客席に微笑みかけた。トモ、という名前が発せられワタルは絶望する。目が明るさに慣れてくるにつれて彼がトモヤであることを確信していきトモヤでない、そうであってくれという願いが少しずつ打ち砕かれていく。少し明るい髪色のロングのウィッグはあの夏の日のトモヤの姿と似ていて、余計に胸が締め付けられる。
「トモはセックスが大好きな子でして、皆さんに喜んでもらえるよう尽くしてくれることでしょう」
とんでもない事を言い出すキュレーターにワタルは度肝を抜かれていると、金髪の男はトモという彼の首に唇を這わせながら、ブラウスの上から身体を弄り出す。トモという彼は少し困ったような、満更でもなさそうな微笑みを浮かべ、金髪の男の身体にしがみつく。ワタルは頭がカッとするような感覚を覚えた、怒りに近い感覚だ。何に対して憤怒しているのだろう。トモヤらしき人物に対してだろうか?ワタルは首を振った。違う。じゃあ一体何に。ワタルが戸惑っていると金髪の男はトモという彼の顎を持ち上げ唇を重ねた。その瞬間、ワタルの視界はぐわんと激しく揺れ、全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。その光景から目を離せず血が滲むのではないかと思うほど拳を握りしめた。
ワタルの心にアメーバのように広がった気持ちは、炎のように燃え上がる嫉妬だった。トモヤを胸に抱いて口付けをしている金髪の男への。なぜあそこに、トモヤと共に居るのが自分でないのか。なぜトモヤを独り占めしているのが自分でないのか。お前は、トモヤがどんな寝顔をするかもしらない、俺の方が、トモヤを知っている。俺の方が。
そんな思考に陥っている自分にはっとする。自分はあんなに忘れたがってたではないか。トモヤのことを。ワタルは酷く頭痛がする気がして片手で頭を抱えた。
こうして嵐のようなワタルの心模様と共に宴の幕は上がった。
週末を迎えた金曜日。
宴が開催される当日を迎えたワタルは務めている会社を定時に退社した。事前に用事があると申請しておいたが、これから向かおうとしている場所が場所なだけに後ろめたさを感じてしまい逃げるように職場を後にした。エレベーターに乗り込み階下へ向かう点滅する数字を見つめながらワタルの心の内は複雑な心境だった。参加費は支払ってしまったものの本当に観覧しに行ってしまうのかというこの後に及んで迷いが生じていたからだ。今日は随分早上がりだなとすれ違った営業帰りの同僚に揶揄われ苦笑いを返す他なかった。
エントランスに降り立ち会社が入るビルの外に出ると冬を迎えた外の空気は冷たく、身体が芯から冷えていく。ワタルは出入り口のすぐ脇にある植木の側に立ち止まるとスマホを取り出し、宴の案内メールを見返した。
『貴方の探していたものがきっと見つかるでしょう』
その一言をじっと見つめるワタルは、自分は何か探していただろうか、だが。と自問自答する。目線を上げるとビルと最寄駅直通の出入り口に忙しなく吸い込まれていく週末の帰宅ラッシュの人々がいた。ワタルはスマートフォンをスラックスのポケットにしまうと、ただ見るだけ、見るだけならと自分に言い聞かせ、コートの襟に顔を埋めて人混みに混ざり足早に駅に向かった。
◇
少し地面が揺れたような気がする。
地下鉄が近いからそのせいだろうか、それとも自分がふらついているからなのかどちらなのだろうとトモヤはメイクの仕上げをしながらぼんやり考えていた。両方かもしれないが、考えても仕方がない気がしてきてそれ以上考えることを止めたトモヤはメイクポーチを覗く。あとは唇を彩るだけだが、どれにするかなかなか決まらない。これからの催しに対して緊張しているつもりはないのだが、思考がふわふわとしてしまい定まらない。どれにしようか迷いつつ万人ウケしそうな無難なルージュを手に取ると、ゆっくり唇に沿って塗っている時だった。
「それだけじゃなくてグロスも上に塗れ。その方が俺好みだ」
いつの間に来ていたのだろうか、蓋をしたルージュを佐伯に取り上げられメイクポーチにもどされる。長い人差し指と中指でポーチを物色するととあるグロスを手にした。
「これがいいな。塗ってやる、ほらこっち向け」
隣の椅子に座った佐伯に言われるがまま、姿勢を正す。佐伯の方に身体を向けて、少し顎を上げる。佐伯はトモヤの顎に手を添えるとグロスの斜めになった先端のチップをゆっくりトモヤの唇に塗る。トモヤの唇は赤色すぎない鮮やかなピンク色に色づき、ふっくらと艶やかに仕上がる。
「うん、いいな、今すぐキスしたくなる」
佐伯は満足そうにグロスの蓋を閉め、メイクポーチに放り投げるように戻すとトモヤを膝に乗せると腰を抱く。トモヤは抵抗することなくなすがままで部屋の奥、舞台へと通じる扉を見つめる。
「お客ってもう来てるの?」
「ん?ああ、結構盛況らしいぞ」
「ふうん、樋口さんは?」
「何か忙しそうだったから話しかけなかった。けど司会進行で俺たちと一緒に客の前に出るってのは聞いたぜ」
「そうなんだ」
悪趣味だなあとトモヤはぼうっと自分の爪を眺めると控えめなピンクのマニキュアを塗った爪が寂れてちらついた照明に照らされて光っている。佐伯はトモヤの身体をなぞるように鼻と口で鎖骨辺りを啄みながら太ももを撫でる。佐伯に身体を弄られながらトモヤは抑揚のない声で小さく喘ぐ。その瞳には何の熱も宿っていなかった。
◇
会場の最寄駅に到着したワタルは一緒に送られていた簡素な地図を頼りに目的地に向かっていた。駅から遠ざかるほど人通りが少なくなり、今は自分以外ほとんど誰も歩いていない。指定された住所付近の十字路に差し掛かり、周りを見回す。テナントビルが立ち並び閑静だと思った時、地下へ通じる入り口がある古い雑居ビルを見つける。会場は地下一階と書いてあり、周りには地下があるような建物はなかったためおそらくここだろうと、恐る恐る近づく。上から覗き込むと階段がやや螺旋式になっており、薄ら灯りがついている。ワタルは手すりを持ち、ゆっくり階段を降りていく。喉がカラカラに乾く感覚に、自分が酷く緊張しているのがわかった。ふと人気を感じ覗き込むと重厚な扉が見え、その扉にはサイトの背景と同じ棘の付いた首輪をした獰猛そうな黒い犬のポスターが貼られているのが目に入ると、ここが宴の会場である「Teacher's Pet」だと確信した。その手前にスーツに身を包んだ男性が一人佇んでおり、足音でワタルが降りてきている事を既に知っていたようで静かに微笑みながら口を開いた。
「こんばんは」
ワタルは階段を下り終えると、宴のスタッフと思わしき男性に会員番号を聞かれたため慌てて返答する。
「お待ちしておりました。こちらをどうぞ」
控えめに一礼すると、箱から何やら紙を一枚取り出して手渡してきた。
「こちらのカードは最後の抽選会に使われるものです。無くさずお持ちくださいませ」
渡されたトランプ程のサイズのカードの片面には二桁の番号ともう片面には知恵の木と禁断の果実を食しているアダムとイヴ、イヴに禁断の果実を食すことを唆した蛇が描かれていた。
◇
重厚な扉が開き別のスタッフの男性に招き入れられる。カーテンをくぐり、室内に入るとうっすらと暖色の照明が点いている薄暗い空間が広がっていた。上映前の映画館よりやや暗いぐらいで、あまり広くない。既に自分以外に何人か人がおり規則正しく並べられた椅子に着席していた。談笑している者もおり、自分と同じ目的の客と見受けられた。
「いやあ、今回はやっと入れましたよ」
「最近は人気でなかなか積んでも参加させて貰えませんからね」
「はい、相当積みましたよ」
顔見知りなのだろうか、喜びを分かち合っている客同士の声が聞こえワタルはふと疑問が湧く。ワタル自身も参加費は払ったが相当高いというほどではなかった。周りを見回すと身なりが自分と格が違う客が多い気がする。客にはそれなりの立場の人間が選ばれるということだろうか。じゃあ自分は一体何故ここにいるのだろうか。自分は場違いなのでは、と怖気付き始めたワタルが視線を目を逸らすとあるものに目が入った。
部屋のほぼ中央に白い天蓋付きのキングサイズ程の大きなベットが置いてあり、異様な存在感を醸し出している。ワタルでさえも、一体そこで何が行われるのか否が応でも感じ取ることができた。本当に宴は行われるのか、という現実が突きつけられる。やはり帰ろうか。しかし帰ったところで待っているのは誰もいない冷たい部屋だった。ワタルの心はいつまでも揺れたままなその時だった。ゆっくりと室内の照明がより暗くなり、室内の中央にパッと強い光が灯る。空間がシンと静まり返り、皆照明が当てられた天蓋付きのベットを注視している。
程なくしてカツカツと控えめな音をたてて、煤けたビロードのカーテンの奥から人影が歩み出てきた。おお、と客たちから小さな歓声が挙がる。登場したのはブラウンの髪色をしたロングヘアを緩くウェーブさせハーフアップに編み込みさせた髪型に、うっすら花柄が散りばめられた白のシフォンブラウスと目にも鮮やかな赤いロングのプリーツスカート、控えめな高さのヒールの靴を履いた色白の女性だった。だが、この宴の趣旨からして女性ということはまずないだろう。彩られた唇が照明で艶やかに光り、彼女が控えめににこりと微笑むとあちこちから小さく囁き声がする。
「なんて可愛らしい子だ」
「これから嬲られる姿が見られるというのか…」
後ろからだが、客たちの生唾を飲み込む姿や舌なめずりする顔が見えた気がする。ワタルは唖然とした。他の客達と同じように彼女、いや彼に見惚れていたわけではなく彼が見知った人間にそっくりだったからだ。
「トモヤ…?」
昔、自分に笑いかけてくれた笑顔。忘れることのできなかったあの笑顔。
「トモヤ…な、何で」
笑うと口元から覗く八重歯とくしゃっとした笑顔。紛れもなくトモヤそのものだった。ワタルは酷く混乱した。何故トモヤがこんな所に。そんなはずは、トモヤによく似た誰かか?そう考えているうちにカーテンの奥から二人の男性が歩み出てきた。一人はスーツ姿で紳士のような顎髭が生えた線の男、もう一人は白いワイシャツに黒のスラックス姿でワイシャツは胸元が開けられシルバーのネックレスが覗いている。両耳にはシルバーのピアスも光り、金髪のいかにも軽そうな男だった。金髪の男はそのまま歩み出てトモヤらしき人物の隣に立つと馴れ馴れしく彼の肩を抱いて引き寄せる。そしてガードマンだろうか、背の高い屈強そうなサングラスをした男が二人カーテンの出入り口に立つ。
「皆様、お集まり頂きありがとうございます」
わたくしは今晩のキュレーターを務めさせて頂きます、と後ろに一歩下がったスーツの男がよく通る、厳かな声で喋り出す。
「こちらは今宵の生贄のトモです」
小さく控えめにお辞儀をしたトモという人物は伏し目がちながらも再び客席に微笑みかけた。トモ、という名前が発せられワタルは絶望する。目が明るさに慣れてくるにつれて彼がトモヤであることを確信していきトモヤでない、そうであってくれという願いが少しずつ打ち砕かれていく。少し明るい髪色のロングのウィッグはあの夏の日のトモヤの姿と似ていて、余計に胸が締め付けられる。
「トモはセックスが大好きな子でして、皆さんに喜んでもらえるよう尽くしてくれることでしょう」
とんでもない事を言い出すキュレーターにワタルは度肝を抜かれていると、金髪の男はトモという彼の首に唇を這わせながら、ブラウスの上から身体を弄り出す。トモという彼は少し困ったような、満更でもなさそうな微笑みを浮かべ、金髪の男の身体にしがみつく。ワタルは頭がカッとするような感覚を覚えた、怒りに近い感覚だ。何に対して憤怒しているのだろう。トモヤらしき人物に対してだろうか?ワタルは首を振った。違う。じゃあ一体何に。ワタルが戸惑っていると金髪の男はトモという彼の顎を持ち上げ唇を重ねた。その瞬間、ワタルの視界はぐわんと激しく揺れ、全身の血液が沸騰するような感覚を覚えた。その光景から目を離せず血が滲むのではないかと思うほど拳を握りしめた。
ワタルの心にアメーバのように広がった気持ちは、炎のように燃え上がる嫉妬だった。トモヤを胸に抱いて口付けをしている金髪の男への。なぜあそこに、トモヤと共に居るのが自分でないのか。なぜトモヤを独り占めしているのが自分でないのか。お前は、トモヤがどんな寝顔をするかもしらない、俺の方が、トモヤを知っている。俺の方が。
そんな思考に陥っている自分にはっとする。自分はあんなに忘れたがってたではないか。トモヤのことを。ワタルは酷く頭痛がする気がして片手で頭を抱えた。
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