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第十四話 祈り
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遠くからパトカーのサイレンが聞こえる。
トモヤは窓辺に寄りかかりながら夜の街を眺めていた。
宴の後一度控え室に戻ったトモヤは乱れた髪、精液でぐしょぐしょだった顔や身なりを直して準備をしこの部屋を訪れた。宴の生贄と当選者が一夜を共にするために用意された部屋だった。シンプルなラブホテルのような一室のような造りで、奥にはクイーンサイズ程のベットが存在感を醸し出していた。扉を開けるとソファに腰掛けたワタルは脚を広げ手のひらを組み項垂れていた。
無言のままどれほど時間が経ったのか会話がないまま二人の間には沈黙が続いていたが、静寂を打ち切ったのはトモヤの方だった。
「お酒でも飲む?下から呼ぶけれど」
トモヤは何も答えないワタルを咎める訳でもなく、ゆっくり口を開くと窓に向き合う。
「この部屋埃っぽいね、ちょっと窓開け…」
「いつからだ」
沈黙を貫いてたワタルが重い口を開いた。薄いパープルのシフォンのワンピースを着たトモヤは振り返ると窓に添えていた手をゆっくり下す。
「いつからこんなことしてる?」
射るようにトモヤを見つめるワタルの顔は険しい。トモヤは伏し目がちにゆっくり振り返るとワタルが腰掛けるソファに近づく。
「大勢に見られるようなことは今日が初めてだよ」
「…っ!!」
ワタルが息を呑むのがトモヤにはわかった。意地悪な答え方だっただろうか。
「他でもこんなことしてるのか…!?」
トモヤはため息をつきながら腕を組み、ワタルを見下ろした。
「にいちゃんが言うこんなことって何?」
トモヤから質問を質問で返されると思っていなかったのか、ワタルは険しい顔をしながら睨み返してくる。下唇を噛んでいる姿が色っぽいなとトモヤはこんな時に何を考えてるんだろうと自分に呆れた。
「男のちんこを舐めて咥えてあんあん喘いで突っ込まれて顔にかけられて…そう言うこと?」
ワタルはますます険しい顔になると頭を抱えた。図星なのだろう。折角の目鼻立ちの整った顔を歪ませてしまったなとトモヤは少しだけ心の奥がチクリと針が刺されたように痛んだ。
「クソ…」
やり場のない思いを発散させるためなのか、ソファの肘当てに腕を叩きつけるワタルをトモヤは静かに眺める。
「お前、なんでこんなバカな真似…」
「こんなこと?俺この世界に入ってすごいお金貯まったんだよ。ほとんど身体を綺麗にすることに使ったけど」
「っ…!!お前は…!」
立ち上がったワタルにトモヤは胸ぐらを掴まれる。今にも怒鳴り散らしそうな声でそう呟く。自分がしていることは悪いことだとワタルは咎めたいのだろう。そうトモヤは察しため息をつくとワタルを睨みつけた。
「こうして夜明けまで言い合うの?勿体ない、俺って結構売れっ子だから暇じゃないんだけ…」
その瞬間パァンと小気味いい音が響く。ワタルがトモヤの頬を叩いた音だった。予測できなかった衝撃によろけたトモヤは頬に手を添え、髪の毛を乱しながら振り返る。その目にはうっすら涙が溢れていた。ワタルがトモヤのその姿にぎょっとして後退りした時、トモヤはテーブルに置かれていた私物のバックを手にするや否や部屋を立ち去るつもりなのかドアへと向かい始めた。
「どこへ行くつもりだ」
「所属してる男娼の店に戻る」
「…店に戻ってどうするつもりだ」
「にいちゃんどうせ俺とやらないんだろ、他の客を取る」
「…」
トモヤの言葉にどくんとワタルの心臓が震えた瞬間、ワタルの身体は無意識に動いていた。ドアノブを掴もうとしたトモヤの腕を寸前で掴みワタルの方を無理やり向かせ、力づくでドアにトモヤの身体を両手で押しつけた。抵抗するトモヤは涙目ながら色づいた唇を食いしばりワタルを睨みつける。
「お前は一体何考えてるんだ!?もうこんなことはやめろ!」
「…一体何考えてるって?」
トモヤは視線を落とすと乾いた笑みを浮かべる。
「ワタルにいちゃんのことだけ」
突然自分の名前を挙げられ困惑するワタルは心なしか寂しそうにも見えるトモヤのその笑顔にますます困惑した。
「俺はにいちゃんのことだけを考えてる。今も昔もずっと」
ワタルの脳内に法事の日、トモヤを拒否した当時のことがフラッシュバックする。仕方なかった、そうするしかなかった。視線を伏せていたワタルは過去の映像を振り払うかのように頭を振るとトモヤが自分のことをじっと見つめていたことに気づいてたじろぐ。
「…にいちゃんは?なんで今日あそこにいたの?」
トモヤのその問いにワタルはトモヤから思わず視線を外す。内心動揺して冷たい汗をかいていることを感じたワタルは無言が続くのが怖く、とにかく何かを言おうとして口を開いたが、結局何も言えずに口をつぐんだ。まるでパクパクと口を動かす魚のようなワタルの姿が滑稽でトモヤは思わず乾いた笑みを浮かべた。
「答えないんだ?」
トモヤの言葉がワタルの心に突き刺さる。何を答えても言い訳じみた陳腐な答えになりそうでワタルは何も言い返す言葉が見つからずにいた。
「いいや、なんでも。昔俺に口でさせるくらいだから、にいちゃんも男が好きなんでしょ?」
「違う!俺は…!」
「何が違うの?」
ワタルがトモヤの腕を掴む力が次第に弱くなり、トモヤがそれを見計らって腕の拘束を振り払った次の瞬間トモヤはワタルに抱きついていた。ワタルはハッとしてトモヤを引き剥がそうとするがトモヤはきつく抱きついて離れない。
「ねぇ、宴の俺のこと見て、どう思った?」
背伸びをして、ワタルの耳元で囁くトモヤは淫靡にくすくすと笑う。
「俺とセックスしたくなった?」
ワタルの胸から腹にかけて手のひらを伝させ、スラックスの上から股間を撫でようとしたところでワタルに手を払われる。
「バカな真似はやめろと言ってるだろトモヤ!!」
そのワタルの言葉にトモヤは涙を再び溢れさせ、顔を歪めた。
「なんでわからないのにいちゃん!!」
大声で子供のようにトモヤは喚き出し、ワタルのスーツ襟を掴んでワタルの身体を揺さぶる。
「俺が欲しいのは、にいちゃんなのに!どうしてわかってくれないんだよ!!」
トモヤは全身全霊でワタルを突き放すと床に落ちたバックを掴み、再びドアを開けようとしたところをトモヤに後ろから抱き抱えられ力ずくで止められる。
「おい待てトモヤ!!」
「さっきも言っただろ!店に戻って客を取る!にいちゃんが抱いてくれないなら、俺にはそれしかない!!」
トモヤの悲痛な叫びが室内にこだまする。部屋から出て行こうとするトモヤとそれを阻止しようとするワタル。しばらくの間揉み合いになり、床に敷かれた絨毯が二人の抵抗する足元のせいで乱れて出来た皺の段差に足を取られたトモヤがバランスを崩してよろけ、それを咄嗟に支えようとしたワタルだったが二人一緒に絨毯の上に倒れ込んだ。トモヤを庇うようにして抱きかかえて背中から倒れたワタルは床に打ちつけた背中の痛みに顔を歪めていた時、トモヤはワタルの胸で嗚咽を漏らして泣いていた。
「にいちゃん、俺頑張ったよ…頑張ってにいちゃんの事忘れようとした」
ワタルのワイシャツがトモヤの涙で濡れ、トモヤの身体は小さく震えていた。その震える身体を思わず抱きしめようとしたワタルだったが、拳を握り締め思いとどまった。抱きしめてはダメだ、ダメなんだと、トモヤを欲する渇きを理性が抑えつける。
「けど、無理だった」
顔を上げたトモヤの瞳は涙に濡れ、そのトモヤの瞳に映るワタルはトモヤの悲痛な叫びを受けとけとめようにも理性がキャパシティを超え始めていた。化粧品か、整髪料の香料かわからないが花のよう甘い匂いがする。でも、声は女性ではなくて。声変わりはしているが、普通の男性よりは高い声だった。それが余計拍車をかけて、自分の目の前にいるのが誰なのか、思い知らされる。
「忘れようとして色んな人としたけど、やっぱり、にいちゃんのこと忘れられなかった」
その言葉にワタルは思わず耳を塞ぎたくなった。啜り泣くトモヤから目を逸らすワタル。ワタルにしがみつくトモヤは引きちぎりそうなくらいワイシャツを掴む。
「もうこんなの嫌だ…ねえ、俺にいちゃんが欲しい」
トモヤ、やめろ。
「俺、あの時のことなかったことなんかにできない…!」
やめてくれ。頼むから。
「だめだ、だめなんだよ…トモヤ…!」
「何が?何がダメなんだよ!?」
「あの日のことも今のこの状況も普通じゃない…だから…!」
そう言いかけてワタルはハッとする。トモヤがわなわなと震え唇を噛み締めて今にも唇を噛み切ってしまいそうな勢いだったからだ。
「…にいちゃん、普通って何?」
今にも消え入りそうな声でそう呟くトモヤは俯き、表情が窺えない。
「俺は普通じゃないの?ずっとにいちゃんが好きだったことも?」
ワイシャツを掴む両手は真っ白になる程握りしめられていて小刻みに震えている。
「トモヤ、それは…」
「それなら、俺はもう普通じゃなくていいよ…」
トモヤは目に涙を浮かべながらゆっくり顔をあげるとそう呟く。地獄の底から湧き上がってくるような声だった。トモヤはワイシャツから手を離し、天を仰ぐように天井を見上げた。まるで神に許しを乞うように。
「にいちゃんのことが好きなのが普通じゃないのなら、もうそれでいい」
ワタルはそのトモヤの姿をなぜか美しいと思った。理由はわからない、ただ無性に目の前のトモヤという存在に対する邪な想いを赦されているそんな気がしたのだった。身勝手にも程があるだろうだが、ワタル自身も長年抑圧してきたトモヤに対する欲求を抑える限界を迎えていた。
「俺普通じゃなくていい!普通じゃなくていいから、にいちゃんのこと好きでいた…」
トモヤが言い終わらないうちにワタルはトモヤの身体を引き寄せ、トモヤの唇に自分の唇を重ねた。
「っ…!?ん、っ…ふぅ」
ワタルは状況を把握しきれてないトモヤの小さな唇をこじ開けて舌を捩じ込む。トモヤの舌を絡めとって強く吸うとトモヤはワタルの顔を愛おしそうに両手を添えた。貪るように互いの唇を啜り合う。開いた年月を埋めるかのように。
「ふっ、は、ぁ…」
どちらともなく唇を離すとトモヤは微笑み、心の底から嬉しいと思った。にいちゃんが俺を求めてくれている、他の誰でもない。
にいちゃん、ワタルにいちゃん。
トモヤは窓辺に寄りかかりながら夜の街を眺めていた。
宴の後一度控え室に戻ったトモヤは乱れた髪、精液でぐしょぐしょだった顔や身なりを直して準備をしこの部屋を訪れた。宴の生贄と当選者が一夜を共にするために用意された部屋だった。シンプルなラブホテルのような一室のような造りで、奥にはクイーンサイズ程のベットが存在感を醸し出していた。扉を開けるとソファに腰掛けたワタルは脚を広げ手のひらを組み項垂れていた。
無言のままどれほど時間が経ったのか会話がないまま二人の間には沈黙が続いていたが、静寂を打ち切ったのはトモヤの方だった。
「お酒でも飲む?下から呼ぶけれど」
トモヤは何も答えないワタルを咎める訳でもなく、ゆっくり口を開くと窓に向き合う。
「この部屋埃っぽいね、ちょっと窓開け…」
「いつからだ」
沈黙を貫いてたワタルが重い口を開いた。薄いパープルのシフォンのワンピースを着たトモヤは振り返ると窓に添えていた手をゆっくり下す。
「いつからこんなことしてる?」
射るようにトモヤを見つめるワタルの顔は険しい。トモヤは伏し目がちにゆっくり振り返るとワタルが腰掛けるソファに近づく。
「大勢に見られるようなことは今日が初めてだよ」
「…っ!!」
ワタルが息を呑むのがトモヤにはわかった。意地悪な答え方だっただろうか。
「他でもこんなことしてるのか…!?」
トモヤはため息をつきながら腕を組み、ワタルを見下ろした。
「にいちゃんが言うこんなことって何?」
トモヤから質問を質問で返されると思っていなかったのか、ワタルは険しい顔をしながら睨み返してくる。下唇を噛んでいる姿が色っぽいなとトモヤはこんな時に何を考えてるんだろうと自分に呆れた。
「男のちんこを舐めて咥えてあんあん喘いで突っ込まれて顔にかけられて…そう言うこと?」
ワタルはますます険しい顔になると頭を抱えた。図星なのだろう。折角の目鼻立ちの整った顔を歪ませてしまったなとトモヤは少しだけ心の奥がチクリと針が刺されたように痛んだ。
「クソ…」
やり場のない思いを発散させるためなのか、ソファの肘当てに腕を叩きつけるワタルをトモヤは静かに眺める。
「お前、なんでこんなバカな真似…」
「こんなこと?俺この世界に入ってすごいお金貯まったんだよ。ほとんど身体を綺麗にすることに使ったけど」
「っ…!!お前は…!」
立ち上がったワタルにトモヤは胸ぐらを掴まれる。今にも怒鳴り散らしそうな声でそう呟く。自分がしていることは悪いことだとワタルは咎めたいのだろう。そうトモヤは察しため息をつくとワタルを睨みつけた。
「こうして夜明けまで言い合うの?勿体ない、俺って結構売れっ子だから暇じゃないんだけ…」
その瞬間パァンと小気味いい音が響く。ワタルがトモヤの頬を叩いた音だった。予測できなかった衝撃によろけたトモヤは頬に手を添え、髪の毛を乱しながら振り返る。その目にはうっすら涙が溢れていた。ワタルがトモヤのその姿にぎょっとして後退りした時、トモヤはテーブルに置かれていた私物のバックを手にするや否や部屋を立ち去るつもりなのかドアへと向かい始めた。
「どこへ行くつもりだ」
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「…店に戻ってどうするつもりだ」
「にいちゃんどうせ俺とやらないんだろ、他の客を取る」
「…」
トモヤの言葉にどくんとワタルの心臓が震えた瞬間、ワタルの身体は無意識に動いていた。ドアノブを掴もうとしたトモヤの腕を寸前で掴みワタルの方を無理やり向かせ、力づくでドアにトモヤの身体を両手で押しつけた。抵抗するトモヤは涙目ながら色づいた唇を食いしばりワタルを睨みつける。
「お前は一体何考えてるんだ!?もうこんなことはやめろ!」
「…一体何考えてるって?」
トモヤは視線を落とすと乾いた笑みを浮かべる。
「ワタルにいちゃんのことだけ」
突然自分の名前を挙げられ困惑するワタルは心なしか寂しそうにも見えるトモヤのその笑顔にますます困惑した。
「俺はにいちゃんのことだけを考えてる。今も昔もずっと」
ワタルの脳内に法事の日、トモヤを拒否した当時のことがフラッシュバックする。仕方なかった、そうするしかなかった。視線を伏せていたワタルは過去の映像を振り払うかのように頭を振るとトモヤが自分のことをじっと見つめていたことに気づいてたじろぐ。
「…にいちゃんは?なんで今日あそこにいたの?」
トモヤのその問いにワタルはトモヤから思わず視線を外す。内心動揺して冷たい汗をかいていることを感じたワタルは無言が続くのが怖く、とにかく何かを言おうとして口を開いたが、結局何も言えずに口をつぐんだ。まるでパクパクと口を動かす魚のようなワタルの姿が滑稽でトモヤは思わず乾いた笑みを浮かべた。
「答えないんだ?」
トモヤの言葉がワタルの心に突き刺さる。何を答えても言い訳じみた陳腐な答えになりそうでワタルは何も言い返す言葉が見つからずにいた。
「いいや、なんでも。昔俺に口でさせるくらいだから、にいちゃんも男が好きなんでしょ?」
「違う!俺は…!」
「何が違うの?」
ワタルがトモヤの腕を掴む力が次第に弱くなり、トモヤがそれを見計らって腕の拘束を振り払った次の瞬間トモヤはワタルに抱きついていた。ワタルはハッとしてトモヤを引き剥がそうとするがトモヤはきつく抱きついて離れない。
「ねぇ、宴の俺のこと見て、どう思った?」
背伸びをして、ワタルの耳元で囁くトモヤは淫靡にくすくすと笑う。
「俺とセックスしたくなった?」
ワタルの胸から腹にかけて手のひらを伝させ、スラックスの上から股間を撫でようとしたところでワタルに手を払われる。
「バカな真似はやめろと言ってるだろトモヤ!!」
そのワタルの言葉にトモヤは涙を再び溢れさせ、顔を歪めた。
「なんでわからないのにいちゃん!!」
大声で子供のようにトモヤは喚き出し、ワタルのスーツ襟を掴んでワタルの身体を揺さぶる。
「俺が欲しいのは、にいちゃんなのに!どうしてわかってくれないんだよ!!」
トモヤは全身全霊でワタルを突き放すと床に落ちたバックを掴み、再びドアを開けようとしたところをトモヤに後ろから抱き抱えられ力ずくで止められる。
「おい待てトモヤ!!」
「さっきも言っただろ!店に戻って客を取る!にいちゃんが抱いてくれないなら、俺にはそれしかない!!」
トモヤの悲痛な叫びが室内にこだまする。部屋から出て行こうとするトモヤとそれを阻止しようとするワタル。しばらくの間揉み合いになり、床に敷かれた絨毯が二人の抵抗する足元のせいで乱れて出来た皺の段差に足を取られたトモヤがバランスを崩してよろけ、それを咄嗟に支えようとしたワタルだったが二人一緒に絨毯の上に倒れ込んだ。トモヤを庇うようにして抱きかかえて背中から倒れたワタルは床に打ちつけた背中の痛みに顔を歪めていた時、トモヤはワタルの胸で嗚咽を漏らして泣いていた。
「にいちゃん、俺頑張ったよ…頑張ってにいちゃんの事忘れようとした」
ワタルのワイシャツがトモヤの涙で濡れ、トモヤの身体は小さく震えていた。その震える身体を思わず抱きしめようとしたワタルだったが、拳を握り締め思いとどまった。抱きしめてはダメだ、ダメなんだと、トモヤを欲する渇きを理性が抑えつける。
「けど、無理だった」
顔を上げたトモヤの瞳は涙に濡れ、そのトモヤの瞳に映るワタルはトモヤの悲痛な叫びを受けとけとめようにも理性がキャパシティを超え始めていた。化粧品か、整髪料の香料かわからないが花のよう甘い匂いがする。でも、声は女性ではなくて。声変わりはしているが、普通の男性よりは高い声だった。それが余計拍車をかけて、自分の目の前にいるのが誰なのか、思い知らされる。
「忘れようとして色んな人としたけど、やっぱり、にいちゃんのこと忘れられなかった」
その言葉にワタルは思わず耳を塞ぎたくなった。啜り泣くトモヤから目を逸らすワタル。ワタルにしがみつくトモヤは引きちぎりそうなくらいワイシャツを掴む。
「もうこんなの嫌だ…ねえ、俺にいちゃんが欲しい」
トモヤ、やめろ。
「俺、あの時のことなかったことなんかにできない…!」
やめてくれ。頼むから。
「だめだ、だめなんだよ…トモヤ…!」
「何が?何がダメなんだよ!?」
「あの日のことも今のこの状況も普通じゃない…だから…!」
そう言いかけてワタルはハッとする。トモヤがわなわなと震え唇を噛み締めて今にも唇を噛み切ってしまいそうな勢いだったからだ。
「…にいちゃん、普通って何?」
今にも消え入りそうな声でそう呟くトモヤは俯き、表情が窺えない。
「俺は普通じゃないの?ずっとにいちゃんが好きだったことも?」
ワイシャツを掴む両手は真っ白になる程握りしめられていて小刻みに震えている。
「トモヤ、それは…」
「それなら、俺はもう普通じゃなくていいよ…」
トモヤは目に涙を浮かべながらゆっくり顔をあげるとそう呟く。地獄の底から湧き上がってくるような声だった。トモヤはワイシャツから手を離し、天を仰ぐように天井を見上げた。まるで神に許しを乞うように。
「にいちゃんのことが好きなのが普通じゃないのなら、もうそれでいい」
ワタルはそのトモヤの姿をなぜか美しいと思った。理由はわからない、ただ無性に目の前のトモヤという存在に対する邪な想いを赦されているそんな気がしたのだった。身勝手にも程があるだろうだが、ワタル自身も長年抑圧してきたトモヤに対する欲求を抑える限界を迎えていた。
「俺普通じゃなくていい!普通じゃなくていいから、にいちゃんのこと好きでいた…」
トモヤが言い終わらないうちにワタルはトモヤの身体を引き寄せ、トモヤの唇に自分の唇を重ねた。
「っ…!?ん、っ…ふぅ」
ワタルは状況を把握しきれてないトモヤの小さな唇をこじ開けて舌を捩じ込む。トモヤの舌を絡めとって強く吸うとトモヤはワタルの顔を愛おしそうに両手を添えた。貪るように互いの唇を啜り合う。開いた年月を埋めるかのように。
「ふっ、は、ぁ…」
どちらともなく唇を離すとトモヤは微笑み、心の底から嬉しいと思った。にいちゃんが俺を求めてくれている、他の誰でもない。
にいちゃん、ワタルにいちゃん。
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