銀杏

山田ポミエ

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銀杏

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「最近冷えてきたね」

彼がそう呟いて、そうですね、と自分も呟いた。2人で銀杏の並木道をゆっくり歩く。天気がいいので自分達と同じように散歩する人達が多い。日向は暖かいけれど日陰は肌寒くて、もう少しで冬が来ることを感じた。背の高い影と少し小さい影が二つ地面にゆらゆらと動く。

自分はあまり背が伸びなかったなと地面に映る影をぼんやり見下ろしながら、側を歩いている背の高い彼を見上げる。

大学生の彼は従兄弟の知り合いで、家庭教師として定期的に自宅へ来るようになったのが去年の12月。出会って、あと少しで一年経つ。

勉強以外にも色々教えてくれた。キスもセックスも、彼から教わった。

最初のうちは人見知りが出てうまく話せなかったが、少しずつ打ち解けていき、兄が出来たようで嬉しかった。一人っ子だったせいもあるかもしれない。

勉強の教え方も上手くて、難しい問題に正解した時に自分に見せてくれる笑顔が眩しくてドキドキした。ユーモアもあって、勉強が早く終わると色々お話してくれた。大学の先輩に飲み会でたくさん飲まされて帰り道に吐いたこと、前してた飲食店のバイトは人間関係が大変だったこと、バイトで溜めたお金で友達と旅行に行き初めて飛行機に乗った時割と揺れて結構怖かったこと。何でもないことかも知れないけれど、一つ一つ聞く度に彼の一面を知れたようでただ嬉しくて。

こんなに誰かに惹かれるという初めての感情に戸惑った。クラスメイトで恋人がいても女の子だ。同性の彼女がいるなんて聞いたことなかった。男の自分が男の人のことを好きになるのはきっと周りから見たらおかしいことなんだろうと思ったが、でもそれ以上に惹かれていく気持ちが抑えきれなかった。会う度に彼のことを好きになっていく自分が自分じゃないみたいで、止められなかった。

あまりしなかった自慰を彼にしてもらうことを想像しながらし始めた頃、その行為が夢にまで出て来てしまって翌朝夢精していた時は罪悪感でいっぱいになった。でもまた彼の笑顔を見るとそんな罪悪感は消えてしまうから不思議だった。自分はおかしくなってしまったのだろうか。

そんなある日、勉強を教えてもらっている最中だった。会えるだけで嬉しくて、心がふわふわして勉強に集中できなかった時、指先と指先がたまたま触れ合った。昨日その手で自分の性器を扱いたこと。彼のことを考えてその行為に耽っていたことを生々しくフラッシュバックし、思わず引っ込めてしまった。咄嗟にごめんなさいと謝ろうとして、見上げると自分を見つめる視線がいつもと違ってドキッとした。

「何で謝るの?」

…え?と、震えた声を思わず発し固まって動けずにいると、少し意地悪そうに彼が笑う。見たことない笑顔に心臓がバクバクと壊れそうなぐらい高鳴っている。

「そんな顔して、勉強なんてできないでしょ?」

そんな顔って何だろう、変な顔をしていただろうか。

「自分でわかってないの?すごくえっちな顔してるよ。今」

思いがけない言葉に一瞬頭が追い付かなかった。

「目がうるうるして、頬っぺた赤くしてさ」

勉強中なのに悪い子だと囁く声は怒っていなくて、むしろ嬉しそうだった。自分を見つめる目がいつもと違う。これから獲物を狩るような肉食獣みたいにギラギラして、ちょっと怖いのに目が離せない。なんでそんな目で自分を見るのだろう。どこかで何かを期待している自分がいる。

「けど、可愛いね」

頬に手を添えられ、顔が近付いてきた。生まれて初めてのキスだった。その日は頭が冴えて眠れなくて、翌日の授業は眠くてたまらなかったけれど夢心地だった。

それから勉強を終えると帰りにキスしてくれるようになり、しばらく経つと舌を使ったキスになった。

彼がコンビニで買った小粒のチョコレート。舌を出して?と言われ、恐る恐る舌を出すと。チョコレートを舌に置かれて、キスされた。チョコレートが溶けて、舌が追いかけてきて。それがチョコレートがなくなるまで続いた。感じたことのない刺激で頭が真っ白になったが、チョコレート無くなっちゃったねと言われた時寂しさを覚えた。

次にはキスをしながら性器を扱かれた。夢が現実になっているという事実と、自分でするのとは違う快感は凄まじくすぐに射精してしまい思わず謝ってしまった。でもそんな僕のことも可愛いと髪の毛をすくよう頭を撫でられて心地よかった。

その次には乳首を吸われ、僕の性器を彼の口でされた。温かい口内は感じたことない快感で頭がどうにかなりそうだった。吸われたり舐められたり、あの薄い唇に秘められた舌がどうしてこんな卑猥な動きをするのか不思議だった。親が共働きで、ある一定の時間になるまで帰ってこないこともあり多少は声を出しても問題ないとわかっていても快感に溺れる自分の声が恥ずかしくて、声を抑えようとすると余計に声が裏返ってしまい恥ずかしかったがそんな姿が興奮すると言って抱きしめてくれた。

その後は彼のを口でした。自分がして貰ったように彼を気持ちよくさせようと意気込んだが想像以上に難しい。なかなか上手くできなくて落ち込んでいたら気にしなくていい、これから練習しようと言ってくれて嬉しかった。次があること、それが胸を高まらせた。

彼が薬局で買って来たらしいローションで後ろをいじられた時は緊張で身体に変な力が入ってしまい、何度も力を抜くよう優しく囁かれた。こんなところをいじられて気持ちよくなるなんて、思いも知らなかった。恥ずかしかったけど、あちこちキスしてくれて幸せだった。

後ろでセックスすることを覚えた時は、あまりのことに身体が壊れてしまうんじゃないかと思った。彼に動かれるたびに身体の中が開かれて行くようで。でも中がすごく気持ちいいと言ってくれて、一つになれてることが嬉しかった。

どうすれば彼を気持ちよくできるのか考え、勉強以上に夢中だった。けれども勉強は怠らなかった。自分の成績が下がったら彼は自分の家庭教師を辞めさせられてしまうだろうし、難しい問題を解ければ彼は褒めてくれて、ベットの上でご褒美をくれる。口でするのが上手くなったと褒められた時は舞い上がるような気持ちだった。

セックスをした後は彼が帰る時間までベットの上で抱きしめてくれた。別れの時間が惜しくていつまでもこのままでいられたらいいのにと何度も思った。いつも自分を可愛いと褒めてくれる。彼のことが好きだなと思って過ごしていた。

先日、母親と買い物に出かけた時彼を見かけた。隣にいたのは女性。とても楽しげで、手を繋いで歩いていた。彼と同年代ぐらいだろうか、可愛らしい女性だった。

冷たい風が吹く。現実に引き戻され前を向く。

視界が黄色い、道に落ちた銀杏を避けて歩くが、どうしても踏んでしまう。少し滑って、種が凸凹している。おばあさん2人とすれ違う。踏み潰されていない銀杏を選んで小さなビニール袋に詰めていた。道の脇に落ちているのが踏み潰されていないのが多いと、1人のお婆さんが言い、もう1人のおばあさんもそれを知ると嬉しそうで、その子供のように喜ぶ無邪気な姿は彼に可愛いと囁かれ喜びを感じたあの時の自分を思い出した。踏み潰された銀杏の匂いなのか、独特の香りがする。

銀杏は苦いらしい。まだ食べたことはないが苦いのは嫌だな、とぼんやり思った。大人は苦いものを好む。チョコレートの方がいいと思った自分はまだ子供なんだろうか。

並木道を通りながら、再び彼を見上げる。何を考えているんだろう。

この間、一緒に手を繋いで歩いていた女の人は誰ですか?

怖くて聞けずにいる。横顔を見つめていると僕の視線に気づいたらしく、微笑んだ。いつも見せてくれる僕の好きな笑顔。

「冷えちゃったし、これから少し勉強しようか」

その言葉に胸が高鳴る。遊ばれてると心のどこかでわかっている。でも、もしかしたら自分に心を向けてくれるんじゃないかという淡い期待がそれを打ち消してしまう。小さく頷くと、優しく微笑みながら瞳の奥に欲情したものを感じてぞくぞくする。

「そうだ、久しぶりにあれをしよう」

あれって何だろう。答えが早く聞きたいけど、怖い。どんどん戻れなくなっていく気がして。

「コンビニ寄って一緒に選ぼう?チョコレート」

その言葉に心臓が早鐘を打つ。身体がこれからされることを想像して歓喜に震えてる。もう戻れない、知らなかったあの時には。
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