好きかもしれない

山田ポミエ

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第一話

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「だる…」

真夜中の二時過ぎ。賑やかな夜の街を歩くユウトは小さくそう呟いた。

原因はこの年頃特有の生きることに対する怠さではなく、足の疲れだった。今のユウトの靴はお気に入りのメンズのハイカットスニーカーではなく、可愛らしい色鮮やかなビジューが装飾されたミュールだった。

ちょうど通りかかった店のショーウィンドウのガラスに映る自分に気がついて足を止める。

茶髪系の明るめの髪色のウィッグは人毛で出来ているらしい。普通のウィッグみたいに人工感がなく自然だ。ゆらゆら揺れるイヤリングと細いチェーンのネックレスはとても小さいが綺麗な石がついてる。白のインナーに少しキラキラした糸が編み込まれてるサマーカーディガン、デニムのミニスカートは同じ素材のフリルが少しついてる。素足がいいと言われたので足はそのままで、足首にはブレスレットとお揃いのアンクレットとミュール、頭のてっぺんからつま先まで、女の子の服装だった。

さっきまで一緒だった客はリピーターで、今日は着て欲しい服をリクエストしてきた上、一式用意してきた。下着も。こういうことは初めてではないし、追加料金が支払われればいいので仕事の一環と思い特に何も考えずマネキンに徹したが着てみるとぴったりだった。この間俺を抱きながら身体を採寸したとすかしていて心底呆れたが、すっごーい!と営業スマイルでお世辞は言っておいた。

しかし、化粧やネイルまでプロを用意していたこともあって本格的だった。出来上がってみると悔しいことにかわいい。元々色白なことも相まって化粧をしたらもっとかわいい。背もそこまで高くないのでわりと女の子に見える。我ながらいい線いってるとしばらく姿見を眺めてしまったくらいだ。アホな客だったが見る目はあった。

とはいえ男なので歩き方で台無しにならないか少し心配だったが、スカートの丈が短いことと慣れないミュールのせいか無意識に恐る恐る歩幅を小さく歩いたので自然と内股になり大丈夫だった。あと踵が高い靴ってなんか背筋がすっとする。流石に喋ると声で男とバレてしまうけど、黙ってにこにこしてれば、何も知らない店員をはじめ周りから女の子扱いされるのが面白くてそれなりに楽しんだ。

カツン、カツンとヒールの音が街に響いてるのが心地よくて、なんとなく足元の小石を蹴る。思ったよりも石が飛んでちょっと先のドラム缶に当たった。すると側に隠れてたらしい猫が脇の街路樹へ逃げて行って、もしかしたら寝ていたかもしれない猫に少し申し訳なくなった。

それにしても今日の客はいつも以上にやたらベタベタしてきてうんざりした。いい店で美味いものを食べさせて貰ったけど、ソファ席ではもちろん隣に座らされ、俺の肩を抱いて、ずーっと密着。それぐらいよくある事なので仕事と割り切ってるが、特に太ももは何度も繰り返し撫でられてげんなりした。減るもんではないが撫でられすぎて皮膚も痛くなってきた。

「あんまり触られると恥ずかしい…」

そう小声で訴えた。気持ち目を潤ませ上目遣い。少し目線を伏せてから、ちょっと大袈裟に見上げると尚いい。やめてくれ、嫌だと単刀直入に言うと金を払ってるのに生意気だと相手を怒らせてしまうので、相手の気分を良くしつつやめてほしいことをかわす。この仕事で身につけた技だった。しかも勝手にいいように解釈して勘違いしてくれる。思惑通り相手が俺に見惚れてごくんと唾を飲み込んだ。

「何だ?もうしたくなってきたのか?」

可愛い奴だなと今度は頬を撫でられた。何でそうなるんだよ、ポジティブすぎるだろと心の中で大きなため息をついた。

なんとか太ももを撫でるのをやめさせて、やれやれと思ってたところで今度はホテルに連れて行かれた。部屋に入って早々、自分本位で一方的なねちっこいキスを延々とされ立っているのに疲れてしまった。

「ねぇ、早くベットに行こうよ…」

ようやく少し唇を離した瞬間を見逃さず、甘くねだるふりをした。もう何でも良いからさっさと終わらせて帰りたい。気を良くした客にベットへエスコートされ、ようやく座れたかと思ったら手でしてくれというのでお望み通りにした。しかし、この客は遅漏なためなかなかいかない。益々うんざりして自分の心がどんどん無に近づいてくのがわかったが、態度に出すわけにもいかないので耐えた。とはいえ時間はどんどん過ぎていくし、流石に手が疲れてきた。ここまできてめげてたまるかと負けず嫌いの性格が出て、目の前の性器を射精させることだけに集中した。

努力の甲斐あってやっと射精してくれたと思ったら、今度は後ろから突っ込みたいと言い出した。もうすぐ約束の時間は終わる。ここからは延長ですよ、と言ったがベットに押し倒された。

「何だ、つれないな。ここからがいいところだろ?サービスしてくれよ」

そう言って延長料金を踏み倒されそうになったので頭にきた。

「調子にのんな!!」
「がっ!?」

頭突きをお見舞いしたら、ひっくり返ってベットから落ちた。石頭なので軽くお灸を据えるつもりでしたのに結構痛がって床の上でもがいてた。下半身裸で。ベットから降りると身なりを整えて床でもだえる客をまたぐ。情けない奴を眺めていても何の得にもならないので振り返らない。まあ手で扱いてやったし、べろちゅーもしたしいいだろう。リクエスト通りの格好もしたし。

クレームがくるかもしれないし、もう指名されないかもしれないが構わない。自分を買いたい男はたくさんいる。オーナーには怒られるかも知れないが、それなりに売上に貢献してる自分はこれぐらいの事で説教されることはないだろう。買い手ありきのサービス業だけど出来ない事ははっきり言う。身体が商売道具だから自分の身は自分で守らないといけない。報酬を貰えるのであればこちらもそれに見合った対価を提供するが、出さないのであればこちらも遠慮はしない。

部屋を出る前にハンガーにかけられた客の上着のポケットから財布を拝借して本日分の報酬を抜き取る。チップもふんだくりたい気分だが、洋服一式をくれるというのでそれで済ますことにした。仕事で使いまわせるかもしれないので貰えるものは貰っておく。

ホテルを出ると月がきれいだった。街が夜でも明るいので月明かりが分かりづらいが、暗いところで見たらもっときれいだろうなと思った。まだ眺めてたかったが、やることがあったのですぐに頭を切り替えて歩き出す。

通りに出ると、目当てのものを探して少し歩くとすぐに見つかった。前衛的なスプレーのラクガキがされ、グロテスクなのかファンシーなのかよくわからない様々なデザインのシールが貼りまくられた電話ボックス。すぐ横でいちゃついているカップルがいたが気にせず中に入る。受話器を取り、コインを入れて数字のボタンをリズムよく押す。電話番号は覚えているので指が勝手に動く。かけたのはユウトが籍を置いている男娼を扱う店だった。数コールで顔見知りの男性スタッフが出た。

「もしもし?ユウトだけど」
「おう、ユウトか。お疲れ。どうした?」

返事をしようとした時、突然大声が聞こえた。

「「ハッピバースデートゥーユー!ハッピバースデートゥーユー!」」

電話ボックスと反対方向で数人の若者が大声でハッピーバースデーを合唱し始めた。誰かが誕生日を迎えたらしく大騒ぎだ。めでたいことだが皆酔っぱらっていて声の音量が半端ない。しかもサイレンをけたたましく鳴らした救急車まで近づいてきた。痴話喧嘩の末の殴り合いか、飲みすぎて階段から転げ落ちたか、その辺りの怪我人を拾いに来たのだろう。夜の繁華街では日常風景だが、これでは受話器越しの声が聞こえないので反対側の耳を塞ぐ。

「ごめん、周りがうるさくて…」
「ははっ、賑やかなだなぁ」

電話の向こうの男性スタッフはけらけら笑った。

「今日の稼ぎをこれから店の口座に振り込むから、直帰でいい?」

彼はユウトが客に店から比較的遠い街に呼ばれていたことを把握していたようで、すぐにOKが出た。

「オーナーにも伝えておくから気をつけて帰れよ」
「てんきゅ」

礼を言って電話を切り、電話ボックスを出る。まだいちゃついてるカップルを横目で眺めながらATMに行って帰るかと思った途端、どっと疲れが押し寄せてきた。仕事ではいつもそうだが気を張っていたからかもしれない。財布からタクシー代ぐらいくすねとけばよかったと後悔しつつ、深夜もやってるATMで店に金を振り込んだ。疲れてはいるが、見事に化けた女の子の格好も家に帰ったら終わりかと思うと少し勿体無い気分でとりあえず歩く。

夜中は騒がしい。あちこちで声がする。
笑ったり、叫んだり、飲みすぎて吐いていたり色々だ。

ゲームセンターの前を通りかかったユウトは吸い込まれるように立ち寄る。ゲームがしたいわけではなく、客の性器を扱いた手を洗いたかったからだ。ゲームセンターはトイレに寄りたい時、たまに使う。店の人には申し訳ないがトイレは大抵空いてるし、夜中もやってたりするので便利だ。たまにトイレでおっ始めてるやつもいるが、街の風景の一部ぐらいに思ってる。

トイレの場所を示す小さな看板が吊り下がってるのを見つけて矢印の方向に進む。つい男性トイレに入ってしまって、用をたしていた男性にぎょっとされた。そうだ、自分は今女の子の格好だったと思い出し、気を取り直して女性トイレに入る。すると鏡の面積が少し広い。鞄ぐらい置けるような作りになってる。化粧直しをするスペースだろうか。大袈裟なぐらい手をよく洗って、うがいもして、もう後は家に帰るだけだが折角なのでグロスを塗り直してみた。鏡に映る自分はやっぱりかわいいが顔が疲れている。今日はたくさん嘘笑いをした。慣れてるけど、今日は一段と頬の筋肉を酷使した気がする。

自分が笑うと客は皆喜んで、可愛いと褒めてくれる。それが作り笑いでもだ。そんな笑顔が仕事を呼び、金を貰えるのであればいくらでもした。最後に心から笑ったのはいつだろうと思ったが思い出せなかった。

ゲームセンターを後にすると建物の間に夜の海が見える。周りが街灯やネオン看板だらけで競うように光を放っているせいか、海の方は暗くてよく見えないけれど少しだけ潮の匂いを感じた。

無意識に唇を少し舐める。グロスはこんなに鮮やかな色をしているのにほのかに感じる味は苦い。それに足が痛い。そんなに高いヒールではないが、慣れない靴で足が疲れた。こんな苦いの唇につけて、歩きにくい靴を履いて、女の子って可愛くおしゃれするのって大変だなあとぼんやり思う。動きやすいTシャツとズボン、歩きやすいスニーカーが恋しい。

いよいよ家まで帰るのが億劫になってきた。観念してタクシーを使うかと思ったが、この時間になると客を捕まえようとタクシーがこぞってこの通りに集まるため渋滞してる。子供が並べたおもちゃのミニカーみたいに。益々煩わしさが増して華奢なチェーンがついた収納力がまるでない小さなバックを振り回す。とりあえず一番近い駅まで歩き始めた時だった。

「ねえ、君一人?」
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