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第ニ章:氷の騎士と解釈違いの英雄
021 絶望の中の光
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絶対的な死の恐怖を前に、外交官としての虚飾も、男としての矜持も、全てが剥がれ落ちた。ゲルハルトは床に這いつくばったまま、まるで壊れた人形のように、わななく唇で必死に言葉を紡ぎ始めた。その瞳は焦点が合わず、ただ目の前の男の足元だけを見つめている。
「は、話します…! 何でもお話いたしますゆえ…!」
「手短にな」
ガイルの冷たい声が、鞭のようにゲルハルトを打つ。
「全ては…数ヶ月前、我らが英雄、アルディバルド様が『奇跡の帰還』を果たされた、あの日から始まったのでございます…」
ゲルハルトの声は恐怖で震え、語尾は上擦っていたが、それでもなお、染みついた芝居がかった口調は抜けきらなかった。その様が、かえって彼の必死さと哀れさを際立たせていた。
戦死したはずの英雄が蘇った。その熱狂の渦の中心に、常に寄り添うように佇む、一人の少女がいたという。長い黒いローブに身を包み、片目には眼帯。その幼い見た目とは裏腹に、その瞳は奈落の底を覗き込むように昏く、誰もがその異質な存在に畏怖を覚えた。
「あ、アルディバルド様は、まるで何かに取り憑かれたかのように変わってしまわれました…。あの方の側に、一人の得体の知れない童女殿が片時も離れずに控えるようになってからでございます。『戦時国民貢献法』も、『登録環』も、おそらくは全て、あの童女の入れ知恵に相違ありません…! 国民は英雄の帰還に浮かれておりますが、我々のような城の上層部の人間は皆、本当の支配者はあの童女の方だと、薄々感づいております…!」
恐怖に駆られ、ゲルハルトは堰を切ったように喋り続ける。その言葉が、リゼットの耳に突き刺さった。彼女の顔から、さらに血の気が引いていく。
「そ、そして…つい最近のことでございます…」
ゲルハルトの声が、ひときわ大きく震えた。彼は、おそるおそる、ガイルの背後で息を殺しているリゼットの方を盗み見た。
「そちらにおられる騎士様…ちょうど貴女様のような、黒髪に、氷のような青い瞳を持つ、騎士の男が国内に潜伏しているところを捕らえまして…」
「――兄様ッ!!」
リゼットの口から、悲鳴とも絶叫ともつかない声が迸った。彼女は椅子から転げ落ちるように立ち上がろうとしたが、その足はもつれ、セレスティアの腕の中に崩れ落ちる。
「兄様…! 生きて…生きて、おられたのですね…!」
その瞳には、今まで宿っていた絶望を焼き尽くすほどの、激しい光が灯っていた。だが、その光は、ゲルハルトの次の言葉によって、より深く、昏い絶望へと突き落とされる。
「は、はい…。ですが、その男が捕らえられてから、例の童女殿は英雄様の側を離れ、王宮の地下へと引きこもってしまわれた、と…。そこで何かよからぬことを行っているという噂でございますが、その…具体的な内容は、私のような下級の外交官には、何一つ…」
「なんだと…?」
ガイルの低い声が、部屋の空気を凍らせた。
彼の脳裏を灼くのは、死霊とされ、その魂を弄ばれた姉の姿。
「ご主人様」
セレスティアは、絶望に打ちひしがれるリゼットを支えながら、ガイルに自分の考えを伝える。
「そのネクロマンサーの行動…何か目的があるかも知れません。捕らえた聖騎士を生かしておく…。それも、代々強力な聖なる力をその身に宿した、アークライト家の騎士を…。これは、単に魂を弄ぶためだけではない。もっと大きな…何か邪悪な『儀式』のためではないでしょうか…」
セレスティアの言葉は、部屋の空気に、単なる怒りとは質の違う、より冷たく、底知れない恐怖をもたらした。それは、獲物を嬲り殺しにする遊戯よりもさらに冒涜的な、魂そのものを別の何かに変質させるための、あまりにも残酷な目的を示唆していた。
そのガイルの緊迫した空気を敏感に感じ取ったのか、ゲルハルトは泡を食って命乞いをする。
「わ、私が知っているのはここまででございます! 本当です! どうかお信じください!」
ガイルは、もはや何の価値もなくなった男を一瞥すると、その首筋に容赦なく手刀を叩き込み、意識を刈り取った。
リビングには、リゼットの荒い呼吸と、セレスティアが彼女をなだめる囁きだけが響いていた。
兄が生きている。その事実は、リゼットにとって、地獄に差し込んだ一筋の蜘蛛の糸だった。だが、その糸は、ネクロマンサーという名の毒蜘蛛が張った、あまりにも残酷な罠へと繋がっていた。
「いったい、どうすれば…」
リゼットは、セレスティアの腕の中で、か細く呟いた。
「兄様は生きている…だというのに、私は…この呪いの環に縛られたまま、何も…!」
その、あまりに痛切な魂の叫び。
「いいえ、リゼット様。道は、ありますわ」
セレスティアは、絶望に打ちひしがれるリゼットの肩を強く掴むと、リゼットの瞳を、真っ直ぐに見つめながら自らの首を指差した。
「この『登録環』に込められた、あまりにも残酷な呪いの仕組みの裏をかくのです」
「は、話します…! 何でもお話いたしますゆえ…!」
「手短にな」
ガイルの冷たい声が、鞭のようにゲルハルトを打つ。
「全ては…数ヶ月前、我らが英雄、アルディバルド様が『奇跡の帰還』を果たされた、あの日から始まったのでございます…」
ゲルハルトの声は恐怖で震え、語尾は上擦っていたが、それでもなお、染みついた芝居がかった口調は抜けきらなかった。その様が、かえって彼の必死さと哀れさを際立たせていた。
戦死したはずの英雄が蘇った。その熱狂の渦の中心に、常に寄り添うように佇む、一人の少女がいたという。長い黒いローブに身を包み、片目には眼帯。その幼い見た目とは裏腹に、その瞳は奈落の底を覗き込むように昏く、誰もがその異質な存在に畏怖を覚えた。
「あ、アルディバルド様は、まるで何かに取り憑かれたかのように変わってしまわれました…。あの方の側に、一人の得体の知れない童女殿が片時も離れずに控えるようになってからでございます。『戦時国民貢献法』も、『登録環』も、おそらくは全て、あの童女の入れ知恵に相違ありません…! 国民は英雄の帰還に浮かれておりますが、我々のような城の上層部の人間は皆、本当の支配者はあの童女の方だと、薄々感づいております…!」
恐怖に駆られ、ゲルハルトは堰を切ったように喋り続ける。その言葉が、リゼットの耳に突き刺さった。彼女の顔から、さらに血の気が引いていく。
「そ、そして…つい最近のことでございます…」
ゲルハルトの声が、ひときわ大きく震えた。彼は、おそるおそる、ガイルの背後で息を殺しているリゼットの方を盗み見た。
「そちらにおられる騎士様…ちょうど貴女様のような、黒髪に、氷のような青い瞳を持つ、騎士の男が国内に潜伏しているところを捕らえまして…」
「――兄様ッ!!」
リゼットの口から、悲鳴とも絶叫ともつかない声が迸った。彼女は椅子から転げ落ちるように立ち上がろうとしたが、その足はもつれ、セレスティアの腕の中に崩れ落ちる。
「兄様…! 生きて…生きて、おられたのですね…!」
その瞳には、今まで宿っていた絶望を焼き尽くすほどの、激しい光が灯っていた。だが、その光は、ゲルハルトの次の言葉によって、より深く、昏い絶望へと突き落とされる。
「は、はい…。ですが、その男が捕らえられてから、例の童女殿は英雄様の側を離れ、王宮の地下へと引きこもってしまわれた、と…。そこで何かよからぬことを行っているという噂でございますが、その…具体的な内容は、私のような下級の外交官には、何一つ…」
「なんだと…?」
ガイルの低い声が、部屋の空気を凍らせた。
彼の脳裏を灼くのは、死霊とされ、その魂を弄ばれた姉の姿。
「ご主人様」
セレスティアは、絶望に打ちひしがれるリゼットを支えながら、ガイルに自分の考えを伝える。
「そのネクロマンサーの行動…何か目的があるかも知れません。捕らえた聖騎士を生かしておく…。それも、代々強力な聖なる力をその身に宿した、アークライト家の騎士を…。これは、単に魂を弄ぶためだけではない。もっと大きな…何か邪悪な『儀式』のためではないでしょうか…」
セレスティアの言葉は、部屋の空気に、単なる怒りとは質の違う、より冷たく、底知れない恐怖をもたらした。それは、獲物を嬲り殺しにする遊戯よりもさらに冒涜的な、魂そのものを別の何かに変質させるための、あまりにも残酷な目的を示唆していた。
そのガイルの緊迫した空気を敏感に感じ取ったのか、ゲルハルトは泡を食って命乞いをする。
「わ、私が知っているのはここまででございます! 本当です! どうかお信じください!」
ガイルは、もはや何の価値もなくなった男を一瞥すると、その首筋に容赦なく手刀を叩き込み、意識を刈り取った。
リビングには、リゼットの荒い呼吸と、セレスティアが彼女をなだめる囁きだけが響いていた。
兄が生きている。その事実は、リゼットにとって、地獄に差し込んだ一筋の蜘蛛の糸だった。だが、その糸は、ネクロマンサーという名の毒蜘蛛が張った、あまりにも残酷な罠へと繋がっていた。
「いったい、どうすれば…」
リゼットは、セレスティアの腕の中で、か細く呟いた。
「兄様は生きている…だというのに、私は…この呪いの環に縛られたまま、何も…!」
その、あまりに痛切な魂の叫び。
「いいえ、リゼット様。道は、ありますわ」
セレスティアは、絶望に打ちひしがれるリゼットの肩を強く掴むと、リゼットの瞳を、真っ直ぐに見つめながら自らの首を指差した。
「この『登録環』に込められた、あまりにも残酷な呪いの仕組みの裏をかくのです」
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