竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

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第2話 幻聴とスナオに苛まれながら働く僕は壊れない竜源刀に出会う

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『おにい、今日も精が出るね。たくさん竜源刀を破壊して無力を噛みしめるといいよ。何もできないってことを理解するといいよ』

 そんな、幻聴が聞こえる。血の繋がっていないコハクとは違う、の幻聴が聞こえる。
 僕を責めるその声は相変わらず十一歳のネイロのもので、死んだときのまま――僕が見捨てた時のままだ。

 コハクに口をきかない宣言をされてしまったその日の昼のこと、僕はいつものように鍛冶場の片隅で背中を炉の光で照らされながら働いていた。

 目の前に山となった『竜源装』は竜の力を源にする武器たちで、僕の仕事はこれを素材の状態にすること。
 多分僕にしかできない仕事だ。
 刀、弓、盾など種類も大きさも様々だけど、総じて使い物にならないこいつらは欠けていたり折れていたり曲がっていたりしていて、戦闘のすさまじさを僕に突きつけてくる。

『おにいにはできないことを見せつけられるんだよね。誰かを守るために戦うってことを突きつけられるんだよね』

 ネイロの声はコハクより冷たい。冷たいどころか鋭利で、僕の心臓を小さく小さくえぐり取って楽しんでいるように聞こえる。

 またでてきたのか。

『当然だよ、おにい。ネイロを見捨てたことを後悔し続けてもらわないとさ』

 そう言ってクスクスと笑う妹の声を僕は無視して、竜源刀を手にして、発動する。
 発動しようとする。
 守護官たちが同じことをすれば埋め込まれた『竜の鱗』が反応して、ぼんやりと刀身が光り輝くはずだ。
 発動できなければ、ただ、何も起こらない。
 それだけのはずなのに、


 僕の場合は、壊れる。


 刀身にまっすぐ大きな亀裂が入り、そこから葉脈のように枝分かれしたヒビは細かくなって、そして、刀身全体が粉々になる。
 まるで灰みたいに。
 手元には柄しか残らず、鍔さえもボロボロになってしまう。

『だから、おにいは誰も守れないんだよね。竜源刀を使えないから、無力で、魔動歩兵と戦えない。ネイロのことだって守れなかった。代わりにネイロが戦って、おにいは守られて、逃げて、ネイロは魔動歩兵に無残に殺された』

 責める。

 うるさいとはねのけてしまっても、この声は僕の頭で響いていて、だからどこかに行ってくれる訳でもない。

 僕は眼をぎゅっとつぶって開き、灰と言うより砂鉄のようになった竜源装を素材置き場に運び、戻ってきてまた作業を開始する。

『あ、コハクちゃんのこと考えようとしてるでしょ。ねえ、逃げちゃダメだよ。なんでコハクちゃんなんか育てようと思ったの? 無力なのにさ。守れないのにさ!』

 ネイロの責めを無視して作業に没頭すれば幻聴は消える。きっと消える。そう思って僕は新しい竜源刀に手を伸ばして――


「やあ、ヒイロ!! 今日も元気だね!!」


 そんなふうに、僕の思考を粉砕するがごとく言ったスナオが笑みを浮かべてせかせかとやってきた。

「目の医者に行け。どこをどう見たら今の僕が元気に見えるんだ? お前、僕が飢えて身動きがとれなくなって行き倒れててもなお同じ言葉をかけるだろ」
「そんなことないよ。面白いからひとしきり遊んで、それから助けを呼んであげる」
「人の不幸を面白がるな! すぐに助け呼んでくれ頼むから!」

 あはは、と身体を折り曲げて本当に楽しそうに笑うスナオは僕と同い年の十六歳だけれど、多分同じなのは歳と性別くらいだと思う。

 彼は僕とはまるで違う。
 何から何まで、違う。

 身なりはきちんとしているし、住んでいるのは島の外側ではなく中央、つまり金持ちでそれもそのはず、スナオの家系は先祖代々この島で守護官をしていて、血統書付きであることを示すかのように彼の目は竜眼、赤い瞳孔には歪んだ円の模様が入っている。

 竜源装の能力を最大限に発揮できる証左だった。
 竜に愛されている。
 孤児で庶民で竜に拒絶された僕とは正反対。

 ……なんだけどなあ。

 ここまで聞けば良いとこのお坊ちゃんなんだけど、それに見合った所作を感じられない。型にはまった礼儀礼節みたいなものの対局にいるように見える。

 例えば、

 以前、守護官が間違って炉に竜火石を余計に投入して爆発、当たり一面火の粉が散って大惨事になりかけたときも、こいつは目をキラキラさせて、

「すっごく綺麗だね! もっと竜火石入れようよ!」

 とか言ってたし。

「いま大変なことになってんの見えるだろ! 僕の働く場所がなくなりそうなんだぞ! 火をくべるな!」

 と僕は抗議したものだった。

 そんなスナオなので、最初は敬語で接していた僕も、「同い年なのにやめてよ」と言われるまでもなく今は砕けた――砕けすぎた口調で話す。
 平気で文句を言うし。

 基本的に守護官は竜に拒絶されている僕を毛嫌いしているから近づこうとすらしないのだけど、スナオは僕と平気で会話をする。
 そのあたりにもやばさが窺える。

 はあ。

 ま、ネイロの幻聴が消えたことにだけは感謝しようと思いつつ、僕はスナオに尋ねた。

「お前自分の仕事はどうしたよ」
「さあ、何も指示されてないし。今日は炉に竜火石で火を入れればそれで終わる簡単なお仕事だからね」
「……島の外にいる魔動歩兵から島を守る守護官とは思えないな」
「おれはまだ良い方だよ。点呼の時だけ来て、あとは酒場で飲んだくれてる腹の出た守護官の多いこと多いこと」
「下と比べるな。向上心を持て。人のこと言えないけど。てか、前も聞いたけどさ、そんなんで、いざというときどうすんだよ、まじで」
「いざという時なんて来ないと思ってるんだよ。このヨヒラ島はだからさ。小竜の墓が中央にあるんだよ? 他の島みたいに竜の血が枯れることが無い。水源の一つなんだから」
「ああ、言ってたな」

 妹を魔動歩兵に目の前で殺された僕からすれば安全なんて考えられないけど。
 僕が十二歳の頃にいた島だって比較的安全だったはずなのに。
 竜の血が流れる川が枯れて、魔動歩兵が地面を踏めるようになったから、島に侵入されたんだろうと言われた。
 僕はまだそれを疑問に思っている。

「でもおれは訓練を絶やさずにしてるよ。いざという時は――もしもそれが来るなら――ヒイロが性的に見てる妹も助けてあげよう」
「おい、聞き捨てならない! 性的になんて見てないよ!」
「でも、おれのところには『僕は妹を愛してる!』って公然と叫ぶ少年がいると報告が入っていたよ。これは君だよね」
「………………はい、そうです。いや、でもそこにはちゃんと文脈が!」
「『僕の妹、最高!』『絶対どこにも行かせない!』などと主張していたみたいだけど」

 心の叫びに文脈なんてなかった。勘違いされたのは完全に僕のせいだった。

「ここではっきりさせておく。僕は妹を性的になんて見てない。ただ愛してるだけだ。心の底から! 家族として! あの子は僕の人生! あの子は僕の全て!」
「報告書に追加しておこう。それから、知り合いのお医者さん紹介しようか? 何か間違いを犯す前に切ってもらった方がいいと思うんだ」

 頭の医者を紹介するのかと思っていたら、もっとえげつない医者を紹介しようとしているぞ、こいつ。
 絶対獣医だろそれ。

「はあ。まあ話を戻すとさ、いざという時でも、お前の手は借りないよ。僕の妹は僕が守る」

 そうしないといけない。
 守れないなんて二度とごめんだから。

「スナオはシズクさんの方を助けてくれ」
「ああ、ヒイロの妹を世話してくれてる人でしょ。この前見たよ。官能小説を手にしてうきうきで歩いてた。あの……ほんとにあの人子供たちに読み書き計算を教えてるの? 大丈夫?」
「……大丈夫だと思いたい」

 この前、コハクたちを教えている部屋に普通に官能小説が放置されているのを見たけど。


 と、そこでスナオを呼ぶ声がして彼は炉に火をくべるために走って行った。

 スナオはそばにいた見習いから竜火石を受け取り、ぎゅっと一瞬握りしめて炉に放り込む。握りしめた瞬間から竜火石は通常よりも明るく煌々と光り輝いて、炉に入った瞬間、卵の殻が破れるようにパキンと割れ、雛の代わりに炎が生まれる。

 石炭よりも木炭よりも苛烈に燃え上がる竜火石はこの島の隣に位置する竜墓山で採取され、竜源装を作り出す上では欠かせないものになっているけれど、竜火石から炎を作り出せるのは竜源装を発動できる者、つまり、守護官たちに限られていて、だから島を警護するはずのスナオやら他の守護官がこの場所をうろうろしているというわけ。

『もしもあの人みたいに竜源刀を発動できたら……』

 とまたネイロの幻聴が戻ってくる。

 はあ。

 僕は溜息をついて、無視して、
 次の刀に手を伸ばし、発動しようとした。





「……………………あれ?」





 壊れない。

 僕の手に握られたその刀は無骨で、鞘にも鍔にも装飾一つない、一見するとただの竜源刀に見えるのに、もう一度集中して握りしめ、発動しろと念じてもびくともしなかった。

 ああたぶんこれはアレだ。

 竜源刀じゃない、竜の鱗を埋め込むのを忘れてしまったただの鉄の刀が混じってたんだろう。時々こういうことがある。そのまま使われることなく倉庫かどこかにしまわれていて、それを知らず鍛冶場が他の竜源装とまとめてこれを買い取ってこの廃材の山に積んだんだ。

 竜源刀じゃなきゃ破壊できないから、僕にはどうすることもできない。あとでどうするか親方に聞いてこよう。

 そう思って他の竜源装とは離れた場所に置こうと立ち上がると、


『持ち帰ってください』


 突然、今までの幻聴なんて比じゃないくらいはっきりと耳元で女の声がした。
 ネイロじゃない。知らない女の声。

 後ろに誰かいるんだと思って「うわ」と声を上げてしまい振り返ると、もちろん誰もいるはずがなく、周りで作業していた大人たちが怪訝な顔をして一瞬こちらを見て、すぐに自分の作業にもどった。

 なんだ今の声。
 女の人なんていないのに。

『いますよ、主人あるじ様の手の中に。ふああ。ようやくめざめることができました。妾は特殊な竜源刀、お父様に作られた七つ道具の一つ。名は七度切る姫で七切姫ナキリヒメですが、お気軽にナキとでもお呼びください』

 僕は手にある物を見下ろした。




 発動できないはずの竜源刀の刀身が淡く光っていた。


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