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第4話 取り憑かせろ、取り憑かせろ、取り憑かせろ!
しおりを挟む言われるがまま僕はナキの本体たる刀を掴み持ち上げたけれど、それからナキは何も言わない。
で、どうしたらいいわけ?
『もう大丈夫です。これが妾の考えですから。妾と主人様は一心同体』
つまり?
『妾が手から離れないようにしました』
は!?
刀を手放そうとする。右手を開いて……って開かない。
僕の右手は鞘を掴んだまま貼り付いてしまったようで指がわずかにしか動かない。
なんてことするんだ!
『ふふん。我ながらいい考えです。はじめからこうすればよかったのです。主人様を悩ませるなどと言う不躾なことはできませんからね。妾はできる武器ですから! 妾のわがままに主人様を手間取らせることなどいたしません』
マジで離れない!
誇らしげなナキの言葉を聞きながら僕は両足で蹴るように引き剥がそうとしたけれど、ナキはまったく手から離れる様子がなくむしろ指がさらに食い込むように握りしめられる。
どういう仕組みだこれ!
超迷惑なんですけど!
暴れていると昼休憩など取らない親方がやってきて僕の頭をパカンと殴った。
「おい! 何遊んでんだお前! 給金を減らされたいのか!」
「違うんです……あの……とれなくなりました」
終業の鐘が鳴って僕は右肩をさすりながら鍛冶場を出た。
ひどい一日だった。
あのあと親方が僕の右手から刀を剥がそうとして失敗し、休憩から戻ってきた屈強な男たち数人を呼びつけて引っ張ったがこれまたダメ。僕は柱に縛られた状態で肩を脱臼するんじゃないかってほど引っ張られ辟易した。
これは何という名前の拷問ですか?
刀身を鞘からぬくこともできず、ついに諦めた親方は、
「どうせ竜源刀じゃないんだろ。お前が持って壊れないってことはそうだ。持って行け。鞘から抜けないならただの金属の棒で危険でもないしな。そんな訳のわからない代物、扱いたくもない。しばらくしたら剥がれるだろ」
とかいう適当なことを言って持ち出しを許してくれた。
『ほおら、妾の計画通り! 妾はできる武器ですから!』
得意げなナキが心底むかつく。
僕の腕がとれるところだったんだぞ!
『でもでも、主人様がクビになることなく妾を持ち出せたじゃないですか!』
それはその通りだけど、ただでさえ竜に拒絶されているなんて揶揄されているのに、その上、手から刀が離れない呪いにかかった少年なんて新しい烙印を押されてしまった。
不幸が渋滞を起こしてる。一体僕が何をしたというのか。
『不幸を嘆いても何も始まりませんよ? いいことを見ませんと。例えば妾との邂逅とか』
お前との邂逅が不幸なんだよ、解れ。
ある種の脅迫じみた行動によって強制的に僕はナキを持ち出す羽目になったけれど、そもそもコイツはなんなのか。意思を持った竜源刀など聞いたことがない。
『それはだから妾が特殊な竜源刀だからですよ。妾も兄弟姉妹しかこういう存在を知りません。意思を持ち、所有者の体に取り憑いて、五感を共有しつつ所有者の戦闘を補佐する。それが妾たちの責務です』
…………今なんて言った?
『所有者の戦闘を補佐するのが妾たちの責務です』
その前。
『…………何も言ってません』
どこかに大きめの石はないかな。縛って沈めるのにちょうど良さそうなの。
『妾に縛り付けて沈めるつもりですね!? ひどい! 鬼畜! 絶対手から離れませんから! もし沈めたら主人様も一緒に沈むんですからね! 妾と主人様は一心同体なんですから!! 死ぬときも一緒!』
一心同体じゃなくて無理心中じゃんそれ。
その上、今までの所有者と一緒に死んでないところを見ると、僕だけ死ぬよねそれ。
無理心中どころかただの殺人だ。
『主人様が沈めるとかひどいこと言うからです!』
じゃあその体に取り憑くってのをちゃんと説明しろ!
『ううう……口が滑りました。いままでの所有者も取り憑くと言った瞬間嫌がったので何も知らないまま発動してもらうつもりだったのに』
騙すつもりだったらしい。ますます信用できなくなってきた。
『だってぇ! だってぇ! 妾、五感がないんですよ! 取り憑くことで初めて直接外の様子がわかるんです! 今は主人様の思考でしか外の様子がわからないんですから! 妾も五感がほしい! なんとしても取り憑きたいんです! お願いします!』
発動したらその瞬間取り憑くんだな。
『ええそうです。ありがとうございます』
まだ発動するとは言ってない!
『ふうう、なんでぇ。お願いしたのに!』
取り憑かれたあと五感だけ共有されるって訳じゃないんだろ。
『…………はい、あの、……妾も主人様の体を動かせるようになります』
取り憑く、っていうか、乗っ取る、じゃん。
『でもでも、完全に主導権を乗っ取るではありませんし、所有者によってどのくらい体を動かせるかは変わります。妾と主人様の相性次第です。それは五感の共有に関してもですけど。お願いしますよぉ。相性を試すだけでも、ね?』
そのまま乗っ取られそうで怖いんだよ。
『いえいえ心配せずともすぐに返しますよ。……気が済んだらですが』
気が済むまで僕の身体を使い倒すってことだろそれ!
勝手に僕の手に貼り付いたりする奴だからな。
信用ならない。
気を許したら最後、僕の身体で人を殺したり、傷つけたりされたらたまったものじゃない。
『そんなことしません! いいから取り憑かせてくださいよ! 主人様との相性でどれだけ五感が使えるのか知りたいんです! ちょっとだけだから。ほんのちょっとでいいから! 取り憑かせろ、取り憑かせろ、取り憑かせろ!』
怖い怖い怖い!
悪霊かお前!
一瞬本気で置いていこうかと思ったけれど、おそらく僕の発動できる唯一の竜源装であることに変わりはなく、手に貼り付かれながら悩んだ末に、おおきく溜息を吐いた。
『発動する気になりましたか?』
持って帰りはする。
けど発動するかはわからない。
『そんなあ!』
お前を信用できるまで保留だ保留!
そして現在に戻り、僕はコハクに口をきかない宣言をされる訳である。
ちなみにコハクにもシズクさんにもナキの存在自体は話していない。こんな厄介ごとを教える必要はない。訳あって押しつけられたことにしている。
夕食の時間までコハクはマジで口をきいてくれなくて、僕は遺書の書き方をシズクさんに教えてもらおうとしたけれど、食べ終わると唐突にぼそりとコハクは言った。
「お兄ちゃん。九の字がヨヒラ島に来るの」
「ええと、え? どういうこと?」
「お兄ちゃん、九の字を知らないの? きっと呼吸の仕方も知らないの。コハクが教えてあげるの。水の中で思い切り吸い込むのが呼吸の仕方なの。ほら早くするの」
何でそんな拷問じみたことを……。
『主人様、幼女に何言われたんです? いじめられているんですか?』
幼女って言うな、ナキ。僕の可愛い妹だぞ。
そうか、五感がないから聞こえないのか。
『はい。だから取り憑かせてください』
ことあるごとに言うつもりだろ。
無視無視。
『ふううううううううううう!』
というナキの悲しみのうなり声が耳を劈く。
で、九の字が来るって話だったっけ、と思っていると飯を頬張りながらシズクさんが補足して、
「今度の休息日に九の船がこの島にくるんだよお。だから連れてってほしいんだってさ」
なんだそんなことか。
僕は快く了承した。
その日、島が沈むなんて思ってもみなかったけれど。
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