竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

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第5話 九の船がやってきてコハクがはしゃぐ中、僕はある女とすれ違う。

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 九の字がやってきたのはそれから数日後の晴れた日で、祭りでもないのに街は色めきだち、商売人たちはかき入れ時だと屋台を並べ、犬は吠え、猫は喧嘩し、島はいつもの数倍活気に溢れている。

 特に九の字が船でやってくる川周辺の盛況はすさまじく、人混みにもみ洗いされて貧しい地域の人間でさえ肌が綺麗になりそうな勢いだった。

 僕の腰にはナキがぶら下がっているけれど、ことあるごとに『取り憑かせてくれませんか』と聞いてきてうんざりしている。当然のことながら僕は断り続けていたけど。

『主人様ぁ、主人様ぁ。どうして取り憑かせてくれないのぉ。るーるるー』
 歌うな。
『じゃあ取り憑かせてくださいよ! 妾には歌うことと、主人様の手にひっつくことしかできないんですよ!』
 毎朝、僕とコハクの貴重な時間を邪魔しやがって!
 それに毎日鍛冶場に持って行くもんだから、未だに右手に金属の棒が貼り付いた奇怪な少年だと思われてるんだぞ! 
『いいじゃないですか! 妾のことをもっと大切にして! 百数十年眠っていて友達も知り合いももういないんですよ! 妾孤独! それに主人様以外に話せる相手いないですし! 優しくしてください! 毎日お手入れしてください! 抱きしめて寝てください!』
 言いたい放題言いやがって。

 はあ。

 僕が溜息を吐いているとコハクが見上げてきて、
「お兄ちゃん。お兄ちゃんが溜息吐くとコハクの心まで沈んじゃうの」
「コハク……。愛するコハクがこんなにも心配してくれて――」
「だから呼吸しないでほしいの」
「コハクさん!?」

 鬱陶しいから死ねってことですか?

 僕に冷たいコハクはそれでも「九の字が見れる!」と興奮しいつもの二倍かわいさを振りまいている。

 これが僕の妹だぞ! 見ろほら!

『誰に言ってるんです』
 ナキの呆れた声がする。
 皆に決まってるだろ。

 コハクは僕とシズクさんと手をつなぎ船がやってくる川に向かって歩いていたけれど、人が多くなるにつれてはぐれそうになり、仕方なく僕が背負って運ばなければならなくなった。

「屈辱なの」
「僕に背負われることが!?」
「違うの。九の字ならこんな人混み、背負われなくても進めるの」

 九の字が現れれば人海を切り裂くように道が開くかもしれないな。

「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、なの」
「ちぎっちゃダメ! 守護官とは思えない! 明らかにそれは魔動歩兵側の突破方法だ!」

 そんな乱暴な突破方法はできないにせよ、やりたくなると考えてしまうのは仕方ないのかもしれない。

 なんて人混みだよ、ほんと。

 シズクさんは人の流れに流されて「あああ」と情けない声を出しながら、
「気をつけるんだよ、ヒーロー君。こーゆー人混みにはスリがたくさんいるからねえ」
「スリより流される方を心配してください。僕はコハクが連れ去られないように背負っておくんで」
「あーしのことも背負ってくれていいんだよお。あああ、流されるう」

 川がようやく見えたあたりでシズクさんが流されていく。
 コハクとシズクさんが手を伸ばして今生の別れであるがごとく「コハっちゃーん!」「シズクお姉ちゃーん!」なんて叫んでいるけど心配しなくていいよ、コハク。あの人逞しいから。

 ここからではどう考えても船が見えないので、もう少し高い位置に行こうと漂流したシズクさんを追おうとしたまさにそのとき、


 一人、女性とすれ違う。


 日よけだろうか目深に傘のような帽子をかぶっていて正面からその目は見えなかったけれど、すれ違うその一瞬、しっかりと僕と目が合った。

 なんだあれ。
 一瞬だったし陰になってよく見えなかったけれど、彼女の左目には模様が入っているように見えた。
 竜眼ではない、奇妙な模様が。

『それは、魔眼でしょうか? ああ視覚がほしいです。取り憑ければ一発で解ったのに。ちらっちらっ』

 言葉の視線を送ってくる。僕は無視する。
 ナキは不満げに呻いたがすぐにふざけるのを止めて真面目に話しだした。

『でも魔眼だとすると変ですね。妾が気づかないはずはないのですけど』
 魔眼って?
『紫の瞳に六芒星のある目です。元は妖精の目でしたが、力を与えられた魔女や、魔女の手下である使い魔たちの一部もその目を持つようになりました。竜から力を与えられた巫女や一部の守護官が竜眼を持つのと同じです』
 じゃあ今のは、魔女かなんかだったってこと?
『いえ、……あの、……主人様の見間違いではないですか? もしも魔女や魔動歩兵の類いが近くにいれば妾が気づかないはずがありません。妾はできる武器ですから。戦闘補助に敵の位置特定は含まれます。それに近くに竜の血があると魔法が使えないはずですし、魔動歩兵も操れませんし、一人で島に入ってくる意味がありませんよ?』

 そう言われてしまうと確かに見間違いだったのではと思えてくる。


 僕は振り返って確認しようとしたがすでにその女性は人混みの中に消えてしまっていた。

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