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第8話 手足の赤い魔動歩兵を前に僕は竜源刀を使えない
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「魔動歩兵ですよね、あれ。どうして両手足が真っ赤なんですか? どうして……竜の血がしみた地面に立っているんですか?」
「わかるわけがないでしょう、ヒーロー君。あんなの、異常だよ。あんなのあっちゃいけない。だってそうでしょう? 魔動歩兵は妖精の作った魔法で動く生物で、竜はその魔法を打ち消す。その前提があるから竜源装があって、守護官がいるんだよ? あんなことされたら、あーしたち人間に戦う術はないよ」
シズクさんの言葉を裏付けるかのように、魔動歩兵に斬りかかった守護官が投げ飛ばされるのが見える。魔動歩兵は左手に守護官から奪った竜源装を握っていたが、一瞬左腕を膨張させ、簡単にへし折ってしまう。
『主人様、妾にも状況を教えてください』
見ればわかると言おうとしたけれどナキには見えないんだったな。
両手足だけ赤い魔動歩兵が三体いて暴れてる。
船に乗れば逃げられるだろうけど、あいつらは乗せたくないみたいだ。
『赤、ですか。それは見たことがありませんね。それに三体ですか。主人様が体を乗っ取らせてくれれば、妾が体を動かして船まで駆け抜けてあげますよ』
そんなことできるのか?
『ええ。ただし、船までたどり着けるのは主人様だけですし、魔動歩兵を倒すこともできません。他の二人は置いていくことになります』
却下。
コハクとシズクさんが船に乗って僕が取り残されるならまだしも逆は論外だ。
二人を背負うとかなんとかしてうまいこといけないのか?
『そう言われましてもね。主人様、竜源装を使ったことないでしょう? 妾ができるのはあくまで戦闘補助です。妾自身が身体強化をできる訳ではないのですよ。効率的に体を動かすことはできても、骨も筋肉も関節も、その全ては主人様のものです。竜源装の訓練もしていない方の身体強化などたかが知れていますし』
そう言われてしまうと何も言えない。この島の怠惰な守護官たちが腹の肉を震わせながら竜源装を発動して、ようやっとスナオについて行く姿を思い出す。一度も使ったことのない僕は多分あいつらよりも強化されないだろう。
『それでも選択肢の一つとして覚えておいてください。主人様一人で逃げることなら……』
僕は逃げないよ。絶対に、逃げない。
歯を食いしばる。コハクを背負う手に力が入る。
絶対に置き去りになんてするもんか。僕はもう、僕の無力で大事な人を失いたくない。
コハクもシズクさんも血なんてつながってない。ただの他人と言われればそれまでだ。
でも、僕にとっては家族なんだ。絶対守るって誓ったんだ。僕一人が逃げるくらいなら一緒に死んだ方がまだましなんだ。
二度と言わないでほしい。
『……承知しました、主人様。出過ぎたマネをしました。……ネイロ様のことを考えれば当然でしたね』
知って……るのは当然か。
幻聴も聞いてたのか?
『ええ、もちろん。主人様を責め続ける声を幾度となく聞いてきました。だからわかります。何があったのかもなんとなく。主人様が一人逃げるくらいなら一緒に死んだ方がましだというのもわかります。置き去りになんてできないのも。……ですがこれも覚えておいてほしいのです。主人様がいなくなれば、妾はきっと、もう二度と目覚めることができません』
百数十年の眠り。
それはつまり、百数十年もの間、誰もナキを発動できなかったことを意味する。
これから先もきっと……。
僕はわかっていると言おうとした。そんなことはわかってる、と。
でもそれは反射的に出た言葉でしかない。
僕はわかってない。何もわかっていない。
でも、それでもただひとつ確かなことがある。
僕はコハクを置いて逃げることなんてできない。
僕だけが助かるなんて絶対できない。
薄情だと罵ってくれていい。ナキを発動して余計な希望を持たせた僕を罵ってくれていい。
『そんなことしませんよ。それとも主人様には罵倒される趣味があるんですか? 妾は武器です。主人様の願いが最優先です。妾の願いなど妾にとっても二の次三の次ですよ。ただそれでも覚えておいてほしいというだけです』
いつもは主張が激しいのに。
『妾、末っ子ですから。でも妾自身の役目くらいわかっているつもりです』
ナキの声にある寂しさに僕が下唇を噛んでいると、シズクさんが僕の袖を強く引っぱった。
「ヒーロー君、さっきあーしはあの魔動歩兵と戦える人間なんていないって言ったけどねえ、あれ撤回するよ」
シズクさんの視線を追うと、今まさに魔動歩兵が倒されるところだった。
その女性守護官は飛び上がるように切り上げ、魔動歩兵の右腕を切り落とした。真っ赤な手が飛んでいく。
守護官の女性が着地する。銀の波打つ短い髪が日の光に揺れ、肩に触れる。腰に巻いた袴のような布が遅れて、思い出したように重力に従う。
「九の字なの」
コハクが僕の耳元で呟く。
腕を切り落とされた魔動歩兵はそこにあったはずの右腕を探すように首を巡らしていたが、奴が本当に見るべきはなくなった右腕ではなく残された左手、ないし両足だろう、みるみるうちに差し色みたいな赤が消えていき、全身真っ黒のただの魔動歩兵に戻る。当然、竜の血が体を脅かしはじめ、足の裏から煙を上げながら数歩歩いたが、足先が崩れ落ちるとそのまま倒れてしまった。
九の字は下敷きにならないように場所を空け、魔動歩兵が倒れこむやすぐに背中から胸を突き刺した。
陶器が割れるような音がここまで響く。
胸にある弱点を破壊された魔動歩兵は呻き声を上げるとドロドロと溶け出し、その場に黒い水たまりを残した。
英雄。
鎧の胸には九の文字。すっと伸ばした背は揺るぎなく、歓声を受け止めてなお微動だにしない。
「かっこいいの!」
コハクが言って、僕は当然のように嫉妬した。
「わかるわけがないでしょう、ヒーロー君。あんなの、異常だよ。あんなのあっちゃいけない。だってそうでしょう? 魔動歩兵は妖精の作った魔法で動く生物で、竜はその魔法を打ち消す。その前提があるから竜源装があって、守護官がいるんだよ? あんなことされたら、あーしたち人間に戦う術はないよ」
シズクさんの言葉を裏付けるかのように、魔動歩兵に斬りかかった守護官が投げ飛ばされるのが見える。魔動歩兵は左手に守護官から奪った竜源装を握っていたが、一瞬左腕を膨張させ、簡単にへし折ってしまう。
『主人様、妾にも状況を教えてください』
見ればわかると言おうとしたけれどナキには見えないんだったな。
両手足だけ赤い魔動歩兵が三体いて暴れてる。
船に乗れば逃げられるだろうけど、あいつらは乗せたくないみたいだ。
『赤、ですか。それは見たことがありませんね。それに三体ですか。主人様が体を乗っ取らせてくれれば、妾が体を動かして船まで駆け抜けてあげますよ』
そんなことできるのか?
『ええ。ただし、船までたどり着けるのは主人様だけですし、魔動歩兵を倒すこともできません。他の二人は置いていくことになります』
却下。
コハクとシズクさんが船に乗って僕が取り残されるならまだしも逆は論外だ。
二人を背負うとかなんとかしてうまいこといけないのか?
『そう言われましてもね。主人様、竜源装を使ったことないでしょう? 妾ができるのはあくまで戦闘補助です。妾自身が身体強化をできる訳ではないのですよ。効率的に体を動かすことはできても、骨も筋肉も関節も、その全ては主人様のものです。竜源装の訓練もしていない方の身体強化などたかが知れていますし』
そう言われてしまうと何も言えない。この島の怠惰な守護官たちが腹の肉を震わせながら竜源装を発動して、ようやっとスナオについて行く姿を思い出す。一度も使ったことのない僕は多分あいつらよりも強化されないだろう。
『それでも選択肢の一つとして覚えておいてください。主人様一人で逃げることなら……』
僕は逃げないよ。絶対に、逃げない。
歯を食いしばる。コハクを背負う手に力が入る。
絶対に置き去りになんてするもんか。僕はもう、僕の無力で大事な人を失いたくない。
コハクもシズクさんも血なんてつながってない。ただの他人と言われればそれまでだ。
でも、僕にとっては家族なんだ。絶対守るって誓ったんだ。僕一人が逃げるくらいなら一緒に死んだ方がまだましなんだ。
二度と言わないでほしい。
『……承知しました、主人様。出過ぎたマネをしました。……ネイロ様のことを考えれば当然でしたね』
知って……るのは当然か。
幻聴も聞いてたのか?
『ええ、もちろん。主人様を責め続ける声を幾度となく聞いてきました。だからわかります。何があったのかもなんとなく。主人様が一人逃げるくらいなら一緒に死んだ方がましだというのもわかります。置き去りになんてできないのも。……ですがこれも覚えておいてほしいのです。主人様がいなくなれば、妾はきっと、もう二度と目覚めることができません』
百数十年の眠り。
それはつまり、百数十年もの間、誰もナキを発動できなかったことを意味する。
これから先もきっと……。
僕はわかっていると言おうとした。そんなことはわかってる、と。
でもそれは反射的に出た言葉でしかない。
僕はわかってない。何もわかっていない。
でも、それでもただひとつ確かなことがある。
僕はコハクを置いて逃げることなんてできない。
僕だけが助かるなんて絶対できない。
薄情だと罵ってくれていい。ナキを発動して余計な希望を持たせた僕を罵ってくれていい。
『そんなことしませんよ。それとも主人様には罵倒される趣味があるんですか? 妾は武器です。主人様の願いが最優先です。妾の願いなど妾にとっても二の次三の次ですよ。ただそれでも覚えておいてほしいというだけです』
いつもは主張が激しいのに。
『妾、末っ子ですから。でも妾自身の役目くらいわかっているつもりです』
ナキの声にある寂しさに僕が下唇を噛んでいると、シズクさんが僕の袖を強く引っぱった。
「ヒーロー君、さっきあーしはあの魔動歩兵と戦える人間なんていないって言ったけどねえ、あれ撤回するよ」
シズクさんの視線を追うと、今まさに魔動歩兵が倒されるところだった。
その女性守護官は飛び上がるように切り上げ、魔動歩兵の右腕を切り落とした。真っ赤な手が飛んでいく。
守護官の女性が着地する。銀の波打つ短い髪が日の光に揺れ、肩に触れる。腰に巻いた袴のような布が遅れて、思い出したように重力に従う。
「九の字なの」
コハクが僕の耳元で呟く。
腕を切り落とされた魔動歩兵はそこにあったはずの右腕を探すように首を巡らしていたが、奴が本当に見るべきはなくなった右腕ではなく残された左手、ないし両足だろう、みるみるうちに差し色みたいな赤が消えていき、全身真っ黒のただの魔動歩兵に戻る。当然、竜の血が体を脅かしはじめ、足の裏から煙を上げながら数歩歩いたが、足先が崩れ落ちるとそのまま倒れてしまった。
九の字は下敷きにならないように場所を空け、魔動歩兵が倒れこむやすぐに背中から胸を突き刺した。
陶器が割れるような音がここまで響く。
胸にある弱点を破壊された魔動歩兵は呻き声を上げるとドロドロと溶け出し、その場に黒い水たまりを残した。
英雄。
鎧の胸には九の文字。すっと伸ばした背は揺るぎなく、歓声を受け止めてなお微動だにしない。
「かっこいいの!」
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