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第九話 九の字は颯爽と登場し、幻滅される
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九の字は汚れも怪我も全くなく、刀を振って黒いドロドロを飛ばすと、
「こいつら右手の中にちっちゃい竜源装もってるからそっち側の腕を切り落とすンだよ。右手って言うか、その竜源装自体が赤い部分の発生源になってるンだね、きっと。アタシはそう睨んでる。理屈とかぜんぜんわっかんないけどさ、でもさっきまで倒した五体も手の中光ってたし、切り落としたらただの魔動歩兵に戻ったよ。だからみんなも頑張って! 右手を切り落とすンだ!」
そう、周りの守護官に指示している。
「もう五体も倒したの!? 何でそんな無理するのかなっ! 船長の自覚あるのかなっ!?」
船に乗っていた時に橋に頭をぶつけていたお調子者っぽい女性守護官が九の字に文句を言っている。長い栗毛を二つに縛りお下げにしているけれど、今は頭にも布を巻いていて、多分、橋にぶつけたときにたんこぶができたんだと思う。九の字はあははと笑って、
「エスミちゃん、たんこぶできてンの? 思いっきりぶつかってたもンね、あっはは! おっかしいンだ」
「そんなこと今はいいのっ! まだ魔動歩兵がいるんだよっ! ぎゃあ、こっち来た!」
エスミちゃんと呼ばれたお下げのたんこぶが言うより速く、九の字は魔動歩兵に飛びかかってその刀を交える。魔動歩兵が腕を真っ赤な刃に変えて風を切り裂く音は鞭のように高く、実はその腕がしなっているんじゃないかと錯覚してしまう。というか速すぎてほとんど見えない。九の字はそれでも反応して、自分の刀先を魔法歩兵の刃に合わせ、滑らせるようにして相手の太刀筋を曲げる。振り下ろしていたはずの魔動歩兵の腕の刃はまるで自ら弧を描きたいかのように上方に振り上げられ、その隙に九の字は嬉々として懐に飛び込む。
「いっただきー!」
体の後方に伸びきった魔動歩兵の右腕を、赤い部分を避けるためだろう、ほとんど肩口から切り上げ、見事に両断した。その部分、成人男性の胴体と同じくらい太いんだけど。
体から右腕が離れた瞬間、先ほどと同じように赤い部分が消えていく。九の字は魔動歩兵が完全に黒く戻るより速く、胸を突き刺した。
ドロドロと崩れ落ちる魔動歩兵に背を向けて、九の字はニッと微笑み、
「大丈夫かな、エスミちゃん。アタシに惚れてもいいンだよ」
「かっこいいっ。じゃああとの一体も早く倒してねっ。よろしくっ。エスミちゃんは怪我している人たちを運ぶからっ」
「冷たい! 救ったのに、救い甲斐がない! でもいいもンね! 七体は倒したから、あとでなでなでしてもらうンだ!」
とかなんとか、芝居で見た、時に冷静で時に熱くかっこいい姿とはまるで違う九の字を見て、僕の背中にしがみついたコハクが衝撃を受けているのは言うまでもない。
「あんなの九の字じゃないの」
幻滅していらっしゃる。
「でも敵を倒したのはかっこよかったの。うーん。コハクはどうしたらいいの?」
そのまま幻滅していてほしい。
「コハっちゃん、ヒーロー君行くよ。今のうちに船に乗らないと」
シズクさんが僕たちの手を引く。すでにおびえながらも人が船に乗り込み始めていて、最後の魔動歩兵がたおされれば堰を切ったようにどっと押し寄せてくるだろう。
シズクさんに従ってコハクを背に、魔動歩兵を遠巻きに見ながら走る。船は九の字が乗ってきた物よりさらに大きく、避難用というシズクさんの言葉に嘘はないが、これにこの島の全員、どころかこの周辺の人口すら乗れるとは思えない。別の場所にもあるのだろうけれど……。
「昔はもっとあったんだよ、ヒーロー君。でもねえ、この島は安全だって言って、守護官やら領主やらが維持する経費を出し渋って、船の数がめっきり減っちゃったんだねえ。ま、彼らにしてみれば船なんか燃やして武器を作るために使った方が金になるとでも思ったんだろうねえ」
「じゃあ、これに乗れなかったら……」
「ほとんど絶望的だね。あーし、何度か船の数を調べたことがあるんだけどねえ、中央にはたくさんあるみたいだけど、外側には、うーん、あるっちゃあるけど、守護官の住んでる場所にばっかりあるんだよ。普通ならそれに島民を乗せるために島中を回るんだろうけど、多分もう守護官は私財を積んで逃げ出してるんじゃないかなあ」
そんなこと許されてたまるか。
「島の人たちを守るのが守護官の役目でしょ? スナオが言ってました。島が沈むまで島民を守り最後まで島に残るのが守護官のはずです。他の島に逃げても受け入れられない」
「むーん、まあそうなんだけどねえ、『重要人物が乗る船を護衛する』とかなんとか理由をつけるんじゃないかなあ。まあこれだけ混乱してるとそんなのどうでもよくなってるだろうけど」
ちょっとした坂を上って甲板と同じ高さまで来ると、船と陸つなぐ木の板が橋代わりにいくつか置かれ、逃げながらもなんとか荷物を背負った人々が次々にそれを踏み乗り込んでいく。
僕たちも乗り込もう。
そう一歩踏み出した直後、船が陸地から離れるように動くのが見えた。
水棲馬の鳴き声だろうか、キュルキュルと下の方からする音は何かにおびえているように聞こえる。船の前方から陸をわずかに離れ、甲板に立てかけられていた橋代わりの板が数枚だけずるずると引っ張られて川に落ちる。早くここから離れたいとでも言うかのように。
『主人様! 何か来ます! 何か異質なものが!」
ナキの声が聞こえた瞬間、僕は後ろから突き飛ばされてコハクごと地面に倒れこみしたたか膝をぶつけた。
コハクに何しやがる!
突き飛ばした奴に文句を言おうとしたが、僕の後ろから次々に人が駆けていき、誰が突き飛ばしたのかわからない。いや、それどころじゃない。大勢が跳ぶように船に乗り込んでいく。
「痛い痛い! 痛いよお!」
コハクが僕の背で人にもみくちゃにされているのを知って、怒りを抑えてコハクを守ろうとしたけれど、それより早く、シズクさんがコハクを抱き上げた。
「ヒーロー君も立って! アレはダメ!」
僕は立ち上がろうとしたがすぐにまた倒されてしまう。コハクを抱き上げたシズクさんは人混みに抵抗していたが当然のように流されていく。
「シズクさん! コハクと一緒に先に船に乗ってください! すぐに追います!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
コハクの声が遠ざかる。僕は必死になって地面に手をつき、ようやく立ち上がったが、
船は、すでに陸地から離れた場所まで進んでいた。
それでもなお後ろからやってくる人々に押され、数人が川の中に落ちていく。
僕は道の脇に押し出されて坂の下に居場所を確保した。
コハクは!?
シズクさんは!?
「お兄ちゃん!」
遠くから声が聞こえる。船を見るとシズクさんに抱かれたコハクがそこに乗っていて、遙か遠くで手を伸ばしている。
ああ、乗れたんだ。
これで一安心だ。
僕の安堵の溜息は悲鳴にかき消えた。
坂の上、船乗り場に殺到していた人々は今度は方々に駆け出している。
何から逃げている?
最後の魔動歩兵は九の字の手によって倒されたんじゃないのか?
僕の視界を遮っていた人垣が、現実を押しつけるように消えていき、そして、僕の目にもそれが映る。
はじめに赤。
いや、終わりも赤だ。
どこからか新しく現れたその魔動歩兵は、先ほどまでとは違う。
全身が赤い。
黒い場所などない。腕も足も、胸も頭も、
そしてその右腕には、
竜源弓が握られていた。
握られているだけじゃない。今までの一部が赤い魔動歩兵と違い、ぼうっと明るく光り輝き、発動している。
溝は一つ。
第一限《身体強化》。
ただでさえ強力な魔動歩兵の力が竜源弓によって強化されている。その上その真っ赤な身体には竜源装は通らない。
通らなかったのだろう。
九の字が血を流して、壁に体を預けて倒れていた。
「こいつら右手の中にちっちゃい竜源装もってるからそっち側の腕を切り落とすンだよ。右手って言うか、その竜源装自体が赤い部分の発生源になってるンだね、きっと。アタシはそう睨んでる。理屈とかぜんぜんわっかんないけどさ、でもさっきまで倒した五体も手の中光ってたし、切り落としたらただの魔動歩兵に戻ったよ。だからみんなも頑張って! 右手を切り落とすンだ!」
そう、周りの守護官に指示している。
「もう五体も倒したの!? 何でそんな無理するのかなっ! 船長の自覚あるのかなっ!?」
船に乗っていた時に橋に頭をぶつけていたお調子者っぽい女性守護官が九の字に文句を言っている。長い栗毛を二つに縛りお下げにしているけれど、今は頭にも布を巻いていて、多分、橋にぶつけたときにたんこぶができたんだと思う。九の字はあははと笑って、
「エスミちゃん、たんこぶできてンの? 思いっきりぶつかってたもンね、あっはは! おっかしいンだ」
「そんなこと今はいいのっ! まだ魔動歩兵がいるんだよっ! ぎゃあ、こっち来た!」
エスミちゃんと呼ばれたお下げのたんこぶが言うより速く、九の字は魔動歩兵に飛びかかってその刀を交える。魔動歩兵が腕を真っ赤な刃に変えて風を切り裂く音は鞭のように高く、実はその腕がしなっているんじゃないかと錯覚してしまう。というか速すぎてほとんど見えない。九の字はそれでも反応して、自分の刀先を魔法歩兵の刃に合わせ、滑らせるようにして相手の太刀筋を曲げる。振り下ろしていたはずの魔動歩兵の腕の刃はまるで自ら弧を描きたいかのように上方に振り上げられ、その隙に九の字は嬉々として懐に飛び込む。
「いっただきー!」
体の後方に伸びきった魔動歩兵の右腕を、赤い部分を避けるためだろう、ほとんど肩口から切り上げ、見事に両断した。その部分、成人男性の胴体と同じくらい太いんだけど。
体から右腕が離れた瞬間、先ほどと同じように赤い部分が消えていく。九の字は魔動歩兵が完全に黒く戻るより速く、胸を突き刺した。
ドロドロと崩れ落ちる魔動歩兵に背を向けて、九の字はニッと微笑み、
「大丈夫かな、エスミちゃん。アタシに惚れてもいいンだよ」
「かっこいいっ。じゃああとの一体も早く倒してねっ。よろしくっ。エスミちゃんは怪我している人たちを運ぶからっ」
「冷たい! 救ったのに、救い甲斐がない! でもいいもンね! 七体は倒したから、あとでなでなでしてもらうンだ!」
とかなんとか、芝居で見た、時に冷静で時に熱くかっこいい姿とはまるで違う九の字を見て、僕の背中にしがみついたコハクが衝撃を受けているのは言うまでもない。
「あんなの九の字じゃないの」
幻滅していらっしゃる。
「でも敵を倒したのはかっこよかったの。うーん。コハクはどうしたらいいの?」
そのまま幻滅していてほしい。
「コハっちゃん、ヒーロー君行くよ。今のうちに船に乗らないと」
シズクさんが僕たちの手を引く。すでにおびえながらも人が船に乗り込み始めていて、最後の魔動歩兵がたおされれば堰を切ったようにどっと押し寄せてくるだろう。
シズクさんに従ってコハクを背に、魔動歩兵を遠巻きに見ながら走る。船は九の字が乗ってきた物よりさらに大きく、避難用というシズクさんの言葉に嘘はないが、これにこの島の全員、どころかこの周辺の人口すら乗れるとは思えない。別の場所にもあるのだろうけれど……。
「昔はもっとあったんだよ、ヒーロー君。でもねえ、この島は安全だって言って、守護官やら領主やらが維持する経費を出し渋って、船の数がめっきり減っちゃったんだねえ。ま、彼らにしてみれば船なんか燃やして武器を作るために使った方が金になるとでも思ったんだろうねえ」
「じゃあ、これに乗れなかったら……」
「ほとんど絶望的だね。あーし、何度か船の数を調べたことがあるんだけどねえ、中央にはたくさんあるみたいだけど、外側には、うーん、あるっちゃあるけど、守護官の住んでる場所にばっかりあるんだよ。普通ならそれに島民を乗せるために島中を回るんだろうけど、多分もう守護官は私財を積んで逃げ出してるんじゃないかなあ」
そんなこと許されてたまるか。
「島の人たちを守るのが守護官の役目でしょ? スナオが言ってました。島が沈むまで島民を守り最後まで島に残るのが守護官のはずです。他の島に逃げても受け入れられない」
「むーん、まあそうなんだけどねえ、『重要人物が乗る船を護衛する』とかなんとか理由をつけるんじゃないかなあ。まあこれだけ混乱してるとそんなのどうでもよくなってるだろうけど」
ちょっとした坂を上って甲板と同じ高さまで来ると、船と陸つなぐ木の板が橋代わりにいくつか置かれ、逃げながらもなんとか荷物を背負った人々が次々にそれを踏み乗り込んでいく。
僕たちも乗り込もう。
そう一歩踏み出した直後、船が陸地から離れるように動くのが見えた。
水棲馬の鳴き声だろうか、キュルキュルと下の方からする音は何かにおびえているように聞こえる。船の前方から陸をわずかに離れ、甲板に立てかけられていた橋代わりの板が数枚だけずるずると引っ張られて川に落ちる。早くここから離れたいとでも言うかのように。
『主人様! 何か来ます! 何か異質なものが!」
ナキの声が聞こえた瞬間、僕は後ろから突き飛ばされてコハクごと地面に倒れこみしたたか膝をぶつけた。
コハクに何しやがる!
突き飛ばした奴に文句を言おうとしたが、僕の後ろから次々に人が駆けていき、誰が突き飛ばしたのかわからない。いや、それどころじゃない。大勢が跳ぶように船に乗り込んでいく。
「痛い痛い! 痛いよお!」
コハクが僕の背で人にもみくちゃにされているのを知って、怒りを抑えてコハクを守ろうとしたけれど、それより早く、シズクさんがコハクを抱き上げた。
「ヒーロー君も立って! アレはダメ!」
僕は立ち上がろうとしたがすぐにまた倒されてしまう。コハクを抱き上げたシズクさんは人混みに抵抗していたが当然のように流されていく。
「シズクさん! コハクと一緒に先に船に乗ってください! すぐに追います!」
「お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」
コハクの声が遠ざかる。僕は必死になって地面に手をつき、ようやく立ち上がったが、
船は、すでに陸地から離れた場所まで進んでいた。
それでもなお後ろからやってくる人々に押され、数人が川の中に落ちていく。
僕は道の脇に押し出されて坂の下に居場所を確保した。
コハクは!?
シズクさんは!?
「お兄ちゃん!」
遠くから声が聞こえる。船を見るとシズクさんに抱かれたコハクがそこに乗っていて、遙か遠くで手を伸ばしている。
ああ、乗れたんだ。
これで一安心だ。
僕の安堵の溜息は悲鳴にかき消えた。
坂の上、船乗り場に殺到していた人々は今度は方々に駆け出している。
何から逃げている?
最後の魔動歩兵は九の字の手によって倒されたんじゃないのか?
僕の視界を遮っていた人垣が、現実を押しつけるように消えていき、そして、僕の目にもそれが映る。
はじめに赤。
いや、終わりも赤だ。
どこからか新しく現れたその魔動歩兵は、先ほどまでとは違う。
全身が赤い。
黒い場所などない。腕も足も、胸も頭も、
そしてその右腕には、
竜源弓が握られていた。
握られているだけじゃない。今までの一部が赤い魔動歩兵と違い、ぼうっと明るく光り輝き、発動している。
溝は一つ。
第一限《身体強化》。
ただでさえ強力な魔動歩兵の力が竜源弓によって強化されている。その上その真っ赤な身体には竜源装は通らない。
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