竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

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第15話 いい、覚えときなさい! あたしが、主役なの!

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 話は現在に戻る。

『で、どうするんです、主人様?』

 ナキの幻覚が首を傾げる。

 妖精の華が原料だって言うならアレを討伐するしかないだろ。
 今近くにあって早急に対処しなくちゃいけないのがアレなんだから。
『違いますよ、妾が話しているのは、どうやって訓練しますかって話です。今までの話で竜力を増強しなければならないことはおわかりでしょう?』
 それは、まあ解ったけどさ。
 どうやって増強したらいい?
 体力と同じように走ってればつくのかな?
『それもいいですがあまり効率がよくありません。妾たちは早急に、少しでも多く竜力を増強しなければならない訳ですから。何度かぶっ倒れるまで実践するのが一番なんですけどね。でも魔動歩兵と戦っている間にぶっ倒れるのも困りますよね』
 うーんとナキは唸ると、
『近くにボコボコにしてもいい守護官はいないものでしょうか?』
 なんてことを言うんだ。
 ヨヒラ島が今どうなってるのか解ってんのか。
 魔動歩兵から逃げる避難民を助けるために一人でも多くの守護官が必要なんだぞ。
 みんな頑張ってるんだぞ!

 と言って、元々この島にいた怠慢守護官のほとんどが我先に逃げていったようだけれど。
 そいつらなら見つけ出してボコボコにしてもいいかもしれない。
 僕を蹴飛ばした奴もいるだろうし。

『でもそれでは今度は訓練になりませんよ。どうせみんなお腹ぶよぶよの運動不足でしょう? ちゃんとした守護官をボコボコにしませんと』
 そもそもボコボコにするってところから離れろよ。
 どうして禍根を残すような方法で訓練しようとするんだ。
『主人様も文句ばっかり言ってないで考えてください。このままだとぶっつけ本番、突撃してるうちにぶっ倒れて置いていかれますよ』
 それは困る。

 いい考えがすぐに思いつかず、うんうんと僕とナキが考えていると、





「あんたでしょ、昼に全身真っ赤な魔動歩兵倒して浮かれてるっているバカな男の子って。はん! あたしより主役みたいなことやっていい気になってるみたいだけどね、次はあたしが仕留めるんだからね! いい、覚えときなさい! あたしが、主役なの!」

 という、絶対無視した方が良い我の強さで叫ぶ少女が近づいてきた。

 大きな竜眼のつり目がぎゅらぎゅら僕を睨んでいるけれど、きっと黙っていれば美人だろう。
 整った顔立ちで年齢は僕と同じくらいか少し下。
 やけに色素の薄い黄金とも言える髪が頭の片方で結わえられて、大きな赤い布がそれを飾っている。背負っている弓は身長を優に超え、づかは彼女の手首と同じくらい太く、弓と言うより杖のように見える。

 いかつ。

 見ているとそれだけで文句を言われそうだったので目をそらしたけれど、甲板を蹴りつけるみたいに足を踏み鳴らす音で、嫌でも僕の後ろで立ち止まったのがわかる。

 きっと僕に用はない。
 絶対僕に用はない。

 そう思いながらもう一度チラリとみて、ぎょっとして、僕は後退った。

「ふふん! あたしを見て恐れをなすなんて、少しは見る目があるじゃない。このあふれ出る後光が、主役の威厳が、しっかりとその目には見えてるんでしょ!?」

 見えてねえよ。
 僕が見ていたのは痛いお馬鹿さんではなくて、その後ろについて歩く少女。
 あくびを一つして、興味が無さそうに僕を見る。

 ユラだった。

 くうう、治してもらった古傷が疼くぜ。
『完治してないならユラに治してもらうといいですよ。妾が言ってあげましょうか?』
 完治してたから疼かないぜ。
『どれだけ怯えてるんですか、主人様』
 ナキが呆れたように言う。
 怖いものは怖いんだよ。

『あたしが主役女』は鼻高々に腰に手を当てて愉悦に浸っていたけれど、しばらくして僕の視線に気づき、ぎっと眉間に皺を寄せた。

「あたしを見なさい! ユラばっかり見てんじゃない! 目ん玉くりぬくわよ!」

 猟奇的な主役だった。
 もしかしたら怪談の主役なのかもしれない。

 僕はユラに怯えつつも、痛い少女を見て、
「誰? ユラは昼に怪我を治して……治してもらったけど」
「あたしを知らないの!? 何で知らないの!? 主役のあたしをさあ!」

 言って、彼女はだんっと踏み抜くように足を開き仁王立ち、左手を腰に、右手を僕の鼻先に突き出して指さす。

「あたしの名前はネネカ。聞いたことがあるでしょ!」
「ねえよ」
「なんでよ!」

 逆に何で知ってると思ってんだこいつ。
 九の字ならまだしも、その船に乗ってる守護官の名前なんて全員覚えてねえよ。

 エスミもユラ様も今日初めて知ったのにさ。
『ユラに敬称が付いていますよ、主人様』
 エスミちゃんもユラ様も今日初めて知ったのにさ。
『エスミに敬称をつけろという意味ではないのですけど』

 僕がナキとふざけていると、ユラが口を開いて、

「…………普通の人が知ってるわけない。わたしたちにそんな知名度はない」
「なんで!? こんなに活躍してるのに!」
「…………ネネカ、今回の討伐数は?」
「討伐してない」
「…………じゃあ討伐補佐数は?」
「補佐してない」
「…………活躍って、なに?」
「たまたまだから! 今回はたまたまなの!」

 おお、こんなに我の強いお馬鹿さんが押されている。さすがユラ様。敵じゃなければこんなにも頼もしい。

『一度だって敵になったことはありませんけどね』
 いや、うん。ナキの言うとおりだけど。

「とにかく!」
 と言ってネネカは僕をまた指さして、
「あたしと手合わせしなさい! 試合よ、試合! あたしが主役だってことをわからせてやるんだから!」

 何言ってんだこいつ。

「今、守護官って避難民の捜索と救出で忙しいんじゃないの?」
「大丈夫! あたしは外されたから」

 何が大丈夫なのか。
 さては信用されてねえなお前。

「九の字も解ってるのよ。主役のあたしは真に輝く瞬間に登場するのがいいってことがね」

 それまでは用なしってことかな?
 そしてその輝く瞬間は一生来ないのかもしれない。
 かわいそうに。

「そんな目であたしを見るんじゃない! とにかく、あたしより主役みたいな行動をしてるあんたを、あたしは倒さなきゃいけないの! あたしが主役なんだから! さあ、勝負を受けなさい!」
「しないよ」

 僕は応えた。

 ボコボコにしてもいい――つまり、ボコボコにしても文句を言われない守護官をナキは探していたし、勝負勝負という彼女はある意味適任ではあったけれど、

 でもなあ、

 手合わせをするという案だけいただいて、僕はもっとさくっと手合わせできる人を探した方がいいと思うんだ。

「はん! 怖じ気づいたの!? じゃああたしが主役でいいってのね!? あんたは一生脇役だよ! それでいいの!?」
「いいよ、それで」
「よくないよ!!」

 ネネカは今度はぐいと顔を近づけてきて言った。
 何なんだよもう。

「このままじゃ、あたしの気が収まらないの! 主役は二人もいらないの!」
「…………主役が二人の話だってある」
「ユラはちょっと黙ってて!」

 ネネカの鼻が僕の鼻にひっつきそうになって、僕は後傾したのに、それでも彼女は僕にぐいと迫ってくる。
 これだけ顔が近づいても身体がぶつかることはない。

『おっぱいが華奢なんですね』
 ナキがいらんことを言う。
 なんだおっぱいが華奢って。

「試合をして! 怪我をしたらユラが治してくれるから、大丈夫!」

 なんも大丈夫じゃない。
 むしろ大丈夫じゃない。

 と、ネネカの身体がずるずると離れていく。
 どうやらユラが後ろから引っ張っているらしい。

「なに、邪魔しないでよ」
「…………邪魔はしない」

 今度はユラが僕の前に立ち、怯えが背筋を這い回る。

「…………あなた名前は?」
「ヒイロです」
「なんでユラの時だけ敬語なの!」

 ネネカがギャアギャア言おうとするのをユラは片手で制して、

「…………そう、ヒイロ。お願い。ネネカと手合わせしてあげて。ネネカ、今日の昼からずっとヒイロの話ばっかりしてる。多分恋してるんだと思う」
「してない! バカ! 絶対あたしの方が上だって話しかしてない!」
「…………今のは冗談。でももし今日、夜もこれが続くと、わたし……」

 そこであくびをして、

「…………わたし、寝不足になる。《超回復》で人を治すとき、きっと手元が狂う。ただでさえ痛い辛いで評判なのに、間違って、ヒイロの治さなくて良いところまで治しちゃうかもしれない。ヒイロ、この船に乗ってるってことはまた戦闘するんでしょ? 治すとき大変だよ」

 ぞっとした。
 もしも頭なんかを治された日には、どうなってしまうんだろう……。

『幼女に欲情しない健全な頭になるだけでは?』
 今だって欲情してないっての!

 ナキの言葉にツッコミを入れつつ、僕はユラに、
「いや、でも、僕が怪我をしなければ良いってだけの話で……」
「…………そんなの無理だってヒイロはわかってるはず。誰だって怪我をする」

 まあそうだろうな。

『特に主人様が竜源装を破壊するには、魔動歩兵にこれでもかと言うほど近づかなければなりませんからね』
 ナキは冷静に言って、
『主人様、妾は手合わせをしてもいいと思っていますよ』
 それはボコボコにできる守護官だからか?
『というより、主人様、他の守護官と手合わせなんてできるとお思いですか? 主人様自身がおっしゃった通り、忙しいんですよ他の守護官は』
 それは……そうだな。
『つまり、手早く訓練するのであれば、この暇人とするしかないわけです。任務を外されたあたり実力の程度は知れていますが、でも、ヨヒラ島の守護官よりはいいでしょう』
 ナキは暇人ことネネカをそう評価した。

 なんかネネカが勝つまで手合わせが終わらない無限の中に足を踏み入れてしまいそうな予感がする。

 でも、竜力節約のためにナキの力を一部しか使わなかった場合、僕がどれだけ戦えるのかまったく解らない状況ではあるし、早急にそれを知る必要があるのも事実だった。

 背に腹は代えられない。

「……手合わせはいつやるんだ」

 僕が言うとネネカがものすごく嬉しそうな顔をして、
「ふふん! しょうがないわね。特別よ、特別! 特別あたしが手合わせしてあげる!」

 言って両手を腰に当ててふんぞり返る。

「覚悟しなさい、ヒイロ! 主役はあたしだってことを見せつけてやるんだから!」
「いつやるんだって聞いてんだ、答えろ!」


 マジで自分のことしか考えてないよ、この子。

 手合わせすると言ったのが失敗だったんじゃないかとすでに思い始めていた。

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