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第24話 そんなわけないでしょ、ヒーロー君
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僕はコハクをずっと見てきたはずだった。コハクのことなら何でも知っていると思っていた。
何が好きで、何が喜びなのか、
何が嫌いで、何が不満なのか、
僕は自信を持って答えることができると信じていた。
でも、結局それは信じていたかっただけという話。
僕はコハクについて、知らないことが多すぎる。
コハクの気持ちすら、僕は……。
「コハク……」
僕の膝の上で、コハクはぐっと身体を前に倒して、なにかを苦しくも吐き出すように、叫んだ。
「なんで置いてくの!? どうして突然戦えるようになっちゃったの!? 今日も嫌だったの!! 明日はもっと嫌なの!! だからお兄ちゃんはずっとコハクのそばにいるの! ずっとここにいてほしいの!」
バシッバシッと僕の腕を叩く。
「ずっと船の上で良いの。目だってそのままでいいの。魔法だって使わないの。押さえ込んでみせるの。だから……だから――――」
そして、我慢できなくなったように振り返り、コハクは僕の胸に顔を埋める。
「行っちゃやだああ! お兄ちゃあああん!」
愚かな僕はそこでようやく気づいた。
コハクにどれだけ我慢を強いるのか、強いてきたのか。
妖精の華を討伐に行くことがコハクの幸せだと思っていたし、多分それは正しいんだと思う。
けれどだからといって、コハクが不安を感じていないかって言うとそんなことはない。
むしろ不安に押しつぶされそうだったんだろう。
本当に薬で目が隠せるのか、今にも魔法が暴発するんじゃないか、そして、僕が本当に妖精の華を討伐して、死なずに帰ってくるのか。
そんなコハクの不安を、苦しみを放っておいて、僕は討伐に向かおうとしていた。妖精の華さえ討伐すればそれでいいんだと考えて。
だって甘やかされるのを嫌って、強くなりたいと願うコハクは、僕に冷たくして簡単に送り出してくれると思っていたから。
でも、そうか。
そうなのか。
完全に勘違いしていたんだと気づいた僕は内心、かなり驚いていた。驚愕と言っていい。
コハクを抱きしめて、頭を撫でてやる。
服がコハクの涙で濡れるのを感じる。
「僕ばっかりが、コハクのことを想ってるんだと思ってました。僕ばかりが大切で、コハクは僕をそう思っていなくて、ただ僕から離れていきたいんだとばかり……」
「そんなわけないでしょ、ヒーロー君」
ほんの少しだけ呆れたようにシズクさんは言った。
「毎日ヒーロー君の仕事帰りを待ちわびて広場で待ってるのをヒーロー君は知らないもんねえ。どうして九の字に憧れて、守護官になりたがってたのか、ヒーロー君は知らないもんねえ」
「え? そんなの、九の字がかっこよかったからでしょう? 芝居を見て九の字に憧れていたからでしょう?」
シズクさんは苦笑して息を吐く。
「違うよお。鍛冶場に入ってヒーロー君のそばで働けるからだよお。いざという時に守れるからだよお。スナオ君がやってるのを知ったからそうなろうと思ったんだろうねえ」
そんな……。
「そうだったの? ただ九の字に憧れてたからじゃないの? だから僕に冷たくして、僕が甘やかさないようにしてたんじゃないの?」
「甘やかさないようにするってのもあるけどね、基本は照れ隠しだよ。コハっちゃんは素直じゃないからねえ。本当の想いを伝えるのが恥ずかしいんだよね。コハっちゃんは誰よりも、ヒーロー君に憧れてたんだよ。そばにいて恩返しがしたかったんだよお」
シズクさんはふっと息を吐いて、
「ヒーロー君はさ、コハっちゃんにとって、自分を守ってくれる、一番の英雄だから」
知らなかった。
そんなこと一度だって考えたことがなかった。
視界が歪む。
「コハク。コハク……」
コハクのことをさらにぎゅっとだきしめる。
こんなにも愛されているなんて思いもしなかった。
だって僕は精一杯やってもできないことが多くて、きっともっとコハクは自由になりたいだろうと思っていたから。
十五歳の僕ではたくさんのことが物足りないだろうと思っていたから。
住んでいる場所も貧相で、食べるものも豪華とは言えなくて、着ている服もそれほどよくない。そんな毎日だったから。
それなのに、コハクは僕を愛してくれている。
こんなにも…………。
それが今になってようやくわかった。
僕は馬鹿で、何も気づいてやれなかったけど、ようやく……。
大切なものを抱きしめる。
大切な人を抱きしめる。
絶対に守る。
どんなことがあっても、守る。
そう決めたんだ。
だから、ナキ。
『はい』
二人にナキのことを話そうと思う。
安心させてあげたいから。
僕は、ナキを、信頼しているから。
『えへへ。嬉しいです。……わかりました。話してください』
僕はコハクとシズクさんに全てを話した。
ナキと出会い、発動して戦えるようになったこと、僕が竜源装を破壊する手助けをしてくれること、それらを含めた全部を。
「必ず戻ってくる。ナキだけじゃない。九の字もそれに何人もの守護官が一緒だから。僕が危険になっても助けてくれる」
僕はそう締めくくった。
シズクさんは僕の話を聞いて妙に納得した表情をしていたけれど、コハクはまだ泣いていて、僕の胸に顔を押しつけていた。
「コハクは……コハクは悔しいの。九の字みたいになりたかったの。強くなりたかったの。お兄ちゃんを守れるくらい強くなりたかったの!」
「コハク……」
「間に合わなかったの……。でも、すぐに、すぐに追いつくの。コハクがきっといつか、お兄ちゃんを守るの。だから!」
コハクは顔を僕の胸から離し、ナキの本体、僕の腰に括られた刀に手を触れる。
「お兄ちゃんを守ってほしいの。コハクの代わりに守ってほしいの。お願いなの」
ナキの声など聞こえないのに、まるでそこに人がいるかのように、願う。
『はい! ちゃんとお守りしますよ!』
言ってナキは微笑んだ。
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
何が好きで、何が喜びなのか、
何が嫌いで、何が不満なのか、
僕は自信を持って答えることができると信じていた。
でも、結局それは信じていたかっただけという話。
僕はコハクについて、知らないことが多すぎる。
コハクの気持ちすら、僕は……。
「コハク……」
僕の膝の上で、コハクはぐっと身体を前に倒して、なにかを苦しくも吐き出すように、叫んだ。
「なんで置いてくの!? どうして突然戦えるようになっちゃったの!? 今日も嫌だったの!! 明日はもっと嫌なの!! だからお兄ちゃんはずっとコハクのそばにいるの! ずっとここにいてほしいの!」
バシッバシッと僕の腕を叩く。
「ずっと船の上で良いの。目だってそのままでいいの。魔法だって使わないの。押さえ込んでみせるの。だから……だから――――」
そして、我慢できなくなったように振り返り、コハクは僕の胸に顔を埋める。
「行っちゃやだああ! お兄ちゃあああん!」
愚かな僕はそこでようやく気づいた。
コハクにどれだけ我慢を強いるのか、強いてきたのか。
妖精の華を討伐に行くことがコハクの幸せだと思っていたし、多分それは正しいんだと思う。
けれどだからといって、コハクが不安を感じていないかって言うとそんなことはない。
むしろ不安に押しつぶされそうだったんだろう。
本当に薬で目が隠せるのか、今にも魔法が暴発するんじゃないか、そして、僕が本当に妖精の華を討伐して、死なずに帰ってくるのか。
そんなコハクの不安を、苦しみを放っておいて、僕は討伐に向かおうとしていた。妖精の華さえ討伐すればそれでいいんだと考えて。
だって甘やかされるのを嫌って、強くなりたいと願うコハクは、僕に冷たくして簡単に送り出してくれると思っていたから。
でも、そうか。
そうなのか。
完全に勘違いしていたんだと気づいた僕は内心、かなり驚いていた。驚愕と言っていい。
コハクを抱きしめて、頭を撫でてやる。
服がコハクの涙で濡れるのを感じる。
「僕ばっかりが、コハクのことを想ってるんだと思ってました。僕ばかりが大切で、コハクは僕をそう思っていなくて、ただ僕から離れていきたいんだとばかり……」
「そんなわけないでしょ、ヒーロー君」
ほんの少しだけ呆れたようにシズクさんは言った。
「毎日ヒーロー君の仕事帰りを待ちわびて広場で待ってるのをヒーロー君は知らないもんねえ。どうして九の字に憧れて、守護官になりたがってたのか、ヒーロー君は知らないもんねえ」
「え? そんなの、九の字がかっこよかったからでしょう? 芝居を見て九の字に憧れていたからでしょう?」
シズクさんは苦笑して息を吐く。
「違うよお。鍛冶場に入ってヒーロー君のそばで働けるからだよお。いざという時に守れるからだよお。スナオ君がやってるのを知ったからそうなろうと思ったんだろうねえ」
そんな……。
「そうだったの? ただ九の字に憧れてたからじゃないの? だから僕に冷たくして、僕が甘やかさないようにしてたんじゃないの?」
「甘やかさないようにするってのもあるけどね、基本は照れ隠しだよ。コハっちゃんは素直じゃないからねえ。本当の想いを伝えるのが恥ずかしいんだよね。コハっちゃんは誰よりも、ヒーロー君に憧れてたんだよ。そばにいて恩返しがしたかったんだよお」
シズクさんはふっと息を吐いて、
「ヒーロー君はさ、コハっちゃんにとって、自分を守ってくれる、一番の英雄だから」
知らなかった。
そんなこと一度だって考えたことがなかった。
視界が歪む。
「コハク。コハク……」
コハクのことをさらにぎゅっとだきしめる。
こんなにも愛されているなんて思いもしなかった。
だって僕は精一杯やってもできないことが多くて、きっともっとコハクは自由になりたいだろうと思っていたから。
十五歳の僕ではたくさんのことが物足りないだろうと思っていたから。
住んでいる場所も貧相で、食べるものも豪華とは言えなくて、着ている服もそれほどよくない。そんな毎日だったから。
それなのに、コハクは僕を愛してくれている。
こんなにも…………。
それが今になってようやくわかった。
僕は馬鹿で、何も気づいてやれなかったけど、ようやく……。
大切なものを抱きしめる。
大切な人を抱きしめる。
絶対に守る。
どんなことがあっても、守る。
そう決めたんだ。
だから、ナキ。
『はい』
二人にナキのことを話そうと思う。
安心させてあげたいから。
僕は、ナキを、信頼しているから。
『えへへ。嬉しいです。……わかりました。話してください』
僕はコハクとシズクさんに全てを話した。
ナキと出会い、発動して戦えるようになったこと、僕が竜源装を破壊する手助けをしてくれること、それらを含めた全部を。
「必ず戻ってくる。ナキだけじゃない。九の字もそれに何人もの守護官が一緒だから。僕が危険になっても助けてくれる」
僕はそう締めくくった。
シズクさんは僕の話を聞いて妙に納得した表情をしていたけれど、コハクはまだ泣いていて、僕の胸に顔を押しつけていた。
「コハクは……コハクは悔しいの。九の字みたいになりたかったの。強くなりたかったの。お兄ちゃんを守れるくらい強くなりたかったの!」
「コハク……」
「間に合わなかったの……。でも、すぐに、すぐに追いつくの。コハクがきっといつか、お兄ちゃんを守るの。だから!」
コハクは顔を僕の胸から離し、ナキの本体、僕の腰に括られた刀に手を触れる。
「お兄ちゃんを守ってほしいの。コハクの代わりに守ってほしいの。お願いなの」
ナキの声など聞こえないのに、まるでそこに人がいるかのように、願う。
『はい! ちゃんとお守りしますよ!』
言ってナキは微笑んだ。
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
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