竜源刀・七切姫の覚醒

嵐山紙切

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第26話 妖精の華について、ヒイロ君はどのくらい知ってるのかな?

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 つれてこられたのは例によって九の字の部屋。

 今度は二人きり。

「エスミちゃんに知られたら『連れ込んで何してたのっ』とか嫉妬されちゃうかもね」
「……しないと思います」
「なんだよもう、ヒイロ君まで冷たいなあ」

 九の字は冗談めかしてそんなことを言う。

「さて時間もないから話さないとね。今回はたくさんヒイロ君の力を借りそうだからさ。事前に色々話しておきたいンだよ。特に、妖精の華について。アタシとコハクちゃんに必要な魔眼の薬の素材について」

 二人きりで隠す必要もなく、九の字ははっきりと言った。

「それで、妖精の華について、ヒイロ君はどのくらい知ってるのかな?」
「魔動歩兵を生み出すってことくらいしか知らないです」

 僕が答えると、九の字は頷いた。

「うん。訓練生じゃなければそのくらいの認識が普通だと思う。じゃあ、説明しよう。妖精の華は種になる一体の魔動歩兵が変化して作り出されるものでね、太陽光と水で育つンだ。そこは植物と変わらないけど、建物みたいに大きくてね。綺麗な黒い華を咲かせて次々に魔動歩兵を生み出すようになる。それも際限なく。ってのはってのとほとんど同じ意味なンだよ」

 もとは一体の魔動歩兵というのは知らなかったな。

「と言うことは本当に、あの真っ赤な魔動歩兵と同じように竜源装を破壊しなければ、討伐は困難ってことですか?」
「そう。ただ問題は、もうすでに何体か魔動歩兵を生み出していて、その全てが全身真っ赤で、妖精の華の近くから一切動かず守っているってことなんだよね。今は四体、かな。向かう頃にはもっと増えてるだろうけど」

 四体?

 全ての魔動歩兵を討伐するには竜力が足りない。ただでさえ一体倒すのに精一杯だったのに。

 僕が眉間にシワを寄せて考え込んでいると、九の字は僕が不安がっているとでも思ったのか、

「大丈夫。そのためのヒイロ班だし、そのためにアタシたちが付いていくンだよ。ヒイロ班はヒイロ君を華のそばまで連れて行く。何が何でもね。君たちは魔動歩兵たちを避けて、無視して、とにかく突き進むンだ。それに特化した人員を集めたつもりだよ。で、アタシたちは魔動歩兵たちがヒイロ君の方に行かないように足止めするってわけ」
「竜源装が通らないのに……」
「ま、最初に戦ったときは醜態さらしちゃったけどね、今回は色々対策を練ってるンだ。幸い、足止めに特化した第四限の能力を持ってる船員がいるからね。それで止めるよ」

 僕は九の字が大けがをしたら、次こそ魔眼をさらしてしまうのではないかと恐れた。

 九の字はこんな修羅場いくつも乗り越えてきているだろうとは思うけれど、一部の船員にしか伝えていないその事実は明らかにという足かせになっている。

 薬がない今は、より一層。

「九の字は全力を出せないんですよね。薬がない今大けがができない。赤い魔動歩兵を足止めして討伐するのは厳しいんじゃ」
「実を言うとね、ヒイロ君が妖精の華を討伐すれば、アタシたちは魔動歩兵を討伐しなくていいンだよ。それも伝えておかなきゃならないことだったけど、うーん、変に重圧になっちゃうからねえ」
「どういうことです?」
「つまりね。妖精の華を討伐した瞬間、そこから生まれた魔動歩兵たちはしまうンだよ。大昔風に言うなら大将首を取れば、戦に勝利するって感じかな。ただ倒れるのはその華から生まれた魔動歩兵に限るから、今ヨヒラ島を跋扈してる一部身体の黒い魔動歩兵たち全部が消える訳じゃないンだけどね」

 つまりは、裏を返せば、足止めしている間に討伐ができなければ、九の字は全力で戦う必要がでてくる訳か。

「ほらぁ、重圧でしょ? 大丈夫だよ、ヒイロ君。もしもヒイロ君が失敗してもさ、アタシたちがなんとかするから」
「なんとかって……」
「いままで無理なことをずっとやってきたからね。今回も何度もぶち当たって、最後に勝てばそれでいいンだ。九の船はそういう守護官で成り立っているからね。他の船よりもずっと強固だよ。アタシの無理についてこさせてしまってる負い目はあるけどね」
「負い目、ですか?」

 九の字は苦笑する。

「ヒイロ君。同じく魔眼の薬を必要とする君になら話せるけど、アタシはその薬のために九の字なんてやってるンだよ。島を救う為に第一戦で戦ってるンじゃなくて、妖精の華から材料を得るために戦ってる。結果的に沈んだ島を救っていて、だから皆がついてきてくれるってだけだ。つまり、アタシは英雄じゃないンだよ。高い志なんて皆無だ」

 生きるため、
 隠すため、
 そのために九の字は戦っている。

 英雄なんて言う絵画みたいに偽物の存在じゃなくて、暖かな血肉がそこにある。

 九の字は苦笑して、

「失望したかな?」
「いえ。『アタシは英雄だ』と言われるより、人間的で、ずっといいです。それに島を救ってることには変わりない」
「あっはは。ヒイロ君は現実的だね。英雄という影をみて勝手に期待して勝手に失望する人たちとは大違いだよ」
「理想じゃ、コハクは守れないので」

 僕が言うと、一瞬九の字は驚いたように固まってそれから笑った。

「違いない。『理想で他人は守れない。守れるのは自分の心だけ』」

 どこかで聞いたことのある台詞だった。芝居でだろうか。

「とにかく、アタシのために無理をさせている負い目があるから、だからアタシは全力で船の皆を守ってるつもりだよ。それは、新しく船に乗ってきたヒイロ君もだ」

 それが九の字の守る理由だった。

 理想じゃないから、
 現実的に突きつけられているから、
 だから九の字は必死で船員を守れる。

 守護官たちを守れる。

「だから、なんとかする。ヒイロ君が失敗しても妖精の華の外皮を無理矢理こじ開けて、核を破壊するとかさ」

 でもそれはやっぱり最終手段だと思う。

 それに、僕は、

「失敗してもいいと思ってやる気はありません。だれかにコハクを守らせるつもりもありません。コハクを守るのは、僕です」

 それが、僕が背負ったものだから。

 九の字はまたぽかんとして、それからくつくつと笑い出した。

「君は……強情だね。てっきりヒイロ君は今日の討伐に、恐怖で足がすくんだり、不安に思っていたりすると思って言ったンだけどね」
「僕が怖いのは、コハクを失うことだけです。それに比べたら、魔動歩兵に立ち向かうことなんて怖くありません」

 自分で言っていて気づいた。

 真っ赤な魔動歩兵に立ち向かったとき初陣だったにも関わらず、恐怖なんてほとんどなかったのは、ただ、それ以上の恐怖があったからなんだ。

 僕はそのために戦っている。
 コハクのために、戦っている。

 九の字は徐々に口を開けて大きく笑いだした。

「まったく、ははは、アタシの班決めは間違ってなかったかもしれないね。君は、ネネカちゃんとかユラちゃんとか、それから、スナオ君と同じように、強情で我が強くて、そして、人より何倍も何かを守ろうとする人なンだね」

 あいつらと一緒にされたくないという気持ちの反面、最後の言葉が引っかかった。

「あいつらの守りたいものって何です?」
「それは本人たちから聞きなよ。ま、話してくれれば、だけどさ。ちなみにさ、あの三人はここらの守護官の中では有名なンだよね。だから、スナオ君が九の船に乗っていなかったにも関わらずアタシは彼の名前を知ってた」
「それは強情で有名ってことですか」
「あはは、違うよ。正確にはさ、あの三人ってより、守護官養成所のあの子たちの代、つまり第二一六期生が有名なンだよね。ま、これ以上は本人たちから聞くンだね」

 なんとも中途半端なことをする。討伐に差し障ったらどうするんだ、と思ったけど、それ以上に、ネネカが勝負勝負と言って独断専行する方が問題になりそうだった。

 あいつに本当に守りたいものなんてあるんだろうか。

 主役の座、とか?

「ま、話を聞いて安心したよ、ヒイロ君。ヒイロ班の皆にはさ、とにかくヒイロ君を守りつつ全力で妖精の華に突っ込めとだけ言っておいてよ。魔動歩兵が出ようと、ユンデとアギト、それから他の使い魔が出ようとお構いなく突き進めってさ」

 あの二人の使い魔も忘れちゃいけないか。
 ほかに考えることは……まあ山積みだけど。

『主人様主人様』

 と、今までずっと黙っていたナキが突然言った。

 なんだ他に気をつけなきゃいけないことでもあるのか。

『いいえ、そうじゃありません。妾も飴玉ほしいんですけど! 甘いって感覚を知りたいんですけど!!』

 お前さ……ちょっとは空気読めよ!

『でもでも、ネネカたちばっかりずるい! 妾も飴玉ほしいです!』

 身体に取り憑かないと味覚はまだ手に入らないんだろ?
 視覚と聴覚だけだったはずだ。
 もらって僕が舐めても意味ないよ。

『だから、戦闘開始する時に飴玉を口に入れてください。舐めながら戦うんで』

 お前は本当に緊張感ないな!
 どこに飴玉舐めながら戦う守護官がいるんだ!

『存外いると思いますけどね。いなければ主人様が初めてになれますよ。嬉しいですか?』

 バカみたいだと思う。

「ヒイロ君。黙っちゃったけど、いいかな、伝えてもらって」
「あ、はい。わかりました。あの、それと……」

 ナキがギャアギャアうるさいので、僕は仕方なく九の字から飴玉をもらって包み紙のまま懐に入れた。

 九の字は「どうして今飴玉なのかな?」とちょっと呆れていた。

 僕もそう思う。

 ともあれ、僕たちは、討伐へと向かう。

――――――――――――――

次回は明日12:00頃更新です。
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