君が幸せになりたくなくても

あんど もあ

文字の大きさ
3 / 4

しおりを挟む
 その夜、ボルドー家に僕と父が訪れた。
 大切な令嬢をお預かりしたのに、僕の不注意で令嬢に怪我をさせるという失態のお詫びだ。

 案内された応接室に現れたクリスティナは、右腕の骨にヒビが入ったため腕に添え木が包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「見た目が大げさなだけです。動かさなければすぐに治るんですって」
と、本人は言ってくれたが、僕と父は深く頭を下げた。

「治療費と見舞金をお支払いしたい」
と言う父に、ボルドー夫妻は
「いやいや、この子がノロいからです」
「まったく、鈍くさくてお恥ずかしいわ」
「どうかこんなキズモノでも婚約破棄などなさらないでください」
と、相変わらずだ。ルパートの目つきが怖くなっていく。

「あの……、お金を頂けるのなら、そのお金で修道院に入ってもいいですか?」
 クリスティナがとんでもない事を言い出した。
「姉の冥福を祈りたいんです。でも修道院に入るための寄付金が用意できなくて」
 姉? 僕を置いて修道院?

 頭の中がぐるぐるしてる僕をよそに、ボルドー夫妻は「何を勝手な事を!」「お前はそういう自分勝手な所が」「そもそもお前は」とクリスティナを罵りだした。
 それを見ていると、色々な事が一つに繋がった。

「もしかして、あの時死ぬつもりだったの?」

 キャンキャンと騒いでいたボルドー夫妻が黙った。
「……死にたかったわけじゃ無いんですけど、今蹴られたら死ねるチャンスかなぁ、っては思ってました」
 でも、反射的に手で庇ってしまうものなんですね、と笑うクリスティナをボルドー夫妻は信じられないように見つめている。

「私は、罪深いから」

「…………カフェで自分の嫌いな物を注文していたのはそのせい? いや、自分の好きな本を読まないで勉強しているのも、いつも人のために面倒な事を引き受けたり、僕を庇うために馬の前に出たり。クリスティナは、自分の罪をあがなうために自分が幸せにならないようにしているんじゃない?」

「贖うというのでしょうか……。私に楽しむ資格は無いんです。私は、幸せを甘受してはいけないんです」
 誰だクリスティナにそんなことを言ったのは。いや分かってるけど。
 
「それは、亡くなったお姉さんと関係あるのかな?」
「はい、姉は私のせいで亡くなったんです」
 父の質問に、クリスティナが重い答えをさらっと返した。

「自分のせい、とはどういう事かな?」
「私には二歳上の姉がいたんです。アンジュと言って、可愛くて優しくて、両親の自慢の娘でした」
 ふうん、下の娘の前で上の娘を「自慢の娘」って言ってたんだね。
「私が六歳の時、私と姉が川で遊んでいたら姉がスポッと川の中に沈んで……浮かんできた時は既に遠くを流れていて、どうやっても私には追いつけなくて……。それで姉は亡くなったんです」
「それが君のせいにはならないだろう。お姉さんは運悪く深みにはまったせいで溺れたんだ。……しかし、子供だけで川遊びだなんて。近くに護衛や侍女はいなかったのかい?」
「日陰にいました」
 驚いた表情のボルドー夫妻。

「ますます君のせいではないと思うよ」
「はい……あれから十年近く経ち、私も多少成長して自分が悪かったとは思えなくなったのですが、あの日を思い出すと無理なんです。変わり果てた姿で戻ってきた姉と、鬼のような形相で『お前のせいでアンジュが死んだんだ!』『アンジュの代わりにお前が死ねば良かった!』と私に言う両親の血走った目が忘れられなくて……」    

 全員の冷たい視線がボルドー夫妻に注がれる。
「い、いや知らなかったんだ! 侍女たちは『やめろと言ってたのにクリスティナがアンジュにふざけたせいでアンジュが溺れた』と言ってたから……!」
「ちゃんと言ったでしょう!!」
 突然ルパートの怒鳴り声が響いた。
「ちゃんと言いましたよ! 僕たちは木の下の敷物の上に座ってたって! あなたたちは自分に都合のいい話の方を信じたんだ!」
 
 ルパートは両手で頭を抱え込んだ。
「クリスティナにだけ厳しすぎると思ってたんだ。誕生日にパーティーもプレゼントも無いし、ドレスはいつも流行遅れの古着で。それを言ったら、『自分たちも辛いが、クリスティナがどこに嫁いでもやっていけるように贅沢を我慢させてる』なんて答えたのを信じた自分が馬鹿だった……!」
「お兄様も子供だったんですから仕方ないですよ」
 ルパートのもとに来たクリスティナが、ルパートの背に覆い被さるようにして言う。
「それに、お兄様だけは私にバースディプレゼントをくださったわ。あれで、もう少しだけ生きるのを許された気がしてました」
「私は、お前が嫌がってないからと考えるのをやめてただけだ。よく考えれば、あんな事を言った両親がお前の婚約者を探してないのを不審に思うべきだった。もし、フォーン伯爵家から申し込みが無かったら、お前はどんな男に嫁がされたか……」
 それに気付いたから、ルパートは婚約の時にあんなに嬉しそうだったんだな。

「そ、そうだ! おかげでフォーン伯爵令息に見初められたんだ。いい結婚相手が見つかっただろう?」
「え? 結婚するのが幸せだと思ってるのですか? この状態なのに?」
 驚くクリスティナに、絶句するボルドー夫妻。
 えっと……僕との婚約は罰ゲームと思って受け入れてたって事でしょうか。……へコんでいいかな。

 それでも、言うべき事は言わないと。


「クリスティナは、修道院に行くべきです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

お姫様は死に、魔女様は目覚めた

悠十
恋愛
 とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。  しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。  そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして…… 「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」  姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。 「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」  魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

あの素晴らしい愛をもう一度

仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは 33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。 家同士のつながりで婚約した2人だが 婚約期間にはお互いに惹かれあい 好きだ!  私も大好き〜! 僕はもっと大好きだ! 私だって〜! と人前でいちゃつく姿は有名であった そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった はず・・・ このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。 あしからず!

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。 始めは夜会での振る舞いからだった。 それがさらに明らかになっていく。 機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。 おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。 そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

離婚するはずの旦那様を、なぜか看病しています

鍛高譚
恋愛
「結婚とは、貴族の義務。そこに愛など不要――」 そう割り切っていた公爵令嬢アルタイは、王命により辺境伯ベガと契約結婚することに。 お互い深入りしない仮面夫婦として過ごすはずが、ある日ベガが戦地へ赴くことになり、彼はアルタイにこう告げる。 「俺は生きて帰れる自信がない。……だから、お前を自由にしてやりたい」 あっさりと“離婚”を申し出る彼に、アルタイは皮肉めいた笑みを浮かべる。 「では、戦争が終わり、貴方が帰るまで離婚は待ちましょう。   戦地で女でも作ってきてください。そうすれば、心置きなく別れられます」 ――しかし、戦争は長引き、何年も経ったのちにようやく帰還したベガは、深い傷を負っていた。 彼を看病しながら、アルタイは自分の心が変化していることに気づく。 「早く元気になってもらわないと、離婚できませんね?」 「……本当に、離婚したいのか?」 最初は“義務”だったはずの結婚。しかし、夫婦として過ごすうちに、仮面は次第に剥がれていく。 やがて、二人の離婚を巡る噂が王宮を騒がせる中、ベガは決意を固める――。

処理中です...