婚約破棄をしておけば

あんど もあ

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後編

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 その日は、某国と経済同盟を結ぶため王城の会議室には某国の大使たちとこの国の重鎮が集まっていた。
 緊張感の漂う中、アントワーヌが自分の作った草案を読み上げる声が会議室に響く。
「これをミレーゼ市より年100キロを輸入するものとし」
「殿下、『ミレーユ市』です」
 鋭い訂正の言葉がレアリゼから放たれる。

「っつ! どうでもいいだろう!」
 全然どうでもよくない。アントワーヌは『自分が書いた』と言っている草案を読んですらいないと言っているようなものだ。
 某国の大使たちは自国が軽んじられたと怒りを感じている。

「重要な事ですので正確にお願いします」
「うるさい!」
 他国の大使の前で恥をかかせられたアントワーヌは、いつもの言葉を繰り出す。
「お前など離縁だ!」

 皆、『殿下、場所をわきまえて……』といつものようにレアリゼが返すと思ったが、レアリゼは立ち上がり
「謹んで承ります」
と、ゆっくり答えた。

 あっけに取られた皆の注目する中、
「それでは失礼いたします」
と会議室を出ようと歩き出したレアリゼを、国王が慌てて引き留めようとするが、
「陛下、私は12歳でアントワーヌ様と婚約して以来、事あるごとに『婚約破棄だ』と言われてまいりました。結婚しても『離縁だ』を言われ続けております。本日でとうとう100回目。もう、アントワーヌ様のお幸せのために離縁してさしあげるべきかと受け入れる事にいたしました」
と、アントワーヌのためだと言われては返す言葉もない。
 
 その様子に父のケインズ公爵が怒った。
「勝手な事を言うな! 貴様ごときが決める事では無い!」
「ケインズ公爵こそ差し出口はおやめください。私は成人して結婚し、もう公爵家の籍を抜けております。ケインズ公爵に私の人生に口をはさむ権利はございません」
「生意気な!」
「感情論は結構です」
 再び足を進めるレアリゼに、国王が問いかける。
「離縁してどうするつもりだ?」
「……そうですね。しばらくは静かな田舎に行きたいです」

 寂しそうにレアリゼが答えると、国王は相好そうごうを崩した。
「それはいいな! うむ、しばらくは田舎でゆっくりするがいい」
 ただの夫婦喧嘩と解釈したのだろう。もうレアリゼに興味が無いようだ。皆も、何事も無かったかのように会議へと関心を向ける。

 俯いて会議室を出ると、ドアの外に控えていた衛兵たちの
「嫌われ妻がとうとう城を追い出されたか」
「アントワーヌ様のお慈悲で結婚出来たというのに」
と、聞こえよがしの声が聞こえたが、レアリゼは長年の計画の成功に駆け出しそうだった。


 これで田舎に行ける!
 「田舎」と言っても、行くのは隣国との国境近くの町だ。
 そこで国境を越える。 

 隠れて住んだりなどしない。堂々と隣国の王城へ行き、レアリゼの持つこの国の情報と引き換えに保護してもらう。
 隣国は我が国の鉄鉱脈が欲しくてたまらないはず。
 レアリゼなら、この国の地理も気象も経済も軍事も、優遇されている地も冷遇されている地も、貴族同士の対立関係も全て把握している。
 そして、本来なら王太子にしか与えられない情報までも。 

 そう、レアリゼなら鉄鉱脈どころかこの国ごと隣国にプレゼントしてあげる事が出来る。

 レアリゼは密かに微笑む。
 この日のために生きてきた。 
 プライドをかなぐり捨ててアントワーヌの婚約者の座にしがみつき、王太子妃の地位とあらゆる知識と情報を手に入れた。アントワーヌを愛人たちの所で遊ばせて無能に育てた。重要な書類はところどころ抜いておいたので、これから引き継いだ事務官たちは訳が分からず大変になるだろう。

 もし、この国を滅ぼした後に自分も処刑されたとしても、後悔など無い。


 内心を隠して部屋で荷造りしていると、やる気の無い侍女たちが
「田舎なんて嫌なんですけど~」
「都落ちなんて惨めぇ~」
「ショックであたおかになりましたぁ?」
などと話しているので
「あなたたちは来なくていいわ」
と言って、トランク一つを持って部屋を出る。

 執事の回した質素な馬車に乗り込んで、御者に地方都市の名前を告げる。
 僅かな護衛と共に、レアリゼは城を去った。

 去り行く王都を馬車の窓から見ながら、自分がアントワーヌの好みの可愛くおねだり出来る少女だったら、素直に泣ける少女だったら、こんな結末にならなかったのかも、と少し思うが、すぐに考えても仕方がないと割り切る。
 前に進むしか無いのだから。


 数日後、地方都市に着いたレアリゼが姿を消したとの連絡が王家に届いた。
 まだ拗ねているのかと捜索の手を送るが、町の人は地味な馬車で町に着いた女性の事など誰も覚えていなかった。





 半年後、隣国から宣戦布告された。
 意気揚々と軍隊が国境の門に向かった二日後、王都は別ルートから侵入した隣国軍に包囲され、あっけなく王城は陥落した。

 隣国軍は国境の森の中を抜けて越境し、隣国に寝返った領を通過させてもらい、まんまと裏をかいたのだ。
 レアリゼの突然の失踪で政務がとどこおった王城では地方の陳情や嘆願は後回しとなり、不満をためている領に寝返りを打診するのは簡単だった。


 誰がこの計画を立てたのかをアントワーヌが知り、「あの時婚約破棄しておけば良かった」と思ったのは、首が胴体から離れる直前だった。

 王族と愛人たち、主だった貴族は処刑され、隣国に協力した一部の貴族以外は財産没収の上で平民に落とされた。



 新しくこの地を治める隣国の第三王子夫妻と補佐の第四王子がやってきたのは、血生臭さが薄れた頃。
 彼らの隣には優秀な女性事務官がいた。

「彼女の正体を知ってる!」
と、新しい国政に割り込もうと何人もの人が城へ行ったが、知っているという事は彼女を虐げたかそれを知って見て見ぬふりをしたかだ、とムチ打ちされて帰されたため誰も口に出さなくなった。



 第四王子が彼女を口説いているが「王族はもうこりごり」と色よい返事をもらえない、という噂があるが、確かめる勇気がある者はいない。
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