呪いの公爵令息と解呪の乙女

あんど もあ

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後編

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「も、申し訳ありませんが、このような高価な物は…」
「私は、ユリアナさんが婚約者で良かったと思っています」
「は……?」
「あなたは公明正大で誠実だ。私にはとてもまぶしい。あなたが横を歩いてくれるのなら、こんな私でも前に進む勇気が出ます。あなたと出会えて良かった」
「…………」
 胸がはくはくして、言葉が出ない。
 そんな風に思ってくれてたんだ。どうしよう、嬉しい。

 チョロイと思ってくれて構わない。今、公爵夫人の事なんて頭から飛んで行った。

「どうか、この指輪を受け取ってください!」
「………はい」
 覚悟を決める。

 とろけそうな笑顔になったテミス様は、ケースから指輪を取り出そうとしたが手袋では上手くいかなくて、手袋を外して指輪を取り、私に手をよこすように左手を差し出した。

 そう言えばいつも手袋をしているテミス様に触れるのは初めてだな、と、テミス様の左手に自分の左手をのせると、目の前が真っ白になった。




 目を凝らすと、そこは音の無い森の中だった。奥に輝く湖が見える。
 遠くから地響きがして、馬に跨ったテミス様が凄いスピードで私の前を走り去り、湖に向かう。あのスピードでは、護衛や側近をいてきたのだろう。
 湖の前でテミス様は馬から降りた。
 後ろに誰もついて来ないことを確認して満足そうに笑うテミス様に、質素な服を着た幼い女の子が近づいてきた。
 手に持ったシロツメクサの花冠をテミス様に差し出す。きっと、少女にはテミス様が王子様のように見えたのだろう、その顔が紅潮している。

 笑顔で花冠を受け取ったテミス様は、笑顔のままそれを引きちぎった。

 固まった少女をあざ笑いながら、どんどん細かく引きちぎっていく。真っ青になった少女は今にも目から涙がこぼれそうだ。
 残骸となった花冠を捨て、少女に背を向けたテミス様に、少女が何か絶叫した。

 その時、少女から無数の針が出現しテミス様に突き刺さる。
 ゆっくりと倒れるテミス様。少女は泣きながら走り去った。


 怨みがある人が呪いの仕方を調べて呪ったんじゃなかった。あれは、無意識に発動した少女のスキルだ。




「ユリアナさん?」
 目を開けると、心配そうなテミス様。その体には無数の針が突き刺さっている。
 私は、安心させるように笑った。……笑えただろうか。

 テミス様の左手を両手で包み込むと、解呪のスキルを発動した。




* * * * * * * * * *




「テミスはずっと眠っています。本当に解呪出来たと言うの?」
 相変わらず居丈高な公爵夫人に、私は父と一緒に向き合っていた。

「はい。映像が見えました。テミス様は、湖に遠乗りに行って、側近たちを撒いて一人になった時に呪いをかけられたのですね」
「………」
 その顔は、知ってて教えなかったんですね。どうせ、「解呪のスキル」なんて胡散臭いと思ってたんでしょう。

「そこで何があったのかはテミス様にお聞きになってください。こちらには、解呪の報酬と婚約解消の手続きをお願いします。それと、今までいただいたドレスやアクセサリーなどのプレゼントをお返しします」
 私たちは長持を持ち込んで来た。あのルビーの指輪も入っている。
「それらは差し上げてよ」
「いいえ、好きでもない女の所に自分のプレゼントがあるなんて、テミス様は不愉快だと思いますのでお返しいたします」
 あの優しさのこもったルビーの指輪は、今のテミス様にはもう黒歴史だろう。

 『テミス様のため』を押し出して言うと、それもそうかもしれないと公爵夫人は引いてくれた。家令が何枚もの書類を出してきて、公爵夫人と父が報酬の支払いと婚約解消の手続きを始める。


「そうだ。今回の事は報告書にして神父様を通じて司祭様に届けてあります」
 あ、思い出した、といった風に公爵夫人に告げる。
「何ですって!?」
「何せまれなスキルですから、今後のためにも記録に残しておいたんです。大丈夫です、閲覧できるのは聖職者のみ、一般公開は私の死後と約束してもらいました」
 フォーグロード公爵家としては絶対に知られたくない事だろう。そのために私と少女を消そうなんて考えられたらたまらない。
 私と少女の身を守るために、いつかスキル鑑定に来る少女に適切な指導ができるように、私は教会の人たちに事実を知ってもらった。
 二年間カトリーナ様の嫌がらせをかわしているうちに、何かあった時どんな立場の人にどう保護してもらうかをすぐに考えられる知識が付いたのは幸いだった(……のかな?)。

 そして私は卒業まで領地に引きこもった。
 久々に学園に行ったら、この婚約破棄騒ぎだ。



 * * * * * * * * * *




「まったく! お前に聞いていたより酷い男だな! 呪いが解けても全然反省してない!」
 帰りの馬車に乗っても、お兄様の怒りはおさまらない。

 呪いが解けたからこそ、変われないのだろう。自分が変わると、周りが自分をどう扱うかを知ってしまったのだ。
 弱さを見せたら付け込まれる。優しくしたら踏みつけられる。自分を大切に思っている人なんていないのだ、と。
 彼は、虚勢を張り、地位や立場を振りかざし、周りを傷付けて生きる道を選んだ。



 私とお兄様を乗せた馬車は、どんどんパーティー会場から遠ざかって行く。



 さようなら、気が弱くてオドオドして面倒だったテミス様。

 さようなら、誰にでも丁寧で誠実で優しかったテミス様。

 さようなら、私なんかを好きになってくれたテミス様。






 さようなら、私が好きだったテミス様。

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