3 / 3
後編
しおりを挟む
「も、申し訳ありませんが、このような高価な物は…」
「私は、ユリアナさんが婚約者で良かったと思っています」
「は……?」
「あなたは公明正大で誠実だ。私にはとても眩しい。あなたが横を歩いてくれるのなら、こんな私でも前に進む勇気が出ます。あなたと出会えて良かった」
「…………」
胸がはくはくして、言葉が出ない。
そんな風に思ってくれてたんだ。どうしよう、嬉しい。
チョロイと思ってくれて構わない。今、公爵夫人の事なんて頭から飛んで行った。
「どうか、この指輪を受け取ってください!」
「………はい」
覚悟を決める。
蕩けそうな笑顔になったテミス様は、ケースから指輪を取り出そうとしたが手袋では上手くいかなくて、手袋を外して指輪を取り、私に手をよこすように左手を差し出した。
そう言えばいつも手袋をしているテミス様に触れるのは初めてだな、と、テミス様の左手に自分の左手をのせると、目の前が真っ白になった。
目を凝らすと、そこは音の無い森の中だった。奥に輝く湖が見える。
遠くから地響きがして、馬に跨ったテミス様が凄いスピードで私の前を走り去り、湖に向かう。あのスピードでは、護衛や側近を撒いてきたのだろう。
湖の前でテミス様は馬から降りた。
後ろに誰もついて来ないことを確認して満足そうに笑うテミス様に、質素な服を着た幼い女の子が近づいてきた。
手に持ったシロツメクサの花冠をテミス様に差し出す。きっと、少女にはテミス様が王子様のように見えたのだろう、その顔が紅潮している。
笑顔で花冠を受け取ったテミス様は、笑顔のままそれを引きちぎった。
固まった少女をあざ笑いながら、どんどん細かく引きちぎっていく。真っ青になった少女は今にも目から涙がこぼれそうだ。
残骸となった花冠を捨て、少女に背を向けたテミス様に、少女が何か絶叫した。
その時、少女から無数の針が出現しテミス様に突き刺さる。
ゆっくりと倒れるテミス様。少女は泣きながら走り去った。
怨みがある人が呪いの仕方を調べて呪ったんじゃなかった。あれは、無意識に発動した少女のスキルだ。
「ユリアナさん?」
目を開けると、心配そうなテミス様。その体には無数の針が突き刺さっている。
私は、安心させるように笑った。……笑えただろうか。
テミス様の左手を両手で包み込むと、解呪のスキルを発動した。
* * * * * * * * * *
「テミスはずっと眠っています。本当に解呪出来たと言うの?」
相変わらず居丈高な公爵夫人に、私は父と一緒に向き合っていた。
「はい。映像が見えました。テミス様は、湖に遠乗りに行って、側近たちを撒いて一人になった時に呪いをかけられたのですね」
「………」
その顔は、知ってて教えなかったんですね。どうせ、「解呪のスキル」なんて胡散臭いと思ってたんでしょう。
「そこで何があったのかはテミス様にお聞きになってください。こちらには、解呪の報酬と婚約解消の手続きをお願いします。それと、今までいただいたドレスやアクセサリーなどのプレゼントをお返しします」
私たちは長持を持ち込んで来た。あのルビーの指輪も入っている。
「それらは差し上げてよ」
「いいえ、好きでもない女の所に自分のプレゼントがあるなんて、テミス様は不愉快だと思いますのでお返しいたします」
あの優しさのこもったルビーの指輪は、今のテミス様にはもう黒歴史だろう。
『テミス様のため』を押し出して言うと、それもそうかもしれないと公爵夫人は引いてくれた。家令が何枚もの書類を出してきて、公爵夫人と父が報酬の支払いと婚約解消の手続きを始める。
「そうだ。今回の事は報告書にして神父様を通じて司祭様に届けてあります」
あ、思い出した、といった風に公爵夫人に告げる。
「何ですって!?」
「何せ稀なスキルですから、今後のためにも記録に残しておいたんです。大丈夫です、閲覧できるのは聖職者のみ、一般公開は私の死後と約束してもらいました」
フォーグロード公爵家としては絶対に知られたくない事だろう。そのために私と少女を消そうなんて考えられたらたまらない。
私と少女の身を守るために、いつかスキル鑑定に来る少女に適切な指導ができるように、私は教会の人たちに事実を知ってもらった。
二年間カトリーナ様の嫌がらせを躱しているうちに、何かあった時どんな立場の人にどう保護してもらうかをすぐに考えられる知識が付いたのは幸いだった(……のかな?)。
そして私は卒業まで領地に引きこもった。
久々に学園に行ったら、この婚約破棄騒ぎだ。
* * * * * * * * * *
「まったく! お前に聞いていたより酷い男だな! 呪いが解けても全然反省してない!」
帰りの馬車に乗っても、お兄様の怒りはおさまらない。
呪いが解けたからこそ、変われないのだろう。自分が変わると、周りが自分をどう扱うかを知ってしまったのだ。
弱さを見せたら付け込まれる。優しくしたら踏みつけられる。自分を大切に思っている人なんていないのだ、と。
彼は、虚勢を張り、地位や立場を振りかざし、周りを傷付けて生きる道を選んだ。
私とお兄様を乗せた馬車は、どんどんパーティー会場から遠ざかって行く。
さようなら、気が弱くてオドオドして面倒だったテミス様。
さようなら、誰にでも丁寧で誠実で優しかったテミス様。
さようなら、私なんかを好きになってくれたテミス様。
さようなら、私が好きだったテミス様。
「私は、ユリアナさんが婚約者で良かったと思っています」
「は……?」
「あなたは公明正大で誠実だ。私にはとても眩しい。あなたが横を歩いてくれるのなら、こんな私でも前に進む勇気が出ます。あなたと出会えて良かった」
「…………」
胸がはくはくして、言葉が出ない。
そんな風に思ってくれてたんだ。どうしよう、嬉しい。
チョロイと思ってくれて構わない。今、公爵夫人の事なんて頭から飛んで行った。
「どうか、この指輪を受け取ってください!」
「………はい」
覚悟を決める。
蕩けそうな笑顔になったテミス様は、ケースから指輪を取り出そうとしたが手袋では上手くいかなくて、手袋を外して指輪を取り、私に手をよこすように左手を差し出した。
そう言えばいつも手袋をしているテミス様に触れるのは初めてだな、と、テミス様の左手に自分の左手をのせると、目の前が真っ白になった。
目を凝らすと、そこは音の無い森の中だった。奥に輝く湖が見える。
遠くから地響きがして、馬に跨ったテミス様が凄いスピードで私の前を走り去り、湖に向かう。あのスピードでは、護衛や側近を撒いてきたのだろう。
湖の前でテミス様は馬から降りた。
後ろに誰もついて来ないことを確認して満足そうに笑うテミス様に、質素な服を着た幼い女の子が近づいてきた。
手に持ったシロツメクサの花冠をテミス様に差し出す。きっと、少女にはテミス様が王子様のように見えたのだろう、その顔が紅潮している。
笑顔で花冠を受け取ったテミス様は、笑顔のままそれを引きちぎった。
固まった少女をあざ笑いながら、どんどん細かく引きちぎっていく。真っ青になった少女は今にも目から涙がこぼれそうだ。
残骸となった花冠を捨て、少女に背を向けたテミス様に、少女が何か絶叫した。
その時、少女から無数の針が出現しテミス様に突き刺さる。
ゆっくりと倒れるテミス様。少女は泣きながら走り去った。
怨みがある人が呪いの仕方を調べて呪ったんじゃなかった。あれは、無意識に発動した少女のスキルだ。
「ユリアナさん?」
目を開けると、心配そうなテミス様。その体には無数の針が突き刺さっている。
私は、安心させるように笑った。……笑えただろうか。
テミス様の左手を両手で包み込むと、解呪のスキルを発動した。
* * * * * * * * * *
「テミスはずっと眠っています。本当に解呪出来たと言うの?」
相変わらず居丈高な公爵夫人に、私は父と一緒に向き合っていた。
「はい。映像が見えました。テミス様は、湖に遠乗りに行って、側近たちを撒いて一人になった時に呪いをかけられたのですね」
「………」
その顔は、知ってて教えなかったんですね。どうせ、「解呪のスキル」なんて胡散臭いと思ってたんでしょう。
「そこで何があったのかはテミス様にお聞きになってください。こちらには、解呪の報酬と婚約解消の手続きをお願いします。それと、今までいただいたドレスやアクセサリーなどのプレゼントをお返しします」
私たちは長持を持ち込んで来た。あのルビーの指輪も入っている。
「それらは差し上げてよ」
「いいえ、好きでもない女の所に自分のプレゼントがあるなんて、テミス様は不愉快だと思いますのでお返しいたします」
あの優しさのこもったルビーの指輪は、今のテミス様にはもう黒歴史だろう。
『テミス様のため』を押し出して言うと、それもそうかもしれないと公爵夫人は引いてくれた。家令が何枚もの書類を出してきて、公爵夫人と父が報酬の支払いと婚約解消の手続きを始める。
「そうだ。今回の事は報告書にして神父様を通じて司祭様に届けてあります」
あ、思い出した、といった風に公爵夫人に告げる。
「何ですって!?」
「何せ稀なスキルですから、今後のためにも記録に残しておいたんです。大丈夫です、閲覧できるのは聖職者のみ、一般公開は私の死後と約束してもらいました」
フォーグロード公爵家としては絶対に知られたくない事だろう。そのために私と少女を消そうなんて考えられたらたまらない。
私と少女の身を守るために、いつかスキル鑑定に来る少女に適切な指導ができるように、私は教会の人たちに事実を知ってもらった。
二年間カトリーナ様の嫌がらせを躱しているうちに、何かあった時どんな立場の人にどう保護してもらうかをすぐに考えられる知識が付いたのは幸いだった(……のかな?)。
そして私は卒業まで領地に引きこもった。
久々に学園に行ったら、この婚約破棄騒ぎだ。
* * * * * * * * * *
「まったく! お前に聞いていたより酷い男だな! 呪いが解けても全然反省してない!」
帰りの馬車に乗っても、お兄様の怒りはおさまらない。
呪いが解けたからこそ、変われないのだろう。自分が変わると、周りが自分をどう扱うかを知ってしまったのだ。
弱さを見せたら付け込まれる。優しくしたら踏みつけられる。自分を大切に思っている人なんていないのだ、と。
彼は、虚勢を張り、地位や立場を振りかざし、周りを傷付けて生きる道を選んだ。
私とお兄様を乗せた馬車は、どんどんパーティー会場から遠ざかって行く。
さようなら、気が弱くてオドオドして面倒だったテミス様。
さようなら、誰にでも丁寧で誠実で優しかったテミス様。
さようなら、私なんかを好きになってくれたテミス様。
さようなら、私が好きだったテミス様。
551
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
【完結】悪役令嬢は断罪後、物語の外で微笑む
あめとおと
恋愛
断罪され、国外追放となった悪役令嬢エレノア。
けれど彼女は、泣かなかった。
すべてを失ったはずのその瞬間、彼女を迎えに来たのは、
隣国最大商会の会頭であり、“共犯者”の青年だった。
これは、物語の舞台を降りた悪役令嬢が、
自由と恋、そして本当の幸せを手に入れるまでの、
ざまぁと甘さを少しだけ含んだショートショート。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる