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一章.怨念

第1話 大蛇

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 一昔前、世界は均衡を保ちながら豊かに生き続けてきた。そこに暮らす者達もその均衡を崩さず、誠長きこと栄え続ける。

だが、ある時からこの世界に異物が流れ着きこの世を闊歩し始める。

異物者の在る所、草木は枯れ果てて、水は穢れて死臭を放つ。

異物者ども自ら産み出すこと能わず、又、異物者ども他より奪うことに長け、浅ましくもこの世に蔓延らんとす。

よって、異物者は世界を壊す者なり。


 ある時も、異物者ども他の犠牲を強いて、己が異質の力を行使する。暮らす者達これに歯向かえる者未だ現れず、一方的に蹂躙されるだけであった。

「おらがここで踏ん張るけん、はよぉ逃げぇ、逃げぇ。」

村の女子供を森へと逃がし、男衆は絶望的な強さの異物者を前に死を覚悟していた。

「ヤスケ、おいどんは逃げんでええのか。この中じゃあ一番わけぇのに。」

男衆を率いる村長がヤスケという青年を気の毒に思う。

「大丈夫ですけぇ。ギンやユミ、村の女子供を守れるためなら自分の命なんぞ惜しくはありゃしません。」

その言葉に男衆は大いに奮起し、皆ここを死守せんと迫ってくる異物者どもに立ち向かう。

すると、対峙していた異物者どもから1人の細男が出てきて話はじめる。

「もしもーし、村人さん達誤解しないでほしいんですけど、僕たちはあなた方を殺したいわけじゃありません。少し食料を分けて欲しいんです。」

その細男はニヤニヤとした様子でこちら側を見ている。

「そげなこと無理だべ。おらが村人さん食わしていくだけでいっぱいなのに、これ以上、食料はわけらんねぇだ。帰ってけれ」

村長がそう答えると細男は、

「はぁ……話が通じない人だなぁ・・・。しょうがないですね……、こんなことはやりたくなかったんですけど、実力行使で行かせて貰いましょう。」

その細男は、持っていた剣を振りかざした瞬間、前列にいた男たちの首がぼとりと落ちる。

そのあまりのことに男衆は、驚愕し何が起きたかわからなかった。

「あれ、僕なにかやっちゃいました? 」

そう言って、細男はとぼけて

「もしかして、その顔は遅すぎて驚いてますか? 」

ケラケラと薄気味悪い笑いを浮かべながら、

「で、どうでしょうか? 交渉に従いますか? 従いますよね。」

と、男は高慢な態度でこちらを屈服させようとしてくる。

だが、我らの答えは決まっていた。

「・・・断る。」

異物者の男は、

「え? なんだって? 僕の聞き間違いかな? ことわるって聞こえた気が・・・、すまないけどもう一度言ってくれるかな? 」

その言葉への返答に男衆は、武を持ってこれに返答する。

「はぁ? ナニこれ、こ、これは一体どういう意味かな? この僕に・・・この僕に・・・ごのぼぐに歯向かうだとぉおおおおおおお」

数本の矢を受けたことよりも、細男は自分をぞんざいに扱われたことの方に怒り心頭し我を失い、声を荒げて野獣が如く男衆に向かって突進する。

その時、後ろに控えていた異物者の集団から異質な雰囲気を放つ赤髪の女が出てくる。そして、手から不思議な緑の光を出したかと思えば静寂がその場を包む。

先ほどまで吠えていた細男は沈黙して動かなくなり、さらに男衆から放たれたすべての矢が宙に浮いたまま微動だにしない。それを赤髪の女は手で払い除けながら、細男の元へと近づき、

「ゼインは少し我慢することを覚えてほしい・・・。」

そう言うと同時に、緑の光が細男を包みこむ、怒りに満ちた表情は徐々に高慢な顔へと変貌してその鬱陶しい口が音を出し始める。

「・・・、あれ、僕なにかやっちゃいました? って・・・。なんか変な感じですね。あぁ・・・もしかして、そういうことか。いやぁ~~姉さんの時間操作、まじチートっすね。見た感じもう交渉決裂って感じっぽいんで、もういいですよね? 」

と、言って赤髪の女に確認を求める。

「あとはお好きにどうぞ・・・。」

赤髪の女は我関せずという表情で、ノソノソと後ろへ下がっていく。

それと同時に細男は剣を大きく振りかざし叫ぶ。

「そんじゃ、僕らに従わねぇ奴らは消えてもらおうか。」

そう言い放つと同時に振り下ろされた剣の斬撃は凄まじい風と成りて対峙していた村の男衆に吹き荒れる。

その風は一瞬で通りすぎると同時に、次々と男衆の身体が真っ二つに引き裂かれていく。

村長や男衆、何が起きたかわからぬうちに、事切れる。

ヤスケも上半身を引き裂かれ、気付いた時には臓器を垂らしながら地面を這いつくばるしかなかった。

その横を異物者たちが何事もなかったかのように素通りしていく。ヤスケは光の消えた意識の中で微かな音を頼りに横切る者たちの足を掴もうともがく。

これが自分に今すべきことだと信じてもがき続ける。そして、何者かの足に喰らいつき、僅かに残った力で握る。

「ん、まだ生きてる奴がいますよ・・・。あぁ・・・、血で服が汚れるんですよ・・・。」

ヤスケに足を掴まれたあの赤髪の女であり、その声は冷たく無感情な音色。

「そこまでして守ろうするとはすごい執念ですよ・・・。でも・・・無意味ですよ・・・。」

そう言って、赤髪の女はヤスケの命を奪い取り何事もなかったかのように去っていくのであった。


∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴


 暗い暗い地の底へと続く道を這うように歩いていく人影。その中にヤスケの姿もあり、彼から一切の生気は感じられない。

暗く冷たい地の底へと道はとこしえに続いている。

ヤスケは、朦朧と先にいる村長や共に死んでいった者達を追うように歩む。

だが、差は開くばかりで一向に追い付けない。次第に先を進んでいた集団は見えなくなっていく。

代わりに後ろから別の集団がヤスケの横を通り過ぎていく。年端もいかない小さな子供や年老いた老婆、赤子を抱いたまま歩く女、そして同い年ほどの少女。見覚えあるその人影にヤスケの目から涙がこぼれる。

その涙は冷たく己の無力さを嘆くものであった。

「死なせてしもうた・・・死なせてしもうた・・・。」

その虚しき後悔の言葉は暗い地の底の彼方へと消えてなくなる。

そこに残ったのは己の無力さ、非力さ、そしてすべてを奪いし者たちへの憎悪。自責と復讐の入り乱れた感情はやがて青き火となりてヤスケの身体を覆い尽くす。

その青き光は暗い地の底を明るく照らすほどであり、そこに住まう一匹の大蛇が光に引き寄せられる。


大蛇は、ヤスケの元に来ると彼に向かって問う。

「お主のこのまま灰となりて消えるつもりか。」

「否・・・灰となりてもそこより再び生まれ、奪いし者たちを滅ぼさん。」

大蛇、ヤスケを大いに気に入る。

「ならば、非力なお主に我が力を与えん。共にそやつらを根絶やしにしようぞ。」

「御意」


∴ ∴ ∴ ∴ ∴ ∴


 「はははは、酒だ酒だ。俺の数少ない娯楽品。」

「ああ、久しぶりの飯だぁああ。これだから、略奪はやめらんねぇ。」

そういって異物者の連中は村中からかき集める。食えそうな食べ物や道具、趣向品などを2つの荷車に乗せていく。彼らはその村で粗方とるものがなくなると、一本の大樹が生えている出口へと馬車を進め始める。

後ろの方の荷車の操縦は男衆を惨殺した細男で、彼は馬の手綱を握っている。その後ろの荷車の隙間で赤髪の女がぼぉーと虚ろな目をして夜空を眺めていた。

「なんか今回の村の強奪、ちょー余裕じゃなかったすか? なんか、つまんないですわーー。こんど、ハンデつけてやってやろうかな、ねねどうですか? 姉さん? 」

赤髪の女は気だるそうに

「口は災いの元、よって黙るが吉・・・。」

と言い、再び夜空を眺めて、自分の世界に入る。

一方、細男の方は癖の独りごとをブツブツと言い続けていた。

「ちぇーー。淋しいなぁ、今日の活躍を姉さんに褒めてほしかったのに。まぁ、また良い所見せればいいか。僕って辛抱強い。」

 連中は、皆疲れの色が見えていた。そして、村の出口に差し掛かった時。

後方を歩いていた細男の馬車にヤスケが飛び乗って、彼に向かって掴みかかる。

突然に出来事に細男は混乱し、馬車から身を投げ出してしまう。

その肉人形は細男を追撃しようと、馬車から飛んで細男に飛び蹴りを喰らわす。

それに気付いた他の連中は細男の慌てふためきように、ゲラゲラと大笑いになり。赤髪の女も気配を消したかと思えば、前方の馬車に移動していた。ここに誰ひとりとして、助け船は出さなかった。

やっと状況を理解しはじめた細男は、敵を目視して驚く。

その顔は今日倒した村人達のような出で立ちではあるのだが、その顔は生気を失った亡者のようであり、身体は肉と藁人形入り混じったようであった。

細男はすぐにそれを元いた世界のゲームで良く見たゾンビだと断定する。それさえ、分かればもう余裕な雰囲気を醸し始めていた。

「こういうのは、足を狙って機動力を奪えば勝ちなんだよ。」

そう言って斬撃を足に向かって集中する。

肉人形は倒れ込み、ジタバタともがくだけの様子を見た細男は

「僕をコケにしやがって、お前は徹底的にいたぶってやるからなぁ。」

ふたたび剣を大きく振りかぶって、渾身の力で動けずにいる肉人形に切り裂こうとした、その時。

肉人形の目は細男の顔を完全に捉え、這いつくばりながら距離を詰めてくる。

一瞬、剣の間がずれたもののすぐに修正し、這いつくばる肉人形の左腕を切断する。

それでも肉人形は悲鳴一つ上げず、間髪いれず身体を転がりながら、細男の片足を掴んだ。ミシミシミシミシ・・・バキバキバキバキバキバキッ!!と粉砕する。

それの激痛により越え上げる前に、反射的になにかを一刀両断する。そして、肉人形は動かなくなった。

細男は苦悶の表情を浮かべながら、やっと終わったと安堵する。シュルシュルシュルシュルシュルシュルシュルと不気味なものが蠢く音が肉人形の方から発せられている。

そして、飛ばされた肉人形の頭をみると無数の蛇が取り付いていた。

そして切られる前とまったく同じ様態になり、そして再び細男、目掛けて突っ込んでくる。細男もそれを防ごうと剣をふりかざすが、粉砕された片足が踏ん張れない。

その姿勢から、放たれた剣撃は、先ほどの程遠いもので肉人形の突進を受けてバランスを崩す。

肉人形は細男に馬乗りになり、頭と肩をがっしりと持ち、喉元へと噛みつこうとしていた。

細男はその時、自分が行ってきた数々の略奪の恐怖を思い知った。

そして、反射的に

「僕が悪かった助けてくれぇぇえぇえええええ!!! 助けてくれぇええええええええええ!! 」

そんな雑音、肉人形へと豹変していたヤスケは聞く耳すら持たない。

復讐の牙が脈打つ太い線を噛み千切ると、止めどうなく吹き上がる血は花のように舞い散るのであった。
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