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これは恋か友情か
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そんなこんなでナンヨウの町とハオランさん家に定期的に通うようになって半年が過ぎ。
ハオランさんの家の掃除を手伝ってご褒美に貰った翼のスケッチタイムを堪能している俺。背もたれのない椅子に腰かけたハオランさんは俺によく見えるよう翼を大きく広げてくれている。相変わらず艶々と美しい瑠璃色で、翼の先の方に並んだ黒と白の羽がいいアクセントになっている。
ランさんもそうだったけど、ハオランさんの翼も溜息が出るくらいにきれいだ。それに、彼の大きな体を支える翼はとても大きくて迫力がある。
あの大きな翼に包み込まれたら幸せだろうなぁ。さすがにそんなこと頼めないけど。そんなことを考えながら俺はペンを動かす。
有翼種の翼は人それぞれ形も色も大きさも違う。血縁だと近い色形にはなるようだけど、個人差があって全く同じではないらしい。俺はその違いを描きとめるべく、まずはハオランさんにスケッチをお願いしたのだ。
ハオランさんは口数は少ない方だし、俺がスケッチに夢中になっていると家の中に響くのはペンが紙の上を走る音だけ。そんな静かな空間が続いていたが、しばらくして彼が逡巡しつつも問いかけてきた。
「君は……一体学術院はどうしてるんだ?こんなにしょっちゅう来ていては通っている暇なんてないだろう。その、大丈夫なのか?」
翼を見せるために俺に背を向けている彼の顔ははっきりとは見えない。それでも言葉尻に困惑とか疑問とかが伝わってきて、俺はきょとりと目を丸めた。
なんと言うか、ずっと気になっていた、みたいな口ぶりだ。
「あれ?言ってませんでしたっけ。今は学術院通ってないんです」
「は?」
「俺今デリアに家借りて住んでるんですよ」
「デリアに住んでる?!1人で?!」
「あ、今は1人じゃないです。侍従が1人ついて来てくれてます」
俺の答えが相当予想外だったのか凄い勢いで振り返るハオランさん。その榛色の目は驚愕に見開かれている。
あれぇ?言ってなかったかな。族長に言ったから言ったつもりになってたかな。失敗失敗。
「俺ももう最終学年なので、シェンフゥの森管理局でインターンをしてます。卒業したらデリアの役所に就職して一人暮らしする予定なんですよ」
「ええ?君それ本気?」
「はい!」
ハオランさんの切れ長の目がまんまるになるまで見開かれている。そうするとどことなく幼なげに見えて、ランさんの姿と重なった。
「心配しなくても他の単位はもう取れてますし、後は定期的なレポートの提出と卒論を書けばいいだけなんでここにいても何とかなるんですよ~」
「そ、そうか……」
へらりと笑って答えるとハオランさんの表情が落ち着いてくる。むしろ何かを考え込むように黙り込んでしまった。
ええと、何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。ちょっと不安になっているとしばらくして彼はふっと細く息を吐いた。
「君の人生なんだから私がとやかく言う権利はないんだけど。わからないな、なんでそんなに」
俺に問いかけているような、独り言のような言葉。困惑に満ちた声から本当に俺の行動が理解できていないのがよくわかる。
「だって、種族間の架け橋になるなんて半端な覚悟じゃできません。俺の人生くらいかけなきゃ」
「クラウス……」
何百年も続く確執に光を。言葉にするのは簡単だけど、言葉ほど簡単じゃない。何かの片手間にできるものじゃないし、時間はいくらあってもいい。できるだけ長く。そう考えれば領役場に就職してデリアに住むのが最適解となるのは俺の中では当然の流れだった。
「わからない。ランが君に何をしたって言うんだ。ただ一度話をした程度なんだろう?しかももう存在しない。それなのにどうしてそこまで。人生を賭けるほどの価値が、ランのどこにあったって言うんだ?」
俺の言葉を聞いたハオランさんは額に手を当て悩ましげな表情で首を振る。なんだか余計に混乱させてしまったみたいだ。
でも違うんだ。そうじゃない。ランさんは俺の大切な思い出の人だけど、それだけが全てじゃないんだよ。俺の気持ちをわかってほしくて彼の傍に寄り、膝をついてその顔を見上げた。
「ハオランさん、それは違います」
ハオランさんの家の掃除を手伝ってご褒美に貰った翼のスケッチタイムを堪能している俺。背もたれのない椅子に腰かけたハオランさんは俺によく見えるよう翼を大きく広げてくれている。相変わらず艶々と美しい瑠璃色で、翼の先の方に並んだ黒と白の羽がいいアクセントになっている。
ランさんもそうだったけど、ハオランさんの翼も溜息が出るくらいにきれいだ。それに、彼の大きな体を支える翼はとても大きくて迫力がある。
あの大きな翼に包み込まれたら幸せだろうなぁ。さすがにそんなこと頼めないけど。そんなことを考えながら俺はペンを動かす。
有翼種の翼は人それぞれ形も色も大きさも違う。血縁だと近い色形にはなるようだけど、個人差があって全く同じではないらしい。俺はその違いを描きとめるべく、まずはハオランさんにスケッチをお願いしたのだ。
ハオランさんは口数は少ない方だし、俺がスケッチに夢中になっていると家の中に響くのはペンが紙の上を走る音だけ。そんな静かな空間が続いていたが、しばらくして彼が逡巡しつつも問いかけてきた。
「君は……一体学術院はどうしてるんだ?こんなにしょっちゅう来ていては通っている暇なんてないだろう。その、大丈夫なのか?」
翼を見せるために俺に背を向けている彼の顔ははっきりとは見えない。それでも言葉尻に困惑とか疑問とかが伝わってきて、俺はきょとりと目を丸めた。
なんと言うか、ずっと気になっていた、みたいな口ぶりだ。
「あれ?言ってませんでしたっけ。今は学術院通ってないんです」
「は?」
「俺今デリアに家借りて住んでるんですよ」
「デリアに住んでる?!1人で?!」
「あ、今は1人じゃないです。侍従が1人ついて来てくれてます」
俺の答えが相当予想外だったのか凄い勢いで振り返るハオランさん。その榛色の目は驚愕に見開かれている。
あれぇ?言ってなかったかな。族長に言ったから言ったつもりになってたかな。失敗失敗。
「俺ももう最終学年なので、シェンフゥの森管理局でインターンをしてます。卒業したらデリアの役所に就職して一人暮らしする予定なんですよ」
「ええ?君それ本気?」
「はい!」
ハオランさんの切れ長の目がまんまるになるまで見開かれている。そうするとどことなく幼なげに見えて、ランさんの姿と重なった。
「心配しなくても他の単位はもう取れてますし、後は定期的なレポートの提出と卒論を書けばいいだけなんでここにいても何とかなるんですよ~」
「そ、そうか……」
へらりと笑って答えるとハオランさんの表情が落ち着いてくる。むしろ何かを考え込むように黙り込んでしまった。
ええと、何か気に触ることを言ってしまったのだろうか。ちょっと不安になっているとしばらくして彼はふっと細く息を吐いた。
「君の人生なんだから私がとやかく言う権利はないんだけど。わからないな、なんでそんなに」
俺に問いかけているような、独り言のような言葉。困惑に満ちた声から本当に俺の行動が理解できていないのがよくわかる。
「だって、種族間の架け橋になるなんて半端な覚悟じゃできません。俺の人生くらいかけなきゃ」
「クラウス……」
何百年も続く確執に光を。言葉にするのは簡単だけど、言葉ほど簡単じゃない。何かの片手間にできるものじゃないし、時間はいくらあってもいい。できるだけ長く。そう考えれば領役場に就職してデリアに住むのが最適解となるのは俺の中では当然の流れだった。
「わからない。ランが君に何をしたって言うんだ。ただ一度話をした程度なんだろう?しかももう存在しない。それなのにどうしてそこまで。人生を賭けるほどの価値が、ランのどこにあったって言うんだ?」
俺の言葉を聞いたハオランさんは額に手を当て悩ましげな表情で首を振る。なんだか余計に混乱させてしまったみたいだ。
でも違うんだ。そうじゃない。ランさんは俺の大切な思い出の人だけど、それだけが全てじゃないんだよ。俺の気持ちをわかってほしくて彼の傍に寄り、膝をついてその顔を見上げた。
「ハオランさん、それは違います」
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