玉の輿だったはずなのに!

木島

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領地へ

 王都サクリスは王宮を南側に置き、放射状に広がる形で政治の中枢である省庁エリア、その外を貴族街、更に外を平民街が包み込むように作られている。その中でも商業地区や公共地区、工業地区と細かく分かれているが今は特に必要ないので置いておこう。
 ベネディクティス辺境伯家の屋敷は貴族街のアッパークラスが住む地区にある。王宮までは馬車で大体15分、王都の外へは1番近い検問までで2、30分ってところだ。
 ちなみに、この国の王都は城塞都市のようにわかりやすく街を区切る壁みたいなものは存在しない。王都内部の区画は街に水を引くための川や道路で区切られているが、王都の外へと繋がる3つの大通りには検問はあるものの王都と王都の外はシームレスに切り替わっていく。平民街から徐々に民家が減っていき農村に移り変わっていく感じだ。
 検問も難なく通過して徐々に遠くなっていく生まれ故郷を車窓から眺める。あんなに広く世界の全てのように思えた王都があっという間にジオラマみたいに小さくなっていく光景についため息が溢れた。

「俺、本当に街を出てるんだ……」

 馬車のすぐ側には騎馬のエヴァンドロがぴんと背筋を伸ばして付き従っている。
 彼はこの物語の主人公で俺に破滅をもたらす男だった。その彼が今は俺たちの部下となり俺を守るために物語の中心から外れようとしている。王都を出ることもエヴァンドロのことも、その全てがほんの数ヶ月前には考えもしなかったことだ。
 俺の運命はルキーノの手を取ったことで大きく変わった。それがとても不思議だ。

 そう言えばそのルキーノは何をしているんだろう。窓から室内に視線を移すと、対面に座ったルキーノは広げた書類に視線を落としていた。想定外の姿に驚いて目を丸める。

「え、仕事してるんですか?今出たばっかりですよ?」
「ただ座っているだけなど時間の無駄だろうが」
「そりゃそうですけど」

 ワーカホリックめ。ていうか馬車に揺られながら字読んで酔わないの?三半規管強いな。

「今どんな仕事してるんですか?」
「聞いてどうする」
「興味本位」

 せっかく長時間2人きりなのだ。この際もっと距離を縮めたり探りを入れたりしておきたい。知られて困るようなものをここに持ち込んでいるとは思えないが、聞いて損にはならないだろう。書類を覗き込むとルキーノは嫌そうに顔を顰めた。

「私の業務を気にするくらいならお前も自分の商会の仕事をしたらどうだ」
「それはそれこれはこれ。俺だって辺境伯夫君なんですから旦那の仕事がどんなもんなのか知っててもいいと思いません?」
「話したところでお前が理解できるものではないが」
「ひど。まあ否定はしませんけど」

 はっきり言われて俺もケラケラと笑う。
 確かに領地経営の話とか複雑なことはちゃんと理解できるとは言えない。でも毎日忙しそうにしてるルキーノが何やってるのか気になるんだもん。

「時間があるなら教えてくれてもいいじゃないですか。いつか何かでお役に立てるかもしれませんよ?」

 そんな風に言ってみればしばらく俺をじっと見て、そのうちため息を吐いて手にした書類を見せてくれた。
 ルキーノが今手にしているのは領地の来年の予算案らしい。インフラ整備や災害、経済対策に防衛費、医療費、教育、子育て支援諸々内容は多岐にわたる。前世でも政治家がすったもんだと話し合っているあれである。その中の一部を馬車に持ち込み、不備がないかの確認を行なっているらしい。

「国からも各領地に毎年一定の予算が組まれているが、最近は金額が目減りしてきていてな。それも鑑みた予算編成を行う必要がある。悠長にやっていては間に合わない」
「へぇ~」

 なんだかんだとちゃんと説明してくれるルキーノの話を聞きながら細かい文字と数字が並ぶ紙の束を眺める。そのうちのひとつ、夫人予算の項目に目を奪われた俺は見間違いかと何度も目を瞬かせた。
 ゼロがいち、に、さん、よん、ご、ろく、なな……

「ちょ、これ、この夫人予算って俺の予算ですよね?金額合ってます?とんでもない額なんですけど」
「辺境伯夫君としては妥当な額だぞ。そもそもお前が考えているより貴族の生活には全てに金がかかるものだ。ついでだ、王都邸でお前に使った金銭の明細でも確認しておけ」
「ヒェ」
 
 ぴらり、と実に気軽に問題の書類を渡される。
 婚姻式で着たローブを始め、婚姻前後に仕立てた服に装飾品、家庭教師に払う賃金、お茶会の費用、孤児院への寄付などなど総額は一般庶民が10年働いても稼げない額だ。想像以上の金額が動いていることに今更ながらに背中に嫌な汗が伝った。
 住む世界が違うとはこのことか。でもこれが貴族の世界。目を逸らしては俺の最終目的は達成しない。気を引き締めて書類と向き合うこと数十分。俺は青い顔でぐったりと身を伏せていた。

「うぅ……酔った」
「何をやっているんだお前は」

 座席に伏せている俺を最初は呆れた顔で見下ろしていたルキーノだったが、いよいよ吐きそうになると馬車を停めてくれた。
 ちょうど丘の上に登ったところで見晴らしもいいらしい。降りて新鮮な空気でも吸えとエヴァンドロのエスコートで馬車から出され、すかさずブリジッタが整えた簡易の椅子に腰掛ける。
 眼前にどこまでも広がる丘陵にすっきりと抜けるように青い空。綺麗な空気で気分を落ち着けるためにその穏やかな風景をぼんやりと眺めた。

「はぁ~、なんか……なんだろ、変な感じ」

 何とも現実感がない。

 俺はずっと籠の鳥のように生きてきた。
 幼い頃は大きな商会の跡取りとして大切にされ、娼館の商品として豪華なだけのがらんどうの部屋に閉じ込められて大人になった。俺の世界は手のひらに乗る程度の小さなものでしかなくて、見渡す限り続く平野なんて見たことがない。
 目の前に広がるのは遠くにぽつぽつと点在するだけの小さな民家にまばらな人影。街中では人々のざわめきに掻き消されてしまう鳥の囀りや羽ばたく羽音。遮るもののない広い広い青空。
 初めての世界に足が竦む。広大な丘陵に漠然とした不安が浮かんでは沈んだ。
 目指す辺境は想像がつかないくらい遠い。まるで世界の果てに赴くようだ。





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