贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

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 すばるはまだ、ただの子供として生活している。
 贄の神子の役割は複雑で、言葉も拙い幼子に理解せよと言うのは困難だ。けれど己の意思とは無関係に贄の血が働くこともあるだろう。皓月は神域に人が立ち入ることができないように結界を張り、災いから遠ざけた。せめて身の回りのことが見守りながらできるようになるまでは特別なことは何も教えずに育てようと決めたのだ。
 何れは全てを話し、力を操る術を身に着ける必要がある。それまでのほんの僅かな時間でも『ただの子供』として過ごさせてやりたかった。

「ね、おにわいきたい!だめ?」
「いいとも。行こうか」
「われも参ります!」

 暫く皓月の胸の中でご機嫌に過ごしていたすばるが外を指差す。皓月も二つ返事で頷いて、濡れ縁に座らせたすばるに草履を履かせようと膝をつく。
 その横を篝がさっと草履を履いて通り過ぎた。

「よいお天気でございますよ!すばる殿はよう参られませ!」
「かがりちゃ、まってぇ」
「すばる、動くんじゃない」

 泉の傍に立ち、陽の光で明るく輝く茜色を揺らしながら篝が手を振る。途端に落ち着きのなくなったすばるはもどかしそうにじたばたと足を揺らして皓月に窘められた。

「神子さんじっとして~。そんなに足降ったら草履飛んでっちゃうよ?」
「とばないもーん」
「あ」

 言った傍から草履がぽおんと空を飛ぶ。

「わ、とんでった!」
「ほらもー、言わんこっちゃない」

 やれやれと濡れ縁から飛び降りた蛍が草履を拾いに行く。思いの外勢いよく飛んで行ったそれが戻ってくるのを待ちながら、すばるはふいに空を見上げた。
 心地好く頬を撫でる風。太陽が明るく輝き、白い雲が流れる青空。優雅に羽ばたく大きな鳥。

「とりー!」
「ああ、鳥だな。あれは鳶だ」
「とんび!」

 すばるが鳥に気を取られている隙に皓月は草履を受け取って素早く履かせる。

「ほら、履けたぞ」
「ありがとー」

 庭に降り立ったすばるは皓月と手を繋いで湖の傍まで歩いて行く。勿論事故防止に安全襷は着けたままだ。

「かがりちゃー」
「すばる殿、遊びましょう!」
「あい!」

 蛍から毬を受け取った篝が玉遊びに誘う。
 少し距離を置いて篝と蛍、すばると皓月の二人一組で立つと、まずは篝が毬をすばるに向かって優しく蹴り転がした。

「それ!」

 ゆっくりと転がる毬はまっすぐにすばるの足元に届く。かなり手加減されたそれを今度はすばるが思い切り蹴とばした。

「えい!」
「ふふ、お上手です!」

 斜めに転がった毬を追いかけ篝が丁寧に返す。そしてそれをすばるがまた全力で蹴飛ばす。上手く受け止められずに後ろに転がった毬は二人の後ろに待機している皓月と蛍が止めてくれた。

「随分上手くなってきたな」
「体力も付いてきましたしねぇ」

 ころころと転がる毬を懸命に目で追い、蹴飛ばす姿を見て皓月は感心している。何もできないかと思いきや、気が付くと目覚ましい成長を遂げている。そういう意味でも片時も目を離してはいられないなと皓月は小さく微笑んだ。

「んふふ、すばる、じょうず!」
「ええ!とってもお上手です。今度は少し強くしてみましょう。参りますよ!」
「わっ」

 そう言って篝の蹴った毬は高く上がってすばるの頭上を越えていく。

「まってぇ」
「おっ、と。すばる、待て。走るな」

 遥か遠くに跳ね落ちる毬を追ってすばるは駆け出し、必然的に紐で繋がった皓月もその後を追う。

「ちょっと、嬢ちゃん飛ばし過ぎっすよ!」
「申し訳ございませぬ!」

 後ろで蛍が怒っている声が聞こえる。けれど今のすばるにはそんなものは耳に届いていなかった。ぽんぽんと跳ね転がっていく毬に心を奪われて、それ以外は目に入らない。
 徐々に速度を落とした毬は神域と森の境界近くで止まった。

「よいしょっと」

 無事に毬を拾い上げて満足げな表情を浮かべるすばる。その様子を見て、手を出しそうになるのをぐっと堪えていた皓月も安堵したようだった。しかしその安堵とは別に、皓月はその大きな耳で不自然な物音と人の声を拾った。
 神域に通じる森の道に人の気配を感じる。

「面倒な」

 両手いっぱいで毬を抱えたすばるが篝たちの元へ戻ろうと踵を返した瞬間、その体は皓月に軽々と抱えあげられていた。

「わ!」
「誰か来たようだ。戻るぞ」
「だれか?」

 皓月の言葉にぐるりと辺りを見回すが、泉の傍にいる篝と蛍以外は見当たらない。しかしその蛍もまた何かに気付いたのか神域の外へ繋がる唯一の道へと向かおうとしていた。

「十人はいるな。徒歩の者と騎乗した者、それに馬車……いや、荷車か。先触れも出さずに森に立ち入るとは……礼儀を知らぬとみえる」

 忌々しいとでも言うかのように口元を歪ませる皓月。すばるは何が何だかわからず、ただ皓月の機嫌が悪くなってしまったことだけをはっきり感じ取った。皓月の着物をきゅっと握り、不安に揺れる目で彼を見つめる。

「大丈夫だ。ここに悪いものは入ってこられないからな」
「あい……」

 それでも不安そうなすばるの頬を尻尾で撫でてやれば漸く表情が緩む。拝殿の濡れ縁まで戻りすばるに着けた襷を外していると、招かれざる客に対応していた蛍と篝も戻ってきた。
 二人ともいかにも厄介事です、と言いたげな表情を浮かべている。

「夢見の神子の使いだそうっすよ。贄の神子誕生のお祝いを持ってきたとかどうとか」
「夢見の神子だと?」

 夢見の神子は夢で現在、過去、未来を見る能力を持つ者の名だ。そしてこの神域が存在する国には皇族の一人に夢見の神子がいる。未だ公表されていないすばるの存在を夢に見て、皇族たちがさっさと取り入ろうと使いを送ってきたのだろう。

「すばる殿との目通りも願っておりまする。いかがなさいます?」
「追い返せ」

 皓月の返答は早かった。

「あれ、よろしいのですか?」
「どの道先触れもなく神域に訪れようとした不心得者どもだ、構わん。目通りしたくばそれ相応の礼儀を弁えてから来いと伝えろ」
「まあ正論っすね。了解っす」

 皓月の言い分に納得した蛍は境界の外で待たせている使いの者たちを追い払いに向かう。
 土地自体は彼の国に存在すれど神域は本来どの国にも属さないものであり、神域の主は神籍を持つ者。即ち神若しくは神と同等の位を有する者である。言ってしまえばこの神域を与るすばるは一国の主よりも格上の存在だ。例え皇族の使いであれ、急に押しかけてきて顔が見られると思ったら大間違いである。
 これで相手も神籍を得た神子だと言うなら考えもするが、すばるがここの神域に居を移したのは二年前。自国に存在する贄の神子を察知したのが今と言うなら、夢見の神子の能力もたいしたものではなさそうだ。
 実際大戦から千年経った今、神子の血はかなり薄まっている。血族の中でも権能を発現する者も減り、発現したとて強い力は持たない。神の助けとなるほど強い力を持つ者はもはや片手の指で足りる程度だろう。

「みんな、どしたの?へん」
「たいしたことはございませんよ。お気になさらず」
「んー?ほんと?」
「ああ、お前が気にすることはない」

 三人の様子が普段と違うことを察したすばるに何でもないと首を振る。その答えに首を傾げる姿はとても可愛らしいものだ。思わず頭を撫でたくなる。と思った瞬間にはもう撫でていた。
 和んでいるうちに境界周辺から人の気配が消えていく。どうやら今日のところは大人しく引き下がったようだ。
 何れ会わせることにはなるだろうが、いつになるかは相手の出方次第だ。さていつの話になるだろうなと、皓月はすばるを優しく撫でながらひっそりと笑った。

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