贄の神子と月明かりの神様

木島

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贄の神子の誕生

十三

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 贄の神子の力は他人の穢れや災いの身代わりになる力。つまり誰か不幸になりそうな相手がいないと振るう機会のないものである。
 すばるの潜在的な能力は初代の贄の神子と同等のもの。例えば、国ひとつが焦土となるような大災害をその身一つで贖うことができる。人間一人の命ならほんの小さなかすり傷で済んでしまうだろう。
 とは言えそれは力の使い方を知っているからできること。右も左もわからないまま実践させてはすばるの身に何が起きるかわからない。贄の神子としての訓練は慎重に行われた。並行して教養を身に着けさせようと読み書きを教え、礼儀作法を教える。人間社会がどのようなものかを学び、相手を見極める方法も神子には必要だからだ。

 訓練を始めて半年後には自然と己の中にある贄の血を感じることができるようになり、四歳を迎える頃に初めて穢れに当たった動物の命を贖った。瀕死の状態だった動物は穢れが晴れて元気に森へ帰って行き、代わりにすばるの腕には火傷のような爛れができた。それも三日後にはすっかり完治しており、初めての神子の務めは成功といえただろう。
 腕の爛れを見て痛い、ひりひりすると訴えるすばるに皓月はこう言った。

「他者の災いを肩代わりし、己が苦痛に苛まれる。これが贄の神子の力だ。今回はこの程度だったが、人間を相手にし始めればもっと辛く苦しい思いをすることになるだろう。お前がその痛みを受けただけ、人々は自らの力では抗いきれぬ災いから解放され、安寧を得ることができる」
「もっと……?」

 それを聞いたすばるの眼に不安と怯えが滲むのを見て、苦く笑って頬を撫でた。
 座学を学んでいた時は前向きだったすばるは実際の痛みを味わって及び腰になっている。小さな傷でも痛いものは痛い。平気だと言うのは難しいことだろう。

「だが、我らはお前にその力で全ての人間を救えと強要するつもりはない。今こうして教育を施しているのは自衛の力を得るためだ。この先どう生きるかを選ぶのはお前自身。愛する子よ、例え生涯に渡りその力を封じて生きていこうとも、我らはお前を見捨てはしないよ」
「そうなの?」
「ああ」

 皓月の言葉に驚きで零れ落ちんばかりに目を見開いたすばるが問うてくる。
 神子としての立場は彼が不当な扱いを受けぬために必要と判断した結果だが、このまま贄の神子として血を流しながら生きろと無理強いをするつもりはない。今は神々の争いもない平和な世なのだ。人は好きに生きてもいいと皓月は思う。
 神々は人間の選ぶ道を見守り支える存在であって、道を決める者ではないからだ。

「ゆっくり考えなさい。決めた後で考えを変えてもいい。何を選んでも私はお前の傍にいる」

 すばるの小さな手に大きく武骨な手が重なる。その優しく細められた黄金の瞳に見つめられてすばるは安堵した。
 贄の神子としての道を進んでも進まなくても、皓月はずっと傍にいてくれると言う。それだけでどんな険しい道であっても進んでいけるような気がした。

「こうげつ、あのね」
「うん?」

 すばるは腕の爛れた皮膚をじっと見つめ、元気に飛び跳ねて消えていったウサギの後ろ姿を思い出す。あの瞬間すばるは痛みよりも喜びの方が大きかった。死に逝く命を掬い上げられたことが嬉しかったのだ。後から痛くて少し泣いてしまったけれど、あの瞬間の気持ちは今も胸に残っている。

「まだ、わかんないから。もうちょっとがんばってみる」
「そうか……無理だけはしないようにな」
「あい」

 すばるはこのまま進むことを選んだ。皓月もその選択を受け入れた。
 贄の血を使う訓練は定期的に行われ、その度にすばるの体は傷付く。熱を出して寝込む日も、痛みで碌に食事も摂れない日もあった。それでもすばるは『まだ』と言い、神子としての道を進み続けたのだ。
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