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箱入り神子と星空と
一
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そうして三年。
「皓月、六花さまからいただいた文のお返事を書きました。届けてください」
出会った当初舌足らずに相手の名を呼ぶことが精一杯だったすばるは、今ではしっかりと言葉を紡ぎ書簡に目を通している皓月に話しかけた。小さな手に文箱を抱え、とことこと足取りも軽く皓月に近寄ってくる。
「もう書けたのか。流石は私のすばるだ」
「そうでしょ?すばるは言葉や文字が得意なんです!」
文箱を受け取りながら労いと称賛の言葉を贈るとすばるは得意げに笑った。
実際すばるは人間の、同じ年の頃の子供に比べると格段に物事の飲み込みが早い。一度話して聞かせたことは決して忘れることがなく、読み書きも七つの子が書いたとは思えない物を仕上げてくる。どこへ出しても恥ずかしくない、自慢の神子だと皓月は日頃から周囲に吹聴していた。因みに吹聴する相手も篝や蛍なので、返事は「そうだよね本当に賢くて可愛いよね」という同意しか返って来ない。
「六花様もお前からの文を楽しみにしておられる。お前の成長ぶりを知れて嬉しいと仰っていた」
得意げにしているすばるの頭を優しく撫でてやると、すばるは嬉しそうに笑みを浮かべる。皓月に撫でられることと、六花が己の文を心待ちにしていると言う言葉の両方に喜んでいるのだろう。
「それはほんとですか。えへへ、嬉しい……」
ふわりと浮かべる笑みは女神もかくやと言う愛らしさだと皓月は思う。
神域に訪れてから六年が経ち、赤子だったすばるは愛らしく健やかに育った。
濡場玉の髪に星空の瞳は変わりなく、七つの子らしく活力に満ちた健康的な体を持った。その身は皓月と色違いで誂えた白小袖と緋袴の神子装束を纏い、長く伸ばした髪を一つに纏めている。因みに皓月は白小袖に藍の袴だ。
よく食べよく寝てよく遊び、そしてよく学び。生まれ落ちた時の不幸な行く末など感じさせない恵まれた生活を送るすばる。その上彼は神々の世界において一、二を争う悟性を持つ六花に将来を嘱望されていた。
「お前は優秀な神子だ。私はお前が誇らしい」
「もっと褒めてくれていいんですよ?すばるは褒められると伸びる子です」
にこにこと上機嫌に笑い続けるすばるは皓月の手によって流れるようにその膝の上に乗せられた。
六花への文を書き終えたと言うことはすばるの今日の仕事はこれでおしまいだ。対する皓月はまだ仕事中。そう言う時大抵皓月はすばるを膝に抱えて仕事をしている。
曰く、その方が仕事が捗るのだそうだ。
「さあ、今日のお願いはどうですか?すばるはお役に立てますか?」
「否、どれも大したものではない。お前の身を損なう必要はないよ」
興味津津と言った様子で皓月が目を通す書簡を覗きこむと、素気無い言葉で皓月はそう答えた。
皓月が目を通している書簡はすばるの贄としての力を乞う者からの依頼の文が大半だ。毎日届くそれを選別するのも皓月の仕事の一つである。
「そう?でも、こんなにたくさんお願いのお手紙があるのに」
残念そうにすばるは乗り出した身を皓月の胸に預ける。すかさず皓月はその身体をしっかりと抱きしめた。
「贄の力はお前の心身を損なう。何でもかんでも安請け合いして良い訳ではない」
抱きしめた腕に力が籠る。すばるはそれに不思議そうに首を傾げた。
幼いすばるは純粋に己の役割を受け止めていた。己の身を削って人々を守るのは贄の血を持つ己に課せられた使命であると。そのために毎日力を自在に操れるように訓練を積み、その力の及ぶ限り人々を助けてあげたいと望んでいた。
結局すばるは贄の神子として己の血肉を削る道を進み続けている。
「そうかなぁ。すばるの体一つでたくさんの人が難を逃れるのならその方がいいと思うのだけど」
皓月の言葉に対し心底不思議そうに問いかけるすばる。不思議なことに、贄の血には自己犠牲が本能として刻み込まれているようだ。
皓月はそれが厭わしかった。
「良いかすばる。常々言っているが、贄の力は人知の及ばぬ災いから人々を救うために与えられた力だ。軽々に揮うべきものではない」
言い聞かせるように語りかけながら皓月はすばるの小さな手に己の大きな手を重ねる。
すばるの小さな掌は包帯に包まれていた。その包帯の下には長雨が降り水害に悩む町を一つ贖った時に負った傷がついている。
「自然の動きは世界を循環する正常な働きの一つ。それから逃れるために他人の心身、ましてや命を犠牲にしようとするのは人間の度し難い所だな」
長雨で川が決壊してもその町には死者どころか怪我人の一人も出なかった。その代わりにすばるが掌に深い傷を負ったのだ。この傷は痕が残ってしまうだろう。
贄としての力が強いすばるは町一つ分の命を丸ごと贖っても死にはしない。死にはしないが傷を負うことは確かなのだ。それをわかっていて彼らは町の人間を死なせないために幼いすばるの体を傷つけた。彼らは感謝し、すばるを崇めたが皓月は知っている。怪我はなくとも家や田畑を失った者たちが「どうせなら家や田畑も守ってくれればよかったのに」と呟いていたことを。
人を傷つけて喜んでいるその姿、それどころか死を免れておいて加護が足りないと宣う人々が守護者である皓月に怒りを抱かせる。
「人は皆慈しむべき神々の愛し子だ。だが、彼らは時に例えようもなく愚かな行為をする」
ぎり、と皓月の歯が鳴った。その怒りを耐える様な表情を見てすばるは表情を曇らせる。そっと怪我を負った手を握る皓月の掌に、もう片方の手を添えて問いかけた。
「皓月、皓月は人が嫌いですか」
「嫌ってはいない。ただ、時折酷く愚かだと思う程度だ」
不安気に揺れる瞳に皓月はゆるりと首を振った。そして優しく銀鼠の尾でその頬を撫でる。
「ただ私は、お前の命が大事なのだ。お前が、人の子の命を慮るように」
長雨の水害はすばるが参拝者から直接乞われて請け負った傷だった。
参拝者と言葉を交わし、切実な訴えに幼い贄の子は憐れを感じたのだろう。皓月の承諾なしに願いを聞き届け、気付いた時には小さな掌は血に染まっていた。予想もしなかった負傷に皓月の血の気が引いたのはまだ記憶に新しい。
「お前が傷を負うのを私が厭うのは、おかしいと思うか」
神子に担ぎ上げておいて傷付くのを恐れるなど我ながら矛盾していると思う。悲しげに告げる皓月の言葉に、すばるは首を横に振った。
大事な人が傷つくのを見たくないのは当然のことだと思った。
「すばるも、皓月が傷付く姿はみたくない。同じです」
「そうだ、同じだ」
放っておけば幼い神子は訴えの大小区別なく安請け合いしてしまう。このままではいつか加減を見誤り、命に係わる事態を招きかねない。だからこそ皓月は事前に文を送らせて選別し、贄の力が本当に必要とされる者だけを神域に招くようにした。
「ただし、穢れ神や妖の災いは人に責はない。その時は、お前のその力が必要になる」
天災、人災、病や事故は人々の天命のうち。だが穢れた神や妖が起こす災いは天命とは外れた次元の災いだ。そう言う物に関してだけ、皓月はすばるに力を奮うことを許していた。
「それこそが、お前の血の使い道だ」
本来贄の力はそのために神から人の子が授かった限定的なものだった。
だが人の子は長き時に本来の意味を見失ってしまったのだ。天命を避けようと贄の血を持つ者に命を削れと求めてくる。目の前に広がる書簡がその証明だった。
「皓月の言うことはむつかしい……すばるには全部一緒に見えます。全部苦しんでいる人がいて、助けを求めているように見えます。すばるが皓月に元気でいてほしいと思うように、ここに来る人たちも大切な人に元気でいて欲しくて来ています。それをならぬと言えましょうか」
「いずれお前にもわかるようになる」
彼らとて自分たちと同じではないか、そう訴えるが皓月は緩く首を振る。まだ幼い故にわからないと言う。そんな皓月の持論に不服そうな顔をしながら、すばるは頬や身体を撫でまわる尾を掴んだ。ぎゅう、と握り締められて皓月の表情が歪む。
「すばる、痛いぞ」
「知りません」
そう言うすばるにふさふさとした毛を力いっぱい引っ張られて皓月の肩がびくりと震える。子供の力とは言え敏感な尾を遠慮なしに握られると痛いものだ。ぐぅ、と小さく唸るとすばるはちらりと皓月の顔を窺った。普段はぴんと立っている耳が力を失っている。
情けない表情をしている皓月を見て、すばるは仕方ないなとひとつ息を吐いてから笑顔を浮かべた。
「すばるがもっと大きくなればわかると言うなら、今日はこれで勘弁してあげます」
己の訴えが聞き届けられなかった不満を一通り態度で表して満足したのか、すばるは笑って皓月の尾を離す。そうして今度は癒すように優しく撫でてやった。
「さあさあ、早くお仕事を片付けてくださいね。夕餉までに終わってないと蛍が怒っちゃう」
どうせ皓月は強請ってもこの書簡を自分に選ばせてはくれないのだ。ならば今すばるにできることはない。すばるは皓月に早く仕事を終わらせるよう告げると彼の胸に身体を預けて目を閉じた。皓月が仕事を終えるまで寝て待つつもりのようだ。
「……わかった」
僅かに痛みの残る尾をすばるの手から取り上げ、別の尾でそろりとその頬を撫でる。目を閉じたままくすくすと笑う姿は何の蟠りも持たないように見えた。
今日も議論は平行線だった。なかなか理解は得られないものだと皓月は息を吐いて書簡に視線を移す。
届いた書簡を必要なものとそうでないものをより分けて、必要なものは更に優先順位を付けてから返答を送る。不必要なものは人ができる範囲で対策を立てられるように少し助言を添えて返す。どうにもできない身勝手なものもあるが、皓月は彼らの願いにただ無情な否を突き返しているわけではない。
皓月とてすばるの主張がわからないではないのだ。人にとっては天災も人災も、穢れ神も妖も等しく災いだ。救う手があるなら縋りたいと思うのは当然のことだろうし、助ける力があるのならその全てを救いたいというすばるの気持ちも理解できる。皓月も若い頃はそう思っていた。
けれどそれでは駄目なのだ。どこかで線を引かなければ、際限がなくなってしまう。
「いつかお前もわかる筈だ。血に込められた業深き力と、共に生きていく方法が」
穏やかな寝息を立てて眠るすばるの温もりを感じながら、皓月は小さく呟いた。
「皓月、六花さまからいただいた文のお返事を書きました。届けてください」
出会った当初舌足らずに相手の名を呼ぶことが精一杯だったすばるは、今ではしっかりと言葉を紡ぎ書簡に目を通している皓月に話しかけた。小さな手に文箱を抱え、とことこと足取りも軽く皓月に近寄ってくる。
「もう書けたのか。流石は私のすばるだ」
「そうでしょ?すばるは言葉や文字が得意なんです!」
文箱を受け取りながら労いと称賛の言葉を贈るとすばるは得意げに笑った。
実際すばるは人間の、同じ年の頃の子供に比べると格段に物事の飲み込みが早い。一度話して聞かせたことは決して忘れることがなく、読み書きも七つの子が書いたとは思えない物を仕上げてくる。どこへ出しても恥ずかしくない、自慢の神子だと皓月は日頃から周囲に吹聴していた。因みに吹聴する相手も篝や蛍なので、返事は「そうだよね本当に賢くて可愛いよね」という同意しか返って来ない。
「六花様もお前からの文を楽しみにしておられる。お前の成長ぶりを知れて嬉しいと仰っていた」
得意げにしているすばるの頭を優しく撫でてやると、すばるは嬉しそうに笑みを浮かべる。皓月に撫でられることと、六花が己の文を心待ちにしていると言う言葉の両方に喜んでいるのだろう。
「それはほんとですか。えへへ、嬉しい……」
ふわりと浮かべる笑みは女神もかくやと言う愛らしさだと皓月は思う。
神域に訪れてから六年が経ち、赤子だったすばるは愛らしく健やかに育った。
濡場玉の髪に星空の瞳は変わりなく、七つの子らしく活力に満ちた健康的な体を持った。その身は皓月と色違いで誂えた白小袖と緋袴の神子装束を纏い、長く伸ばした髪を一つに纏めている。因みに皓月は白小袖に藍の袴だ。
よく食べよく寝てよく遊び、そしてよく学び。生まれ落ちた時の不幸な行く末など感じさせない恵まれた生活を送るすばる。その上彼は神々の世界において一、二を争う悟性を持つ六花に将来を嘱望されていた。
「お前は優秀な神子だ。私はお前が誇らしい」
「もっと褒めてくれていいんですよ?すばるは褒められると伸びる子です」
にこにこと上機嫌に笑い続けるすばるは皓月の手によって流れるようにその膝の上に乗せられた。
六花への文を書き終えたと言うことはすばるの今日の仕事はこれでおしまいだ。対する皓月はまだ仕事中。そう言う時大抵皓月はすばるを膝に抱えて仕事をしている。
曰く、その方が仕事が捗るのだそうだ。
「さあ、今日のお願いはどうですか?すばるはお役に立てますか?」
「否、どれも大したものではない。お前の身を損なう必要はないよ」
興味津津と言った様子で皓月が目を通す書簡を覗きこむと、素気無い言葉で皓月はそう答えた。
皓月が目を通している書簡はすばるの贄としての力を乞う者からの依頼の文が大半だ。毎日届くそれを選別するのも皓月の仕事の一つである。
「そう?でも、こんなにたくさんお願いのお手紙があるのに」
残念そうにすばるは乗り出した身を皓月の胸に預ける。すかさず皓月はその身体をしっかりと抱きしめた。
「贄の力はお前の心身を損なう。何でもかんでも安請け合いして良い訳ではない」
抱きしめた腕に力が籠る。すばるはそれに不思議そうに首を傾げた。
幼いすばるは純粋に己の役割を受け止めていた。己の身を削って人々を守るのは贄の血を持つ己に課せられた使命であると。そのために毎日力を自在に操れるように訓練を積み、その力の及ぶ限り人々を助けてあげたいと望んでいた。
結局すばるは贄の神子として己の血肉を削る道を進み続けている。
「そうかなぁ。すばるの体一つでたくさんの人が難を逃れるのならその方がいいと思うのだけど」
皓月の言葉に対し心底不思議そうに問いかけるすばる。不思議なことに、贄の血には自己犠牲が本能として刻み込まれているようだ。
皓月はそれが厭わしかった。
「良いかすばる。常々言っているが、贄の力は人知の及ばぬ災いから人々を救うために与えられた力だ。軽々に揮うべきものではない」
言い聞かせるように語りかけながら皓月はすばるの小さな手に己の大きな手を重ねる。
すばるの小さな掌は包帯に包まれていた。その包帯の下には長雨が降り水害に悩む町を一つ贖った時に負った傷がついている。
「自然の動きは世界を循環する正常な働きの一つ。それから逃れるために他人の心身、ましてや命を犠牲にしようとするのは人間の度し難い所だな」
長雨で川が決壊してもその町には死者どころか怪我人の一人も出なかった。その代わりにすばるが掌に深い傷を負ったのだ。この傷は痕が残ってしまうだろう。
贄としての力が強いすばるは町一つ分の命を丸ごと贖っても死にはしない。死にはしないが傷を負うことは確かなのだ。それをわかっていて彼らは町の人間を死なせないために幼いすばるの体を傷つけた。彼らは感謝し、すばるを崇めたが皓月は知っている。怪我はなくとも家や田畑を失った者たちが「どうせなら家や田畑も守ってくれればよかったのに」と呟いていたことを。
人を傷つけて喜んでいるその姿、それどころか死を免れておいて加護が足りないと宣う人々が守護者である皓月に怒りを抱かせる。
「人は皆慈しむべき神々の愛し子だ。だが、彼らは時に例えようもなく愚かな行為をする」
ぎり、と皓月の歯が鳴った。その怒りを耐える様な表情を見てすばるは表情を曇らせる。そっと怪我を負った手を握る皓月の掌に、もう片方の手を添えて問いかけた。
「皓月、皓月は人が嫌いですか」
「嫌ってはいない。ただ、時折酷く愚かだと思う程度だ」
不安気に揺れる瞳に皓月はゆるりと首を振った。そして優しく銀鼠の尾でその頬を撫でる。
「ただ私は、お前の命が大事なのだ。お前が、人の子の命を慮るように」
長雨の水害はすばるが参拝者から直接乞われて請け負った傷だった。
参拝者と言葉を交わし、切実な訴えに幼い贄の子は憐れを感じたのだろう。皓月の承諾なしに願いを聞き届け、気付いた時には小さな掌は血に染まっていた。予想もしなかった負傷に皓月の血の気が引いたのはまだ記憶に新しい。
「お前が傷を負うのを私が厭うのは、おかしいと思うか」
神子に担ぎ上げておいて傷付くのを恐れるなど我ながら矛盾していると思う。悲しげに告げる皓月の言葉に、すばるは首を横に振った。
大事な人が傷つくのを見たくないのは当然のことだと思った。
「すばるも、皓月が傷付く姿はみたくない。同じです」
「そうだ、同じだ」
放っておけば幼い神子は訴えの大小区別なく安請け合いしてしまう。このままではいつか加減を見誤り、命に係わる事態を招きかねない。だからこそ皓月は事前に文を送らせて選別し、贄の力が本当に必要とされる者だけを神域に招くようにした。
「ただし、穢れ神や妖の災いは人に責はない。その時は、お前のその力が必要になる」
天災、人災、病や事故は人々の天命のうち。だが穢れた神や妖が起こす災いは天命とは外れた次元の災いだ。そう言う物に関してだけ、皓月はすばるに力を奮うことを許していた。
「それこそが、お前の血の使い道だ」
本来贄の力はそのために神から人の子が授かった限定的なものだった。
だが人の子は長き時に本来の意味を見失ってしまったのだ。天命を避けようと贄の血を持つ者に命を削れと求めてくる。目の前に広がる書簡がその証明だった。
「皓月の言うことはむつかしい……すばるには全部一緒に見えます。全部苦しんでいる人がいて、助けを求めているように見えます。すばるが皓月に元気でいてほしいと思うように、ここに来る人たちも大切な人に元気でいて欲しくて来ています。それをならぬと言えましょうか」
「いずれお前にもわかるようになる」
彼らとて自分たちと同じではないか、そう訴えるが皓月は緩く首を振る。まだ幼い故にわからないと言う。そんな皓月の持論に不服そうな顔をしながら、すばるは頬や身体を撫でまわる尾を掴んだ。ぎゅう、と握り締められて皓月の表情が歪む。
「すばる、痛いぞ」
「知りません」
そう言うすばるにふさふさとした毛を力いっぱい引っ張られて皓月の肩がびくりと震える。子供の力とは言え敏感な尾を遠慮なしに握られると痛いものだ。ぐぅ、と小さく唸るとすばるはちらりと皓月の顔を窺った。普段はぴんと立っている耳が力を失っている。
情けない表情をしている皓月を見て、すばるは仕方ないなとひとつ息を吐いてから笑顔を浮かべた。
「すばるがもっと大きくなればわかると言うなら、今日はこれで勘弁してあげます」
己の訴えが聞き届けられなかった不満を一通り態度で表して満足したのか、すばるは笑って皓月の尾を離す。そうして今度は癒すように優しく撫でてやった。
「さあさあ、早くお仕事を片付けてくださいね。夕餉までに終わってないと蛍が怒っちゃう」
どうせ皓月は強請ってもこの書簡を自分に選ばせてはくれないのだ。ならば今すばるにできることはない。すばるは皓月に早く仕事を終わらせるよう告げると彼の胸に身体を預けて目を閉じた。皓月が仕事を終えるまで寝て待つつもりのようだ。
「……わかった」
僅かに痛みの残る尾をすばるの手から取り上げ、別の尾でそろりとその頬を撫でる。目を閉じたままくすくすと笑う姿は何の蟠りも持たないように見えた。
今日も議論は平行線だった。なかなか理解は得られないものだと皓月は息を吐いて書簡に視線を移す。
届いた書簡を必要なものとそうでないものをより分けて、必要なものは更に優先順位を付けてから返答を送る。不必要なものは人ができる範囲で対策を立てられるように少し助言を添えて返す。どうにもできない身勝手なものもあるが、皓月は彼らの願いにただ無情な否を突き返しているわけではない。
皓月とてすばるの主張がわからないではないのだ。人にとっては天災も人災も、穢れ神も妖も等しく災いだ。救う手があるなら縋りたいと思うのは当然のことだろうし、助ける力があるのならその全てを救いたいというすばるの気持ちも理解できる。皓月も若い頃はそう思っていた。
けれどそれでは駄目なのだ。どこかで線を引かなければ、際限がなくなってしまう。
「いつかお前もわかる筈だ。血に込められた業深き力と、共に生きていく方法が」
穏やかな寝息を立てて眠るすばるの温もりを感じながら、皓月は小さく呟いた。
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