贄の神子と月明かりの神様

木島

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箱入り神子と星空と

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「それじゃ二人とも、楽しんできてくださいね!」
「行ってらっしゃいませ」

 二人仲良く出かけて行く背を蛍と篝は明るい声で見送った。
 それに立ち止まって振り返り、すばるは小さく手を振る。その間にすばるの隣にいた皓月は己の身を獣身へと変えた。
 月夜にきらきらと輝く銀鼠の毛並みに馬よりも大きな身の丈と三本の尾。ゆらゆらと揺れる金の瞳の狐はすばるの横に静かに伏した。
 乗れ、と言うことだろう。

「少し遠出するからな。この方が早い」

 驚き戸惑うすばるに、銀鼠の獣は言葉をかけた。それを聞いてすばるはおっかなびっくりと言った様子で大きな背によじ登る。

「しっかり掴まっていろ」

 荒事のない比較的穏やかな生活において獣身が必要な場面はあまりない。常に傍にいるすばるでさえ獣の姿を取った皓月を見るのは年に数度しかなく、しかもその背に乗るなど初めての体験だ。鞍もない剥き出しの獣の背に、すばるは緊張した面持ちで跨った。
 しかし、掴まれと言われても掴むところがない。

「大丈夫だ。毛を掴んでくれていい」
「え、でも……」
「お前一人分の力など可愛いものだ。遠慮はいらないよ」

 躊躇うすばるにくつくつと皓月は笑う。まがりなりにも神様なので、本当に大したことではないのだ。

「わ、わかった。痛かったら言ってくださいね」
「ああ」

 皓月に促され、振り落とされないようにすばるはその背をぎゅっと握り締める。それを確認した皓月は、少しの揺れも感じさせない軽さで宙へと飛んだ。
 皓月の身体は一度の跳躍で軽々と巨木を越え、森を遥か下に見る高さまで跳ねる。そしてそのまま宙を駆けだした。

「わぁぁ!凄い!皓月は空も飛べるんですね!」
「ふふ、これ位容易いことだ」

 形のない空気を踏み締めながら空を駆ける皓月にすばるは歓声をあげる。
 褒められて気分が良くなった皓月は得意げに首を振ると駆ける足を早くした。くん、と後ろに引かれる様な感覚がしたのは一瞬で、速さを増しても少しもすばるは苦にならなかった。
 眼下に広がる村々の明かりや、頭上の真ん丸な月を楽しむ余裕すらある。

「怖くはないか」
「あい、楽しいです」

 空を駆けるのは楽しかった。頬を打つ風や、遮る物のない視界。眼下に広がる野山に田畑。夜空は後でじっくり見るからとすばるは流れていく地上の景色を眺めて楽しむ。初めて見るものばかりでも少しも恐ろしいと感じることなく、あっという間に目的地に着いてしまった。
 舞い降りるようにふわりと皓月の巨体が地に足を着ける。それが少しすばるには残念だった。

「さあ、着いたぞ」

 その言葉と共に皓月は再び人身を取った。背に乗っていた筈のすばるは人身を取った皓月の腕に抱かれている。
 優しく地に下されるとそこは開けた小高い丘の上だった。遮る木々もなく空が良く見える。本に描かれたような満天の星空の期待を胸に、すばるはいざと顔を上げた。
 しかし、その空に星は余り見えない。

「あ……月が……」
「うん?ああ、今宵は満月だったか」
「そうみたいです……」

 そう、今宵は満月だった。月明かりが強すぎて星々の小さな明かりは人の目には酷く見え辛かったのだ。
 肩を落とすすばるの悲しそうな表情に皓月は空を見上げた。満月で煌々と輝く月は、確かに星明かりを消し去っている。

「少し待て」

 そう言うと、皓月は空を見上げたまま目を細める。するとどうだろう、徐々にその金色の瞳が濃くなり明るく輝き始めたのだ。

「皓月、それ……」

 突如変化した皓月の瞳にすばるの視線は奪われる。
 皓月の黄金の瞳は満月の光を吸い取り、闇夜に煌々と輝き神秘的な美しさを放っていた。

「もういいぞ」
「え?」

 空を見上げていた視線がすばるに向けられる。その瞳が見たこともないくらい強く黄金に輝いていて、そしてそれ以外の物が暗く見えることにすばるは首を傾げる。さっきまではお互いの顔も着物の柄もわかるくらい明るかったのに、今は目を凝らしてもはっきりしない。
 その原因を探すように、すばるは視線を泳がせ空を見上げた。

「あ……」

 頭上には満天の星空が広がっていた。
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