贄の神子と月明かりの神様

木島

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恋の芽生え

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 すばるが望むのなら否と言えないのが皓月の良くないところである。厄介の塊である垂氷を一晩泊めることに決まり、彼が出ていくまですばるの傍を片時も離れないようにしようと心に決めた。
 垂氷は人と神が必要以上に深く関わることを良しとしていない。そこには彼なりの事情があるのだがすばるは与り知らぬこと。警戒を強めていっそすばるが不自然に思うほどぴったりと寄り添っている皓月に呆れたのは垂氷であった。

「いやそんな警戒しなくても、何もしないよ?」
「信用ならん」

 不機嫌そうにむっつりと口を引き結んでいる皓月は尻尾を一本すばるの腰に回している。わかりやすい過保護っぷりは垂氷の記憶との齟齬が物凄いのだが、蛍と篝は当たり前のようにしている。寧ろ完全に放置して自分たちの作業へと戻っていってしまった。
 一応釘を刺したつもりだったのだが、もう手遅れだったのではないか。垂氷にそんな不安が過る光景だ。

「あの、皓月?一体どうしたんですか?」
「どうもしない。いつも通りだ」
「いつも通りです?」

 すばるもすばるで違和感を覚えてはいるようだ。何も言わない皓月に不思議そうな顔をしつつ、ほぼ無意識で己の腰に巻き付いたふわふわの尾を撫でた。毎日丹精込めて梳かしているので非常に触り心地がいい。
 そしてそれに驚愕したのは目の前の垂氷だ。

「皓月様が……尻尾を触らせてる……!」

 愕然として口元を手で覆う。それだけ衝撃的な光景だった。
 動物の性質を持つ神の耳と尾は非常に繊細な部位だ。それに加えて神経質な皓月が抵抗なく触らせるなど考えられない。垂氷は昔不用意に触って昏倒させられたことがある。だが目の前の皓月はそれに怒るどころか、若干頬を緩めて嬉しそうですらあった。

「なに、神子ちゃん君ほんとに何者なの……一体何をしたらあの皓月様がこんなことになるの?!」
「何って、すばるは別に何も。小さい頃からずっと皓月はこうでしたし」
「うっそだー!僕の知ってる皓月様と違い過ぎる!」

 六花の手勢として戦働きをしていた頃のことを思い出し、垂氷は激しく首を振る。というか今のところその表情筋がすばるに関することでしか働いていないところが驚きに拍車をかけていた。
 昔馴染みが驚くほどの変化を遂げたらしい皓月。逆に今の皓月しか知らないすばるは垂氷の言う昔の皓月に興味を抱いた。そっと皓月の尾を解き、自ら垂氷に近寄っていく。

「垂氷様、昔の皓月はどんな感じだったんですか?皓月、あまり自分のことは教えてくれないんです」
「聞きたい?聞きたい?いいよぉ、教えちゃう!」
「止めろ、余計なことはするな」

 二つ返事で返した垂氷に焦って皓月が二人の間に体を割り込ませる。その広い背中ですっかり視界が塞がれてしまい、すばるは不機嫌そうに頬を膨らませてその腕を引いた。

「なんでですか?すばるは聞きたいです」
「そうだよ。教えてあげてもいいじゃん減るもんじゃなし」

 前からは薄い水色の睫毛に縁取られた金の瞳が、背後から大きな星空の瞳が見上げている。しかし前後から責めるように見つめられても皓月は首を縦には振らない。

「お前はあることないこと吹き込むだろう。私が過去それでどれだけ迷惑を被ったと思っている」

 垂氷が一を十にも二十にも大きくして吹聴して回るせいで身に覚えのない噂話を立てられたことは数多い。本人に悪気がないものだから何度言い含めても治まらず、主に氷雪系の精霊の間で皓月は触れてはならないもののような扱いを受けているのだ。

「ちょっと盛ったかもだけど、嘘は言ってないし」
「脚色するなと言っている」
「神子ちゃんが僕の話聞きたいって言ってるのに?」

 お前の可愛い神子のお願いだぞ、と言えばわかりやすく皓月が言葉に詰まる。ちらとすばるに視線をやれば、彼は皓月の腕を掴んで後ろから覗き込むように見上げている。可愛い。

「皓月、お願い」
「うっ……」

 皓月を見上げて星空の瞳が瞬く。やけに瞬きの回数が多いのは絶対にわざとだ。すばるとて長年の付き合いで皓月が可愛いと感じる仕草は心得ている。目論見通り簡単に皓月の心は揺れるが、視界の端に入る垂氷がにやにやと笑っていることに気付いて辛うじて冷静さを取り戻した。
 皓月はすばるの方に振り返り、しっかりと両肩に手を置いて真剣な顔で口を開く。

「すばる、話なら後で私がいくらでもしてやる。何でも訊いていい。だからこいつは止めておけ」
「本当ですか!」

 その言葉を聞いてすばるの表情は花が咲いたかのように明るく華やぐ。
 垂氷から聞く話も魅力的ではあるが、本人の口から語られる方がいいに決まっている。大喜びで何度も頷いているすばると明らかにほっとした様子の皓月。そんな姿を見せられて勿論垂氷は面白くない。両手を頭の後ろで組んで、つまらなさそうに唇を尖らせた。
 絶対に皓月が話さないことだってこっちは知っているというのに。

「ええ~、つまんない。折角皓月様がモテにモテまくって大惨事になった時の話を教えてあげようと思ったのに」
「垂氷!」
「は?ちょ、まっ。待ってください詳しく!」
「すばる?!」

 酷く残念そうに言えば、焦った皓月を押し退けてすばるが詰め寄ってくる。面白いくらいに分かりやすく食いついてきたすばるに垂氷はにやりと唇を歪めた。

「いいよぉ、お兄さんが教えてあげる。あれは確か僕と皓月様が六花様の御用で春の谷に行った時のことで」
「垂氷!やめろ!」
「わっ」

 すばると肩を組んで座り込んだ垂氷の口から放たれた言葉は皓月にも心当たりのあることだった。垂氷の鉄板ネタで、できれば消し去りたい過去。絶対に聞かせたくないと、焦った皓月は顔面を真っ青にしてすばるの両耳を手で塞いでしまった。

「それは……まだすばるには早い。教育によくない」
「人間の十五歳は大人なんでしょ?いいじゃん別に」
「駄目だ」

 けらけら笑う垂氷に皓月は真剣な顔で首を振る。その間も両手はすばるの耳を塞いでいて、尻尾もぴんと立ち上がっている。それだけ嫌だと言うことだろう。
 ころころ変わる表情を見るのがいっそ愉快になってきて、もっと見たくなってくる。その衝動に従って、垂氷は懸命に手を耳から離そうとしているすばるの手助けをしてやった。すばるを傷つけない程度に抑えた力など、糸くずを取るようなものだ。

「あっ、この……!」
「神子ちゃん、後で皓月様に自分で訊いてみな?さっき“なんでも”訊いていいって言ってたもんね」

 剥がした手を握ったまま耳元で囁けば、すばるははっとした表情を浮かべる。

「確かに」

 納得されてしまった。
 垂氷から誇張した話をされて誤解されるのは言語道断だが、自分で話したかったわけではない。悔しげに唇を噛んでいると、垂氷がにやにやといやらしく笑ってこちらを見上げていた。

「可愛い神子ちゃんに嫌われないといいねぇ」
「お前は……本当に……!」

 苛立ちが頂点に達した皓月は、垂氷の頭に力一杯の拳骨をお見舞いした。
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