贄の神子と月明かりの神様

木島

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苛むもの

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 すばるが工房に見学に来てからひと月が立った後。九朗は完成した帯留めを持ってすばるの神域へと向かっていた。
 家の用事と仕事が立て込んで思った以上に待たせてしまった。早く見せてやりたいと九朗は逸る気持ちを抑えつつ帯留めを入れた木箱と土産の甘味を包んだ風呂敷を抱えて静かな森を足早に歩く。
 どんな顔をして受け取ってくれるだろう。喜んでくれるだろうか。頭の中はすばるのことでいっぱいで、九朗は神域への道がいつもと様子が違うことに気が付かなかった。
 いつもは少ないながらも人の往来がある道に九朗以外の人影はない。柔らかな陽の光と芳しい木々の香りに包まれているはずの道筋は真っ昼間にも拘らずどことなく暗く、鳥の囀りもないような陰鬱な静けさが広がっていた。明るいのに、暗い。からりと晴れているのに、空気がじっとりと重苦しい。木々のざわめきが体に纏わりつくよう。
 はっきり言って不気味だ。
 だがすばるに会いたいと気が急いている九朗は立ち止まることなく突き進み、森の奥深くに鎮座する贄の神子の屋敷へと辿り着いた。
 けれど。

「ごめんな、神子さんには暫く会えないっすよ」
「えっ」

 九朗の気配に気づいて外に出てきた蛍は申し訳なさそうにこう言った。

「ちょうど大きなお務めがすんだとこでさ、休養中なんっすよ。今は参拝も断ってるし、来客の相手をして疲れさせたくないんで」
「そう……なんですか」

 帰ってほしいと言外に匂わせる蛍。九朗は予想外のことに戸惑い、会うこともできないと言われたすばるの状態に不安が押し寄せた。

「あの、そんなに体調悪いんですか?よくわかんねえけど……大丈夫、なんですよね?」

 今まではすばるの体調が悪い日でも見舞いに一言声をかけて帰ることができていた。今日はそれすらできないとは。それだけ深刻な状態と言うことだろうか。贄の神子の『大きな務め』と言うものが一体どのような行為を指すのか九朗にはわからない。だからこそ今すばるが置かれている状況がどんなものか理解できず、縋るような目で蛍を見つめた。

「あぁ~そんな顔しないで!大丈夫だから!けど今一番しんどい時なんで、半月はそっとしておいてほしいっす」
「半月も?!」
「あっ、念のためね?余裕をもって半月ってことっだからね?!」

 安心させようと言った言葉に悲壮感漂う声が返ってくる。余計に不安を煽ってしまったようだと蛍は慌てて言葉を重ねた。

「大丈夫。皓月さんがいるんだから、すぐ元気になるっすよ」

 ここには神がいる。それが何よりの安心材料になるだろうと微笑んで不安そうにする九朗の肩を叩く。すると九朗は蛍の目をじっと見つめ、やがて詰めていた息をゆっくりと吐きだした。

「そう……そうだよな。ここには神様も精霊様もいるんだから、すぐ治るよな……」
「うん、だから今日はお帰り。九朗が来たことは後で神子さんに伝えとくからさ」

 優しく語る蛍の言葉の真偽を図ることは九朗にはできない。今は蛍の言葉を信じ、顔も見ることもできない友人の回復を祈ることしかできないのだ。

「……わかりました。今日は帰ります」

 そう答えると九朗は風呂敷包みから木箱を抜き取って残った包みを蛍へ差し出した。

「これ、見舞いに。調子がいい時にでも食べさせてやってください」
「お、ありがとね~。渡しとくっす」

 蛍が受け取ったのは土産になるはずだった羊羹だ。体調不良のすばるが食べられるかどうかはわからないが、労りの気持ちだけでも伝えたかった。
 帯留めは己の袂に仕舞う。これは直接顔を見て渡したい。

「ほんと悪いね」
「いや、すばるの体調が一番ですから」

 本当に申し訳なさそうに眉を下げる蛍に頭を下げて身を翻す。目の前に広がるのは神域の湖で、それを挟んだ東の棟にすばるの自室がある。彼は今あそこで見知らぬ誰かの代わりに苦しんでいるのだろう。それを思うと胸が苦しくて、何もできないと分かっていても傍にいてやりたかった。

「遠くから、見るだけなら……」

 声はかけない。建物にも近寄らない。歯痒い思いをするかもしれないが少しでもすばるの気配を感じたい。九朗は湖の淵を遠回りして東の棟の前を通ってから帰ることにした。
 拝殿の前を通り東の棟へ。いつもとは違う鬱々とした静けさの中、己の足音だけが妙に耳に響く。
すばるの部屋は東の棟の真ん中あたりにある。明かりを入れるために全ての部屋の格子は開け放たれているようで、離れていても中の様子を窺うことができそうだ。
 そうして九朗が寝台の見えるところまで歩みを進めた時。

「ああぁぁぁっ!!!」

 悲鳴のような声が辺りに響いた。
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