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苛むもの
二
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「っ?!すばる?!」
すばるの部屋から響いた声に驚いて思わず足を踏み出しそうになる。だが、続く叫びに地面に縫い留められたかのように動けなくなった。
「ああぁ!痛い、痛い!触らないで!やめてください!!やだ!やだぁ!!」
寝台の中から聞こえる叫びは間違いなくすばるのもの。その声は恐怖と苦痛に染まっていた。
体が金縛りにでもあったかのようだ。九郎はその場から一歩も動けず、初めて耳にする取り乱した声に心臓がばくばくと激しく鼓動を打ち始めた。
すばるの身に、一体何が。
「すばる殿落ち着いてくだされ!手当をするだけにございます!」
「いやぁ!」
何かがぶつかる音がして派手な音を立てて几帳が一つ倒れる。
寝台の中にいたのはすばると篝、皓月。皓月が暴れるすばるの体を正面から抱きしめていて、篝は宥めるように話しかけている。
九朗が呆然とその様子を眺めていると薄暗かった寝台に直接陽の光が差し込んで、剥き出しになったすばるの背中に光が当たった。見えたのはすばるの白い背中に袈裟懸けに広がる赤い傷痕と暗紫色の肌。
「な、んだ……アレは……」
普通の傷痕とは違う。直感でそう思った。
生々しい赤い裂傷は血が流れていないのが不思議なほど深くぱっくりと開いて、周りの暗紫色の皮膚はぼこぼこと不規則に隆起している。篝がそっとその肌を拭うと真っ黒な汁で布が汚れていた。
あんな傷は見たことがない。
「痛い、熱い……!!助けて、助けて……!皓月っ!」
篝が触れるたびにすばるが叫ぶ。その声に言い知れぬ恐怖を感じてびくりと体が跳ねた。
「すばる、すまない。いい子だから少しだけ耐えてくれ。薬を塗って包帯を変えるだけだ。すぐに済む」
「嘘です!全然痛いのなくならない!身体中熱くて苦しい……!なんで?どうして?痛い痛い痛い」
「申し訳ございませぬ、すばる殿」
「ひ、ぁぁぁっ!」
余程の痛みなのかすばるの悲鳴は止まない。篝が傷に触れる度に声をあげ、長い髪を振り乱して普段からは考えもつかないような悲観的な言葉を紡ぐ。それでも震える手で皓月の腕を掴み、どうにか耐えようとしている姿はひどく痛ましかった。
どうしてあんな傷が、そう思った直後に彼が何らかの務めを果たした後なのだと言うことを思い出す。
「これが、贄の神子の、務め……?」
九郎にとっては肩書きでしかなかったその名。あれが、その姿とでも言うのだろうか。
他者の災いの身代わりとなる生贄の神子。あの傷が誰かの不幸の身代わりと言うのならば、人は彼になんて酷なことを強いているのだろう。痛みに悶え苦しむ姿はとてもじゃないが見ていられない。
でも、知らなかったとは言えない。九郎は彼の役目を知っていた。知っていたのにどこか現実味のないことのように感じていたのだ。
九郎自身彼の使命を軽く見ていたことに気付き、絶望に似た心地で拳を握り締めた。
「九朗」
「蛍さん……」
静かに声をかけられて振り返った九郎の目は涙に潤んでいた。零れ落ちそうなそれを唇を噛み締め耐えている姿に蛍は苦く笑う。態々遠回りするその背に気付いて正解だった。
「色々思うところはあるだろうけど、今日はもう帰りな。あの子だって、あんな姿お前に見られたくないんすよ」
「すみません、俺……!」
「いいから。な?」
九朗の背後からすばるの呻き声が微かに聞こえる。それを宥める皓月達の声も。今あの場に踏み込んでいける勇気は九朗にはなかった。
「はい……」
力なく肩を落として九朗は神域を去っていく。その姿が確実に神域を出たことを確認してから、蛍は大きな溜息を吐いて身を翻した。
すばるの部屋から響いた声に驚いて思わず足を踏み出しそうになる。だが、続く叫びに地面に縫い留められたかのように動けなくなった。
「ああぁ!痛い、痛い!触らないで!やめてください!!やだ!やだぁ!!」
寝台の中から聞こえる叫びは間違いなくすばるのもの。その声は恐怖と苦痛に染まっていた。
体が金縛りにでもあったかのようだ。九郎はその場から一歩も動けず、初めて耳にする取り乱した声に心臓がばくばくと激しく鼓動を打ち始めた。
すばるの身に、一体何が。
「すばる殿落ち着いてくだされ!手当をするだけにございます!」
「いやぁ!」
何かがぶつかる音がして派手な音を立てて几帳が一つ倒れる。
寝台の中にいたのはすばると篝、皓月。皓月が暴れるすばるの体を正面から抱きしめていて、篝は宥めるように話しかけている。
九朗が呆然とその様子を眺めていると薄暗かった寝台に直接陽の光が差し込んで、剥き出しになったすばるの背中に光が当たった。見えたのはすばるの白い背中に袈裟懸けに広がる赤い傷痕と暗紫色の肌。
「な、んだ……アレは……」
普通の傷痕とは違う。直感でそう思った。
生々しい赤い裂傷は血が流れていないのが不思議なほど深くぱっくりと開いて、周りの暗紫色の皮膚はぼこぼこと不規則に隆起している。篝がそっとその肌を拭うと真っ黒な汁で布が汚れていた。
あんな傷は見たことがない。
「痛い、熱い……!!助けて、助けて……!皓月っ!」
篝が触れるたびにすばるが叫ぶ。その声に言い知れぬ恐怖を感じてびくりと体が跳ねた。
「すばる、すまない。いい子だから少しだけ耐えてくれ。薬を塗って包帯を変えるだけだ。すぐに済む」
「嘘です!全然痛いのなくならない!身体中熱くて苦しい……!なんで?どうして?痛い痛い痛い」
「申し訳ございませぬ、すばる殿」
「ひ、ぁぁぁっ!」
余程の痛みなのかすばるの悲鳴は止まない。篝が傷に触れる度に声をあげ、長い髪を振り乱して普段からは考えもつかないような悲観的な言葉を紡ぐ。それでも震える手で皓月の腕を掴み、どうにか耐えようとしている姿はひどく痛ましかった。
どうしてあんな傷が、そう思った直後に彼が何らかの務めを果たした後なのだと言うことを思い出す。
「これが、贄の神子の、務め……?」
九郎にとっては肩書きでしかなかったその名。あれが、その姿とでも言うのだろうか。
他者の災いの身代わりとなる生贄の神子。あの傷が誰かの不幸の身代わりと言うのならば、人は彼になんて酷なことを強いているのだろう。痛みに悶え苦しむ姿はとてもじゃないが見ていられない。
でも、知らなかったとは言えない。九郎は彼の役目を知っていた。知っていたのにどこか現実味のないことのように感じていたのだ。
九郎自身彼の使命を軽く見ていたことに気付き、絶望に似た心地で拳を握り締めた。
「九朗」
「蛍さん……」
静かに声をかけられて振り返った九郎の目は涙に潤んでいた。零れ落ちそうなそれを唇を噛み締め耐えている姿に蛍は苦く笑う。態々遠回りするその背に気付いて正解だった。
「色々思うところはあるだろうけど、今日はもう帰りな。あの子だって、あんな姿お前に見られたくないんすよ」
「すみません、俺……!」
「いいから。な?」
九朗の背後からすばるの呻き声が微かに聞こえる。それを宥める皓月達の声も。今あの場に踏み込んでいける勇気は九朗にはなかった。
「はい……」
力なく肩を落として九朗は神域を去っていく。その姿が確実に神域を出たことを確認してから、蛍は大きな溜息を吐いて身を翻した。
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