56 / 71
苛むもの
十
しおりを挟む
九朗はその後やけにすっきりとした表情をして帰っていき、今度は皓月が胸にもやもやを抱えるハメになった。
いつものように四人で食卓を囲む間もどこか上の空で、珍しくぼんやりしている皓月にすばるたちは不思議そうな視線を送る。そしてそれにさえ皓月は気が付かなかった。この中で最も実力のある皓月が、である。異常事態だ。
「皓月、どうしました?体調でも悪いんですか?」
「ん?いや、特に変わりはないが」
「そうっすか?なんかさっきからぼんやりしてるっすよ」
「そうか?」
心配そうに問われた意味がわからず首を傾げる皓月。どうやら本人にも自覚がないようだ。
「すばる殿、今日のお勤めで何か変わったことがございましたか?」
「いいえ特には。今日はまだ軽いくらいでした」
今日の勤めは普段通りに始まり恙なく終わった。嘔吐したことも疲れて仮眠を取ったのも珍しいことではない。変わったことと言えば唯一、九朗が見学していたくらいだ。
「あ、もしかして九朗になんか言われたんすか?」
「……いや」
ピンときた蛍が尋ねればわかりやすく反応が悪い。これは何かあったなとすばるたちは無言で視線を交わし合った。
「宣戦布告でもされましたか」
「せんせんふこく?」
「違う」
合点がいったとでも言いたげな顔の篝の言葉を否定する。否定するが、思い返せば喧嘩を売られたような気がしないでもない皓月である。
皓月の座を譲れと九朗は言った。言われてみれば宣戦布告かもしれない。皓月は急に胸の内が不快になり眉を顰めた。
「もしかして九朗と喧嘩でもしたんですか?いつもあんなに仲良さそうなのに」
「は?仲いいと思ってたんすか?マジで?」
「特に親しくした覚えはないが」
「えっ?」
皓月と蛍から否定が飛んできて目を丸めるすばる。二人は互いに当たり障りのない態度を取り合っていただけなのだが、すばるにはそれが友好的なやり取りに見えていたらしい。
「特段九朗と何事かあった訳ではない。お前が気にすることは何もないから、早く夕餉を食べてしまいなさい」
「あやしゅうございますなぁ」
「くどいぞ、篝」
完全に箸を止めてしまったすばるを促すように言えば、横から篝がにやにや笑いながら茶々を入れてくる。きろりと睨みつけると『怖や怖や』と冗談めかして言いながら肩を竦めた。
納得のいかない様子の三人の視線を無視して食事を再開する。季節の実りである栗を炊き込んだご飯はほんのり甘く、すばる好みの味だ。食べないのかと視線で促して漸く諦めたすばる達も膳に箸をつけ始めた。
「そう言えば、今日は九朗の土産を食べ損ねておりますね。痛んでもいけませんし、夕餉の後に食べませぬか?」
九朗の話題が出て、厨に置いたままの土産の存在を思い出す。あれもまた甘味が好物のすばるのために毎度せっせと持ってくる求愛の証だ。本人には今ひとつ伝わっていないが。
「あっ、そうでした。食べます!」
「そっか、お勤めの後寝てたっすもんね。笹団子でしたっけ」
「あい、お路さんのところの笹団子は本当に美味しいんです。みんなで食べましょう」
九朗は背中に傷を負ってから町へ行けていないすばるのためにお気に入りの笹団子を買ってきてくれたのだ。みんなと一緒にその味を味わいたいすばるは機嫌よく笑うと隣で黙々と箸を動かしている皓月を仰ぎ見た。
「皓月も食べますよね」
「ああ、いただこう」
「あい」
すばるが共にと言うのなら何でも食べる。皓月は素直に頷いて、ついでに『お路さんの笹団子』を頭の中に刻み込んだ。もちろん、今度町へ出てすばるへの土産に買うためだ。
普段は一人前の夕餉で満腹になるすばるだが甘味となれば話は変わる。串に三つの団子が刺さり、たっぷり餡の乗った笹団子を二本も食べてもけろりとしていた。皓月は機嫌よく団子を頬張るすばるの姿を見ているだけで胸にあたたかなものが広がってゆくのを感じる。
「うまいか?すばる」
「あい。笹団子はここが一番です!」
これは確かに好意には違いないだろう。けれど九朗が思うような恋情からくるものではなく、長年傍で守り育ててきた親心のようなものだ。そうに違いない。いや、そうでなければならない。神が一人の人間を特別に愛することは許されてはいないのだから。
己の胸に刻み込むようにそう何度も考えて、皓月は渡された団子に一口齧りついた。
「甘いな……」
いつものように四人で食卓を囲む間もどこか上の空で、珍しくぼんやりしている皓月にすばるたちは不思議そうな視線を送る。そしてそれにさえ皓月は気が付かなかった。この中で最も実力のある皓月が、である。異常事態だ。
「皓月、どうしました?体調でも悪いんですか?」
「ん?いや、特に変わりはないが」
「そうっすか?なんかさっきからぼんやりしてるっすよ」
「そうか?」
心配そうに問われた意味がわからず首を傾げる皓月。どうやら本人にも自覚がないようだ。
「すばる殿、今日のお勤めで何か変わったことがございましたか?」
「いいえ特には。今日はまだ軽いくらいでした」
今日の勤めは普段通りに始まり恙なく終わった。嘔吐したことも疲れて仮眠を取ったのも珍しいことではない。変わったことと言えば唯一、九朗が見学していたくらいだ。
「あ、もしかして九朗になんか言われたんすか?」
「……いや」
ピンときた蛍が尋ねればわかりやすく反応が悪い。これは何かあったなとすばるたちは無言で視線を交わし合った。
「宣戦布告でもされましたか」
「せんせんふこく?」
「違う」
合点がいったとでも言いたげな顔の篝の言葉を否定する。否定するが、思い返せば喧嘩を売られたような気がしないでもない皓月である。
皓月の座を譲れと九朗は言った。言われてみれば宣戦布告かもしれない。皓月は急に胸の内が不快になり眉を顰めた。
「もしかして九朗と喧嘩でもしたんですか?いつもあんなに仲良さそうなのに」
「は?仲いいと思ってたんすか?マジで?」
「特に親しくした覚えはないが」
「えっ?」
皓月と蛍から否定が飛んできて目を丸めるすばる。二人は互いに当たり障りのない態度を取り合っていただけなのだが、すばるにはそれが友好的なやり取りに見えていたらしい。
「特段九朗と何事かあった訳ではない。お前が気にすることは何もないから、早く夕餉を食べてしまいなさい」
「あやしゅうございますなぁ」
「くどいぞ、篝」
完全に箸を止めてしまったすばるを促すように言えば、横から篝がにやにや笑いながら茶々を入れてくる。きろりと睨みつけると『怖や怖や』と冗談めかして言いながら肩を竦めた。
納得のいかない様子の三人の視線を無視して食事を再開する。季節の実りである栗を炊き込んだご飯はほんのり甘く、すばる好みの味だ。食べないのかと視線で促して漸く諦めたすばる達も膳に箸をつけ始めた。
「そう言えば、今日は九朗の土産を食べ損ねておりますね。痛んでもいけませんし、夕餉の後に食べませぬか?」
九朗の話題が出て、厨に置いたままの土産の存在を思い出す。あれもまた甘味が好物のすばるのために毎度せっせと持ってくる求愛の証だ。本人には今ひとつ伝わっていないが。
「あっ、そうでした。食べます!」
「そっか、お勤めの後寝てたっすもんね。笹団子でしたっけ」
「あい、お路さんのところの笹団子は本当に美味しいんです。みんなで食べましょう」
九朗は背中に傷を負ってから町へ行けていないすばるのためにお気に入りの笹団子を買ってきてくれたのだ。みんなと一緒にその味を味わいたいすばるは機嫌よく笑うと隣で黙々と箸を動かしている皓月を仰ぎ見た。
「皓月も食べますよね」
「ああ、いただこう」
「あい」
すばるが共にと言うのなら何でも食べる。皓月は素直に頷いて、ついでに『お路さんの笹団子』を頭の中に刻み込んだ。もちろん、今度町へ出てすばるへの土産に買うためだ。
普段は一人前の夕餉で満腹になるすばるだが甘味となれば話は変わる。串に三つの団子が刺さり、たっぷり餡の乗った笹団子を二本も食べてもけろりとしていた。皓月は機嫌よく団子を頬張るすばるの姿を見ているだけで胸にあたたかなものが広がってゆくのを感じる。
「うまいか?すばる」
「あい。笹団子はここが一番です!」
これは確かに好意には違いないだろう。けれど九朗が思うような恋情からくるものではなく、長年傍で守り育ててきた親心のようなものだ。そうに違いない。いや、そうでなければならない。神が一人の人間を特別に愛することは許されてはいないのだから。
己の胸に刻み込むようにそう何度も考えて、皓月は渡された団子に一口齧りついた。
「甘いな……」
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる