贄の神子と月明かりの神様

木島

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自覚と自戒

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 そもそも、皓月本人も自分が一体何に気を取られているのかを今ひとつ理解できていなかった。
 九朗がすばるに好意を抱いていることは以前から知っていた。短い付き合いだが善人であることも理解しているし、想いを告げることも求愛も自由だと思っている。それにすばるがどう答えても皓月にとってすばるが守るべき子であることに何の変わりもない。
 少なくとも今最もすばるの心の底に根付いているのは皓月だろう。けれどいつかそれは愛する人に変わる。相手は九朗かもしれないし、また別の誰かかもしれない。誰の手を取るかはわからないがいつかは訪れる未来だろう。
 それを守護者である皓月はすばるの隣で見ていなければならない。すばるが皓月以外の誰かを愛し、幸せになる姿を。

「それの何が問題だ?何一つ問題など、ないはずだ」

 問題はないと言いながら、どうも胸の奥がすっきりとしない。こういう時は刀を振るに限ると皓月は空いた時間を鍛錬に費やすことにした。

 刀を振っていると無心になれる。理解できない胸の不快感も、度々訪れる九朗とすばるの仲睦まじいやり取りも刀を振り下ろしている間だけは考えずに済む。
 何かから強引に目を逸らそうとしている自覚はあった。だが、己の心を乱す得体の知れないこの感情に形を与えてはならない。形を持ってしまえば自分はきっと止められなくなるだろうと己の中の何かが告げる。その忠告に従って皓月は形を持たぬ感情に蓋をして鍵をかけた。

 けれどそのことに目ざとく気が付く者もいるわけで。

「踏み込んじゃいけない一線があるっていうのは承知の上っすけどね、己の心から目を逸らすのも魂を穢す理由足り得ると思ってんすよ。俺は」

 珍しく蛍が腰を据えて鍛錬を眺めているなと思っていたらそんなことを言う。皓月は言われていることの意味がわからず刀を振るう手を止めた。どことなく不満げな表情をして濡れ縁で胡坐をかいている蛍を見て首を傾げる。

「何のことだ?」
「そういうとこ!そういうとこっすよ!そうやって知らんぷりして後で後悔すんの自分なんっすからね!」
「何を怒っているんだお前は」

 蛍の四本の尾が感情に合わせて複雑に揺れる。彼は何か自分の態度に思うところがあるらしい。それだけはわかったがそれ以上はわからない。皓月は眉を顰めて蛍に続きを促した。すると蛍に「本当にわかんないんっすか?」と言いたげな顔をされる。皓月はちょっと苛ついた。

「このままじゃ本当に神子さんは皓月さんじゃない誰かのものになりますよ?本当にいいんですか?神子さんが自分じゃない誰かと抱き合ったり口付けたり、果ては交合なんて……っ?!」

 ゾッとするほどの殺意を感じた瞬間、蛍は反射的に庭先へと飛びのいた。直後に胴を薙ぐように銀色の煌めきが視界を霞め、四肢を地に着けた時には先程まで自分が座っていた場所に刀を抜いた皓月が立っていた。そのまま座っていたら真っ二つになっていたかもしれない。あまりにもな行動に流石の蛍もむかっ腹が立って、舌打ちする皓月にずんずんと詰め寄っていった。

「なぁーにするんっすか危ないなぁ!」
「貴様言うに事欠いて交わりなどと!すばるはまだ幼いのだぞ!」
「幼くなんかありませーん!神子さんは十六!人間で言えばもう大人!いずれそういうことだってありますよ冗談じゃなく!」
「それは……っ、そうかもしれんが!」

 怒鳴りつけた皓月に毛を逆立てて言い返す蛍の言葉は正論だ。正論には違いないが養い子の繊細な部分をそうやって言葉にするのはいかがなものか。反射的に手が出てしまったのも仕方がないと皓月は自分を正当化する。
 そんな態度の皓月に溜息を吐いてもう一度いいのかと蛍が問いかける。そのしつこさに顔を顰める皓月だったが、蛍は性質の悪い冗談や揶揄をするような男ではない。何か理由があるのだろうと不本意ながらも蛍の言う様を想像して、すばるを抱き寄せて口付けようとする顔も名もない影を一瞬で切り殺した自分に気が付いた。

 自分の場所を奪われたと思った。ただの想像だというのに耐え難い激情が湧いたことに皓月は戸惑い、何も言葉にすることができずに口を閉ざした。

「神とか人間とか、許されないとか決まりとかそういうこと一旦横に置いて考えてみてくださいよ。ただあんたの中にある神子さんへの気持ちにちゃんと向き合ってください。それでも何も言わないって決めたんなら俺だってそれ以上何も言いませんから」
「私の、すばるへの気持ち……」
「そ、考えて。ただがむしゃらに刀振ってるよりその方がよっぽど建設的っすよ」

 鍵をかけてしまい込もうとした形のない感情。蛍はそれに名前を付けろと言う。皓月はその視線がすばるを好いていると公言した時の九朗の目に似ていると思った。自分自身には見えていないこの胸のざわつきの答えを二人は知っているのだろうか。
 知ってはいけないものだとも、知らなければならないことだとも思う。どちらが正しい道だろうか。
 ここまで己の心がわからないと思うのは神と言う地位を得てから初めてのことだった。
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