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 やっぱ夢か。イベント楽しみにしすぎて夢にまで見ちゃった的な。それにしては恐ろしい再現度。自分の脳みそのポテンシャルが怖い。
 新しい情報を得て頭を捻っている俺は、夢か現か考えることに精一杯。それを観察している男が俺の態度を見て何を思ったかなど到底思い至らなかった。

「オークラケニーチ。両手を出しなさい」
「はい?」

 呼びかけられる硬い声にはっとして、促されるままに手を差し出す。すると男が俺の手を掴んで小さく何か呟いたと思うとぱっと目の前が光る。反射的に瞼を閉じて、開いた時には俺の両手は光る鎖のようなものでがっちりと拘束されていた。

「な、ななななんですかこれ?!」
「オークラケニーチ、あなたをスパイ容疑で拘束します。大人しくついてきなさい」
「スパイ?!」

 素っ頓狂な声をあげる俺に構うことなく男は来た方向へ身を翻す。光の鎖は俺の両手から男の手まで続いており、背を向けて歩き出した男に雑に引っ張られた。
 たたらを踏みながらも引かれるままに歩き出す。抵抗が一瞬頭を過ったが、足元に転がるイビルボアの死体を見てその考えを掻き消す。一撃でこいつを倒した相手に見せ筋肉しかない俺が敵うわけがない。よしんば逃げられたとしてもまたモンスターに襲われたら今度こそ俺は死ぬだろう。
 現実の可能性もある世界で俺に選ぶ余地はない。光る鎖に引かれるまま俺は男の後ろを素直について歩いた。

「ここのモンスターは低レベルとは言え、邪魔されると面倒です。まずはあなたを赤の森直近の駐屯所へ連れて行きます。そこで改めて話を聞きましょう」
「はい……」

 その低レベルなモンスターに殺されそうになってたんですけどね、俺。とかそんな軽口を叩くような空気でもない。俺は売られていく子牛よろしく細い未舗装の道を項垂れて歩く。
 道すがら茂みがガサガサと揺れる音や遠くから獣の遠吠えが聞こえて、その度にびくびくと体が震える。さっきのイビルボアの件もあるしびびって当たり前だと思う。そんな終始おっかなびっくり歩いている俺を胡乱げに見る男前。それどういう視線?俺はそこそこの都会育ちで自然に慣れてないの!

 男の冷たい視線にモンスターの気配。両方に怯えながら歩くこと十数分。ようやく見えてきた森の出口はやはり見覚えのあるもので、連れてこられた駐屯地も何となく見たことのある外観をしていた。
 駐屯地にいた軍人っぽい奴らは男の顔を見た瞬間にキレのある動きで敬礼と挨拶をしている。どうやらこの男はそれなりに偉い奴のようだ。まあ、俺を王子様と勘違いしながらあのテンションで話しかけていたんだから納得である。

「赤の森で不審な男を捕縛した。尋問室は空いているか」
「はい、使用可能です。尋問官を使用しますか?」
「いや、いい。一先ず私が尋問を行う」
「承知いたしました」

 事務室のような場所で対応した一人に男は言う。俺はこれから尋問を受けるらしい。
 尋問って言うとテレビドラマの警察と容疑者を思い出す。『知っていることを全部吐け!』とか激しく机を叩きながら言うやつ。それとも時代劇みたいに吊るされて鞭打ちとかだろうか。想像するだけで恐ろしく、俺の顔色は真っ青になった。

「こちらです。着いて来なさい」
「ひゃい」

 顔色をなくした俺を見ても男の態度は変わらない。淡々と俺を誘導し、恐怖の尋問室へと続く廊下を歩く。
 途中すれ違う軍人たちは俺の顔を見て『殿下』と口々に呟いている。中にはぎょっとした顔で二度見する奴もいた。彼らの顔にはありありと困惑が映し出されていて、俺はますます小さくなった。

「入りなさい」

 通された尋問室は俺が思っているよりは洒落た印象だった。机と椅子と小さな窓、というイメージはそのままだったがテレビドラマで観るような簡素なものではなく、床はフローリングでテーブル、椅子は飾彫りのある木製。壁は漆喰を塗ったような白い壁でどことなく温かみがある。
 状況はなんら変わらないが予想よりマシだった部屋の様子に少し力が抜ける。安堵に小さく息を吐いた俺を見た男が何か呟くと、両手を拘束していた光の鎖は弾けるように消えてしまった。

「おわ、すげ……」

 自由になった両手をひらひらと翻して呟く。魔法みたいだ。
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