上 下
33 / 34

33

しおりを挟む
「予言書では巣の中で化石化して休眠状態の卵が発見され、研究所が極秘で孵化を試みたと記されていました」
「なん……」
「そんな、まさか」

 今度は2人揃って絶句している。何も言えないでいる2人を前に一度カラカラの喉を水で潤し、俺は説明を続けた。

「孵化実験はある人物の資金援助を受けて無事成功し、邪竜エンプリオは復活します。そして……ある人物の手引きを受けて王宮を急襲し、この王宮を占拠。ナギリムは……陥落します」
「ナギリムが陥落……」
「王宮を、占拠だと?それはある人物、若しくは邪竜に……王冠を奪われると言うことか?」
「そうなります」

 王冠を奪われる、即ち王が死ぬと言うこと。最悪の事態を想像して問いかけたアルフォンスに、俺は静かに頷いた。
 王が死に、王宮と首都が落ちる。それはこの国がエンプリオのものになると言うことだ。王太子であるアルフォンスにとってあまりに恐ろしい予言。2人の表情は今まで見たことがないほど強張り、息が詰まるほどだった。

「オークラ、その言葉全て狂言ではないと女神に誓って言えるか?」
「はい。ユーミルに誓って」

 射抜かれるような強い視線に気圧されてしまうけど、ぐっと拳を握り締めて答える。
 信じてもらうにはそう答えるより他ない。女神が何も答えてくれないなら、俺は俺なりに導き出した答えを選ぶしかない。それが女神の求めるものだと信じて。

「ただ、これは俺の世界にあった予言書に記されたものであって、必ず未来で起きるとはっきりとは言えません。でも、実際エンプリオの巣は研究所が見つけている。最悪のパターンを想定して調べてみる必要はあると思います」

 フォローにもならないフォローをして俺は口を噤む。俺が言い始めたことだが、夕食が始まった頃のような和やかな空気は霧散してしまった。美味しかったベリーソルベは溶けてベタベタで、俺はそれをじっと見つめたまま2人の言葉を待った。

「なんてことだ……」
「こんなことが実際に起きたら、とんでもないことですよ。最悪のクーデターだ」

 ため息を吐きながら頭を抱えるアルフォンスとシグルド。どうやら2人は俺の言葉を信じようとしてくれているみたいだ。そのことにホッとして少し肩から力が抜ける。

「正直信じ難い話だが、女神の御使であるお前が言うことを捨て置くことはできないな。近いうち、何か適当な理由を付けてドラゴン研究所に立ち入り検査をしよう。陛下にもこのことは伝えておく」
「あ、ありがとうございます!」

 しばらく沈黙が続いたが、最終的には考える素振りを見せながらもアルフォンスはそう言ってくれた。
 よかったぁ~!信じてくれた!これで無事卵が回収できればゲームの序章でエンディングだ。エンプリオの犠牲を最小限に収めることができるはず!俺は嬉しくなって一欠片だけ溶け残ったソルベを掬って口に放り込んだ。
 うん!ほのかな酸味と甘味が美味い!

 その後、研究所の資金源が王弟殿下であると聞いてアルフォンスはより俺の話に信憑性を持ったようだった。この世界でも王弟は現国王と折り合いが悪く自領に籠っているものの、あの手この手でどんどん富を増やしているらしい。

「叔父上は昔から強欲で強権的な方でな。自身が国王となり国土を広げることを指針としていて、穏健派である父とは事あるごとに衝突していた」
「過去に王弟殿下は自身の派閥を率いてクーデターを起こして失敗し、自領に蟄居されています。ただ……ご子息が経済的な手腕をお待ちでかの領は非常に栄えているのです」
「なるほど……じゃあ、ドラゴン研究に投資する資金は豊富にあるってわけですね」
「ああ、残念ながらな」

 アルフォンスは王弟のことを思い出しているのだろう、頭痛を耐えるような顔をしている。やりかねないと思われるあたり、件の王弟の人となりがわかろうものだ。

 なるほどなー。あいつ前科持ちだったのか。それじゃあいつはエンプリオを使役して王位を簒奪して、その後は外国を攻めるつもりだったのかな。まあゲームではエンプリオをまるで制御できずにあっさり殺されちゃうんだけど。
 例え甦った幼体でもエンプリオは大龍種で、しかも邪竜と言われる悪しき存在だ。人間なんかに使役されたりはしないってことだろう。それを勘違いしたのが王弟の敗因なんだろうな。
しおりを挟む

処理中です...