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ふたご座

ディオスクーロイの華火①(ふたご座流星群)

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 明日は全天オデュッセイアで年に三度しか行われない豊穣を願う盛大な祭り日である。
 流星「ファエトン」が双子ジェム国の天空を渡り、通り過ぎた跡に残す流星痕跡ダストトレイルを掻き集めて華球を造り、夜空に華火を打ち上げる。それが毎年の習わしだ。

 冬至もほど近い射手の月のこの時期は、双子ジェム国の人々誰もが天空に舞い、流星痕跡ダストトレイルを集める為に皆躍起になっていた。

「うんしょ、うんしょ……ボ、ボクも壺いっぱいになるまで流星痕跡ダストトレイルを集めるんだ!」

 背中に背負う大きな羽をぎこちなさそうに羽ばたかせながら、少年ジシュイは大きな星壺を腕一杯に抱えて痕跡の中を彷徨っていた。

 祭りは明日。今日中に痕跡を集めてカストル領の六人の華火師に渡さなければならない。
 痕跡は多ければ多いほど良い。集めた量が多いほど盛大な華火が打ち上げられ、全天オデュッセイア全域に星屑の光を行き渡らせる事ができる。

 ジシュイが周りを見渡すと、至る場所で仲間達が流星痕跡ダストトレイルを集めていた。もう殆どの者が星壺いっぱいに痕跡を集めきり、中には壺を二個も三個も持ち運ぶ者までいる。

(す、すごい……ボクはまだ星壺一つだって集めきれてないのに……!)

 ジシュイは自分の鈍間さに今頃気付いて、慌てて光る星粒をいくつも拾い上げた。

「おーい! ジシュイ! もうここら辺は大きい痕跡を取り尽くしちまったから別の場所に行った方がいいぞ!?」
「えっ!? そうなの!? だから星粒が全然見当たらないのかぁ……」
「当たり前だろぉ! お前はノロマ過ぎて、もう殆どの星ビトはカストル領に届け終わってるんだぞ!」
「ヒェッ……仕方ないじゃないかぁ! 準備に手間取ってしまったんだもん! ど、どうせボクはドジでノロマですヨォ!」

 ジシュイは自分が馬鹿にされ、更に怒られたと感じてガックリ肩を落とす。

「仕方ない……もう少し遠くの国境ギリギリまで探しに行くかぁ……」

 このまま集めない事もできるが、それではまたも皆に「ジシュイは役立たず」のレッテルを貼られてしまう。

 皆が充分に星壺を埋める中、少年は仕方なく双子ジェム国の北東方面へ向かう事にした。その場所は国境も近い寂れた辺境の地である。

 ジシュイはそれから三時間ほど飛び続けて、ようやく辺境という場所まで辿り着いた。その場所は誰かが足を踏み入れた形跡がなく、赤や青といった色とりどりの痕跡が辺り一面を覆い尽くしている。

「わぁぁ! 輝く星の絨毯みたい! 痕跡を採取していない場所って、こんなに綺麗な光景なんだ……」

 そこはまるでキラキラと輝く虹色の草原の様だった。これなら上質な痕跡を目一杯星壷に入れて皆の元へ帰る事ができる。
 ジシュイは心が踊り出すのを抑え、それでも嬉しさが滲み出て笑顔がこぼれていた。そして虹色の痕跡を両手いっぱいに広げて掻き集め、星壷の中へ落とし込む。

「ふふっ、これを見たら皆驚くかもなぁ! こんな綺麗な痕跡をたくさん取ってきて、どこで採取たんだ!? って大勢に聞かれちゃうかも!」

 いつもドジでノロマと言われてしまうジシュイだが、そんな自分も少しは役に立てられそうだ。
 
 辺境へ来た分、移動に時間がかかってしまった。ここから急いでカストル領へ持っていくのも、それなりの時間が掛かるだろう。
 彼は驚く皆の顔を思い浮かべて笑みがこぼれると、「ふふふ」と嬉しそうな声を漏らして重くなった星壺を背負い、カストル領へと帰路を急いだのであった。

 *

 カストル領の大きなアトリエ内では、六人の華火師が無数の星壺から流星痕跡ダストトレイルを取り出し、華火の球を造っていた。
 球を造るアトリエに近づくにつれ、星粒のカラカラとした音が大きく響き、打ち上げる為の火薬の匂いがきつく充満してくる。
 
 カラになった星壺を星ビト達が片づけ、新たに満杯の星壺を華火師の前に差し出す。星粒は丸い型に押し固められて何十何百もの華球に造り代えられる。そしてそろそろ祭りの準備も佳境を迎え、アトリエ内は一層慌ただしくなっていた。

「……おや、これはこれはジシュイじゃないか。今年はしっかり痕跡を持ってきてくれたのか?」
「はい、カストール様! 辺境の天空まで急いで行って、虹色に輝く痕跡を集めて参りました!」
「ほう、虹色と!?」

 華火師の長、カストールが興味深そうにジシュイの星壺を覗こうとする。ジシュイもこの特別な痕跡を見せてあげようと、持ち運んだ重い星壺を引き摺って前に差し出そうとした。のだが……。

「あっ!!」
 ――――ガッシャーン!!

 ジシュイの揚々とした行動とは裏腹に、星壺は少年の掌から滑り落ちて床に勢いよく割れ落ちてしまった。
 割れた星壺から赤や青に光を変える虹色の痕跡が床に散りばめられ、それらは床の熱で酸化し一瞬で黒いススと化す。

「あぁぁーー!!」
「ジシュイ!! なんという事を!!」

 他の華火師や周りに居た大勢の星ビト達が、一斉にジシュイの方を向く。ドジなジシュイがまた何かやらかしたらしい。少年に向けられた表情は、そんな無機質で無慈悲な眼差しばかりだった。

「ジシュイ……虹色の痕跡はとても上質で数も少なく、非常に貴重な物なのだぞ。それなのに……やってくれたな……」
「うぅッ! すみません、すみません!!」

 ジシュイは涙を堪えながら黒くなった痕跡と割れた星壺の破片を拾い集め、汚れた布袋の中にしまい始めた。

「あ、あの……また採って参ります! だから、カストール様までがっかりしないで……」
「もう時間がない。今はもう夜半で祭りは明日。今から採ってきても、到底間に合うはずがないじゃないか」
「そ、そんな……」

 せっかく特別な痕跡を拾い集めたのに、一番やってはいけない過ちを犯してしまった。綺麗な痕跡を見せて少しでも認めて欲しかったのに……。華火師達が素晴らしい華火の材料にしてくれると期待していたのに……。

 ジシュイはせっかく集めた痕跡を全て無駄にしてしまい、自分のドジが悔しくて涙を堪え切れなくなってしまった。
 それを見ていた星ビト達は、気の毒そうに思いながらも再び祭りの為に手を動かし始め、華火師達もまた華球造りの続きを急ぎ始める。
 
 今は一年で一番忙しいお祭り前夜である。皆はジシュイ一人のドジに構っていられるほど時間の余裕は無い。
 そんな事はジシュイ自身、重々分かっている。分かっているのに、少年は感情が勝手に溢れ出て、その場で立ちすくみ涙を拭うしか出来なかった。

「ふぇっ……ボクはなんでこうドジばかりしてしまうんだ……ぐすっ、ボクは何をやってもダメなのかな……」
「……そんな事はない。ジシュイ、そう気を落とすな。俺の馬なら、もしかしたら間に合うかもしれんぞ」
「……へ?」

 泣きじゃくるジシュイは、明るく呼びかける背後の声に振り向いた。
 そこには両手を広げてにこやかに励ます、双子ジェム国の青年王が佇んでいた。

「ポ、ポリュデウケースさま!?」

 ジシュイは神々しい我が国王に慌ててひざまづき、床に額を擦り付けた。その声を聞いた周りの星ビト達も次々に慌てて頭を伏せる。

 快活な性格を現したような黄橙色の短髪に金色の肩布を翻す好青年の王は、そっとジシュイの傍に歩み寄り、華奢な肩に手を当てて少年を慰めてあげた。

「お前の言う通り、また採ってくればいいだけの話じゃないか。なぁ、カストール。ジシュイがせっかく上質な痕跡を見つけてきてくれたんだ。時間ギリギリまでそれを採りに行かない手はないだろう?」
「ですが我が王……もう日も跨ごうとしておりますのに……」
「ジシュイよ、場所は覚えているか? 場所が分からないと流石に間に合わないかもな。アハハハ!」

 間に合わないと言いつつ、盛大に笑う王はどこか余裕も感じられる。
 一体その余裕の根源はどこから来るのか。周りがキョトンと目を丸くする中、ジシュイは王の言葉を無駄にはさせまいと拳を強く握り、その気持ちに応えようとした。
 
「ば、場所は大丈夫です! 北東の国境に近い辺境の場所ですが……流石にそれは覚えています!」
「そうか。ならば俺の馬に乗って今すぐ行こうではないか。善は急げだ!」
「えっ!? は、はい……!!」
「なっ!? 我が王! 私の言葉を聞いておいででしたか!?」

 カストール達の忠告も虚しく、王の一声でジシュイは王と一緒に虹色の痕跡を採りに行く事となった。
 
 青年王はジシュイの小さな掌を握ると華麗に引き、その手を持ち上げて軽い体を黒いススから飛び越えさせる。
 そしてふわりと自身の懐にジシュイを包み、外へ出るよう優しく促した。

「カストール、皆の者! 割れた壺とススの残骸の片付けは任せたぞ! 俺はちょっくらジシュイと出かけてくる!」
「全く……ちょっくらごときではありませぬ! 王の号令が無ければ華火を打ち上げられませぬ! どうかどうか、お早いお戻りを!」
「あはは、分かってるって! 急いで行って来るから、すぐ打ち上げられるようにしておいてくれよ!」

 ポリュデウケース王は颯爽とアトリエを後にし、入り口で待たせていた王専用の白馬に身軽なジシュイを乗せて、自身も慣れた身のこなしで少年の後ろに飛び乗る。

「ジシュイよ、場所は北の方角で良いか?」
「はいっ、ボクはあっちの方角から飛んできました」

 ジシュイは緊張したまま北東方向を指差し、その先の空を王も見つめて大きくうなづいた。

「よし分かった。全速力で行くから、俺の腕にしがみついていろよ?」
「は、はいっ!!」
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