こもごも

ユウキ カノ

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2.どうしてあなたじゃないんだろう

2-③

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 真登の身体は、中学生のころすでに男のそれになっていて、いつもなだらかに腹筋が浮きあがっていた。かつて体操着の裾からわずかに見えていただけのそのぼこぼこしたおなかと、わたしの薄いおなかとが、いまぴったりとくっついている。
 漫画が積まれた部屋の隅で、古びた扇風機だけが低いうなり声をあげて首を振り、晒された肌に浮いた汗を冷やしていた。真登は抱き枕にしがみつくように、わたしに腕をまわして眠っている。里恵ちゃんとはちがう、わたしの貧しい胸に頬を寄せて寝息を立てる真登の髪をそっと梳きながら、わたしは彼のようには眠れずにいた。
 まだ夜は明けないけれど、ずいぶん深い時間だった。真登に手を引かれるがまま置いてきた両親は、あれからふたりきりでどうしただろう。傷ついた心を、どうやって癒しているだろう。おとうさんとおかあさんとおなじ食卓を囲んだのは、この春が最後だ。それよりまえは、ささいなことでけんかをすることはあっても、すぐに笑いあうような、どこにでもいる普通のふたりだった。おねえちゃんだって、わたしだって、性格は似ていないけれど、決して仲が悪いわけじゃなかった。
 壊したのは、わたし。ぜんぶ、わたしのせいだ。
 家の外で縮こまっていたわたしの手を、迎えにきた真登はなにも言わずに引いてくれた。車内に流していた音楽のボリュームを落とし、頭をなでてくれた。「メシ食ったか」と訊いて、嘘をついて首を縦に振ったら、コンビニでミルクティーを買ってくれた。
「ん……?」
 胸に頬をあてて寝ていた真登が身動ぎをする。
「まだ寝てていいよ」
 真登の丸い後頭部をなでて、もう一度眠りへ落ちるように促した。赤ん坊のように口を動かしてなにかをつぶやき、また寝息を立てはじめる。ほんのわずか、よだれまじりの呼吸がいとおしくてため息が出た。
 この気持ちはたしかに好意だ。今夜わたしを連れだしてくれたのは真登で、それ以外のひとじゃない。この世界で、おなじ時間を過ごすことがいちばん多いのはこのひとだ。それなのに、いま会いたいのは、どうして真登じゃないんだろう。
「……なんで、だめなんだろうね」
「んー」
「ごめん、起こしちゃった」
 乳房のやわらかいところを探しているのか、真登が頭を何度も動かした。真登はわたしの身体のなかから、女性的なやわらかさを持った部分を探すことを生きがいにしている。わたしのおっぱいには、枕になるような部分はないのに。
「まゆ……」
 乾いた手のひらで胸をなでながら名前を呼ばれると、足の先がむずむずとして居心地が悪い。
「お前も寝ろって……」
 うん、と返事をして、真登の手を乳房のうえからそっとどかす。そうやって触れられることに、どうしても慣れることができないわたしに、それでも真登は手を伸ばしてくる。
 わたしから真登へ、あげられるものはひとつもなかった。贈りものだってしたことがない。形のないたくさんの想いと同じ価値があるものを自分が持っているとは思えないけれど、たとえこの行為を快く感じていなくったって、これが、わたしにできる唯一のことなのだ。
 明日は雪深堂にいかなくてはならない。地底まで沈んでいきそうな気分だろうが、働かなくては社会のなかで生きていくことができないなんて、なんて理不尽なのだろう。とっくの昔に社会のなかに存在しなくなったわたしが、必死にその場所に縋りつこうとしているのは、ひどく滑稽だ。
 朝、家に戻って支度をする。そのころには両親は仕事に出ていてもういないはずだ。夜明けまでもうすこし。そっと目をつむり、真登の頭を抱きこんだ。
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