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彼、ズィーロと出会ったのは、商会に薬を卸すために町へおりたときのことだった。
マゼンダはその頃まだ16歳で、町の人たちはその若さでひとり暮らしをする彼女を心配し、いろいろな世話を焼いてくれていた。
パン屋のビルは「形が良くないから売れない」と焼きたてのパンをくれたり、花屋のキャサリンは森で摘んだ花を持っていくと匂いの良い手作り石鹸と交換してくれる。肉屋のドミニクは怖い顔をしてはいるが、いつもお願いした量よりも多めにお肉を入れてくれるし、ツンツンした本屋のビアンカ嬢は「アンタいつもだっさいわね!」と言いながら着ないからあげるわ!と服をぐいぐい押し付けてきたりする。
何よりも、この町のホルク商会を営むシドは、若いからとか見ない顔だからという理由で買い叩かず、作った薬をちゃんとした値段で買い取ってくれる。それが一番助かっていた。
町の人たちには、人外から逃げ回っている魔女だなどと本当のことは言っていない。
親の借金のせいでタチの悪い借金取りに追われていて、売られないために町を転々としながら細々と薬売りをしていることになっている。
魔女だということを隠すために、魔力を込める必要のあるものやあまり凝ったものは作らないようにしてはいるものの、マゼンダの薬はなかなか効くと町の人たちは喜んで受け入れてくれた。
トラブルメーカーの伯父さんから薬のレシピを貰い受けていたので、正当な評価をしてくれる町に行き着けたマゼンダはラッキーだわ、とこの町を選んだ自分を誉めた。
「こんにちは!この前ご注文いただいた、うがい薬持ってきました!」
チリンチリンと可愛らしい鈴の音をさせて、マゼンダは薬を扱う商会のドアを開けた。
来客中だった様子のシドが顔を上げて笑ってくれる。
「いらっしゃいマゼンダ、…申し訳ない、ちょっと待っててくれるかい?」
「はい!こちらこそすみません、ご来客中に」
「いーや、こいつは突然来た昔馴染みの息子だから大丈夫だよ。何より、納品が早くて助かっているのはこっちだからね」
シドはカウンターの端にある使い込んだスツールを指差してここに座ってて、と伝え、また男に向き直る。
マゼンダは返事をして素直にストンとそこに座り、依頼された品物を取り出して並べていった。
うがい薬、湿布、お灸のモグサに二日酔いの酔い止め薬。
シドと来客者の会話を聞かないように、くすんだ窓から空を見ながら、今日森で見かけた薬草をひとつひとつ思い出して時間をつぶしていた。
「…それ、君が作ったの?」
低めの艶やかな声が聞こえて、マゼンダは意識をそちらに向けた。
先ほどまでシドと親しげに話し込んでいた、知らない青年だ。
白い髪に、ところどころアッシュグレーの混ざる不思議な髪の色。鼻は高くて眉は太めの精悍な顔つきの青年が、窓からの光を拾う錆色の瞳でじっとマゼンダを見つめている。
知らない人には構えてしまう。
魔女にも人外のものにも、お互いを見分ける方法はあるものの、人化が上手い人外をそれと判断するのはなかなか難しい。気配と魔力を頼りに判断するのだが、魔力封じの薬を飲まれていれば分からない。
「…あ、はい」
「なかなか質の良い薬だね」
「ふふ、ありがとうございます!」
とりあえず外面は良くしておいて損はない。
マゼンダはそう思ってにこやかに礼を言った。
「マゼンダ、紹介するよ。こいつはうちの商会長の息子の、ズィーロってやつだ。グレイソンに本店があるって言っただろ?そこから来たんだ」
「そうなんですね!グレイソン、行ったことないです。大きな街なんですよね?」
「うん、まあね」
「今日からちょっと住み込みでここの手伝いをしてもらうことになって。これからちょっと忙しくなるからね」
「え、商会長の息子さんが、ですか?」
普通は商会の関係者が来るものなのではないのだろうか、と疑問に思うが、マゼンダはホルク商会がどれほどの規模のものなのかを知らないので口にはしない。
それを感じ取ったのか、シドは青年の肩をパシ、と叩く。
「商会長とは古い馴染みで。修行も兼ねて、預かることになったんだよ」
そんなもんか、と素直に聞き入れるマゼンダに、ズィーロはにこりと微笑んだ。
「よろしく、腕の良い薬屋さん」
あ、好きかも。かっこいい。
その笑顔を見て、初めて自分の異性の好みを自覚したマゼンダは、顔が赤くなるのを自覚する。それを悟られないようによろしくお願いします!と頭を下げて挨拶した。
そうして出会ってからたった3ヶ月で、ズィーロと名乗った青年と恋人同士になった。
なんだか、物事が順調すぎて、こわい。
こういうときには気を引き締めていかないと、と思いはするものの、ズィーロの優しさと献身的なマゼンダへの態度にどんどんとはまり込んでいくのが自分でも分かる。
シドの紹介だという、変な安心感もそれに拍車をかけていた。
どうせ、終わるんだから、まあ良いか。
仮の住まいとして森に住んではいるものの、人外の追及から逃れるためにはおそらくここにもそう長くはいられない。
少なくとも2年間は移動を続けなさい。
母親から言われた言葉を守るためにも移動を続けた先でここに行き着いたが、2年移動し続けたからといって油断はできない。
人外のものたちの、執念深さは折り紙付きだ。
だから、もう少しだけ、楽しもう。
初めての恋は楽しすぎたし、移動ばかりの生活にはないきらめきがあって、なかなか切り捨てがたいものなのだ。
ハロウィンを超えたら彼とお別れして、移動しよう。
マゼンダはそう決めて、ズィーロとの付き合いを深めていった。
何となくおかしいな、と思ったのは、付き合って3週間ほどしたときのことだった。
森のなかを散歩の途中、涼むために足を沢の水に浸して朝に焼いたスコーンを食べながら、なんでもない話をする。
意味の薄い会話なのにこんなに楽しいのは、彼とするからなんだろうな。
マゼンダは初恋を思う存分楽しんでいた。
初恋この恋はいつか終わるもの。
マゼンダは彼に恋をしつつ、最初からそう思って逆に全力で楽しむ方向に舵を切っていた。
まだ逃げ回る日々は続く。
だから、いろんな思い出をつくりたい。
初恋ってかなわないっていうし。
いや、かなったのか?成就はしてるわ、と思い直したところにズィーロがマゼンダの唇にスコーンを寄せてきた。
「なにか考えごと?」
「ううん、ちょっと幸せを噛み締めてたの」
「なにそれ」
ふふ、と笑うズィーロの顔を見て、ああ、この顔が一番好き、と強く思う。
眉は太く意志の強い、精悍な顔立ちをしているズィーロだが、笑った顔はくしゃっとして可愛らしく、マゼンダはその表情を見るのが大好きだった。
思わずマゼンダはズィーロにキスをした。
自分からしかけたのに恥ずかしさに赤面するマゼンダに、「マゼンダ可愛い」「大好き」と囁きながらズィーロはお返しに何度も何度も啄むようなキスを繰り返してくる。
初めはただの触れるだけのやさしいキスだったそれは、次第に深くなっていった。
足を沢の水に浸して並び座っていたはずのズィーロが、覆いかぶさるようにして上半身を寄せてくるので、マゼンダは段々と後ろの岩にもたれ掛かるような格好になってしまう。
「ん、ズィーロ…」
閉じていた目を開くと、視界を覆うズィーロの顔がある。
彼はじっとマゼンダを見つめていたようで、ふと目があった気がした。
悪戯っぽく笑う気配がして、なに、と思った瞬間、ぬる、と口の中にズィーロの舌が入り込んでくる。あまりの刺激的なことに抵抗もせず固まっているマゼンダに、同意を得たと言わんばかりにズィーロの舌が口の中を這い回りはじめた。
クチクチ、といつものキスではしない湿った音がして、思わずズィーロの肩にかけた手に力が入る。
恥ずかしい。
口が塞がれて鼻で息をするしかないのに、好きな人の顔が間近にある状態で、あまりにも鼻息荒く呼吸もできないから息がしにくい。
そんななか、ヌロヌロと歯の裏をなぞられ舌を絡められた瞬間、なんとなく不思議な感じがした。
口の中を這い回るズィーロの舌は、自分のものよりも遥かに柔らかく、薄い。そして、長さもマゼンダのそれよりもだいぶ長い気もする。
舌にも個性があるのだろうか。
マゼンダはそんなことを思いながら、ふわふわした気持ちでズィーロの舌の動きを受け入れた。
気が付けば、完全に覆いかぶさられ、マゼンダの後頭部にはズィーロの手が岩から庇うように充てがわれていた。
やっと唇が離れて、彼女の口の端からどちらのものとも分からない唾液があふれているのを見て、ズィーロは優しくそこを舐める。やはり気のせいではない、柔らかく長い舌。
こんなものなのだろうか。
不思議に思いつつ、ズィーロと目が合う。
彼の目には明らかな欲望の光があって、その獰猛さに少しだけマゼンダは恐怖のようなものを感じる。
こわい。でも知りたい。もっと、深くこの人に触れたい。
恐る恐る手を伸ばし、彼の頬に触れる。
ズィーロは愛おしげにその手に自分のものを重ねて、唇に触れさせ、マゼンダの手のひらにキスをした。
「マゼンダ」
すん、と手首のあたりのにおいを嗅ぐような仕草が愛おしい。
「うん」
「…におい、嗅がせて」
「…うん?」
におい?
一瞬なにを請われたのか理解しかねて、聞き返そうとするとズィーロは再度口を開いた。
「ん、におい、嗅がせて」
「におい?」
「うん、…忘れたくないから。マゼンダの匂いを覚えてたい」
なるほど。
マゼンダはその言葉ですべてを理解した。
ズィーロも分かっているのだ。
この恋は、いつか終わってしまうということを。
だからこそ、彼も自分の思い出のために、なぜか知らないがにおいを覚えていたいのだろう。
なぜにおいなのかは、きっと彼の嗜好フェチなのだろう。
それならば、とマゼンダは微笑む。
「良いよ」
彼女の言葉にパァッと輝くように喜んで、ありがとう、と言ってくるズィーロが可愛い。
つられて微笑み返す彼女の身体に覆い被さるようにしていたズィーロが、おもむろに身体の位置をずらし、マゼンダの足首を掴む。
あれ?
いつの間にか水から離れていた足先はもうほぼ乾いているようだったが、まさか足の臭いなの?!と焦るマゼンダを尻目に、ズィーロ自身は更に下がっていく。
え、え、と混乱してその動きを目で追うと、沢にしゃがみ込むように身体を屈めたズィーロの頭がマゼンダの足の間から見えた。
「え、ちょっと、」
「大丈夫」
状況を飲み込みきれないマゼンダに、安心させるように微笑むズィーロは足首を離してくれない。どういうことだ、と考えようとして、膝を曲げられて、ガバッと開脚させられる。
今日はワンピースだ。腰の上のあたりで切り返してある、ちょっとすっきりしている形と生地はしっかりしているのに手触りの良いスカート部分が気に入っている。
暑いし、今日はワンピースの下は下着だけだ。沢遊びの予定だったので、たくしあげればある程度の深さの川でも大丈夫な格好をしてきているのだ。
と、いうことは、と思い至って、マゼンダは沸騰した。
「ズィーロ!」
思わず大きな声で名前を呼ぶも、彼の頭は彼女のスカートのなかにあっという間に潜り込んだ。
待って、待って!
拒もうと身体を捩り足を閉じようとしても、足の間に入り込んだズィーロを挟むことしか出来ない。それはあまりにも恥ずかし過ぎて力が入れられない。
「んんっ」
スカートのなかに入り込んで彼の動きが見えず、意識がよりそちらに向いてしまう。鼻先だろうか、何かひんやりしたものが、太ももを付け根へと這い上っていく。
「やめっ…ズィーロ!」
制止の声はスカートのなかには届かない。
「んんっ…」
秘所にズィーロの顔が行き着いたのか、下着に押し込むような仕草をされて、下腹部が震える。掴まれたままの足首をばたつかせても、全く意に返さない様子で動きは止まらない。腕を交差させて顔を隠しても、下半身に与えられる刺激は彼女には強烈すぎて逃げられない。
下着の真ん中が冷たくなったり暖かくなったりして、そこに顔があってそれが押し付けられていることが如実に伝わってくる。これは彼の吐息のぬくもりだ、と思った瞬間、脳が沸騰しそうになった。
なきそうだ。
「やだぁ…っ」
「ん、マゼンダ、可愛い…」
「ズィーロ、やめて…!やぁ…っ」
「いいにおい、あぁ…たまらない…」
コリコリ、と少ししこるものを擦られて、太ももから震えが走る。彼のせいなのか自分のせいなのか、何だか下着がしっとりと濡れてきてしまっている。
外で、人のいるかも知れない場所で、スカートのなかに入り込んでくるなんて。
そんなところに顔を押し付けてくるなんて。
あまりのことにマゼンダはとうとう泣き出した。
「…っふ、うぅっ…!」
「マゼンダ?」
涙に濡れ始めた声に驚いたように、ズィーロはスカートのなかから顔を出す。
「っごめん!」
慌てて彼女を抱き締めて、ごめん、ごめんね、と繰り返すズィーロのシャツを握りしめて、それでも涙が止まらなかった。
恥ずかしい。
ひどい。
こんな場所で。
「マゼンダ、ごめん」
「…っズィーロ、は、慣れてる…っ、かも、しれないけど…っ」
「マゼンダ…」
「わたしは、…っ、初めてなの、に…っ」
ひどい、としゃくり上げながら訴える。
見下ろしてくるズィーロを泣きながらギロリと睨みつけた。
「…マゼンダ、なにそれ…」
睨みつけられて困ったように、でもなぜか異様に嬉しそうな顔をして、ズィーロは更にぎゅうぎゅうと彼女を抱き締める。
体勢を変えて、マゼンダが落ち着くまで彼女を膝の上に乗せて抱き込んでいたズィーロは彼女の頭に何度もキスを落とす。ごめんね、ビックリさせたよね、本当ごめんね、と申し訳なさそうに絶え間なく囁かれ続けて、結局マゼンダは陥落した。
「ごめんね」
「…こんな所であんなこと、もう、やらないで」
「…ごめん」
「…におい嗅ぎたいって言うから、良いよって言ったのに」
「ごめんね。でも、あそこが一番マゼンダのにおいがするから、思わず…ごめん」
「もっと他のところあるでしょ…!」
「…腋とか?」
「っちがう!耳の裏とか!」
なるほどそっか、と初めて気がついたような顔をする彼に、無性にムカついて頬を力いっぱいにつねった。
恋人との感覚の違いに、今後について多少の怖さを感じながら、ズィーロのことが好きなマゼンダは許してしまう。
そうして、彼女は先ほど抱いた舌への違和感も、怒る気力もなくしたのだった。
マゼンダはその頃まだ16歳で、町の人たちはその若さでひとり暮らしをする彼女を心配し、いろいろな世話を焼いてくれていた。
パン屋のビルは「形が良くないから売れない」と焼きたてのパンをくれたり、花屋のキャサリンは森で摘んだ花を持っていくと匂いの良い手作り石鹸と交換してくれる。肉屋のドミニクは怖い顔をしてはいるが、いつもお願いした量よりも多めにお肉を入れてくれるし、ツンツンした本屋のビアンカ嬢は「アンタいつもだっさいわね!」と言いながら着ないからあげるわ!と服をぐいぐい押し付けてきたりする。
何よりも、この町のホルク商会を営むシドは、若いからとか見ない顔だからという理由で買い叩かず、作った薬をちゃんとした値段で買い取ってくれる。それが一番助かっていた。
町の人たちには、人外から逃げ回っている魔女だなどと本当のことは言っていない。
親の借金のせいでタチの悪い借金取りに追われていて、売られないために町を転々としながら細々と薬売りをしていることになっている。
魔女だということを隠すために、魔力を込める必要のあるものやあまり凝ったものは作らないようにしてはいるものの、マゼンダの薬はなかなか効くと町の人たちは喜んで受け入れてくれた。
トラブルメーカーの伯父さんから薬のレシピを貰い受けていたので、正当な評価をしてくれる町に行き着けたマゼンダはラッキーだわ、とこの町を選んだ自分を誉めた。
「こんにちは!この前ご注文いただいた、うがい薬持ってきました!」
チリンチリンと可愛らしい鈴の音をさせて、マゼンダは薬を扱う商会のドアを開けた。
来客中だった様子のシドが顔を上げて笑ってくれる。
「いらっしゃいマゼンダ、…申し訳ない、ちょっと待っててくれるかい?」
「はい!こちらこそすみません、ご来客中に」
「いーや、こいつは突然来た昔馴染みの息子だから大丈夫だよ。何より、納品が早くて助かっているのはこっちだからね」
シドはカウンターの端にある使い込んだスツールを指差してここに座ってて、と伝え、また男に向き直る。
マゼンダは返事をして素直にストンとそこに座り、依頼された品物を取り出して並べていった。
うがい薬、湿布、お灸のモグサに二日酔いの酔い止め薬。
シドと来客者の会話を聞かないように、くすんだ窓から空を見ながら、今日森で見かけた薬草をひとつひとつ思い出して時間をつぶしていた。
「…それ、君が作ったの?」
低めの艶やかな声が聞こえて、マゼンダは意識をそちらに向けた。
先ほどまでシドと親しげに話し込んでいた、知らない青年だ。
白い髪に、ところどころアッシュグレーの混ざる不思議な髪の色。鼻は高くて眉は太めの精悍な顔つきの青年が、窓からの光を拾う錆色の瞳でじっとマゼンダを見つめている。
知らない人には構えてしまう。
魔女にも人外のものにも、お互いを見分ける方法はあるものの、人化が上手い人外をそれと判断するのはなかなか難しい。気配と魔力を頼りに判断するのだが、魔力封じの薬を飲まれていれば分からない。
「…あ、はい」
「なかなか質の良い薬だね」
「ふふ、ありがとうございます!」
とりあえず外面は良くしておいて損はない。
マゼンダはそう思ってにこやかに礼を言った。
「マゼンダ、紹介するよ。こいつはうちの商会長の息子の、ズィーロってやつだ。グレイソンに本店があるって言っただろ?そこから来たんだ」
「そうなんですね!グレイソン、行ったことないです。大きな街なんですよね?」
「うん、まあね」
「今日からちょっと住み込みでここの手伝いをしてもらうことになって。これからちょっと忙しくなるからね」
「え、商会長の息子さんが、ですか?」
普通は商会の関係者が来るものなのではないのだろうか、と疑問に思うが、マゼンダはホルク商会がどれほどの規模のものなのかを知らないので口にはしない。
それを感じ取ったのか、シドは青年の肩をパシ、と叩く。
「商会長とは古い馴染みで。修行も兼ねて、預かることになったんだよ」
そんなもんか、と素直に聞き入れるマゼンダに、ズィーロはにこりと微笑んだ。
「よろしく、腕の良い薬屋さん」
あ、好きかも。かっこいい。
その笑顔を見て、初めて自分の異性の好みを自覚したマゼンダは、顔が赤くなるのを自覚する。それを悟られないようによろしくお願いします!と頭を下げて挨拶した。
そうして出会ってからたった3ヶ月で、ズィーロと名乗った青年と恋人同士になった。
なんだか、物事が順調すぎて、こわい。
こういうときには気を引き締めていかないと、と思いはするものの、ズィーロの優しさと献身的なマゼンダへの態度にどんどんとはまり込んでいくのが自分でも分かる。
シドの紹介だという、変な安心感もそれに拍車をかけていた。
どうせ、終わるんだから、まあ良いか。
仮の住まいとして森に住んではいるものの、人外の追及から逃れるためにはおそらくここにもそう長くはいられない。
少なくとも2年間は移動を続けなさい。
母親から言われた言葉を守るためにも移動を続けた先でここに行き着いたが、2年移動し続けたからといって油断はできない。
人外のものたちの、執念深さは折り紙付きだ。
だから、もう少しだけ、楽しもう。
初めての恋は楽しすぎたし、移動ばかりの生活にはないきらめきがあって、なかなか切り捨てがたいものなのだ。
ハロウィンを超えたら彼とお別れして、移動しよう。
マゼンダはそう決めて、ズィーロとの付き合いを深めていった。
何となくおかしいな、と思ったのは、付き合って3週間ほどしたときのことだった。
森のなかを散歩の途中、涼むために足を沢の水に浸して朝に焼いたスコーンを食べながら、なんでもない話をする。
意味の薄い会話なのにこんなに楽しいのは、彼とするからなんだろうな。
マゼンダは初恋を思う存分楽しんでいた。
初恋この恋はいつか終わるもの。
マゼンダは彼に恋をしつつ、最初からそう思って逆に全力で楽しむ方向に舵を切っていた。
まだ逃げ回る日々は続く。
だから、いろんな思い出をつくりたい。
初恋ってかなわないっていうし。
いや、かなったのか?成就はしてるわ、と思い直したところにズィーロがマゼンダの唇にスコーンを寄せてきた。
「なにか考えごと?」
「ううん、ちょっと幸せを噛み締めてたの」
「なにそれ」
ふふ、と笑うズィーロの顔を見て、ああ、この顔が一番好き、と強く思う。
眉は太く意志の強い、精悍な顔立ちをしているズィーロだが、笑った顔はくしゃっとして可愛らしく、マゼンダはその表情を見るのが大好きだった。
思わずマゼンダはズィーロにキスをした。
自分からしかけたのに恥ずかしさに赤面するマゼンダに、「マゼンダ可愛い」「大好き」と囁きながらズィーロはお返しに何度も何度も啄むようなキスを繰り返してくる。
初めはただの触れるだけのやさしいキスだったそれは、次第に深くなっていった。
足を沢の水に浸して並び座っていたはずのズィーロが、覆いかぶさるようにして上半身を寄せてくるので、マゼンダは段々と後ろの岩にもたれ掛かるような格好になってしまう。
「ん、ズィーロ…」
閉じていた目を開くと、視界を覆うズィーロの顔がある。
彼はじっとマゼンダを見つめていたようで、ふと目があった気がした。
悪戯っぽく笑う気配がして、なに、と思った瞬間、ぬる、と口の中にズィーロの舌が入り込んでくる。あまりの刺激的なことに抵抗もせず固まっているマゼンダに、同意を得たと言わんばかりにズィーロの舌が口の中を這い回りはじめた。
クチクチ、といつものキスではしない湿った音がして、思わずズィーロの肩にかけた手に力が入る。
恥ずかしい。
口が塞がれて鼻で息をするしかないのに、好きな人の顔が間近にある状態で、あまりにも鼻息荒く呼吸もできないから息がしにくい。
そんななか、ヌロヌロと歯の裏をなぞられ舌を絡められた瞬間、なんとなく不思議な感じがした。
口の中を這い回るズィーロの舌は、自分のものよりも遥かに柔らかく、薄い。そして、長さもマゼンダのそれよりもだいぶ長い気もする。
舌にも個性があるのだろうか。
マゼンダはそんなことを思いながら、ふわふわした気持ちでズィーロの舌の動きを受け入れた。
気が付けば、完全に覆いかぶさられ、マゼンダの後頭部にはズィーロの手が岩から庇うように充てがわれていた。
やっと唇が離れて、彼女の口の端からどちらのものとも分からない唾液があふれているのを見て、ズィーロは優しくそこを舐める。やはり気のせいではない、柔らかく長い舌。
こんなものなのだろうか。
不思議に思いつつ、ズィーロと目が合う。
彼の目には明らかな欲望の光があって、その獰猛さに少しだけマゼンダは恐怖のようなものを感じる。
こわい。でも知りたい。もっと、深くこの人に触れたい。
恐る恐る手を伸ばし、彼の頬に触れる。
ズィーロは愛おしげにその手に自分のものを重ねて、唇に触れさせ、マゼンダの手のひらにキスをした。
「マゼンダ」
すん、と手首のあたりのにおいを嗅ぐような仕草が愛おしい。
「うん」
「…におい、嗅がせて」
「…うん?」
におい?
一瞬なにを請われたのか理解しかねて、聞き返そうとするとズィーロは再度口を開いた。
「ん、におい、嗅がせて」
「におい?」
「うん、…忘れたくないから。マゼンダの匂いを覚えてたい」
なるほど。
マゼンダはその言葉ですべてを理解した。
ズィーロも分かっているのだ。
この恋は、いつか終わってしまうということを。
だからこそ、彼も自分の思い出のために、なぜか知らないがにおいを覚えていたいのだろう。
なぜにおいなのかは、きっと彼の嗜好フェチなのだろう。
それならば、とマゼンダは微笑む。
「良いよ」
彼女の言葉にパァッと輝くように喜んで、ありがとう、と言ってくるズィーロが可愛い。
つられて微笑み返す彼女の身体に覆い被さるようにしていたズィーロが、おもむろに身体の位置をずらし、マゼンダの足首を掴む。
あれ?
いつの間にか水から離れていた足先はもうほぼ乾いているようだったが、まさか足の臭いなの?!と焦るマゼンダを尻目に、ズィーロ自身は更に下がっていく。
え、え、と混乱してその動きを目で追うと、沢にしゃがみ込むように身体を屈めたズィーロの頭がマゼンダの足の間から見えた。
「え、ちょっと、」
「大丈夫」
状況を飲み込みきれないマゼンダに、安心させるように微笑むズィーロは足首を離してくれない。どういうことだ、と考えようとして、膝を曲げられて、ガバッと開脚させられる。
今日はワンピースだ。腰の上のあたりで切り返してある、ちょっとすっきりしている形と生地はしっかりしているのに手触りの良いスカート部分が気に入っている。
暑いし、今日はワンピースの下は下着だけだ。沢遊びの予定だったので、たくしあげればある程度の深さの川でも大丈夫な格好をしてきているのだ。
と、いうことは、と思い至って、マゼンダは沸騰した。
「ズィーロ!」
思わず大きな声で名前を呼ぶも、彼の頭は彼女のスカートのなかにあっという間に潜り込んだ。
待って、待って!
拒もうと身体を捩り足を閉じようとしても、足の間に入り込んだズィーロを挟むことしか出来ない。それはあまりにも恥ずかし過ぎて力が入れられない。
「んんっ」
スカートのなかに入り込んで彼の動きが見えず、意識がよりそちらに向いてしまう。鼻先だろうか、何かひんやりしたものが、太ももを付け根へと這い上っていく。
「やめっ…ズィーロ!」
制止の声はスカートのなかには届かない。
「んんっ…」
秘所にズィーロの顔が行き着いたのか、下着に押し込むような仕草をされて、下腹部が震える。掴まれたままの足首をばたつかせても、全く意に返さない様子で動きは止まらない。腕を交差させて顔を隠しても、下半身に与えられる刺激は彼女には強烈すぎて逃げられない。
下着の真ん中が冷たくなったり暖かくなったりして、そこに顔があってそれが押し付けられていることが如実に伝わってくる。これは彼の吐息のぬくもりだ、と思った瞬間、脳が沸騰しそうになった。
なきそうだ。
「やだぁ…っ」
「ん、マゼンダ、可愛い…」
「ズィーロ、やめて…!やぁ…っ」
「いいにおい、あぁ…たまらない…」
コリコリ、と少ししこるものを擦られて、太ももから震えが走る。彼のせいなのか自分のせいなのか、何だか下着がしっとりと濡れてきてしまっている。
外で、人のいるかも知れない場所で、スカートのなかに入り込んでくるなんて。
そんなところに顔を押し付けてくるなんて。
あまりのことにマゼンダはとうとう泣き出した。
「…っふ、うぅっ…!」
「マゼンダ?」
涙に濡れ始めた声に驚いたように、ズィーロはスカートのなかから顔を出す。
「っごめん!」
慌てて彼女を抱き締めて、ごめん、ごめんね、と繰り返すズィーロのシャツを握りしめて、それでも涙が止まらなかった。
恥ずかしい。
ひどい。
こんな場所で。
「マゼンダ、ごめん」
「…っズィーロ、は、慣れてる…っ、かも、しれないけど…っ」
「マゼンダ…」
「わたしは、…っ、初めてなの、に…っ」
ひどい、としゃくり上げながら訴える。
見下ろしてくるズィーロを泣きながらギロリと睨みつけた。
「…マゼンダ、なにそれ…」
睨みつけられて困ったように、でもなぜか異様に嬉しそうな顔をして、ズィーロは更にぎゅうぎゅうと彼女を抱き締める。
体勢を変えて、マゼンダが落ち着くまで彼女を膝の上に乗せて抱き込んでいたズィーロは彼女の頭に何度もキスを落とす。ごめんね、ビックリさせたよね、本当ごめんね、と申し訳なさそうに絶え間なく囁かれ続けて、結局マゼンダは陥落した。
「ごめんね」
「…こんな所であんなこと、もう、やらないで」
「…ごめん」
「…におい嗅ぎたいって言うから、良いよって言ったのに」
「ごめんね。でも、あそこが一番マゼンダのにおいがするから、思わず…ごめん」
「もっと他のところあるでしょ…!」
「…腋とか?」
「っちがう!耳の裏とか!」
なるほどそっか、と初めて気がついたような顔をする彼に、無性にムカついて頬を力いっぱいにつねった。
恋人との感覚の違いに、今後について多少の怖さを感じながら、ズィーロのことが好きなマゼンダは許してしまう。
そうして、彼女は先ほど抱いた舌への違和感も、怒る気力もなくしたのだった。
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