身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす

文字の大きさ
58 / 89
十六夜に願うのは

★欲望と眷属(???目線)

しおりを挟む
 アスラリア国が位置していたところより遥か西にある小国に、足を向けた。そして一人の男の命を奪った。レナザードの命じた通りに、粛々と。

 ただそれだけのこと。これまで何十回、何百回と同じことを繰り返してきた。なのに、どうしてこんなにも体が辛いのだろう。

「ユズリ、どこか痛いの?」

 寂れた街の傾きかけた宿屋の寝台で、うつらうつらし始めたリオンが突然目を開け、そう問うてきた。

 どこも痛くはない。ただもう、人の姿を保つのが限界なだけ。今だって気を少し緩めれば、髪の色が元の色に戻りつつある。けれど、リオンが傍にいる以上、何としても人の姿を保たなければならない。

「大丈夫よ。ちょっとお湯をもらって来るから先に休んでて。すぐに戻るわ」

 そう言って髪を撫でれば、リオンは素直に頷き目を閉じた。

「おやすみなさい、リオン」
 
 部屋を出る前にもう一度声を掛ければ、リオンは不明瞭な声で言葉を返しそして深い眠りへと落ちていった。

 何食わぬ顔で廊下に出た途端、背中で扉を閉めながら、みっともなくその場にずるずると座り込んでしまった。でも───。

「………良かった、間に合った」

 何とかリオンに気付かれず、外へ出ることができそうだ。
 
 レナザードからこの勅命を受けた時は、私が居ない間にスラリスと彼との距離が一気に縮まる予感がして、嫉妬に狂いそうになってしまった。

 けれど考えようにとっては、これは願ってもいない好機。

 誰にも気付かれることなく、スラリスを屋敷から遠ざけることができるかもしれないから。例えそれが僅かに情を持った者だとしても、邪魔な存在は排除するに限る。

【ユズリさん、帰ったら相談したいことがあるんです】

 けれど、なぜ最後の最後に、こんな小さな約束事で後ろ髪を引かれてしまうのだろう。殺したいほど憎い相手なのに、その約束を守れないことがこんなにも胸が痛むなんて。

 
「ユズリ、そろそろ行きましょう」 

 ざわりと心臓を撫でるような声が耳朶を刺す。この声はかつて、私の身の内に潜むものだった声。今は私自身がこのものに取り込まれてしまったから、私自身の声でもある。

「ええ、行きましょう」

 そう応えた瞬間、人の姿は消え失せ灰色がかった紫色の髪と瞳の元来の姿となる。そしてついさっきまで全身が針を刺されたように痛んでいたのに、一瞬で消えた。胸の痛みは消えることがなかったけれど。

 

 元来の姿に戻れば、背中に翼が生えたかのように、夜の空を自由自在に飛ぶことができる。そして、ふわりと降り立ったのは、剣と鷲を象った旗をはためかす王城。そしてまたアスラリア国を滅ぼした国でもある。

 人の姿を捨てれば、目的の場所は探さなくてもすぐにわかる。向かうべき場所は、宮廷内にある庭。そしてそこに目的の男が一人、奇声を上げながら荒れ狂っていた。

 その男は恨みと憎悪で、激昂していた。美しく整えられた花壇を踏み荒らし、蕾のままの花すらも感情の赴くままに引きちぎっていた。

 けれど彼の怒りは収まらない。なぜなら、手折られるべき花───隣国の美しい王女が、あと一歩のところで消えてしまったのだから。

 スラリスだけが知らない事実。バイドライル国が箸にも棒にも掛からぬアスラリアという小国と同盟を結んだのは、油断させ謀り確実に王女を手に入れる為だけだったのだ。

 そう、その男は利己的で主我主義で、力で奪い取ることを是とするものであった。

「断じて諦めないっ。何としても手に入れてやる」

 奇声と共にそう声を発した男は、とてつもなく醜かった。だからこそ、美しいものを求め、手折りたいと常に望んでいるのだろう。その醜さには顔を歪めたくなるが、まるで子供のように貪欲に求める姿には共感してしまう。

 
「アスラリア国の王女さまを、お探しですか?」

 闇夜から突然響いた私の声に、男は狼狽しながらも恐る恐る声のするほうを振り返った。瞬間、信じられないと言わんばかりに目を瞠った。

 確かに男が驚くのも無理はない。男かいる宮廷の庭まで、私は足音どころか影すら落としてなかったのだから。

 でもすぐに、私がどういう経緯でここまで来たかなんて、然したる問題ではないと男は気付くのだろう。

「あなたは、幸運よ。だって私の望みと、あなたの望みが一致したのよ」

 私は、男に向かってゆったり微笑んだ。そして、ゆっくりと、男に近づく。

「アスラリア国の王女を捕らえてちょうだい。ずっとずうっと、手放さないで。もし……飽きたら殺しても良いわ。好きにして」

 私は息がかかるほど、男に近づくと繭のような塊を差し出した。

「これを呑んで。そうしたら、アスラリア国の王女さまの居場所が《視える》から」

 この男はこのバイドライル国において頂点に立つ者。きっとこんな禍々しいもの、普段なら間違いなく口にしないであろう。

 しかし、男は、熱に浮かされたように喘ぎ、次の瞬間、ためらいなく口に含んだ。

「─────……あぁ、《視える》ぞ。あの王女の居場所が」

 そう、呟く男の瞳は、私と同じ灰色がかった紫色。この瞬間、男は闇に落ちた。そして私の眷属となったのだ。そしてもう一人の私が、満足そうに目を細めながら囁く。この男は、使い勝手の良い下僕となるわ、と。

 その声に頷きながら私は、月に向かって挑むように呟いた。

「絶対にあなたを手に入れる。あなたを手に入れる為なら……何を捨てても構わない」

 例えそれが、もう二度と手に入らない大切なものだとしても。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

男に間違えられる私は女嫌いの冷徹若社長に溺愛される

山口三
恋愛
「俺と結婚してほしい」  出会ってまだ何時間も経っていない相手から沙耶(さや)は告白された・・・のでは無く契約結婚の提案だった。旅先で危ない所を助けられた沙耶は契約結婚を申し出られたのだ。相手は五瀬馨(いつせかおる)彼は国内でも有数の巨大企業、五瀬グループの若き社長だった。沙耶は自分の夢を追いかける資金を得る為、養女として窮屈な暮らしを強いられている今の家から脱出する為にもこの提案を受ける事にする。  冷酷で女嫌いの社長とお人好しの沙耶。二人の契約結婚の行方は?  

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...