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プロローグ
恋の始まりと、終焉
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───……ざあざあと雨が降り注ぐ。
かつて誰かが、雨の滴を銀色だと例えたのを覚えている。
けれど、実際には雨の滴は透明でしかない。私の髪に落ちれば、すみれ色に染まり、あなたの髪に落ちればそれはやっと銀色になる。
───……ざあざあと雨が降り注ぐ。
全て雨に流されてしまえば良いと願う古い歌があったのを私は覚えている。
でも、消えゆくあなたの命を消さないでと必死に祈らずにはいられない。どうか、傷付いたあなたの身体から、これ以上血を流させないでいてと。どうか、体温を奪わないでと懇願せずにはいられない。
なのに、あなたは笑う。満ち足りた表情で。
仰向けに倒れたまま、起き上がる気力も体力もないくせに。
「……姫さま、ご無事で何よりです」
人を寄せ付けないアイスブルーの瞳を柔らかく細めたあなたは、青白くなった唇で嬉しそうにそんな言葉を紡ぐ。そして───
「私はですね、ずっとあなたのことが好きだったんですよ、姫さま」
そう言ったあなたの吐息まじりの掠れた声は、体温とは違う熱を孕んていた。
ねぇ。なんで、こんなときに、あなたはそんなことを言うの?
もう最後だから言ってしまえという気持ちなのだろうか。もしそうなら、そんな言葉いらない。
……いらないから、死なないで。どうか、ずっと傍に居て。
聖騎士のあなたは高潔、献身、慈悲そんな言葉が服を着て歩いているような人だった。
そして私が、どれだけ遠回しに想いを伝えてみても、あなたは私との身分差を言い訳にして、決して応えてはくれなかった。
そんなあなたを私は、ずっと想いが届かない相手だと思った。
それでも私は、あなたに恋をしていた。
実らないとわかっていても、あなたと過ごす日々を大切にしたいと思っていた。
なのに深手を負って、血まみれで、生きるか死ぬかの瀬戸際っていう時に、こんな言葉を紡ぐなんて………場違いにも程がある。
だから私は、この場でもっとも相応しい言葉を口にする。
「…………お願い、死なないで」
差し出された手を掴んだ私は、この大きな手を強く握りしめる。そうすることで、消えゆくあなたの命を留めることができるかのように。
けれど、その手はとても冷たい。ついさっきまであんなに暖かかったというのに。
ああ、この雨のせいだ。この雨が、あなたの体温を、そして血を奪っていくのだ。
………嫌だ。お願い。どうか、この人を私から奪わないで。
雨が止んだらあなたは生きながらえる。
根拠など何処にもないけれど、必死に雨が止むのを祈る。そして私は、更にあなたの手に力を込める。
「お願い、私をおいて行かないで。独りにしないで」
それが叶うなら、この想いが届かなくてもいい。何と引き換えにしてもいい。だから、どうか、どうか……。
そう必死に言葉を紡ぐ。でも、やっぱりあなたの口から紡がれた言葉は私の望むものではなかった。
「私は、誰よりもあなたを愛していました」
ねえ、何度もいうけれど、どうして今、そんなことを言うの?
そして私の口から出た言葉も、あなたの気持ちに応えるものじゃなかった。
「……お願い。姫じゃなくって、私の名前を呼んで」
雨粒が私のほほを濡らす。
この雫が瞳から溢れたものなのか、空から降ってきたものなのか自分でもわからない。
「リエノーラさま」
「違う。そっちじゃないっ」
まるで子供が癇癪を起したかのように、私は強く頭を振った。
「………利恵」
「うん」
「利恵」
「うん」
「利恵、好きです」
「…………………」
ずっと名前で呼んでって言っても、叶えてくれなかったのに。
やっと呼んでくれた。嬉しい……嬉しけど、悲しい。
「利恵、愛してます」
独りで完結してしまいそうなあなたの声を聞いたら、もう我慢の限界だった。
「私もっ、私も、ディルが好きっ」
終始穏やかな表情を浮かべていたあなたは、ここで信じられないといった感じで目を見開いた。
そして堪らないといった感じで私の頭を抱え込み、私の耳朶に口元を寄せそっと囁いた。
「嬉しいです。利恵……ずっとあなただけを見つめていました。愛していました。私のこの気持ちは永遠にあなたのものです」
身も心も蕩けてしまうような言葉を私の耳元に落とし、あなたは私の顎に手を添える。アイスブルーの瞳を揺らめかせて。
「だからどうか…………」
───幸せになってください。
最後の言葉は、雨音とあなたからの口付けで掻き消されてしまった。
かつて誰かが、雨の滴を銀色だと例えたのを覚えている。
けれど、実際には雨の滴は透明でしかない。私の髪に落ちれば、すみれ色に染まり、あなたの髪に落ちればそれはやっと銀色になる。
───……ざあざあと雨が降り注ぐ。
全て雨に流されてしまえば良いと願う古い歌があったのを私は覚えている。
でも、消えゆくあなたの命を消さないでと必死に祈らずにはいられない。どうか、傷付いたあなたの身体から、これ以上血を流させないでいてと。どうか、体温を奪わないでと懇願せずにはいられない。
なのに、あなたは笑う。満ち足りた表情で。
仰向けに倒れたまま、起き上がる気力も体力もないくせに。
「……姫さま、ご無事で何よりです」
人を寄せ付けないアイスブルーの瞳を柔らかく細めたあなたは、青白くなった唇で嬉しそうにそんな言葉を紡ぐ。そして───
「私はですね、ずっとあなたのことが好きだったんですよ、姫さま」
そう言ったあなたの吐息まじりの掠れた声は、体温とは違う熱を孕んていた。
ねぇ。なんで、こんなときに、あなたはそんなことを言うの?
もう最後だから言ってしまえという気持ちなのだろうか。もしそうなら、そんな言葉いらない。
……いらないから、死なないで。どうか、ずっと傍に居て。
聖騎士のあなたは高潔、献身、慈悲そんな言葉が服を着て歩いているような人だった。
そして私が、どれだけ遠回しに想いを伝えてみても、あなたは私との身分差を言い訳にして、決して応えてはくれなかった。
そんなあなたを私は、ずっと想いが届かない相手だと思った。
それでも私は、あなたに恋をしていた。
実らないとわかっていても、あなたと過ごす日々を大切にしたいと思っていた。
なのに深手を負って、血まみれで、生きるか死ぬかの瀬戸際っていう時に、こんな言葉を紡ぐなんて………場違いにも程がある。
だから私は、この場でもっとも相応しい言葉を口にする。
「…………お願い、死なないで」
差し出された手を掴んだ私は、この大きな手を強く握りしめる。そうすることで、消えゆくあなたの命を留めることができるかのように。
けれど、その手はとても冷たい。ついさっきまであんなに暖かかったというのに。
ああ、この雨のせいだ。この雨が、あなたの体温を、そして血を奪っていくのだ。
………嫌だ。お願い。どうか、この人を私から奪わないで。
雨が止んだらあなたは生きながらえる。
根拠など何処にもないけれど、必死に雨が止むのを祈る。そして私は、更にあなたの手に力を込める。
「お願い、私をおいて行かないで。独りにしないで」
それが叶うなら、この想いが届かなくてもいい。何と引き換えにしてもいい。だから、どうか、どうか……。
そう必死に言葉を紡ぐ。でも、やっぱりあなたの口から紡がれた言葉は私の望むものではなかった。
「私は、誰よりもあなたを愛していました」
ねえ、何度もいうけれど、どうして今、そんなことを言うの?
そして私の口から出た言葉も、あなたの気持ちに応えるものじゃなかった。
「……お願い。姫じゃなくって、私の名前を呼んで」
雨粒が私のほほを濡らす。
この雫が瞳から溢れたものなのか、空から降ってきたものなのか自分でもわからない。
「リエノーラさま」
「違う。そっちじゃないっ」
まるで子供が癇癪を起したかのように、私は強く頭を振った。
「………利恵」
「うん」
「利恵」
「うん」
「利恵、好きです」
「…………………」
ずっと名前で呼んでって言っても、叶えてくれなかったのに。
やっと呼んでくれた。嬉しい……嬉しけど、悲しい。
「利恵、愛してます」
独りで完結してしまいそうなあなたの声を聞いたら、もう我慢の限界だった。
「私もっ、私も、ディルが好きっ」
終始穏やかな表情を浮かべていたあなたは、ここで信じられないといった感じで目を見開いた。
そして堪らないといった感じで私の頭を抱え込み、私の耳朶に口元を寄せそっと囁いた。
「嬉しいです。利恵……ずっとあなただけを見つめていました。愛していました。私のこの気持ちは永遠にあなたのものです」
身も心も蕩けてしまうような言葉を私の耳元に落とし、あなたは私の顎に手を添える。アイスブルーの瞳を揺らめかせて。
「だからどうか…………」
───幸せになってください。
最後の言葉は、雨音とあなたからの口付けで掻き消されてしまった。
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